千年帝国の幻想   作:ベルリン=モスクワ枢軸

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解らぬ心

──日本の毛利一族は江戸幕府に約260年の間、復讐心を忘れる事は無かったそうだ。素晴らしい事だ、是非とも見習いたいね。彼らは尊厳と復讐を忘れなかったんだから──ザイフェルト

 

──────────

 

 

 

 

 

「ニーダーハウゼン、貴様に仕事がある」

 

上目遣いで睨むようにしながら大臣は端的に言った。

 

「一体何だ」

 

とんでもない気迫に晒され、背中を冷たい汗がつぅーっ、と降りていく中、やっとの思いで言葉を絞り出した。

 

「ボルマンが武器を横流しし、更には亡命交渉までしているというネタをばら撒け。部下も、資金もやる」

 

それを聞いたニーダーハウゼンは、自分でも少しだけ気になっている頬の贅肉を震わせながら立ち上がった。

 

不満からでは無い、意味を正確に理解できた自分と、それを平然と要求する大臣への驚きと呆れからである。

 

震えの止まらない腕を見せ付けるかのように、大臣に指を指しつつ、ニーダーハウゼンは続けて、その真意を再確認する。

 

──ありえない、だって

 

「お、お前は、内戦に荷担しろと言うのか!?部外者にか!」

 

──大臣は部外者に重要事を任せたがる性分では無いから。

 

 

 

 

帰ってきた返事は単純であった。

 

部屋全体を震わせる程の声量に怒りと焦りを満載させ

「当たり前だ!」

とたった一言の怒号であった。

 

「やれるだろう、ドイツの為に」

 

大臣は空洞のような目をして、何処までも冷たい口調で、一方的に命令して、部屋を去っていった。

 

後に残ったのは静寂さと、立ち尽くしていたニーダーハウゼンだけであった。

 

「よっぽどアイツも余裕が無いんだろうな」

 

秘書らしき人物から資料を受け取りつつ、そう結論付ける他は無かった。

 

 

 

 

 

 

「大臣、本当に宜しかったのですか?臨時政府に近い思想を持つ彼に任せて」

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「……であれば何も言う事は無いです」

 

──大臣は焦っていた。何故ならボルマンの汚職や贈賄の証拠のほとんどが内戦初期の混乱で処理されていたからである。

 

ボルマンは片時も相当の傍を離れた事が無い、離れれば比喩でも何でも無く殺されるから。

 

つまりボルマンを失墜させるには総統の怒りを買うような情報を暴露すれば良い。

 

その肝心の情報が如何しても無く、それ故に捏造という選択肢を採った。

 

「いざとなればアイツを抹殺すれば良い」

 

──吐き出された言葉には、血も涙も無かった。

大臣にとってボルマン派の解体は、始まりでしか無い。

 

反ボルマン──このひとつで連立が組めている自分たちにとって、ボルマン失脚は大前提なのだから。

 

それは大臣も全く同じで、その先に進む時、きっと方向性の違い故に権力闘争は激化するだろう。

 

──NSDAPは大臣の改革を求める動機も、その可能性も知っている。

 

だが親衛隊は違う。

彼らは純粋なまでにナチズムを信奉し、研究し、そして実践している。

 

そんな彼らは決して説得には応じないだろう。

──であれば叩き潰す他に無い。

 

大臣はそこまで思考を巡らせ、そしてそれに凄まじい嫌気が差した。

 

自分は愛国心で進んできた、二度目の大戦を勝利で超えて──

 

──人生の総てを差し出して此処まで来た。その結果が、同士討ち。

 

政治以外のすべてを可能な限り捨ててきた──

 

情が捨てきれないなら封じ込めた──

 

恩義を記憶の海底に沈めた──

 

自分の身近な人すら信じ切れず、粛清と虐殺で手を汚して

 

──結局、自分も殺される。

 

敗戦が恨めしかった、尊厳を失った大人が薄っぺらく見えた、敵の裕福さが憎々しかった。

 

「──結局、我々も、見下してきた連中と同じように歴史に踊らされていたのか」

 

何気なく煙草を吹かして、鈍色の空を見上げる。

 

「閣下、何か打開策とかあるのですか?」

 

──オーレンドルフにまで迷惑をかける訳にはいかない。

 

「全く、思いつかん」

 

その一心で、冗談めかして大臣は言う以外の事が出来なかった。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

