千年帝国の幻想   作:ベルリン=モスクワ枢軸

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決意

「ザイフェルト大臣!これは一体どういうことか!?」

 

会議が始まると同時にボルマンの絶叫が部屋中を叩き揺らした。

 

治安維持に一応の関係があっていたからだろう。

 

そして何より、

 

「貴官の!ギムナジウムの知り合いが!主犯らしいじゃないか!どういうことだ!」

 

生き残ったギムナジウムの知り合い、そのほぼすべてが今回の新政権樹立にかかわっていたからだ。

 

「ザイフェルトに直接の責任はないだろうがッ!それに今は、これからの話が重要だ!」

 

ヒムラーが怒鳴り返し、そうして会議は本来の目的を思い出した。

 

この内乱をどう処理するか。

 

すでに一応の対策は取られており、現地の予備役状態であった親衛隊隊員の動員令。

収容所管理の髑髏連隊にも動員令を出し、一般親衛隊が収容所の証拠隠滅や爆破処理を行った。

 

なぜ収容所を処分したかというと、この時点で本土のほぼ全てを喪失していて、プロイセン州や帝国大管区でかろうじて組織的抵抗ができていたが、もし本土から駆逐されたとき、収容所が如何なる物かを宣伝されるのは大衆の支持を失いかねないからだ。

 

それでもドイツ全土への通信が保持されている間に動員令を発令した理由は単純だ、捨て駒と戦力確保である。

 

核を除くすべての兵器の使用を許可したうえでの時間稼ぎであった。

 

また、ほとんどの首脳は大規模訓練に妻子を連れてきており、人質云々を気にする必要はなかった。

 

 

──ザイフェルト大臣を除いて。

 

──────────

 

 

 

親衛隊隊員は皆笑っている、NSDAP党員だって、ユーゲントだってそうだ。

 

絶滅戦争、そう政府が表現したこの内戦を、笑って迎えるつもりなのだ。

 

失望や孤独感や恐怖を思想への忠誠という形で誤魔化す最良の方法なのだろう──そうでなければ、これは狂信という他の表現が見当たらない。

 

「大臣」

 

「大臣、親衛隊やNSDAPではこの戦争を笑顔で迎え入れようとする風潮が広まっています」

 

気が付けば、私は大臣の執務室に訪れていた。

 

絶滅戦争、親衛隊の異常さに今更ながら危機感を覚えて。

 

「そうか、ナチズム……いや全体主義か、民主主義か、どちらが20世紀の常識かを分ける戦争だからねぇ」

どこか上の空で、返事にならない返事を返して、大臣は私を真っ直ぐ見る。

 

「──ああ、そうだ。オーレンドルフ、ユーゲント側に連絡して欲しい事がある。

ユーゲントから新規武装親衛隊師団の編成を依頼したい。

また生存圏全域では食料・武器・建材の統制を開始して欲しい。現地の役所には避難所を設営を急がせて」

 

この非常時に、動じる事無く大臣は支持を私にくれた。

 

一番に動揺しているのは大臣だろうに。

養子とも、両親とも引き剝がされ、裏切りの嫌疑をかけられ、今こうして自分の改革が閉ざされたのを悟っているのだから。

 

そんな大臣は、こちらを寂しそうに笑いながら、目と目を合わせて

 

「────わざわざ親衛隊が笑って内戦を始める事を伝えに来たのは。親衛隊は狂ってるのか、それが聞きたいからだろう?」

 

私の初めの質問に触れた。

 

「よく、分かりましたね?」

 

「そりゃ上司だからだよ。そして、親衛隊が狂ってるのは今に始まったことじゃない」

 

──1919年から始まった怨嗟の権化なんだから、当然だろう。

 

大臣はからからと笑っていた。笑うしかない、と言いたげに。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

「ゲーリング閣下」

 

「ハウサー将軍か、なにか?」

 

「こちら側の兵力の確認が終わったので共有をしておこうかと。」

 

「分かった。空軍の方は半々、といったところだが、練度が問題だ。陸上戦力の方は?」

 

「戦力的には同数ですね。多国籍軍も今回の訓練に招いてよかったと思いますよ」

 

──彼らがいなければ一般親衛隊が主力になる所だった。

 

「……総統が国防軍に介入した例は幾つかあった。その時に完全に掌握したと思っていたが、殆どが反体制派に合流したと聞いたから、戦力不足になるんじゃないかと不安でしょうが無かった、が。良かった」

 

