千年帝国の幻想   作:ベルリン=モスクワ枢軸

56 / 75
ルビコン川

4月10日、多くの要人がモスクワの地を踏んだ。

 

多くの屍を積み上げて獲得した生存圏の地──

 

ロシアの中心地──

 

ソビエト連邦崩壊以降、ドイツ系資本の導入によってある程度の発展を遂げている都市だった。

 

絶滅戦争という破滅的暴力の嵐がこの世界ではロシアの大地ではなく、ユダヤ人のみに向けられたことが今の生存圏、ひいてはドイツの戦勝の一要因にもなっている。

 

そう、彼らドイツ政府首脳部が行った戦争は生存をかけた戦争だった。

 

混迷によって経済弱小国を見捨てた世界への、怒りと復讐心を原動力とした国益を賭けた戦争だった。

 

第二次世界大戦は狂気ともいえる思想の激突では無かった。

 

国益を優先した戦争だった。

 

──ドイツは、枢軸は幸運なことに敗北という意味での絶滅戦争。思想や尊厳も何もかもを根絶し合う、絶滅戦争は二次大戦では経験していない。

 

 

 

 

 

甲高い音共にジェット戦闘機が空を滑り、スモークでハーケンクロイツを描く。

 

意気揚々とした新編された武装親衛隊が道路を練り歩く。

 

それらを正確に、宣伝省職員はカメラに収める。

 

子供たちがまるで英雄でも見るかのように軍事パレードを追いかける。

 

大人たちは家に潜んで怯えるか、熱心に占領者の旗を振り回す。

 

「チョコレートを頂戴!」、子供たちは装甲車のおじさんたちに向かってそう言う。

 

それら総てが新聞に、映画に、テレビに、映される。

 

モスクワではそういう光景が繰り広げられていた。

 

──────────

 

多くの政府首脳部や親衛隊上層部を招いての大規模訓練。

 

彼らは家族を連れて、やってきていた。

 

「ゲッベルス大臣、長旅お疲れ様です」

 

「ザイフェルトか、出迎えありがとう」

 

駅のホームでゲッベルス大臣を迎え、そのまま歩き出す。

 

秘書や護衛、家族には聞こえないような声で会話を始める。

 

こぎれいで、そして多くの人々が日常の移動手段としているこの駅も、今は多くの要人を迎える為にひっそりと静まり返っている。

 

「ここもかなり発展しているな。宣伝で使えそうだ」

 

「ロシア全体が発展していますからね、観光や交流の環境は整ってきてはいます」

 

「まぁ、人種理論に熱心な事は悪いとは言わないんだがね、意識改革や印象操作は極めて厳しい」

 

「親衛隊所属の私が言うのもなんですが、やはりと言いますか、親衛隊やユーゲント、熱心な国民が道を阻んでいますからねぇ」

 

──別に彼らが私たちに対して、悪意や害意がある訳では無い。もっと言うなら、目的まで同じだ、手段と判断が異なるだけだ。

 

「しかし親衛隊が動かない事には思想的な意味では詰んでるも同義じゃないか」

 

ゲッベルス大臣はやはり誰にも聞こえないように声量を調節した上で、言葉を続ける。

 

「急進派としての親衛隊、ワイマールを忘れた度し難い民主勢力、核開発競争を激化させる他戦勝国────まさに内憂外患という言葉が我が国に適している」

「君や私に資金やコネはあっても、決定的に武力が足りない」

「武力無しでは改革は上手く行かないだろう、トロツキーの様に」

 

さてどうする?

