重油のような黒い雨がリバプールを破壊した。
大臣はロンメル将軍の居る司令部に、粘り気のある黒い死の雨に打たれながら到着した。
ここで国防軍軍人は親衛隊の中では親交のあるザイフェルトが『やはり親衛隊』であることを悟った。
大臣は喜々として大損害を被ったアメリカ軍に交渉を開始。
黒い雨や被曝後の健康状態の資料・破壊力や被害状況の資料を複製させることを要求。
交渉と言うからには対価がある、大臣は彼ら兵士を安全に帰国させることを条件に出した。
この対価はまさしく前代未聞であり、総統が大臣に電話で意図を問い質すほどで、大臣はそれらについて完璧に説明し、総統に許可を求めた。
総統はこの電話の後に政府や親衛隊上層部に向かって
大臣を勝利の為なら何でもする化け物、と評した。
結果としてドイツ政府は多量の食糧や医薬品と輸送船を提供する事になった。
ただ航海中に多数の兵が死亡、帰国後は被爆した兵士の隔離や司令部の軍人が軍法裁判にもかけられている。
また被曝の被害が公衆の面前で明らかにされた事、
南米から300機ほどの戦略爆撃機がボストンで空襲を行った事
の二つの件でアメリカ世論は大きく揺らいだ。
更にとある音声が届いた、大臣の声だった。
アメリカ合衆国に無条件降伏を呼びかける旨とそれを拒絶した場合はアメリカがインディアンにしたような虐殺を開始するという二つの事が、
──全く演説的な口調ではなく、
むしろ事務的に淡々とした声色で発せられていた。
そしてその音声は大量に、そして無関係に配布された。
そして連日の爆撃と降伏を促すビラ撒き、合成ゴムの製造が間に合っていないアメリカではもはや対抗する航空機すら足りない状況下だった。
結果としてアメリカ本土での一定の影響力を持つアメリカ陸軍の人事は講和派に刷新され、
アメリカ政府の支持率は下落、急遽選挙を行い、講和派が結成した国民戦線が勝利。
ただそれでも集団パニックに陥った状況は解決できるものではなく、国内ではユダヤ狩りが無秩序に行われる有様だった。
──────────
「アメリカ世論が揺れ動いている今のうちに、アメリカを除く連合国の処分を決めてしまいましょう」
大臣は戦後、アメリカを筆頭とする自由主義陣営が内部分裂するような講和を提案。
日本には近衛文麿、岸信介を介し連絡を取って講和条約の策定に取り組む動きを展開した。
大まかに具体的な案としては
・英仏への賠償金請求は無し
・アジア・アフリカ圏の連合国植民地は民族自決に基づき独立(枢軸加盟国が優先して投資する権利を有する)
・連合国加盟国の主権の維持
・連合国加盟国は枢軸国への協力をすること
・連合国の各国指導者に対して求刑をすることはしない
などきわめて寛容策が打ち出されることになった。
ただ日本は中国、ドイツやイタリアはロシアやバルカン半島がこの寛容な講和条約の犠牲者としてそれぞれのブロック経済に組み込まれた。
また日本との緩衝地域として期待されたロシア帝国は極東を一部、日本に割譲する形でシベリアを再獲得した。
また枢軸国はアメリカに対して要求した無条件降伏後については、
賠償金は技術や企業の株で代用する事、軍艦の譲渡、軍備制限、諜報組織の解体など、非常に厳しい内容となっており、更には半強制的に黒人など有色人種の公民権を付与の要求も。
ただ、終戦間近の戦時下でありながら秘密裏にKKKに資金援助などを開始した。
つまり大臣の狙いは、
アメリカと連合国に、
アメリカ国内の人種に、
決定的なまでに亀裂を加えようというものであった。
──────────
──マキャヴェリの言うことは正しい──ザイフェルト
──────────
寛容な講和と言うのは宣伝が必要だ。
そして憎悪は寛容と忍耐では溶解できない*1。
実際、戦後の法外な賠償がいくら減額されたからと言って我々は恨み続けた。
彼らの愛国心を破壊する事が出来れば都合が良いだろうが、ここは核兵器という恐怖で従わせる他ない*2。
アメリカとドイツの関係は修復不可能なものになるだろう、ただそれでも我々の武力を示せば黙るだろう。
核と言うのはそれだけの実力がある。
この総力戦で核は二度と日の目を浴びることは無いだろう。
