歯形残して愛しらず   作:紙粘土

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3話

-1-

 

一つわかったことがある。敵の保有する戦車は、確認できる限り四台なのだが、そのうちの一台に桁違いの操縦士が乗っているのだ。

戦車は無骨な灰色の装甲をしているが、その一台は錆が進んで所々に赤褐色の斑がある。だから余計によく目立ってた。

 

「左右の履帯を互いに逆に動かして、激しく車体の向きを変えることを『超信地旋回』という。これは滅多にやらねえことだ、何故だかわかるか」

 

かつて陸軍に所属したこともあるという、傭兵歴の長い男は言った。ジェイクは素直に「わからない」と先を促す。知識を披露する機会が嬉しいのか、男は饒舌に続きを述べる。

 

「超信地旋回をあんなふうに連続してやりゃあ、普通は履帯が外れるんだよ。最新式のモンならまだしも、あんな大戦時代の戦車じゃまず間違いなく」

 

そうならないのは、よほどのテクニックがあるからだ。そう言葉はしめられた。なるほどただモンじゃあないらしい。

 

 

「他の三台は?」

 

「大したことない。戦車を乗っ取れりゃあ、一日でお前だってあんくらいできるさ、ジェイク」

 

「なるほどな。道理で初日に一台だったってのに、翌日三台増えたわけだぜ」

 

 

連日の衝突は、それまで散発的だった隣国の干渉の仕方とは、まるで性格の異なるものへと変貌していた。事情が変わったのか、指揮官が変わったのか。あるいは戦車という戦力を得て、作戦が変わったのかもしれない。

 

「で、どうすんだよ。相手に面倒なのがいるのはわかったが、対策がないんじゃ意味がねえ」

 

国境付近に構えた拠点は、疲弊や壊滅で残存戦力など当初の半分も残っていない。このままでは、市街地で目を光らせるイドニア国軍から、いつ挟み討ちにされてもおかしくなかった。早急な対策を練るか、あるいは撤退するのも一つの手だ。彼らは信念のもと戦う兵士や戦士ではなく、あくまで傭兵なのだから。

 

 

「対策はあるさ。昔っから、戦車にはコレって鉄板がある。残る軍資金をありったけ注ぎ込んだ」

 

年輩の男がにたりと笑う。そして、親指が一つの木箱を指さして見せた。どうやら今朝方、ようやっと届いた〝対策〟らしい。

 

 

 

「────なに?」

 

「地雷さ」

 

 

 

 

・ ・ ・

 

 

 

 

黒い空には今夜も星座が瞬いている。

苔むした壁に背中を預け、なんとはなしにそれを数えるけれど、星座なんかに興味はなかった。

言うならば時間を潰してるだけかもしれない。いつも、大体似たような時間に声をかけてくる、壁の向こうの女が来るまで。

風が吹けば、戦場とは思えない静けさが身を包む。足元のタンポポが物悲しげに綿毛を散らす。手の中には、やはりあのロケットペンダントが握られている。

 

 

「あの、……居ますか?」

 

控えめな声が、壁の向こうからそっと聞こえる。

ジェイクは彼女の名前を知らない。彼女も、ジェイクの名前を知ることはない。互いに名乗ろうとしなかったのは、知るべきでないと思ったからだ。彼女が一般人であろうとも、壁の向こうというだけで敵なのだ。名前など知らない方がずっとよかった。

 

 

「……ああ」

 

何度言っても彼女が来るのをやめやしないから、バカらしくなって「来るな」というのをやめたのは何度目の夜からだったか。生ぬるいことだとジェイクは思う。仲間が知ったらきっとタダでは済まないだろう。なのに、何故今夜も話しているのか。

 

 

「お前の兄貴は……今日も見てない」

 

「そう、ですか……」

 

「ああ」

 

 

彼女は本当に兄が好きなのだろう。聞いてもないのに兄のことが語られるから嫌でも覚えた。切れ長の目だとか、瞳の色とか、髪型だとか髪色だとか。そのたびに、ジェイクはあの黒焦げのパイロットを思い出す。そして写真の男が、彼女の挙げる特徴全て一致してるということも。

 

何故聞かないのか。お前の兄貴はこのペンダントの男かと。

何故言わないのか。この男はもう死んでいると。

自問自答の答えはつかみかけていたけど、それに気付かぬふりして蓋をしていた。考えたくもないことだからだ。

 

 

 

「……この間、祈りを捧げる日があったんです。そちらの国にも、そういう風習はありますか?」

 