 

黒いオーケストラが何かしでかす、と言う私の期待は結局、証拠が無い願望でしかない。

 

自力で解決しなければならない事だ。

 

自分の選択の責任を果たし続ける事こそが真の自由だと思うから。

 

「ヒムラー閣下や総統を此方に引き込めればいいのですがねぇ」

 

「それを君がしないって事は、無理ということを悟っているからだろう?」

 

「何のことやら」

 

そう肩を竦めるしかなかった。

 

「ヘス副総統が、あの人が二次大戦初期に英国本土に飛び立たなければ、もう少しやりようはあったんですけどね」

 

ヘス副総統が政界から追放されなければ、まだ総統を説得できたかもしれない。

 

「君だって英国が副総統を外交官として拒んでしまったことは理解しているだろう」

 

「──私のような中途半端者では改革なんて夢のまた夢。いっそボルマンに」

 

「やめなさいやめなさい、ロクな事にならん」

 

並んで歩いている二人から小さい笑い声が漏れる。

 

人生で何らかの挫折を味わった二人の大臣が笑っている。

 

日の射し込まない冷たい、コンクリートと鉄骨の無機質な駅のプラットフォームを、歩いている。

 

駅を出れば、部下に囲まれれば、映像に収められれば──その瞬間から政治家としての戦場が待っている。

 

鋼鉄のような強度で、溶岩のような熱を持って、熊のような執念深さで、敗戦から始まる挫折を踏み越えて、真に誇れる国家の指導者として難局を打破するだろう。

 

──────────

 

──国家無くして個人無し。国家無くして国際社会無し──ザイフェルト

 

──────────

 

シュペーア大臣が主導して作り上げられたモスクワ郊外の巨大な広場。

 

それはこの大規模訓練の為だけに設営されたといっても過言ではなかった。

 

その広場はサーチライトや炎、水をふんだんに使い、荘厳な雰囲気を作り上げることに成功していた。

 

これまでの党大会は、言ってしまうなら形式化と大衆の娯楽化になっており、それらは親衛隊や一部のNSDAPを苛立たせていた。

 

今回参加しているのは親衛隊、NSDAPや一部のユーゲントであり、長々とした行事ではなく、適度な休憩やレクを設けるなどして、党大会参加者の気力を最後まで維持し続けた。

 

特に宣伝省が積極的に取り上げた宣伝としては、ユーゲントの生徒達が卒業と同時に親衛隊へ参加し、彼らが血染めの党旗に忠誠を誓う、というのがまるでこれから始まる英雄譚のように扱われた。

 

この党大会は、堕落した現状からナチズムを再確認し、昇華させる──そういう狙いがあった。

 

ナチズム崇拝をする事は改革の敵を増加させることでしかない、ただそれでも堕落はもっと脅威であった。

 

あのワイマールを大臣は想起したのだ、混乱と復讐と諦観が堕落を生んで、どうしようもない程眩い理想をゴミ同然に破壊したあの時と重なった。

 

堕落が、無知が、楽観論が、諦観が、拝金主義が、再びドイツを蝕むのがどうしても耐えられなかったからこその党大会であり、この大規模訓練であった。

 

急進派を宥めすかし、富裕層にゴマを擦り、無産階級を煽り、他国を辱め、政争で政敵を潰して、不信と孤独と裏切りに恐怖してでも、改革を選んだ。

 

ドイツ統一という崇高な神話が同胞によって破壊され、その同胞らが掲げた民主主義という象牙の彫刻品のような美しい理想を国民はすっかり忘れて、行き着いた果ての理想であり、大臣にとっては陶器のような芸術であった。

 

国家と民族に縋る以外の選択肢を、激動の最中に失った人間の必死の抵抗であった。

 

帝政、民主制、共産主義、それらの理想がどれほど人を熱狂させても、人は忘れるし、堕落させる──そう大臣は認識していた。そしてあっさり諦めるほど割り切れた性格ではなかった。

 

────この大規模訓練、そして党大会で、親衛隊は多くの新規隊員を獲得した。

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

大臣は応接室で嬉しそうに党大会の進行を確認していた。

 

心の底から喜んでいた、本土の危険性を忘れてしまう程に。

 

「閣下!ザイフェルト大臣閣下!」

 

部下の扉を叩き開ける様な動作と、その雰囲気により、声は硬質なものに変わり、表情は引き締まった。

その部下は大臣の沈黙を発言を促していると受け取って、事実を端的に告げる。

 

 

 

 

「ドイツ本土で黒いオーケストラが──民主主義政府の樹立を宣言しました!それと同時に我々に対しての宣戦布告も!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。