もしかしてだけど、、、機嫌がいいからかなぁ(自問自答)
1945年 春
日本との協力体制を築ききれていないことを憂慮し、ザイフェルトは渡航。
ルドルフヘス副総統の英国不時着と同じような暴挙であったが、関係各所への根回し、日本側との連絡が事前にあり、総統が事態に置いて行かれる結果となっていた。
日本との外交は最低限の協調だけでいい、というのが総統の意見であり、説得に時間がかかるのを嫌った大臣が強行した、というのが通説である。
まず、戦略資源の条約、これに関しては一気に英国攻略を主眼とした空軍整備を始めたため、増産が必要になったことが主たる要因である。
いくら何でも人工ゴムで切り詰めるのは不要な瘦せ我慢だという判断である。
次に米国世論の動揺を狙ったドイツ空軍極東出動。
これはドイツ国防軍側からドイツ政府に提出された要求であるのだが、アラスカ強襲作戦の立案が始まった事が影響している。
大東亜共栄圏との軍事同盟の統合。
昔ならあまり現実的ではなかったが、大日本帝国が真珠湾を抑え、独伊がソ連を撃滅した今、形だけあった協力体制の拡充を狙った。
また日本文化をドイツや欧州に発信する狙いもある。
この目的のせいでザイフェルトが日本渡航を強行した理由に一つの説が出ている。
日本文化に触れるのが我慢できなくなったのではないのか、と
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──正直に言ってしまうなら、自分が推進した虐殺が正しいとは思えない。
悲鳴や肉塊を見聞きして、それがドイツ人でなくても私にはくる物があったね。
未だに一般市民の感覚でいるんだよ、SSの幹部が、NSDAPの幹部が。
あれだけ虐殺を許容して、未だに虐殺という行為に慣れてない。
……情けない話だよねぇ、まぁでも務めを果たすよ。
政治家になった宿命だと思って取り組もう──オーレンドルフの回顧録、ザイフェルトについて
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1945年 大連
可能な限り、今後の日独の為になるように振る舞いたいと強く願いつつ、ザイフェルトは満州の地に足を踏み入れた。
そこには大勢の日本や中国の人々がいた。
大臣はこの無垢な民衆に懐かしさと騙している様な不安感を覚えつつ、片手を挙げて応えた。
欧州とは全く違なり、得を重んじるアジア。
五感の全てを総動員させられ、大臣は好奇心を掻き立てられていた。
政治家という立場を忘れさせてくれる家族とはまた違う世界に興味を掻き立てられていた。
いつもどこかの国家弁務官区に居ても覚える感覚だが、今回はあまりに鮮烈であった。
この三日後、すぐに帝都東京に大臣は向かった。
大連には長居出来なかったが、これほどまでに自分を成長させてくれそうな予感をアジアに大臣は覚えた。
自分の殻すら打ち破るような強烈な感覚に期待した、政治家という鎧すら打破できるのではないかと。
学生時代の半端者に回帰したいと彼は思ったのだ。
まだ能力が無く、執念だけで殴り合ってきたあの時代に。
自分が他思想を完全に捻じ伏せる事に本能的な抵抗を覚えていた入党前に。
親だけに見せる嘗ての自分に。
黒いオーケストラのように、多数派に向かって『否』といえる勇気を持ちたくなっていた。
暴走して止まれない車のような彼は、事故を起こしてでも止まりたがっていた。
自分自身がどうなっても良い、満足できればそれで良いと言わんばかりにそう願った。
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国防軍は連合国世論動揺を狙ってアラスカ上陸と、スコットランド上陸の計画を進めていた。
北海とベーリング海はどちらとも連合国艦隊が活動的ではなく、上陸自体は簡単に成功すると見られていた。
問題は、その後相対する陸軍の質を確認しておきたかったのである。
スコットランド上陸は対日交渉中に始まっており、約四十師団が参加。
結果はアメリカ陸軍がスコットランド最北端の港湾都市から逆上陸、補給の悪化が重なり、撤退を余儀なくされた。
今作戦後の枢軸側の結論としては、
──アメリカ陸軍が最大の驚異である。他連合国軍は脆弱そのものであり、アメリカ本土で決戦をするなら今以上に空軍を強化しなくてはならない。
で、あった。
