千年帝国の幻想   作:ベルリン=モスクワ枢軸

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ゼーレーヴェは丘へ登る

──僕は色々な人を助ける職業になりたい。そうしてお父さん達を楽させるんだ──ザイフェルト 幼少期

 

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1946年8月15日早朝

 

ロンドン近辺は異様な雰囲気に包まれていた。

 

飛来してくる敵の数、海岸に集まるホームガード

 

 

───そしてゼーレーヴェは大挙して波頭を越えて来たこと

 

多くの軍艦に護られ、新大陸を打ち倒さんと、渚を越えてやってきた。

 

ポーツマスやロンドン周辺の港湾などにイタリア陸軍14個の歩兵師団が先遣隊として上陸。

 

更に追加戦力として26個の歩兵師団がポーツマスに上陸。

 

ロンドン近郊でホームガードやイギリス陸軍20個師団が防衛を固め、イタリア陸軍と開戦。

 

装備の質、数ともに負けるイギリス側はこの戦闘中常に後手に回らざるを得ず、最終的にはロンドンは孤立することになる。

 

ただ、政府機能は既に移転しており、徹底抗戦の構えを示した。

 

しかしこれ以上時間をかけると極めて質、数共に優れたアメリカ陸軍が押し寄せてくるのは必定。

 

二日後にポーツマスにロンメル将軍率いる現代戦車師団20個が到着、すぐさま北上を始めた。

 

昼夜問はず行軍を続け、イングランドを短期間で完全に制圧、この時点で英国陸軍から正規軍は消える事に。

 

北上を開始し、一度は足を踏み入れたスコットランドを再制圧する事を決めるが、スコットランドにはアメリカ陸軍20個師団が、ウェールズには30個師団がすでに戦線を構築。

 

ロンメル将軍はアメリカ=スコットランド方面軍が有する唯一の港を敵中突破を果たし、強引に輸送を破壊するという極めて大胆な作戦を立案する。

 

電撃戦には航空支援が欠かせないが、イングランドで壊滅した連合国空軍戦力や枢軸国も航空戦力展開が遅れたため、陸軍のみの純粋な戦闘になった。

 

連合国は手製の地雷や落とし穴、対戦車兵器などを用意して、従来のドイツ戦車に対抗しようとした。

 

ただ運が悪かったことに、既にドイツでは、機動性・防御性・攻撃性、この三つを高い水準で纏めた現代戦車を正式採用しており、それらは航空支援が無くとも凄まじい戦果を叩き出し、強行突破を実現。

 

アメリカ陸軍に対する評価は『きわめて強力であり、撃破は容易ではない』から『歩兵師団のみでは強敵だが、機械化戦力が居ればそれ程でも無い』というものに変わっていった。

 

もはやロンメル将軍の電撃戦は芸術的な域に達しており、わずか1ヶ月でスコットランドとイングランドを陥落させた、ただイギリス政府は異常なまでにフットワークが軽く、カナダに亡命。

 

残るウェールズでは米軍が頑強に抵抗を続けたが、航空支援が激しさを増し、撤退に撤退を重ねた結果、最終的にリバプール周辺に立て籠もった。

 

三度、ロンメル将軍の現代戦車で攻勢をかけてみたが、都市と言う事もあって戦車師団では攻略できず、補給の機会を見計らって反撃されるなどがあり、最新鋭戦車を損耗したくないドイツ政府によって攻勢は中止されると決定し、双方打つ手なしの状態のまま停滞することになる。

 

この一連の電撃戦でブルターニュ地方の維持がブリテン島失陥により無意味になり、飢えに苦しみ、爆撃に心を砕かれてもなお徹底抗戦した米軍は撤退。

 

ドイツ空軍や海軍がブリテン島に釘付けになっていた事が幸いし、護衛なしの強行輸送船団が辛うじて撤退を果たした。

 