総力戦も二度ととして起こりえないだろう、我々は中世の君主のように適当な所で手打ちにする機会を得たのだ。
戦争も、政治制度も、価値観も、今大戦の技術革新で大きく変わるだろう。
ただ人の心は変わらない、決して本質は変わらない。
後世に恨まれても良い、今は我々が勝者で、その勝者の権利を行使しておかねば我々の子孫は苛烈な報復をされるだろう。
我々は恐れられるべきなのだ、後世の為に。
没落した時がきっと復讐される時になるだろう、私は終戦直前にやっと学んだ。
ただもう遅い。
余りにも遅かった、私は今まで蔑んできた協商国の二の舞を踏み抜いてしまったのだ。
連合国から、黒いオーケストラから、我々は死んでもなお恨まれ続けるだろう。
──────────
──もし枢軸が敗戦していた時、枢軸加盟国の大衆から責任感と愛国心は永遠に失われるであろう。
代償に得られるのは連合か、コミンテルンこのどちらかの繁栄と没落に巻き込まれる義務だけだろう──ザイフェルト
──────────
ベルリン 宣伝省 大臣執務室
「上手く行っているようで何よりだ、では」
ガチャリと電話を切る。
無意識に自分が足を撫でている事に気付いて苛立たしくなった。
帝国の保守派と我々を仲介してくれる彼は変わったというのに。
私はまだ過去を振り返ろうとする。
………ザイフェルトは変わった、間違いなく変わった。
今までは堪えているような雰囲気だった。
ただ戦勝に近付けばそうなるほど、それは瓦解していっているように見えた。
勝って滅びる国、負けて栄える国──そんな言葉を聞いたことがある。
では大臣はどうなる?
死に物狂いで努力して、死んだような覚悟で上り詰めて、それで勝って、最後に破滅でも迎えるのか?
そう予感しているから変わったのだろうか。
大臣は同級生を、突撃隊を、ユダヤ人を、敵国の兵士を、あの世に押し込んだ。
大臣はハイドリヒや同胞、ナチ党員や部下を多く喪った。
きっとそれでも耐えてくれていたのだ。
それだけは理解できた。
「出来れば助け出したい、あの大臣に戻って欲しい」
もう遅いだろう、でもそう願った。
私にとって彼は良き友人で、信頼できる味方だから。
──────────
──結局どれ程完璧な装置が出来たところで最後は人の意思が全てを分ける──ザイフェルト
──────────
あの後、ロンメル将軍に頼み込んで被曝したかもしれない事には黙っていて貰った。
原子爆弾が使用された時に到着していなかったのは残念だったが講和に繋がりそうな事は出来た。
それだけでも意味があった、あの原爆の惨状を撮影できた事もそうだ。
勝利に繋がる、きっとそうに違いない。
あの自称有能のギムナジウムの奴らに二度と文句は言わせない。
ドイツの若者に愛国心を再び根付かせることができる。
この国は再生する、今度こそ。
今度こそ勝って栄える、負けて滅びるのでは無い。
この大戦で消耗し過ぎた白人国家が栄える事は殆ど無くなるかもしれない。
ナチズムも、ナショナリズムも教科書の文面だけの存在になるかもしれない。
もしそうなっても、私が生きているうちは栄えさせる。
私が生きているうちはナチズムは破滅させない。
使命では無いし、義務でも責務でも無い、私がやりたいからやるのだ。
あの敗戦からやりたいと願ったからそうするのだ。
──────────
大臣はロンドンの夕焼けを眺めていた。
手に握られているのはポーランドレジスタンスの書類だった。
ハイドリヒが作り上げた国家保安本部が製作した物だ。
ポーランドレジスタンスの一斉検挙並びに処分、つまりは虐殺を要求する資料である。
大臣はこれを承認してはいけないと信じている、不必要な暴力と恐怖では効率が落ちるから。
ポーランドレジスタンスの被害と投資が釣り合っていないことも理解している。
これ以上の譲歩は生存圏維持に関わりかねないと確信している。
これ以上SS隊員を見殺しにすれば民意の抑えが聞かなくなることも知っている。
ナチズム信奉者がポーランドで暴行事件を起こそうとする事件も発生していた。
後にドイツ本土で部下や同僚に向かって大臣は、これを承認した事への後悔を口にしていた。