「……そういう祝日みたいのは、イドニアにはない」

 

「そうですか……。私、兄の無事を祈ったんです。それから、あなたの無事も」

 

 

お天気なことを言う女と思った。敵国の、顔も名前も知らない男の無事を祈るのだから。彼女は平和ボケしてるのだろうか。

 

「俺の無事なんざ願ったら、反逆罪になるんじゃないのか」

 

「私、国軍とかじゃないですから」

 

「だろうな」

 

 

この穏やかな時間を、どうして断ち切れないのだろうか。戦場に生き、冷徹さを身につけてきたはずなのに。愚かしいとわかっているのに。

 

 

「唄をね、歌うんですよ。口笛を吹いたり、町では楽器を奏でることもあります。生者の無事と、死者の鎮魂を祈る唄だと母に教わりました」

 

ジェイクはふと数日前に、聞こえた口笛を思い出す。

今日まで熾烈さは増すばかりの日々だった。銃弾が頭を掠ったことすらあったのだ。だのに未だに軽傷で済んでいるのは、存外祈りとやらが通じたからか。────なんて、そんなことを考えるくらいには、この空気に絆されている。

 

 

 

「お人好しだな、あんた」

 

「そんなことないですよ」

 

「いや────ありがとう」

 

 

月が徐々に細くなってく。

空の闇が深い分だけ、星の輝きは美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

-2-

 

対戦車地雷は人が踏んだ程度では起爆しない。

逆に、対人地雷を戦車が踏んでもダメージを受けることはない。

ならば戦車を軸に歩兵が攻撃してくる隣国のケースに対応するには、対戦車地雷と対人地雷の複合地雷原にする必要がある。

 

国境付近を地雷原に変えてしまえば、オタワ条約がどうのと煩い連中が来るのでないか。 ジェイクは咎めるようにそう指摘したが、発言の裏側には壁の向こうの女がいたことは否めない。

彼女が兄を案ずるあまり、国境を越えようなんて真似をしたら……、いや、ジェイクと毎晩そうするように話にくるだけでも危ない。

 

「オタワ条約に触れるってことは、他国軍がここまで進軍する理由になっちまうんじゃねえのか」

 

「裏ルートで仕入れた地雷だ、政府が地雷原に気付くのはずっと先だろうよ。その頃には俺たちはもうここにはいない」

 

「地雷を置きっぱなしにしてくのか」

 

「なんの問題が?どうせ足はつかない」

 

「…………いや」

 

「ジェイク、お前、地雷を使いたくない理由があるのか?」

 

 

 

対人地雷が世界中から批判されるのは、無差別の殺傷兵器だからだ。しかも大半の被害者は非戦闘員で、死、あるいは恒久的な身体障害を伴ってしまう。つまり、ただ兄を探してるだけの彼女ですらも死んでしまうリスクが高い。遺憾なことに地雷の設置予定地は、毎夜彼女と語らった地点までも含まれている。そして紛争が終わっても、地雷は誰かが踏むまでその場に居座り続けてしまう。

 

 

「まさか、人道的にどうだとか、そんな眠たいことは言わないだろう?」

 

地雷を使いたくない。彼女が踏んでしまうかもしれないから。……なんて、言えるはずない。そもそも彼女の名前も知らない。

 

「言うかよ」

 

素っ気なく吐き捨てる様もポーカーフェイスも、年齢以上に長けてたはずだ。だから、周りの仲間は「だよな」と笑いあっている。

 

 

「全部、深夜に設置しにいくぞ。今夜は新月だ、真っ暗で気付かれにくい」

 

 

この一帯が地雷原に変わってく。彼女と会話することもきっと出来なくなるだろう。地雷に巻き込まれるわけにはいかない。

隣国が戦車なんざ持ちださなければ、こんなことにはならなかった。あんなふうに攻めてこなけりゃ、それなりの争いで済んでいたのに。

顔も知らぬ戦車乗りを、恨みたくてしかたなくなる。

 

「どうせ明日も奴らは来る。見張りはいつも通り、休める順に休めよ」

 

作戦会議と呼ぶにはぞんざいな、非人道的な方針が定まった瞬間である。

 

今夜、地雷原が出来上がる。彼女と会話を重ねた場所も、地雷原に変わってしまう。

 

ジェイクはその日も壁へ向かった。

いつも彼女と語らう時間まではあと三十分。

地雷を埋める時間までは、あと三時間ほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

-3-

 

