──どれほど目が、顔が、心が荒んでいても、笑え。
どれだけの罵声を浴びても耐え切れ、逃げるな。
一度掲げたら最期の最期まで貫徹しろ。
部下に、上司に、同僚に、無関係の他人でも、敵の目の前でも、誰に相対しても笑う様に。
出来ない事は出来る人に託せ。
だが信頼はするな、常に裏切られても良いように準備をし続けろ──ザイフェルト
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『──結局、シュタウフェンベルク大佐は犬死だった』
私達は殆ど集会などできなかった、シュタウフェンベルクの犬死を境に監視の目が獲物を奪われたクマのようにしつこさを増していたから。
ようやくその監視も緩み、久々の会合をしていた。
『だが、彼のお陰で民主化の道は見えつつある』
一人の国防軍軍人がゆっくりと、しっかりとした口調で発言をしている。
皆、聞き入っている。
『私は改めて誓おう、彼の死を犬死にさせない。
必ず、必ずだ。ドイツに自由を。あの思想に拘らないプライドをドイツに』
挨拶と言うにはやや芝居がかっている挨拶を述べてからその国防軍軍人は着席する。
この大戦中はナチ共から政権を奪取など不可能、あの失敗と国防軍が戦線の主役を占めているから。
あのバカと連絡を取り合えるようになった事ぐらいしか成果は無い。
勢力拡大を第一として動き続ける他無いのか。
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──私はザイフェルトは嫌いだ。
友人を、同級生を、理不尽極まる理由で殺めたことを許すことはできない。
ザイフェルトが狂人なのも私は知っている、あいつが愛国者なのも、あいつが敗戦の屈辱を忘れられないのも。
それでもあいつは許さない、もう立場上許す事も出来ない。
政治で潰し合うって意味では同じ壇上に立てるのかもしれない、でも理解し合うのはもう遅い。
あいつもそれを知っている筈だ、知っていてあんな事をした。
1919年からずっと復讐を願っていたあいつの意思は本物だよ──反ナチスの経済学者
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イギリスの損耗していく状況を纏められた報告書を大臣は確認していた。
読み進めれば読み進める程、耳まで裂けそうな三日月の笑みを笑みを浮かべて確認を続けている。
目は何処までも嘲るような光を放っていた。
これだ、これが見たかった、そう言わんばかりの狂喜だった。
大臣は戦勝に近付けば近付く程、笑っていた。
政争時の笑いでも、普段の笑顔でも無い笑顔であった。
オーレンドルフはのちにこう回顧している。
──大戦末期、ヒムラー長官の言いたい事がよく理解できた。
大臣は誰よりも本気、そう言うことだろう。
一次大戦は根深いもの、と実感させられた。
達成感や嘲りと言った色々な感情を集合させ、精錬したような狂喜だった。
深い深い水底のような仄暗い笑顔で、口から漏れ出す笑い声は鍵盤を無茶苦茶に引いたような統一性の無さと、腐り果てた肉塊のような不気味な悪意を振りまいていた。
手を一定の間隔で打ち鳴らし、目を細め、笑い続けている。
報告書を読み終わるまで笑いは止まらなかった、部屋に誰も入れない異質さを全身から振りまいていた。
月明かりのような眼光は、整った眉目は、狂気を滲ませながらも均整が取れていた。
同時期から彼は、思想的・政治的後継者として、オーレンドルフと新たにミュラー親衛隊中将、アイヒマン中佐を加えた。
オーレンドルフには組織論や生存圏での保障制度・占領政策などを
ミュラー、アイヒマンには大臣自身の思うナチズムや人種差別理論を
何故大臣は教える内容を二つに分け、全てを一人に伝えなかったのか。
それは昔からの政治への不信感、それが転じて見えにくい、心の奥底で育まれた猜疑心となり、一人の後継者にすべてを託す、という発想が無くなっていった。
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──戦勝に近付けば近付く程、私の復讐心は吹き荒れ、不穏分子共の妨害への警戒心は強くなっていく。
誰かが裏切るかもしれない、最高が最悪になるかもしれない。
二度とこの母国を売り渡すものか、私の場所を──ザイフェルト
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理想と現実の乖離、そして決意の貫徹、この二つは大臣と言う人間を死ぬまで苦しめた。
現実を知れば知るほど打ちひしがれ、子供の頃の心は失われ、警戒心、敵意、嫉妬などがその穴を埋めた。
大臣には恋が無い、彼を育て上げた両親も、彼の学生時代を良く知る同級生も、彼を信じた部下も同僚も、皆が口をそろえてそう言った。
