歯形残して愛しらず   作:紙粘土

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2話

-1-

 

「ジェイク、撃てよ!」

 

「今やってるだろうがっ」

 

朝っぱらから嫌になる。それがその朝の感想だった。

銃声がガタガタ鼓膜を震わし、どこぞしこから硝煙が上がる。誰かが叫び、誰かが呻いた。怒号と悲鳴が混ざり合ってく。

「ケイシーがやられたっ」

「あいつら、クソッタレめ!」

仲間の一人が怨みを吐いた。

ジェイクは黙って銃を撃つ。国境の向こうから攻め入る敵は大勢で、装備も充実したものだった。中には防弾ベストやフルフェイスなどで、身体を守る者もいる。

障害物の影に犇めきながら、着実にイドニアへ侵食してくる。

 

「クソが!!」

 

一際高い声が聞こえた。

怒りと恐怖を綯交ぜにした、嫌な嫌な声だった。

 

「……なんだ?」

「……、アッチにも精鋭がいるんだろうよ」

 

尋ねても返答はぶっきらぼうなものである。

目を細めれば、壁の向こうに車両が見えた。武装車両だ。

 

なるほどあれかと納得をする。精鋭ともならば乗るものが違う。なにせ民兵なのに戦車の操縦を心得てるのだ。

 

「割に合わねえな」

 

「同感だよ」

 

嫌な朝だ。

またどこかで血が飛び散った。

 

 

 

・ ・ ・

 

 

 

一人殺されては一人殺す。

それを無為と呼んでしまったら、自らの存在意義がなくなってしまう。

一先ずは沈着した衝突の後に、残された遺体の数を数える最中も罵倒の言葉はあちらこちらから止まらなかった。

 

奴らは国境の向こう側から、時に散発的に、あるいは突発的に、総じて積極的な攻撃を仕掛ける。国境付近に陣をとるジェイク達が邪魔であるのか、ジェイク達の抹殺そのものが目的なのかはわからない。ただ攻撃は執拗だった。

 

「おーい、こっちもだ」

 

暦の長い男が言った。

 

「十一人目」

 

合図のように手を振る男の足の下には、仰向けに血を流す遺体がある。その顔つきはイドニア人のものではなく、 また装備も自組織で供給されてるものでない。敵側の遺体と一目でわかる。

十一人目……どうやら被害も同程度らしい。果たしてこの泥仕合は、いつまで大地を赤くするのか。まだ一日の三分の一しか経ってないのに、ここはこんなにも血生臭い。

 

「戦車野郎は逃げたのか」

 

「あんな装甲こんな装備じゃどうにもならねえよ。逃げてくれてむしろよかった」

 

「……気に食わねえ」

 

「全くだ」

 

あの戦車をどうにかしなけりゃならない。ありゃあその気になれば強行突破できるくらいのシロモノである。

すぐに上層部に連絡が行き、対策は練られることだろう。国境を可視化したようなあの壁が、益々くずれていくかもしれない。

 

こうしてくだらない会話をしてる今でも、あの壁の向こうから狙撃されて、数秒後には死んでいるかも知れないのだ。感染症にやられて、高熱の悪夢から二度と目覚めないかもしれない。栄養が足りず、餓死してしまうということもある。こんな不安に二十四時間晒されて、命が惨めでないはずもなかった。

 

 

「いっそ核攻撃でもしてやればいい」

 

戦いは終わりの兆しも見せることなく、次から次へと敵を呼び寄せる。結末のない泥仕合などうんざりだった。先細りしてゆく補給のせいで、日に日に腹の音ばかりが増えた。長引く戦闘に苛立ちだけが積もり続けて心も削る。

 

「そんなことしたら自滅だよ。隣国ったって壁一枚だ、近すぎら。核弾頭ひとつでこっちまで木っ端微塵になっちまう」

 

「わかってるよ、そんなこと」

 

ここは嫌いだ。ジェイクは思う。

戦場にうんざりするのはいつぶりだろうか。ここの空気はいつまでも好きになれそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

-2-

 

「あの、兄のヘリなんですけど、ハッチ部分に赤いラインがペイントされてて……」

 

黒い空、瞬く星々。その夜も苔むした壁に背中を預け、なんとはなしに光を数える。また不意に風が吹きぬけて、足元のタンポポは綿毛を散らした。

なんと物悲しい夜であるのか。彼女の声が聞こえた途端に、何度目かも数え忘れたため息が落ちた。昨日と同じ場所で空を見てたら、昨日と全く同じ時間に、昨日と同じ声が聞こえてきたのだ。ここは戦場であるというのに、彼女は隣国の────すなわち敵国の人間なのに。

 

「殺すと伝えたはずだ」

 

ジェイクの返事は非情であったが、すぐにその迫力は消えてしまった。

 

ぐう。

腹が間抜けな音を出す。

静かな夜だ、きっと聞こえたことだろう。

 

────ああ、今鳴らなくたっていいだろうに。無理からぬことだ、最後に食ったマトモなものなどニ日前で、それからは水とクソ不味いハーブ、けちなレーションで飢えを凌いでる。大体、空腹が空気を読んでくれるはずもないのだ。