第二次世界大戦の数々の戦闘の総決算、ゼーレーヴェ作戦は1ヶ月という極めて短い期間で終局した。

 

これからは英米との外交戦に他ならない、イギリス本土失陥の方を聞いて中東や南米では枢軸側につく外交が展開されつつある。

 

 

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市民を守るため、そう言ってロンドンに籠った部隊はロンドンを無血開城した、スコットランド陥落の次の日だった。

 

占領されたロンドンは悔しさと不安、不信感で不気味なほど静まり返っていた。

 

そんな霧の都にザイフェルトは来た、英国市民の不安を払拭し、終戦の一手を打つために。

 

──イタリアと共同して設立した、イギリス暫定占領機構、またの名をギルドホール機構。

 

大臣はその長として、更にはイギリス民意を正しく理解し戦後に活かす責務を負ってやって来た。

 

ギルドホールを庁舎として彼はイギリス全土の民間を統制を開始した。

 

まずは食料配布、そして官僚機構や裁判所の方やシステムの変更をしないということ。

 

民間側の意見を聞く機会を設けることや資産の保証。

 

占領軍が違法行為をした場合は公平に裁くこと。

 

そしてあくまで抑圧するのではなく治安の維持が目的であること。

 

大臣は自ら放送局で声明を出した。

 

最低限の警護を付けイギリス市民と触れ合い、理解を得ようとし続ける。

 

 

 

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──リバプールはまだ陥落しなさそうですか

 

──申し訳ない、アメリカ側も反攻拠点として使うつもりらしく暫くは膠着状態です

 

──……ロンメル将軍、では原子爆弾の使用を本国に依頼しましょうか?

 

 

 

ベルリンにロンドンから原子爆弾使用の進言が届いたのは1週間後。

 

政府側はロンメル将軍が提案したのだと認識していた。

 

同時に本国ではグーゼンバウアー博士がある論文を提出。

 

題名は『放射性物質の健康被害と原子爆弾投下後の放射性物質降下の可能性について』

 

ここで初めてドイツは放射性物質が降下してくる可能性を知った。

 

だから政府はロンメル将軍に放射性物質が降下する旨を

 

 

 

 

──────────

 

──原子爆弾をリバプールに投下する際、私も見に行く。

私が見に行かなければ意味が無いからだ。

原子爆弾製造を強力に推進し、アンタナナリボで多くの降伏を蒸発させた私の義務だ──ザイフェルト

 

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グーゼンバウアーは愕然とした、自らが作り上げた兵器の恐ろしさに。

 

アンタナナリボの灼熱地獄を二度と忘れないだろう。

 

彼はあの日、黒いオーケストラに味方することを決めていた。

 

何度も何度も考え続けた結果であり覚悟はあった、今でも確固たる自信を持ってそう言うだろう。

 

だから核兵器を失くそう、等と言う非現実論に行きつくことは無かった、それは逃げだと思ったから。

 

では自分が原爆について出来る事は調べ上げることしか無いだろう。

 

カルテや報告書などの正規の資料以外も漁りたかったが、殆どは処分されていた。

 

趣味の悪い誰かが投下後の待ちの状態を克明に記した日記を持っているかもしれない。

が、時間が惜しい今は捜索に時間はかけられない。

 

こうなったら得意の計算しかない、そう結論付けたのは良いのだが、何をトチ狂ったのか誰にも言わず黙々と作業にかかり出した。

 

そうして時間が過ぎ、彼は一つのことに気付いた。

 

放射性物質は拡散された後、様々な形で長期間残留したり、舞い上がった場合は降下してくる、と言うことである。

 

現代では当たり前と言えるかもしれない、まぁ短期間で気付く奴の方が異常だが。

 

 

 

 

「アンタナナリボでは確かに火傷以外にも重篤な症例が合った筈、だけどすぐ浄化されたから確たる証拠とは言えない」

 

自分自身の手が震えるのを自覚する。

 

