Hoi4二次創作増えろ(迫真兼懇願)。
あ、あと明けましておめでとうございます。
何処か悟った大臣、
醒めきっていた反ナチス派、
なんで殺しあったんだろうな、互いに同じ未来を観えていたのに、、、
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ザイフェルトはどこを観ていたのか、どこを目指していたのか。
次代総統を目指していたのか?
彼自身の性なのかは分からないが、極一部を除いてナチス幹部等の政治に関与する人々から好意的な関係を構築し、総統後継者とも囁かれていた(ただし、ボルマンとの関係は険悪であり、騎士道精神を重んずるなら負ける事は疑いようもない)。
だが、本人にその気はなかった。
誰かを支える立場であり続けたかった。
誰かに忠誠を貫徹し続けていたかった。
それと、政治の世界に身を投じるのをもはや義務であり、天職だから当然である。──そう捉えていたが精神上の損耗は凄まじかったからだ。
それこそ自分はやはり一小市民でいるのが正しい?という不安が芽生える程であった。
自己の繁栄より国家を、徹底的な国家主義者であった。
ではどこを観ていたのか。
生前の発言から、英仏への報復、ドイツ民族の永続的な繁栄を願っていた。
だが時折、ナチズムの絶対的正義を疑うような発言や、極端な思想は戦後訪れるであろう平和には不要、思想も国家も寿命が必ず訪れる、という主張もしていた。
彼自身の歴史趣味がそう定義させたとも言える。
ドイツ国民自身が自ら血と汗で民主主義を掴み取る事すら期待している、そういわんばかりの姿勢で居続けた。
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大臣は生涯結婚しなかった、正確には恋愛経験があまりに無さ過ぎた事や彼の親戚での揉め事等プライベートな諸問題のせいだろう。
だが、それでも家族を欲していた。
自分自身の安寧の場であり、家族の安寧の場を得ようとした。
その願いはあっさり叶った。
1942年11月、冬将軍が暴れまわる冬のキエフの事である。
1942秋の大攻勢で遂に赤軍を駆逐したキエフに、ザイフェルトが視察をしに来た。
目的は今後の統治に最も必要とされていることと、地元住民の気性の確認である。
【当時の日記から抜粋】
今まで地元住民に退避を要請したりする等してきたからあまり見なかった孤児の姿をよく目にした。
彼らを保護することは(人道と書かれていたように見えるが消されている)、地元民の印象操作、プロパガンダとしての利用が期待できる。
国営で孤児院を建設すべきだろう。
赤軍のバカのせいで地元住民からの指示は簡単に得られるだろうな。
いっそのこと、プロパガンダ狙いで戦災孤児を引き取ろうか。
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各所で敗退を続けるソビエト連邦政府はスターリンの大粛清をもってしても団結を維持できなくなりつつあった。
狂信的な青年派や講和を追求する軍部
引くに引けない文民派
配下の軍を率いて反乱を起こす軍閥勢力
抑圧されていた少数民族や収容所の知識人
ロシア共産党やソビエト連邦は確実に衰退、崩壊しつつあった。
この時、第三帝国の外務省は激務におかれていた。
例の大臣の提案により、軍閥を支持して崩壊を加速させつつ、軍閥やソビエト連邦を纏めて永久凍土の下に埋める算段をつけていた。
崩壊し始めたソビエト連邦は1943年8月にドイツに仮講和条約を締結。
ドイツ側の要求を全面的に認める方向で締結された。
ただし、ドイツによる軍閥への攻勢が停止したわけではなく最終的にはドイツ第三帝国、親ドイツ的なロシア帝国政府(事実上の傀儡政権)、大日本帝国の三か国によるムルマンスクで領土条約と平和条約が1944年に締結。
これをムルマンスク条約といい、日独の緩衝地帯としてのロシアが産声を上げた。
ドイツはこれにより東方生存圏を達成し、英米への攻勢をさらに加速させる結果となった。
だれも、養子は取らないとは言ってないドヤヤァ
、、、アッすいませんでしたから、どうか右手に見えるルガーをしまって下さい死んでしまいます、お願いしますって、なんでもしますから
、、、ね?ね!?
一気に進んでしまった感じがある為、ソ連崩壊までの主人公の話とかを書いていく予定であります(あきつ丸ノリ)。
あと主人公の親戚の揉め事とかもでありますな。