 

気まずくなった沈黙に、ジェイクは次の言葉を考えている。なんだか今更、何を言ってもカッコ悪くなる気しかしないのだ。

だのに次に耳に入った物音は、予想外のものだった。

 

くぅ……。

そう、ジェイクよりは幾分可愛い、それでいて間違いなく腹の音が聞こえてきたのだ。

どうやら壁の向こうっ側も、ひもじさは大差ないらしい。

 

「…………」

 

「…………」

 

「あの……」

 

「あ……?」

 

「お腹空きましたね……」

 

「……うるせぇ」

 

だからどうということもないのに、殺意がどこかに消えてしまった。

壁にもたれ掛かって、銃に弾も装填せずに。きっとこの殺意を孕まない様さえも、彼女は読み取ってしまうだろう、それくらいに気が抜けちまった。

だけど、だからって、敵国と馴れ合えるはずもないのに。

 

 

「腹は減った。だがあんたと話すことはねぇ」

 

「……。それは、私が壁の向こう側の者だからですか」

 

「…………」

 

「兄は……、瞳がグリーンで、この辺りの国では珍しい色だったんです。……ごめんなさい、こんなこと……」

 

徐々に力を無くす声色は、また涙を堪えてる。ジェイクはロケットペンダントの写真を思い出していた。……ああ、あの写真の男も、同じくグリーンの瞳だったと。

この女の言う通り、セルビア語圏でグリーンの瞳は珍しかった。滅多に見ない。

 

 

 

「…………。グリーンの瞳の捕虜はいねぇよ。もう消えろよ」

 

ようやっとジェイクはそれだけ言った。

嘘ではなかった。〝捕虜はいない〟のだ。それに彼の見た遺体はローストされてて、目の色なんかわからなかった。だから、嘘はついていないのだ。

 

 

「もう来るな」

 

 

夜風。星。足元の花。

春は優しく芽吹いているのに、この地はあまりに優しくないのだ。

壁の向こうへペンダントを突きつけて、「この男が兄か」と聞いてしまえば、きっと話は終わるのだろう。もしかしたら彼女は売られてはなく、自らこの地を訪れたのかもしれない。────兄を、探すために。そんな考えが浮かんでは消え、浮かんでは掻き消しを繰り返す。

 

背中の壁はじんわり冷たい。そして厚く、高く聳える。

この壁の内側だけが仲間であった。この壁の向こうは敵だった。すべからく。それだけのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

-3-

 

認めたくないが劣勢だった。

隣国勢力は国軍さながらの装備を持って、昨日は一台だった戦闘車両も四台に増え、精度の高い銃でスナイプしてくる。あからさまな力の傾きを肌で感じた。どうやら敵は、本格的にこの傭兵部隊を潰しにきている。

なんたってこんなことになったのか。悪化はあまりに性急で、それは一秒でも早くジェイク達に消えてもらいたいという、敵側の思惑すらも透けてるようだ。

 

必死の抗戦で命辛々難を逃れた日暮れ前、ジェイクは寝床へ身体を引き摺る。この時既に、国境近くの拠点が二つ壊滅していた。

 

「遺体の装備を回収するぞ」

しかし休む暇も与えずに、リーダー格の男がそう言う。

 

「弾丸も武器も残り少ない。軍資金も」

「補給に期待出来ないんだ、死人のものを貰うしかない。敵に夜戦をするほどの地理感はないんだ、回収に行くなら夜の内だな」

御尤もだとジェイクは思う。問題はくたくたに疲れきってしまった事だが、そんなものは理由にならない。

 

 

 

・ ・ ・

 

 

 

ロケットペンダントの写真は、一組の男女が微笑んでいる。

二人が恋人でないのはすぐにわかった。顔がそっくりだったのだ。

二人ともセルビア語圏では珍しい髪と目の色で、上品な服に身を包み、優しい眼差しを向けていた。きっと本来ならば、戦場とは無縁の恵まれた生活を送っていたに違いない……そう思わずにはいられないほど、穏やかで幸せそうな笑顔であった。

 

 

どこかから口笛が聞こえてくる。

昨日の爪痕を色濃く残す戦場は、相も変わらず硝煙臭い。

弾薬の残りをジェイクが確認する刹那、口笛の音色が鼓膜を撫でた。きっとこんな状況下でなかったら、好きになってたメロディだった。

 

今日も壁の向こう側から戦車が来る。仲間を殺しにやってくる。こちらとは段違いな装備で、高性能な銃で、脳幹を潰しにやってくる。あの女のいる、国境の壁の向こうから。

 

口笛はすぐに騒音に呑まれて消えてしまった。────いや、最初から空耳だったのかもしれない。一度ジェイクは目を閉じたけど、そこにはもう、戦いの足音しか響いていない。

 

 

 

「…………来やがったな、戦車野郎……」

 

銃を構えた。

昨日よりも大きく威力のあるものだ。

スコープにはもう、その日の殺し合い相手が蠢いていた。

 

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