──ワイマール憲法ではない憲法を作り上げよう

 

ヴァルトフォーゲルがそう言いだしてから、臨時政府は静かな興奮を醸し出していた。

 

理想の民主主義として宣伝されたワイマール憲法の失敗は、誰もが理解しているところであり、新憲法制定は当然の帰結であった。

 

国民は自分達が第三帝国とは無縁の存在であり

──ナチズムが齎した団結と勝利を、ナチズムなど不必要で、自らの自由意思で達成した──とすり替えようと言わんばかりにその新憲法運動に便乗した。

 

結果として、新憲法制定運動は推進され、そして当然、達成された。

 

ハーケンクロイツの帰るべき土地は、もう何処にも無い事を国民は示した、それも行動で。

 

第三帝国政府も、帰るべき母国、母なる民族、この二つからナチズムは完全に拒絶された、と認識した。

 

それはつまり、派閥同士の自暴自棄の権力闘争の開始を意味していた。

 

 

 

 

 

──────────

 

──ザイフェルトの家族は反ナチであり、大臣は虐待と親に対する暴行を働いていた。そう声明を出していただけるなら、私は貴方方ザイフェルト一家に手は出しません──ヴァルトフォーゲルら一同

 

──────────

 

 

 

 

 

──戦争を続けるのは当然でありましょう、しかしこれではその戦争継続すら危うい。継戦するなら、ある程度の意思統一は済ませるべきでしょう。

 

──一刻も早く、ボルマンを潰せば、どうだ?

 

──少なくともそれしか無いでしょうね。最悪の場合は同僚同士でも粛清かと。

まあ戦線が崩壊でもしない限りは、水面下での行動しかありませんね。

 

 

 

 

 

「──新憲法運動か。大衆は掌が回りすぎて困る」

 

今後の派閥問題についての密会の最中、ゲーリング大臣は大臣にそう言った。

 

「そうですね、変わりすぎですよ、幾ら何でも」

 

──大衆だけではなく、何もかもが

 

NSDAPの野党時代、まだその時の方が遥かに同僚との関係は良好だった。

 

──立場を獲得し、年齢を重ねれば重ねる程、猜疑心が芽生え、腹の探り合いになり、果ては思想すら方向性が異なるようになっていく。

 

この第三帝国は、千年帝国は、アドルフ・ヒトラーと言う一人を失えば瓦解する帝国に、気づけば成り果てていた。

 

ただ、もう第三帝国が後戻り出来ない段階にまで来てしまっていても、大臣は内戦を終わらせるつもりは毛頭なかった。

 

この内戦は絶滅戦争である、そう大臣は確信していた。

であるからには絶滅戦争というからには完遂しなければいけない。

 

ただ大臣は、こう心に決めてからよく悩むようになった。何故戦争を遂行する必要があるのか、と。

 

──その理由を説明出来る様にする為にも大臣は、目の奥深くに月光の様な静かな光を灯して、ゲーリングとの会談を進めていく。

 

「──しかしゲーリング大臣。私達を踏み台にして第三帝国政府は此処まで来たんです。

あともう少しですよ、第三帝国がドイツ人にとっての千年帝国になるのは」

 

「千年帝国の建国の為の必要な戦争──まるでヒムラーの様な物言いだな」

 

「流れも、私達も、皆変わってしまった、きっとそれは仕方の無い事でしょう。だからこそ意義を持たせたい」

 

「では益々、闘争に勝たなければならないな」

 

──ゲーリングも、大臣も、最終的に討ち果たさねばならない二派閥を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

──────────

 

──フェーゲライン大将。*1

君の提案、政府内に敗北主義の陰謀が明らかになった時の場合に備えて準備を許可しよう──親衛隊全国指導者 ヒムラー

 

──────────

 

 

 

 

 

「グーゼンバウアーか、どうした」

 

ヴァルトフォーゲルは特に興味もなさそうに、淡々と返事をする。

 

「──お前は今のやり方が正しい、そう言い切れるか?」

 

「当たり前だろう」

 

──ナチズムを否定して、民主主義をドイツに取り戻す

半ば呪いの様に自身を縛り付ける大義を、心の奥底で唱えながら、グーゼンバウアーの様子を観察する。

 

グーゼンバウアーは今更になって不安を感じているようだった。

 