第一次世界大戦前夜の不穏な社会、そして普仏戦争の影響など、色々な要因が合わさって大臣の幼少期は愛国心を煽る教育が盛んだった。
そして小さい時からの教育は第一次大戦で強化され、敗戦と同時に滅茶苦茶に破綻した。
大臣が少年期に見た母国は、つい先日までの同胞が思想に拘って銃を撃ち合う社会だった。
──ある大人は言う、共産主義は素晴らしい
──ある新聞は言う、皇帝が悪かった
──ある隣人の青年は言う、背後の一突きが原因だ
──ある思想家は言う、協商国が正義だ、民主主義は正義だ、我々は愚かだった
少し前までの栄華は無く、裏切り合い、罵り合い、勝者に媚びを売る現実が転がっていた。
皇帝も、共産主義も、戦勝国も、現政府も信用できない。
そう結論付けるのには時間がかからなかった。
青年期に入った大臣には
一次大戦時は恋愛にかまけている場合では無い、そう決めていた。
では一次大戦後は?ボロ雑巾のような母国を愛した。
大衆を蔑み、同時に愛す事はあったが一人の人を人生のパートナーとして愛しはしなかった。
人生に恋は無かった、その意味では当時の指導者の中では誰よりも孤独だった。
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──思想や国家に身も心も染められた人種はどれ程清らかな思想を掲げていても狂人でしかない──ミュラー
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夜間偵察で投下先都市が決定した後、枢軸国の首脳部はダルエスサラームに集まっていた。
投下予定日はあと三日に迫っていた。
この時の為だけに武装親衛隊、枢軸多国籍軍、鉄衛団義勇軍など、枢軸各国が保有していた反ユダヤ系準軍事組織は集結していた。
総勢40万、それら総てが暫定的に多国籍軍の指揮下に入り、今か今かと号令を待っていた。
海軍は潜水艦や、駆逐艦、巡洋艦などで周辺海域をサメのように動き回り
空軍は新兵の訓練も兼ねた部隊を送り込んでいた。
新兵器の完成、先の見えない総力戦を終わらせる切り札。
そして
反ユダヤ主義者は笑っていた、公約の実現を確信していた。
歴史上最大規模の虐殺の準備は整った。
この作戦により欧州から、アフリカから、中東から、ユダヤは完全に消え去る事になる。
ゲーリング空軍元帥は、ゲッベルス宣伝大臣は言う、ヒムラー長官は言う、誰も彼もが口を揃えて言う。
この日、この時を待っていた、と。
大臣は更に付け加えて言う、さて次は誰を迫害するか、と。
大臣からすれば欧州圏の多数派を構成する民族でなければ迫害するに足りうるのだ。
大多数の結束の為に、少数派を次々抹殺していく。
この一点だけを大臣は主張し続けた、要は誰でも良いのだ、団結さえできれば。
皆笑っていた、大臣も、政策成功を喜んで狂ったように笑っていた。
虐殺者の汚名に総てを埋める覚悟、後世に貶められる覚悟が完了した狂気的な強固な狂喜だった。
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三日後 アンタナナリボ上空
大臣は恐らく世界初であろう原子爆弾実験に航空機搭乗者として参加した。
低酸素、そして極寒の生身の生物を寄せ付けない毒々しさを持つ、澄み渡る青空を銀翼の大怪鳥は滑っていく。
初めての経験を、高高度を翔けていくのを大臣は楽しんでいた。
少し手を伸ばせば宇宙が届きそうだ、そう大臣が考えていると
投下予定地についた、と通信士が慌ただしくなる。
照準器に目を押し付け、僅かな誤差を修正しだす搭乗員。
高度は緩やかに下がり、迫害の末の楽園が広がっていた。
「投下目標を視認」
爆弾槽が開く、目標はアンタナナリボ最大の道路である。
「3」
誰かが撮影用のカメラを睨みつける。
「2」
眼下の町で誰かの悲鳴が聞こえたような気がした。
「1」
その一言は死刑執行を表していた。
爆弾が切り離される、機内は張り詰めた空気になる。
機体は進路を反転する、あとの惨劇から目を背けるかのように。
大臣は後部銃座まで移動して穏やかな街を観察する。
刹那、都市に光が満ちていく。
澄み渡る空も、流れていく雲も、全部全部押しつぶして、塗りつぶして、吹き飛ばしていく。
人を、鳥を、幸せを、蒸発させていく。
鉄を蒸発させ、人の影以外を消し去り、人を炭化させる。
アンタナナリボに突如生まれた地上の太陽は人類の戦争の在り方を大きく変えた。
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おしえてください
この世に生きとし生けるものの
すべての生命に限りがあるのならば
海は死にますか 山は死にますか
風はどうですか 空もそうですか
おしえてください──さだまさし作詞作曲の『防人の詩』から一部抜粋