──私は何を信用すればいいんだ?ザイフェルト。
──総統は、総統に付き従う者を信じてください。
そして、裏切る者なら全力で相対してください、誰であろうと。
付き従う者には、死を命じて下さい。
敵も味方も居なくなったとしても、総統が生きていれば我々の勝利です。──ザイフェルト、ある“暗殺未遂事件”後の総統との会話
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──グーゼンバウアー、お前なら反乱を起こされたら友人が多い方につくか?それとも、勝てる側につくか?信じる者に殉じるか?
──全部に決まってるでしょ、お前はどうする?
──最後者を優先するな。やっぱり、お前は日和見か。
──そうか?
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懐かしい夢だ。
あの時とは何もかもが違う。
知人も殺した、何もかも奪い去った。
総統の為に、ドイツの為に、国民の為に、
そう言って退くことはしなかった。
邪魔だ、と判断すれば友人も消した。
同僚も、部下も、上司も。
楽しかったあの頃には戻らない。
──戻れない。
だから貫徹する。
だから忠誠を誓った。
為すべき事はドイツと総統を優先すること。
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1940年12月24日
俗に言う『クリスマス新秩序会議』をザイフェルト主導で行った。
この会議では、枢軸諸国や世界各国のファシズム団体、中立国が参加した。
この会議で、
ドイツ、イタリアの経済結束、
日本との技術協定、協同防諜機関の設置、
戦略資源の協同防衛・使用、
新しい国際連盟に代わる機関、国際法、
ユダヤ人処遇、
日独の勢力圏の覚書、
連合国の処遇についての意見交換、
アジア、アフリカ系人種への差別の禁止、
等を取り決めた。
これは連合国、アメリカ合衆国に対する挑発も狙っていた。
英米が戦後世界の秩序建設の為の会議を積極的に行っているのを黙認するのではなく、
必要であれば『劣等人種』に当たる有色人種から支持を得るために、ナチズム理論の曲解すら躊躇わないドイツの姿勢もあり、
中東地域やアフリカでは、ファシズム勢力の歓迎の世論形成に一役買っている。
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1941年1月24日
クリスマス新秩序会議で決定した日独の勢力圏に含まれていた仏印に、
大日本帝国陸軍が進駐した。
日本側の目標の
援蒋ルートの遮断、戦略資源のゴム、石油の確保
が果たされた。
自由フランス、英米はこれに猛抗議。
連合国は、即刻、仏印から撤退をすることを要求した、
アメリカは日本の在米資産の無期限凍結、日系人や渡米している日本人を拘留。
これに対し、日本は
クリスマス新秩序会議決定条項の履行、
ヴィシー・フランスから譲渡された、と主張。
最早、誰にも止められないほど太平洋の政治は荒れ狂っていた。
誰もが必死に仲介に乗り出すことも無く、むしろ、両国を自陣営に招き入れようとしていた。
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「ザイフェルトは征服地域をどうしたいのか」
「我々、新秩序に協力するようにさせるのが最良ですかね。
基本的には属国にする予定です、総統」
「ふむ」
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1941年
史実では、ドイツの鉄車とソヴィエトの肉壁が殴りあった独ソ戦開戦で有名な年だ。
この世界のドイツは、フランスやアフリカ等の一連の戦闘により損耗した装備、資源備蓄の快復に務め、
その一環として『18ヶ月間の猶予』と言われる準備計画で
人工の石油、ゴムの国内需要の安定化、
対レジスタンス部隊の機械化、
旧ユーゴスラビア、スウェデア・リーケの軍拡、
自転車操業に陥っている国内経済の建て直し、
の四つの計画を支柱とした製作を開始。
この政策の結果はドイツの命運を握っていた。
失敗すれば、内側から瓦解。
成功すれば、更なる戦争を指導が可能になる。
これらの計画以外に新たな国防上の計画が開始されていた。
旧フランス領の港湾の要塞化、
ライン川に新たな要塞線の建設、
旧チェコ国境の要塞線・旧フランス国境のマジノ線の解体
対ソ連攻略作戦の立案、
冬将軍に耐えられる装備の生産、
最新兵器の開発の政府機関の再編成、
も開始された。
ついでに言うと、
ビール片手に仲良く愚痴を漏らす国防軍上層部と兼任しすぎの大臣がよくベルリンで確認された。