「え……、イドニアでは、ハーブをそのまま食べるんですか……?」

 

「いや、イドニアだけじゃない。米国人なんかも食うらしい。軍隊上がりの知人に聞いたが、応急処置にもなるんだとよ」

 

「苦くないですか……?私たちは、サラダとか、スープとかにしてます」

 

「まあ、苦い。スープなら美味そうだな」

 

「美味しいですよ」

 

 

何気ない日常の会話が、不似合いだと自覚はしていた。

……ああ、やめよう食事の話は。どちらともなくそう諌め合う。また腹が鳴っちまうから。

 

最後に食ったのは痩せ細った四センチほどの小魚なのだが、それなどまだマシな方で、カエルや虫を食った奴もいる。死体を食った奴がいるなんて噂も立ってるくらいだ。

ジェイクは肌色は黒くなり、手首が細くなったことも実感していた。熾烈な環境だ。ストレスもあった。だけど、壁の向こうの彼女との会話に、いつしか安心感を与えられてた。だからこそ、また胸は痛みを覚えているのだ。

 

新月だけあっていつも以上に闇は濃く、また少し肌寒い夜だった。

こんなに穏やかに話しているのに、あと数時間で地雷を仕掛ける手筈となってる。それを踏むのは、彼女かもしれないとわかっているのに。

 

 

ふあ、と彼女の欠伸が聞こえた。

気付けば時間はすっかり経ってた。

 

 

「あ……ごめんなさい」

 

「いや、いい。もう寝ろよ」

 

「はい。じゃあ、また明日」

 

 

明日────。いや、明日の夜には、ここも地雷原に変わってる。呑気に歩けば運が良くても足が飛び、運が悪けりゃバラバラになる。

だから、きっと〝明日〟はもう来ないのだ。彼女と話せる明日は来ない。もう。

 

 

 

「いや……」

 

 

〝地雷を埋めるから、もうここに来てはいけない〟

これを敵国の人間に伝えることは、自軍に絶滅の危険を与える。

対人地雷の使用がバレたら、オタワ条約違反として、国軍のみならず大国の介入も考えられる。そうなれば雇い主はトカゲの尻尾を切るだろう。「傭兵達が勝手にやったこと」として、追われ、捕らえられ、殺される。圧倒的な戦力達に。

────言えるはずない。

答えはシンプルにこれだけだった。言えるはずもないことなのだ。

 

 

「その、あんたの町がどのくらいの距離か知らないが、こんな国境近くじゃ治安はクソみてえなもんだろ。もう来ない方がいい」

 

「どうして急に……」

 

「明日からもっと酷くなる」

 

「……酷く?どうして……」

 

 

────うるせえな、地雷を使うからだよ!

そう言えたらどんなに楽かと、腹の中で唸りが上がる。言えない。けど、言いたい。でなけりゃこの女は、きっとまた来てしまうから。だけど言えない。嫌な葛藤に唇を強く噛み締めた刹那、ジェイクはポケットの感触を思い出す。

……そうだ、彼女は元々、兄を探してここに来ていた。ポケットから、ロケットペンダントをそっと取り出す。落ちたヘリの遺体から回収したペンダントには、彼女の話と特徴の一致する写真が込められている。彼女が、ここに訪れる理由の答えそのもののように。

 

 

 

「……とにかく、もう来るな」

 

もっと早く渡してやればよかったことだ。

何故聞かなかったのか、お前の兄貴はこのペンダントの男かと。

何故言わなかったのか、この男はもう死んでいると。

何故か後回しにしたくなって、今日まで「知らない」と言い続けてきた。彼女の兄が死んでいること。

 

もっと早く伝えていれば、彼女はとっくに、ここに来ることなどなかったのに。

 

 

 

「でも……」

 

ペンダントを放り投げれば、あっさりとそれは壁の向こうへ姿を消した。

土の上へ、金属の沈む音が聞こえる。同時に彼女が息を飲む音も。

 

 

多分、いやきっと、好きだったのだ。彼女と話すのが好きだった。いつの間にか好きになってた。だから言えなかったのだろうか。

 

 

「落ちたヘリの遺体から回収したモンだ」

 

 

彼女の声が好きだった。喋っていれば安らいだ。あの、戦場に不似合いな、コツコツと鳴るヒールの音を覚えるくらいに、彼女の存在に救われていた。敵国の人間だったのに。

 

 

 

お前の兄貴か。

そう尋ねることはしなかった。

 

やがて壁の奥からは、すすり泣きだけが聞こえてきた。

 

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