「閣下、これはヒムラー長官から聞いた話ですが、国内世論は困惑の声が強いようですから、そこさえ突けば」「無理だ」

 

戸が開かれ、あっさりとハウサー将軍の発言は両断された。

 

会話に割り込んできたのはゲッベルス大臣だった。

 

ゲッベルス大臣は苦虫を噛み潰したような顔で続ける。

 

「話に割り込んですまない。

……無理と言った理由だが、ドイツ本土の情報網は奪われてしまった」

 

何よりもここ数年の経済政策の失敗が現政権への不信をもたらしつつあった。

 

親衛隊の驕りがここまでの事態をもたらした。

 

せっかく沸き始めた世論も、プロパガンダも封じられてしまえば元も子もない。

 

暴力と民族の虚構で纏め上げていた物が、音を立てて崩れつつあった。

 

ドイツ国民が我々を支持するのは総統が居ればこそであり、それはカリスマ性に起因する。

 

カリスマ性は宣伝なくして機能しえない。

 

その紐帯をNSDAPは喪ってしまった、つまりドイツ国民や世論は宙ぶらりんと言う事だ。

 

「宣伝相として言うなら、負けだ。大衆世論への働きかける方法を失った時点で勝負にならん」

 

──それに。とゲッベルス大臣は続けて言う。

 

「ヴァルトフォーゲル、という名の経済大臣。彼の打ち出す政策は求心力がある。

彼にはカリスマ性と未来がある、地盤が無い故だ。

我々には武力がある、地盤故に。国民はそこに新しい物語を見出しつつある」

 

──墜ちた理想、ナチズムに取って代わる民主主義と自由主義経済。

 

大衆は、そこに甘い発展と広大な自由の夢を見た(復讐を忘れた)。帝国と民族への忠誠という満足感を忘れるのも時間のうちだろう。

 

「──さて、ゲーリング大臣、そしてハウサー将軍。貴方方に打つ手はあるか?」

 

軍事上の勝利で打ち破ることが出来ない難問が、内戦として立ち塞がったとしても。

 

ただ、それでも、妥協や諦めは許されない。

 

ナチズムは戦争で芽吹き、戦争で咲き誇ってきたのだから。

 

 

 

 

 

──────────

 

──ナチズムは他のイデオロギー同様、多くの血を啜って大輪を咲かせてきた。ただ、他の思想と異なるのは、土壌が国家と人種だった、そして、凄まじい量の血液が必要だったぐらいだ──ニーダーハウゼン

 

──────────

 

 

 

 

政治家なら、成人なら泣くな──

 

そう自分に言い聞かせ、ザイフェルトはモスクワの地を執務室から眺めていた。

 

不思議と部屋が寒く、まるで冥界の様で──

 

眼前に広がるこの大地から、呻きと呪詛が聞こえてきそうで──

 

ソヴィエト軍歌の聖なる戦いが、どこからか流れてきそうで──

 

足元の陰から亡霊が手を伸ばし、自分自身を拘束しようとしている様で──

 

確かな事は絶望感と喪失感が心を荒野に変えていた。

 

両親や養子は恐らく捕まった、もしかしたら殺されるかもしれない。

 

この内戦に勝利したとして、本土の支持は回復するのだろうか。

 

そもそも、本土に比べ、国力で劣る東方生存圏を基盤として内戦は継続できるのか。

 

核兵器施設は抑えられてしまっただろうし、彼らはすぐにでも核を実践投入可能な様に整備するだろう。

──そうすればどうなる?

 

「知らんのか。同盟国は参戦できなくなる」

 

脳裏に浮かんだ自問に、口で自答をする──きっと追い詰められているのだろう。

 

乾いた笑いも、涙も出てこない。

 

自分自身の行動への報いと、ナチズムの失敗が突き付けられた事だけが理解できる。

 

──このまま首を括れば楽になるだろうか。

 

──自分自身で頭蓋を吹き飛ばせば、総統への詫びになるだろうか。

 

そんな無意味で、惰弱な言葉が脳裏に浮かんでくる。

 

気分を紛らわそうと眉間を解して、ふと思い至る。

 

ギムナジウムの連中をつぶせなかった責任と、改革運動の達成を、両方果たせるだろう──これが成功するのであれば。

 

ナチズムそのもの(総統)に銃口を突き付け、クーデターを敢行する。

 

これは正気ではないだろう、これは狂気だろう。だから今は頭の隅に追いやるのだ。

 

家族も、未来も、もう私の手から砂粒のように零れ落ちた。

 