「敗戦の報復と、ナチズムへの報復。

──まるで変わらないだろう、それで良いのか」

 

「そうだ」

 

経済大臣はぴしゃりと言い切った。

 

「アイツが否定した民主主義精神をこの国に根付かせるのも、アイツを裁判にかけるのも

 

──全部全部、復讐の為であり、国家の為だ」

 

私個人と、それを国民に納得させる為の理由を両方持ち合わせている。

 

「私はな、ザイフェルトみたいに嘘は上手じゃない。だから大義を必ず、必ず用意するのさ」

 

グーゼンバウアーは言葉が出ないようだった、よく言えば彼は嘘が吐けないのだ。

 

「政治に関わってから皆変わったな。きっと見える景色も違うんだろ」

 

──その言葉が苦々しく感じたのは何かの間違いであろう。

私達はナチスとは違うはずだから。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「ドイツでの内戦、アレのお陰で経済も、勢力圏も回復しつつある」

 

「臨時政府側を支援して正解でしたね。

内戦で中東やアフリカには介入し易くなってますし」

 

イギリス政府は経済問題などをドイツ内戦の特需を活かして解決し、好調な経済は新たな市場を求めて世界中に火種をばら撒いている。

 

「新憲法制定をヴァルトフォーゲル大臣に持ち込んで正解だった」

 

「このまま第三帝国が崩壊すれば、ウィンストン・チャーチル卿を筆頭に多くのベテラン政治家が自由になる、そうすれば国民世論も沸き立つ」

 

──もはや戦後ではない、そう世界中に言わせよう。

 

もう一度世界中に帝国主義による市場を根付かせよう。

 

 

 

──イギリス政府はドイツ内戦に際して、臨時政府がスロバキアを攻略してから、すぐさま臨時政府に交渉を始めて、大規模な支援を始めた。

 

軍需・民需どちらも吐き出せる限り吐き出し続けた。

 

内戦の拡大と更なる継続の為に第三帝国への支援も検討していたが、これは臨時政府との関係性と第三帝国までの航路を確保出来なかった為に断念した。

 

それと同時にイギリス国内、そしてドイツの国民世論を静かに、だが熱を持たせるように煽り続けた。

 

イギリスは持てるだけの全ての力を使って、第三帝国を追い詰める最大限の努力を始めた。

──復讐である。敗戦の屈辱を忘れまいとした、復讐である。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「オーレンドルフ」

 

大臣は部下の目を真っ直ぐに捉えて、大臣は続けた。

 

「これから話すのは内戦という事態に耐えきれなかった馬鹿の愚痴だと、そう思って聞いてくれ」

 

オーレンドルフが静かに首肯し、それを確認した大臣は口腔内を紅茶の苦みで整えてから、自身の精神に沈殿した淀みを吐き出した。

 

 

 

──大臣は幼少期に、誰かの、社会の役に立ちたい、そう親に宣言した。それは夢であり、呪いであった。

自分自身と親への宣言は、その後のドイツの敗戦とそれに伴う混乱で変質した。

利他心は愛国と復讐に取って代わられ、ナチズムを手段として政界への殴り込みを果たした。

政界では大臣は孤独にならざるを得なかった、それがナチズムへの忠誠心の土壌となった。

 

 

 

ここまでは多くのNSDAPやSS関係者が経験したものであった。

挫折と愛国心がナチズムへと駆り立てたこと自体は。

 

ただ大臣は、改革の頓挫やドイツ世論の第三帝国離れ、内戦を経て、今後ナチズムがドイツにどうすれば役に立てるか?と言う事を考える様になった。

 

いうなれば利他主義を重んじていた頃に大臣は戻りつつあった、本人の知らぬ間に。

 

大臣は気づいていないのだ、余りに純粋で、足るを知らない愛国心がこうさせると。

 

だからオーレンドルフに話すべきだと思った内容を総て話し、オーレンドルフにその答えを求めようとした。

 

 

 

確かにオーレンドルフは、ぼんやりとした答えを握っていた。

 

ただ、オーレンドルフはそれを答える事を躊躇っていた。

 

大臣が時折見せる、ブレーキを知らない車のような暴走を招くのではないか。

 

──エンスラポイドの処理や反体制への過剰な対応が、この内戦でも起きるのではないか?

 

──下手をすれば、犠牲だけが増え続ける事態を招くのではないのか?