──────────
──外道に成り切れねば勝てないのが競争であり闘争だ。
清く美しい精神などは平和な理想論に過ぎない、実力無き理想論はアヘンでも吸ってから言うものだ。
手段を惜しむな、一気呵成に悪意は叩き付ける様に。──ザイフェルト
──────────
「我々は結局何もできなかった」
全ての理解者は黙って事実を認めていた。
空気が淀んでいたのは窓も締め切って会議に明け暮れていたからでは無いだろう。
確かに大勢の国防軍軍人がこちら側に着いた、ただいま内戦をしても国民の支持は上手く行かないだろう。
彼らは勝った、夥しい犠牲の上に。
彼らは勝った、大英帝国がインド・中国を破壊しつくして繁栄したように。
彼らは勝った、スペインの黒人奴隷を使った繁栄と同じように。
そしてドイツ国民は平和の到来を歓喜している、勝利と繁栄を心から歓迎している。
だから待とう、待って、待って、待ち続けて──
彼らの失敗を待ち続けて──
彼らがそうした時、我々は彼らを滅ぼす大義が生まれるのだから。
アイツのように待ち続けて、準備を続けて、果断に挑戦しよう。
同級生や他思想勢力の無念は私が晴らす。
私は私の手で、声で──
アイツを断罪する。
その為に、この国を救う為に、この国の真のナショナリズムの為に、
今まで私は生きてきた、諦めなかった。
準備の為にグーゼンバウアーを引き摺り込んだ。
準備の為に同級生に声をかけた。
アイツが望んでやまない『責任を取り続ける自由』を私は掲げてアイツを叩き潰す。
アイツは自由を剥奪し、自由を炉にくべる事をナショナリズムの果てたるファシズムやナチズムに求めた。
アイツの信じる民主主義の反面教師としてそれを望んでいる、奴が学生時代から変わらないとすればそこだ。
それを叶えてやろう、ただそこに──
──愛国者の席に、アイツの名前だけは入れてやらん。
自由なドイツを作るのは私だ、強いドイツじゃない、自由なドイツだ。
今度は矢面に立って、今度は指導者の一人として、今度こそナチ共を叩き潰そう。
──────────
──私は正気で、愛国的で、真に民主主義を愛している、人間だよ──ザイフェルト
──────────
1946年10月
──結局、アメリカ合衆国は国内世論の揺らぎには抗い切れず、講和会議の席に着くことを決定した。
アメリカ側に貸された極めて重い処分に関しては、幾度かの会議を経て減額される事が決まった。
ただそれでも戦後のアメリカ経済は日独に依存するようになり、幾つかの政治的要求によって国内問題は加速。
新大陸の覇者の世界秩序は大戦で始まり大戦で終わることになった。
アメリカ合衆国は大きく軍備を制限され、フィリピンや太平洋の島々、パナマ運河を失った。
日本はハワイやグアムを独立させ、太平洋自治政府として大東亜共栄圏に招き、アジア・太平洋の制海権を掌握した。
多くの政治家や影響力を持つ者は公職を追われ、隠居生活を送るよう定められた。
他連合国は極めて寛大な条件のもとに復興する事に決まった、彼らは核の破壊力に従い続けるだろう。
中東ではイラクがシリアやレバノンを併合、トルコは新枢軸政府として再生し、国土の一部はクルド人による新国家として分離独立が決定。
アフリカは民族や宗教分布を調査され、それを元に枢軸の手によって再分割されることになった。
アフリカの人種などの調査にはイギリス、フランス、ベルギーの資料が大いに役立ち、細かく分割された上で枢軸全体での管理を受ける事になった。*3
核兵器については連合国加盟国が保有する事は原則禁止とされることになり、アメリカが保有する核爆弾は日独伊により分割された。
一連の講和会議はドイツの都市ボンで開催された。
アメリカの降伏調印をした場所はグラーフ・ツェッペリン甲板であった。
その為、アメリカ降伏をツェッペリン署名、連合国全体での講和をボン講和条約と言われる。
総統はヴェルサイユ宮殿での講和を熱望していたが結局有耶無耶になってしまった。
こうして戦後秩序は定まった、遅れた人々を見放して、敗北した人をひき潰して始まった。
ではこれからは平和な世が始まるのか?