そして最後に残ったものは、きっとこれだ。

 

ナチズムと愛国心だけが残ったのだろう。

 

もう選択肢は無い、絶滅戦争を終わらせることがドイツの為になるから、それだけは何があっても達成させよう。

 

総統にもしもの事があれば、戦況に変化があれば、私は動かないといけない。

 

それは義務だ、ナチズムとドイツへの愛を尽くすための義務だ。

 

 

 

 

 

──何をどうしたのか、私は受話器に手を掛けていた。

 

「オーレンドルフ。少し来てくれ。話がある」

 

 

 

 

 

私は、もう、後に引くことはできない。

 

頭の隅に追いやるべき発想を、狂ってる冒険的な発想を、私は部下に告げよう。

 

きっとこれは絶滅戦争に相違ない。

 

我々が根絶され、蔑まれる対象と成り下がる──そういう戦争に違いない。

 

 

 

 

 

──────────

 

──私はあの時を後悔しています。今までも、きっとこれからも。

どんな目にあっても、私達は付いて行くべきだった!──ザイフェルトの両親と養子

 

──────────

 

 

 

 

 

私は自分の耳を疑った。

 

嘘であってほしいが、そんな筈は無いだろう。

 

あの、忠臣の大臣が、口にしているとは信じたくなかった。

 

──あの大臣のことだ。散々悩みぬいた末の選択肢なのだろう。

 

それでも私は返事を保留した。

 

……ハイドリヒ長官がザイフェルト大臣と初めて顔を合わせた時の言葉をふと思い出したから。

 

そのうち周囲を抹殺して権力を得るだろう──ハイドリヒ長官は大臣をそう評した。

 

昔のことで、しかも当時は互いに警戒し合っていたからだ、と信じたい──信じたいのだ。

 

もしかするとハイドリヒ長官の予言は当たっているかもしれない、そういう思いが私の心にべったりと張り付いている。

 

──それでも私が大臣の下を一度だって離れなかったのは何故か?

 

あの人は口では「死ぬまで扱き使う」などと言っていた。

 

が、それでも私に逃げ道を用意し続けてくれていた。

──私以外の部下にだってそうだ。

虐殺や拷問を専門にする職に居続けられるほど人は強くない、だから逃げ道をずっと用意してくれていた。

 

──その優しさに報いるべきではないだろうか?

 

──その決意を後押しし、達成に向けて進み続けるべきでは無いか?

 

 

 

いろいろ考えても私は、あの大臣の部下で居続けたい。

 

私は大臣の為に、あらゆる障害を除去しよう、まだ恩返しは済んでないから。

 

あの人の復讐劇がどう終わるのかを特等席で眺めたい。

 

きっと、ナチズムを掲げる集まりの中では、私が最も大臣を理解しているから。

 

大臣が願う、発展し続けるドイツの完成の為に──

 

社会的、政治的生命を賭けよう。

 

これは正気じゃないだろう、非合理的すぎる判断かもしれない。

 

──黒いオーケストラも、NSDAPも、誰もが正常な判断で動いていない。

 

そしてその誰もが願っているモノは同じ筈だろう、であれば正常な判断を捨てるのは恐ろしくなんてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

──私は大臣に最期までお供しよう。

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

「──ロシアは今こそ、今こそ嘗ての旧領を奪還するべきである!」

 

その声は日増しにロシア帝国世論で熱を持ち、吹き荒れつつある。

 

──復讐を!領土奪還を!

 

スターリンが撒き損ねたロシア・ナショナリズムは侵略者の弱体化と同時に力を持つようになった。

 

復讐と旧領奪還を声高に叫ぶのは、スヴェトラーナ・スターリナという女史であった。

 

彼女は、孤独で猜疑心に満ち溢れた鋼鉄の男(スターリン)の、実の娘である。

 

あの敗戦、あの時に必死にモスクワを脱出して──

 

──彼女は今こうしてロシア政界を揺るがしている。

 

ヒステリックはなく、ナショナリズムに訴えるというただその一点で、彼女は議員として、政界を揺るがしている。

 

彼女の目標は豊かなロシアである、その為に生存圏からドイツ資本を奪う積りでいるのだ。

 

ドミトリー・カルヴィシェフという軍人と手を結んで、いま彼女はロシアを揺るがしている。

──かつての大臣のように。

 

悪逆なるドイツからロシアを取り戻す、聖なる戦いを人々は待ちわびている。

 

 

 

 

 

 

──この怒りを知る者はロシア帝国国民だけである。

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