 

──我々のコントロールが失敗するのでないのか?

 

大臣を疑う訳ではない。が、大臣に隙が出来る可能性はある、それがとにかく恐ろしかった。

 

 

 

事実を伝えるだけが相手の為になるとは限らない。

そう思い、オーレンドルフは口を噤んだ。

 

「──オーレンドルフにも分からないか。困ったなぁ……」

 

大臣は寂しそうにそう笑ってから、オーレンドルフに別れを告げた。

 

その判断は大臣の心をこの世に留める事に繋がり、大臣の予測不可能な暴走を避ける事に成功した。

 

 

 

 

 

──────────

 

──ナチズムを否定する為に根本のナショナリズムから否定する人々が居るらしいが、彼らはナショナリズムの生みの親が民主主義の父でもあるフランスとナポレオンと理解出来ているのか?──ルドルフ・ヒス

 

──────────

 

 

 

 

 

「国防軍は一体どれほどの期間で、敵防衛線を突破可能と思われているのか?」

 

──臨時政府はドニエプル・ラインによって一向に進まない戦況に苛立っていた。

 

国防軍の練度の高さなら直ぐにでも突破できるだろう、そう侮っていた。しかし、武装親衛隊も下士官や将校には経験豊富な人材が大勢居たのだ。その経験豊富な将校らの指揮は的確であり、防衛戦は拮抗に持ち込むことが出来た。

 

ドイツ国民の意識を第三帝国から切り離す事は成功していた。だからこそだろうか、反逆者になった第三帝国の早期殲滅、そして第三帝国首脳部を法廷に引き吊り出す事を望んだ。

緒戦の大勝もそれを強くさせた。

 

「最低でも一年近くは掛かるかと」

 

国防軍側の結論は彼我の国力差による物量戦であり、臨時政府側も無茶を言っているのは承知だったので、最終的にはその方向性に異論を唱える者は無く、より一層検討されるようになった。

 

──臨時政府の認識は、ドニエプル・ラインを突破さえすれば相手は急速に瓦解するだろう。仮に抵抗できたとしても、その時はロシア帝国をけしかけ、後方から一撃を加えさせれば良いだろう、と。

 

そうすれば、いくらザイフェルトやゲーリング、ゲッベルスといった政治家が足掻こうと、第三帝国の東方生存圏は軍閥が覇を求め争い続け、反対に此方側は犠牲を少なく勝利するだろう、と──。

 

そんな簡単に崩壊する程、武装親衛隊が弱体では無い事。

──大臣がチャーチルをして最大の謀略家、と言わしめる理由。

など、多くの要因が絡み合って、彼ら臨時政府は第三帝国の激烈な抵抗を受けることとなる。

 

 

 

それに、臨時政府だって憲法制定と自らの政治的地位を創り上げる為に政党結成、議会の開催を始めつつある。

 

議会が始まり、世論に厭戦感情が高まれば、また話は変わるかもしれない。

ただ、その懸念に関しては彼ら臨時政府は既に覚悟を決めている。

 

その厭戦感情の高揚を妨害する為に、ナチズムからの救国神話を彼らは始めたのだ。

 

ドイツ国民に、自由や平等の尊さ、それらを否定した第三帝国が悪であり、人種理論も何もかもが嘘八百である、そう煽動し続けている。

 

経済政策の失敗、戦争の悲惨さ、非人道極まる人種理論、悪辣極まる大衆煽動──朝から晩まで、月曜から日曜まで、月の初めから月の終わりまで、彼ら臨時政府は執念深く煽動を続けた。

 

だからこそ、彼らは第三帝国首脳部を一刻も早く断頭台に引き摺り出すことを望んでいる。

第三帝国に講和の席は無い、断頭台以外は不要──彼らは殲滅する積りでいるのだ。

 

 

 

 

 

──────────

 

──祈っても、喚いても、言葉で飾り立ててもどうにもならない。行動だけが我々を生粋の愛国者だと示してくれる。行動が読めない、文章の一部だけしか読めない大衆には理解されんだろうがね──ザイフェルト

*1
フェーゲラインの史実のキャリアは1944年6月に中将。この世界では戦勝している為、大将に昇進している




来年の四月まで(ザックリと言うならば)更新速度はかなり低下します~
え、エタリ?違うよ、色々あるんだよ(完結までお付き合いお願いしますね)
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