ドイツと生存圏を分かつ絶滅戦争と化した内戦の開戦から一年後。
この春、臨時政府は立憲君主制の憲法の制定、人種理論の撤廃、経済改革を一気に打ち出し、旧連合国の支援を借りた上で国家再生を果たしつつあった。
戦争の長期化による弊害を避けたい臨時政府は、戦線突破と後方浸透を目的とした計画を立案した。
──それは戦後になって、バルジ作戦と呼ばれるようになる作戦だった。
1953年の四月、前線の主要補給基地として姿を大きく変えたミンスクは最大の激戦地となっていた。
第二次大戦によって蓄積された技術的ノウハウが、より効率的な兵士の使い潰し方を選ばせるに至った。
核爆弾を除くあらゆる戦力がここに集結し、その総ての能力による正規軍同士は余す事無く発揮し、より高度な技術と洗練された組織化による徹底した絶滅戦争を演出する。
国際法や倫理観などを、双方ともに無視せざるを得ないほどの破壊規模と無差別で徹底した戦闘が展開されていた。
唯一の救いは戦闘前に民間人の殆どの退避が終わっていた事でしかない。ただその逃げ延びた民間人の悲哀も、両政府によって単純化され、脚色され、揺ぎ無い事実として世界中に発信されている。
そうして宣伝効果の餌に使われ、生活基盤の一切を失った彼らは両政府から戦争継続の為の労働力として、そして更なる宣伝効果の為に徴兵され、積極的に収容される。
未だに民族蔑視の傾向が強い世論の臨時政府──
そもそもがナショナリズムの究極を往く第三帝国政府──
彼らは戦争の為に、この両者に利用された。圧倒的弱者として、彼らは両政府から扱われた。
より洗練され、より高度化され、より徹底され、人道を踏み躙る事こそがこの絶滅戦争遂行には必須であった。その為に、利用できる難民という存在は丁重に扱われたのだ。
両者がこの絶滅戦争に核を持ち出さないのは戦後、荒廃した土地と炭化した大衆など不要だからでしかない。
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──1歩も下がるな!下がれば敗北主義者として処刑する!──ヒムラー
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「今の所は前線の物資は未だに枯渇する事は無さそうです。まだ我々は戦えます」
武装親衛隊の将校の面々が淡々と告げた。
協議の為に同席していたシュペーア軍需相から張りつめていた気配が萎み、こちらを見て小さく笑っていた。
私が行ったこの占領政策が、確かに基盤を失った第三帝国の総兵力を支える事が出来ると、証明してくれた。
思わず口元が緩みそうになる。
国防軍相手に互角に渡り合える、まだ第三帝国は破滅を迎えた訳ではない。
その安心感だろう。
──バルジ作戦初期の激戦地は、当然ミンスクであった。
防衛側の第三帝国は敵を退け続け、犠牲も最小限に抑えていた。
ただ要塞化され、補給体制が万全の状態のミンスクを馬鹿正直に正面から打ち破る愚か者は居ない。
勿論、第三帝国や臨時政府もミンスク攻防戦について、迂回策やその対応策は検討されている──
「私は文官なのでよく分からないのですが、予備戦力とかはあるんですか?」
補給や物資について武装親衛隊や軍需省と協議を終え、何気なく大臣は予備戦力や今後の展望について聞いた。
弛緩した空気は将校らによってすぐに張り詰め、不安を煽る。
文官側も張り詰めた雰囲気に応えるように姿勢を正し、様子を自と黙ってうかがう。
暫くの間、その微妙な緊張状態は続き、それを打破したのはある将校が口籠りながら、事実を端的に伝えたからだった。
「予備選力はすべてミンスクに投入されているので、無いですね」
「……では、国防軍が何らかの策を講じたとしても?」
誰かが震える声で尋ねる。
その将校は心底申し訳なさそうに、残酷極まりない死刑宣告を下した。
「何も対応できません」
軽い恐慌状態の文官らは責め立てる事こそなかった。
冷汗が垂れるのをただじっと堪えるだけ。