否である。
ドイツの、イタリアの、日本の、枢軸全体の国内矛盾の激化による闘争が始まる。
最終的に世界秩序が形成されたのはもう少し後の話である。
──────────
──ザイフェルトは、真の理想の為なら同胞も、可愛がった部下も、世話になった恩人も、愛した思想や政党さえも潰す。何よりもっと恐ろしいのは、自分すら理想の部品と見なして扱う。
彼は平等だ。国家の繁栄、民族の団結の為に役立つならすべて使うし、不要になればすべて潰す。
口先だけの平等ではない、机上の論理の平等でも理想でも無い。それを自他共に課す事が出来るのだ。
彼は誰も信じていないし、誰も彼もを信じている。国家の為に、理想と正義の為に。
──────────
「多くの政治家を戦争指導者として処罰する事が出来たのに何故、公職追放のみに留めた」
総統はそう言って私に意見を求めた。
「それに関してですが、我々の手でアメリカやイギリスを長期間間接あるいは直接統治するのは無理であろう、という結果、とも言えます」
これには多くの陣営加盟国が賛同しており──と背景や現状の国力を示して説明していく。
まず占領に割かれている現状の人員や資源、これらの負担が増大している今、無理は出来ない。
次に市民感情、北フランス占領時代にも言えた事だが基本的に強い反発を招いた。
多くの死者を出す衝突もあった事だし、これ以上の拡大は難しい。
正直に言うならば、これ以上の占領は無理難題だ。
ドイツ本国の民需産業の弱体化が著しい、そういう話も聞こえてくるならそこに資源を割くべきだと思っている。
次に親衛隊、暴力と秩序の象徴として機能しているが、余りに拡大し過ぎた。
これは国防軍もそうだ、もうドイツは戦争経済から脱する猶予が無い。
本当は占領統治のみの意見として講和の賛成を表明するつもりだったが、これではドイツ全体の現状を述べている、職務侵犯では無いと信じたい。
「………分かった、ザイフェルトがそこまで言うのだからそうなのだろう。異論は?」
一応総統は認めてくれた、ただ心変わりが無いように細心の注意が必要だが。
「では」
この場で一番面倒な人が挙手をする、私はそれに応じる。
顔は崩れていないだろうか、まぁ良い。
それからは2時間にも及んでアーリア人種の優等性と経済問題を絡めた、複雑かつ高度で神話的な批判に淡々と答える事となった。
私はマルティン・ボルマンという男とは仲良くできそうにも無いと確信できた。
逆に彼やリッペントロップらを除く仲が保てている事が私の取り柄と思っておこう。
──────────
黒いオーケストラは公式では壊滅した、ただそれは違うだろう、あれらは偽装の一環に過ぎないだろう。
それが大臣と我々国家保安本部の総意だ。
きっと再起を狙ってくるだろう、五年か、十年か、二、三十年先か分からないが。
ただ大臣が生きている間に、彼らは絶対に動き出すだろう。
これは私の勘だ、大臣の昔馴染みが彼らにいる可能性は恐らくあり得る。
そして大臣を否定する為にも彼らは仕掛けてくるだろう、近いうちに。
彼らは大臣に、大臣の理想に、大臣の正義に、必ず、確実に復讐を果たすだろう。
ちょうど大臣がヴェルサイユの復讐を果たしたように。
だから私は大臣を、ザイフェルト大臣を支え続けよう。
親衛隊の名に恥じぬよう、恩義を返そう。
あの人は第三帝国にとって、欧州にとって、まだ生きていて貰いたい。
「大臣、講和の最終調印だそうです」
この、灰色の目を持った大臣を喪う訳にはいかない。
「ご苦労、では行こうか、オーレンドルフ」
取り合えずはこの終戦を喜ぼう。
多くの人を失って、多くの財産を失って、間違いなく第三帝国は樹立された。
えぇではこれから最終章です(ヤケクソ)。
黒いオーケストラがこのままだと意味もなく退場するのは許せんので続きます。
講和の内容が分からん!とかの意見は
活動報告の『千年帝国の幻想で駄弁ろうよ!』
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=264389&uid=299765
のどうぞこちらに(久々の復活)
可能な限りお答え、あるいは小説で補足させていただきます。
では