世論屈服による講和。
詰まるところ、自由を愛すアメリカ国民を如何に騙くらかす他ないのだ。
これがまた非常に難しい。
一つ間違えれば終戦は遠のく。
南米諸国が枢軸側で参戦すれば、
本格的に開発が進んでいるジェット戦略爆撃機を投入、カリブ海を舞台に米空軍を叩き潰すことも可能。
そうして、毎日のように空襲をして屈服させる、英国のように頑強に抵抗されるかもしれない。
やはり新型爆弾で世論を威嚇するしかないのではないのか。
侃々諤々の論議があり、それに終止符を打ったのはゲッベルス宣伝相だった。
『新型爆弾と食糧供給を止めれば良い』
ドイツの中で指折りの扇動家がそう言うのだ、それに違いない。
また同時期に過去、アメリカ議員が大企業と癒着していた事実を徹底的に探し回り、見つけ次第、『信頼できる放送機関』として中立国の新聞を介して発表。
アメリカの議員と民意の信頼関係を引き裂く事にした。
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──世論は割れている。
議会は成立しないほど混乱している。
財界は暴徒に襲われている。
急拡大した陸軍はアイゼンハワーがオーバーロード失敗の責任を取ってからはマッカーサーが暴れ回っている。
戦時国債が帰ってこない可能性が出てきた今、富裕層は逃げてゆく。
今や南アメリカは、カリブ海はアメリカの裏庭ではなくなった。
議会ではクラブが勢力を持ちだした、幾つものクラブによる多党性に変わりつつあり、左右問わず過激になり、かつての大物議員は次々落選。
各州ではWASPと他民族が対立を起こしつつある。
もうどうすれば良いのかすら分からない──当時のアメリカ地方紙に寄せられた投稿
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ドイツ 国防軍会議
「やっぱりアメリカ陸軍は侮れないな、ほぼ確実に陸戦で膠着してしまう」
「虎の子の機甲師団にも戦車開発で、最新鋭の車両が届いているが、数が足りない」
「東方生存圏で地元住民の協力を得ることにザイフェルト大臣が苦戦してると聞いたが、これほど工場生産が上がるだけまだいい方だろう。
ロシアに比べ、ポーランドに手を焼かされているらしい」
「やはり新型爆弾しかないのか」
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当時のアメリカ軍は急拡大をしていた、航空機の生産こそ停滞していたが、銃や野戦砲、軍艦などの生産ペースはむしろ向上していた。
ただ、増加ペースが異常であり、管理職や技術職、と言った専門職は間に合わず、犯罪者や学生まで動員していた。
1950年までこの増加ペースであれば五百師団を揃えることができた、さらには艦船の乗組員、パイロットを含めると膨大な規模になり、それらが母国で燻っているとどうなるか。
そう、巨大な政治勢力になったのだ。
マッカーサーは大統領という野望のために弾圧せず、扇動すらした、してしまった。
そして、それらは政治不安の原動力になった、不安に駆られた市民は強い個性を求め始め、平議員はそれに便乗する形で多種多様な政治勢力の『クラブ』を形成。
ここにアメリカの二大政党制は崩壊し、共和党、民主党は名ばかりの存在になった。
だがアメリカ政府は黙っていなかった、マッカーサーを取り込むと武力で議会運営を維持しようとし、それは見事に失敗した。
アメリカ政府は多数の政治勢力の連合体となり、ルーズヴェルト大統領の死後、更に分裂した。
このままではなす術なく敗戦してしまう、そう叫ばれて、新たな政権は生まれ落ちた。
ルーズヴェルト大統領の副大統領であったトルーマンが大統領になり、保守勢力のアメリカ自由党や軍部を支持基盤として取り込んだ。
またベテラン議員や左翼勢力を粛清し、民意の回復に努めようとした、──ファシズムのような手段で。
民主主義の砦はかろうじて生き残る事に成功した。
──だが、勝とうと負けようとアメリカの未来は暗い。
光ある国家ではなく、光で闇を塗り潰し誤魔化し続けていく国家になった。
ザイフェルトの容姿
黒髪、灰目、165ぐらいの身長、痩せ形
ふと思いついただけです、へい
中肉中背と、ガリでチビ、どっちしよっかなぁ
何も考えてない言うなァ!
支援絵羨ましいとか、お、思ってな、無いもん!