あの後からストレスには強くなったとは思ったがまだまだだな、と逃避気味に自嘲する。

 

投下後の状況や核開発の過程で自身が行った演算を応用して一気に書き上げた論文を手に取る。

 

これを政府に出せば、この非現実的で科学的で馬鹿々々しい狂気的破壊力を止めれるかもしれない。

 

そう願い、そう望み、そうしたい、とこれを提出した。

 

この非常識な戦争を終える兵器は非常識で容赦なしの破壊力だった、自分がそれを作り上げた自覚が今やっと抱けた。

 

きっと何十万という死を時折振り返りつつ生きていくのだろう、きっと怨念が墓まで追いかけてくるだろう。

 

アイツはどれ程の覚悟なんだ、そう恐懼した。

 

あの小柄で華奢な体に、あの月光の様な光をともす目に、あの皮肉気に歪みがちな口に、あの死人のような青白さに

 

一体どれだけの覚悟があるのか、想像もつかない。

 

責任感や義務感?復讐心?社会的成功?名誉?地位?財産?

 

──違う、らしくない。たった一言で表せないようなものだ。

 

ただ言えることがあるなら、狂ってる、全く狂ってる。

 

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「そうかそうか、リバプールに使用許可が出たか」

 

報告をした親衛隊将校は大臣の笑みの意味を計りかねた。

 

視線の先には紅茶を啜り、おもむろに煙草に火をともしている上司が居る。

 

一服してから大臣は告げる。

 

「原子爆弾投下の日を気象状態から決めるように、また国防軍やゲーリング元帥にも連絡を入れておいて欲しい。

私も見に行こう、場合によっては現地の司令官と話せれば嬉しいのだが」

 

「だ、大臣?大臣も視察しに行くのですか?」

思わず待ったをかける。

周辺は確かに危険では無いだろう、だが敵の艦隊や航空隊が来れば大臣の身が危ない。

 

「そうだ、もし仮に反抗の拠点にリバプールが選ばれてももう遅い。

それに私は原爆の総責任者だ、行かない選択肢は無い」

 

笑ってる、確かに嗤ってる。ただ眼だけは凪いだ水面の様な冷静さを持っていた。

 

リバプールに居た市民は三度の攻勢の前に脱出している。

 

連合国司令部との折衝の末に成り立った結果だった。

 

そしてそれが彼らの運の尽きとなった。

 

民間人が居ない、戦後の軋轢を極限まで減らしたいザイフェルトにとってこれほどの僥倖は無いからだ。

 

口は耳まで吊り上がり、目は線のような細さになり、部下を視界に入れ続ける。

 

咥えていた煙草から灰が零れ落ち、紫煙は昇り続ける。

 

煙草から灰が零れ落ちる刹那、報告に上がった将校はナニカを聞いた。

 

 

──やっとアメリカを敗戦の味で塗り潰せる

 

 

地獄の底から這い上がって、尚怨敵を追い続ける死者の執念の様な、声が

 

小さく、小さく大臣の口から零れ落ちる

 

だが積もり積もった憎悪が、しみ出すような、声量を無視した存在感のある一言だった。

 

大臣の顔を咄嗟に見て将校が感じ取ったのは、生物的な威圧感ではなく、海底に眠る軍艦のような止まったままの憎悪だった。

 

目も、口も、表情も、所作も、雰囲気も、全く動きを感じない。

 

絶対零度に急降下し、朽ち果てずにそこにある。

 

朽ちずに増大し続けた害意以外に何も感じなかった。

 

──────────

 

──100年後、今ある先進諸国が没落する時、それまでのやり方では時代に取り残されてしまうだろう。

例えば、封建制国家が総力戦をするように。

でも大半の大衆は気付かないだろう、そして同じやり方を求め続ける、結果が破滅であってもそれ以外が恐ろしいから。

日本やイタリアであるような民主化の動きは正しい、それが今の100年間の最適解なのだろうから──ザイフェルト




次回はリバプール

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