たぶん、今話は読まなくても大丈夫かな、と
──悠久の大義、とか絶対の正義なんてある訳が無い、人に寿命があるのと同じで必ず、終わりがある。
それでも足掻くのが人間だし、美しく散ろうとするのも人間。
私は、絶対に、破滅なんて絶対に認めないがね──ザイフェルト
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大臣は三ヶ月に渡って日本を周り、更に一ヶ月近く航空機を用いて、アジア全域を視察した。
途中、どうやって侵入したのかすら分からないアメリカの戦闘機に襲撃されるなど、危機的状況に見舞われたが無事に乗り切っている。
また、完全に余談であるがアジアの伝統的で有名な陶器などを各所で大量購入している。
それらを含めた土産物を大臣は収拾しており、ドイツ首都ゲルマニア郊外にある彼自身の邸宅に保管されている。
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──大臣の邸宅について──
指導者が奢侈によって自らの権威を示す、というのは洋の東西を知れずよくあることではあるのだが、大臣の邸宅自体は、彼自身の各地の視察の時に正規の手続きで得たとされる土産物を飾っているに過ぎない。
どことなく和を感じさせる庭園や
欧州、アジアなどの彫刻や絵画、日用品など多く保管されている
彼自身のナチズム研究の大量の資料──これはのちに関係者から収集されたものである
ザイフェルトやナチズム研究に欠かせない資料、博物館としても展示されている数百店の品物などが一般公開されている。
彼自身はこの邸宅にあまり執着心を見せず、初期の段階で公園兼博物館として一般公開をした。
建築様式は新総統官邸と酷似しているが、いかなる経緯でこの建築がなされたのかについては諸説あり。
──名家の真似事を寒門がしても似合わないということが判った、という発言が残されている。
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ゲルマニア
「──オーレンドルフ、アメリカはどうなっている?」
仄暗い灰色の目は腹心と言って良い部下を捉える。
誰であろうと滅多にしない、そんな眼光を部下に浴びせる。
薄暗い、政治の世界に居続けた者だけがするような、敵の破滅を祈り、策謀し続ける、そんな灰色の目だった。
思えば、第二帝国崩壊後、政治に異常に関心を寄せるようになってからは、学園で闘争を繰り広げるなど、ずっと誰かを疑い続けてきた。
ザイフェルトの今の目を形作るのは間違いなく、そこから始まっている。
「……アメリカ合衆国は、強引に、そして我々とよく似た手段で抗戦を選んだようです」
一瞬、気圧された部下だったが、今までの付き合いですぐに言葉を組み上げて見せた。
大臣の仄暗い灰色に、ちかちかと白熱電球のように光が戻っていくのを見たのだろう。
数秒、目を閉じて安堵していた。
「オーレンドルフ。この戦争は誰が悪なんだろうね」
そして再び光を宿した目で大臣は語りかける、いつものように、いつもの何気ない雑談の種として、単純な答えを端から求める気の無い質問をする。
難解では無い、だが単純化しても大臣の満足のいく物ではない。
芸術、哲学に全くと言って良いほど興味も無い、とはいえ政治家生活の為に最低限度の知識を保有している大臣は、芸術や哲学と同じように『絶対』が存在しない政治を好む。
絶対がない、人による正義の終わりなき探求を大臣は聞くのを好んでいるように、オーレンドルフには感じた。
「私のような若輩者にはわかりません」
「つれないねぇ、私の面倒な質問への対応がハイドリヒそっくりだ」
恐らく、友人の名前を出したことは大臣にとって無意識だったのだろう、そのまま目を細め、視線を落とす。
そこにある報告書に描かれた如何にも雄々しい鷲を眺める、視線はそこから動かない。
ハーケンクロイツを護るかのように羽を広げるライヒスアドラーを眺め続ける。
アドラーが大空を羽ばたいてハイドリヒの墓を見に行ってくれているかのように眺める。
でもそこにあの権力欲の野獣は居ない、ベーメン・メーレンで彼は死んでいるから。
何も言わず、大臣はハーケンクロイツを指でなぞる。
「私は、私の信じてきたNSDAPは正しいのだろうか」
誰にともなく、紙と紙が擦れるような声で大臣は独り言ち、悩み続ける。
もしナチズムが滅んでも、それは国民の意思によってでありたい、否定されるなら同胞が良い──贅沢で身勝手そのものな意識が芽生えつつあった、
ナチズムの限界を──ユダヤ人の最終的解決に判を押した事が、自分自身の限界だったのではないだろうか。
「──臣?大臣。
アイヒマンから報告書だそうです、確認してください」
灰に似た憂いの世界から急速に引き上げられ、色のある現実に戻ってくる。
白熱電球のような光が目に戻ってくる、口元は引き絞られる。
緊張感を失い、変に凝り固まった肩を解し、報告書を読む。
アイヒマンから届いた報告書の内容は
──今は亡き金髪の野獣と恐れられた大臣の友人、ハイドリヒにとっての悲願のような計画の話であったからだ。
後にこの計画はこう語られる──人類史の汚点、反ユダヤ主義の終着点、と
だが、未来なんて知った事かと言わんばかりに、亡き友人の願いを聞き届けた大臣は薄く、薄氷のように薄く、それでいて獰猛で達成感に満ち溢れた笑顔を浮かべていた。
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──敗北が恐ろしいと、ヴェルサイユで学んだ。
敗戦の責任から軍部も、財界も、誰も彼もが逃げ出したことで、信じる物の支柱を失った。
苦しい、悔しい、憎々しい──私のナショナリズムは暗黒時代その物だった。
だからもうナチズムから逃れられない、逃げて何になる?
今更逃げて、また失うのは勘弁だ。
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向かうところ敵なしの枢軸──
敗戦必至の連合──
両者は、自分たちこそ完璧で絶対正義であると言って憚らない、だがどちらも既に問題を抱え始めていた。
アメリカは戦時中に大規模に発行した国債、全土を覆う汚職、急拡大した軍部、建国以来の理念の破綻が重なり、世界の覇者だったヴェルサイユのその国とは思えない困難に直面する。
大英帝国は戦争初期から参戦していた為、最早大国への回帰は不可能、植民地奪還係に成功しても維持はあり得ない程の国力と権威の弱体化。
大英帝国の海洋支配、二度の欧州の共食いで過去の遺物となった。
第三帝国、千年帝国、大ドイツ帝国──様々な名称があるドイツも、もとは民主国家。
権力への隷属、責任からの解放、と言った現代でもよく見られるような思考に陥った国民の暴走。
付け焼刃の経済政策の矛盾と破綻。
イタリア王国はオーバーロード作戦で、ローマを一度失陥した結果。
ムッソリーニ率いる国民ファシスト党が弱体化、王党派やサンディカリズム、民主主義が芽吹いた。
ムッソリーニがドイツの誰かに宛てた手紙では
──戦後、十分な引継ぎが完了し次第、私たちは英雄のまま去る事にする
と書かれていた。
それほどの事であり、以降イタリアでは内政に再び忙殺されていくことになる。
極東の島国、
財閥による経済停滞、軍部による議会政治圧殺。
事実上の戦勝に国民は外に興味を失い、内の問題解決を熱望しだした。
腹が減っては戦が出来ぬ──暗に腹を満たす政治をしろという嫌味を込めて国民は口々に呟いた。