「ゲーリング元帥の空軍野戦部隊も、一般親衛隊隊員の師団も、現地人師団も、動員した上での戦力です」
──今や政府機能を守るのはアインザッツグルッペンと現地警察機構だけなのだ。それは大臣がよく知っていた。
ただ、まさか予備戦力すら払拭していたとは欠片も思っていなかった。
「作戦には幾つかの保険や段階があるものです、選挙でも同じでしょう?今回はその保険や段階を用意しきれなかった、だから相手側が悪手を重ねる事を祈る外無いのです」
あらゆる管轄の戦力が払拭している事、それ故に相手の失態を祈る事しか出来ない事を畳掛ける様にその将校は告げた。
カラン。冷水に入れてある氷が崩れる音だけ耳に入った。
瞬きも忘れ、それだけを大臣は見入っていた。
ガラスに張り付いた水滴が滑り落ちてゆく、多くの水滴を巻き込んで。
滑り落ちた水滴の後には何も残らない、ただ何食わぬ顔で新しい水滴が生まれるだけ。
「やはり無理がありましたか、人不足は」
どうしようもない問題だ、とシュペーア大臣も嘆息して言う。
「NSDAP党員や現地民を更に軍として編成できれば……」
誰かがぼそりと呟いた。
それは綱領には敢えて明記しなかった事であり、実行すれば生存圏は必ず解体を迎える方法。
誰かが唾を呑む音がした。
「NSDAP党員や現地民を徴兵すれば治安維持や行政機構にも影響が出かねない、これが首脳部の現状の結論」
暫く黙りこくっていた大臣は淡々と告げた。
──実際のところはボルマンの私兵集団化を警戒した理由は、私も含めた他閣僚らが結論を先送りにしているだけ。
大臣は自分を落ち着かせる様と冷水を一気に仰いだ。
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──臨時政府からミンスク攻略の第二段階に移行が命令されました。
──よろしい、では要塞化されたミンスクから敵を引き摺り出すとしよう。
ケーニヒスベルクに待機中のグデーリアン将軍隷下の装甲軍をリガからプスコフを通り、ルーデンドルフ*1まで進出させろ。
敵もダウガヴァ川を越え、大都市ルーデンドルフに迫るとなれば、連中は必ずそちらに兵を回す。
「──早くないか?まだこちら側の集結がすんでから二週間と経っておらんぞ」
すでに予想された第二段階であり、そしてこれが露骨極まりない誘いである事は大臣もよく理解していた。
無視すれば間違いなく北部から食い破られる、ミンスクから戦力を割いて迎撃すれば、間違いなくミンスクという前線拠点を失う。
北部の支配権の喪失か、要塞都市一つの放棄か。とる選択肢は二つに一つ。
「総統と将校らは何と?」
湯気が立ち上る珈琲を見て顔を顰めつつ、大臣は問うた。
「ミンスクを放棄し、ルーデンドルフ防衛に戦力を割くという結論に至ったそうです。
また、総統命令によってNSDAP党員や現地住民からなる国民突撃隊の編成も始まる事が決まり、忙しくなるかと」
机から砂糖と牛乳を取り出しながら大臣は黙って報告を受けていた。
「そうか、総統命令の書類が出る前にある程度済ませておこう」
珈琲の二分の一の量の牛乳と角砂糖を5つを満足気に珈琲と混ぜ込みながら、警察や産業を担当する者、各国家弁務官区の指導者らを招集することをオーレンドルフに告げた。
「師団数だけでも揃えなければならない、数さえ揃えれば国防軍の進撃速度に歯止めをかけれる筈だ。
それで、どれほどの戦力を揃えろと総統は?」
「60個師団、そして失った分の補充の二つは絶対だ、と」
不可能だ──大臣は会議を放り出したい衝動に駆られた。
それほどの規模の徴兵も、訓練する上官も、指揮官も、第三帝国にあるとは思えなかったから。
凄まじい甘ったるさを珈琲に覚え、誰が煎れた*2などと胸中で苛立ちながらも思考を巡らせ、会議に備える大臣であった。
「──生存圏に向けて演説もしなければならないな。オーレンドルフ、簡易的な資料と関係各省への連絡もよろしく頼むよ」
──そうそう、その前にアイヒマンとミュラーを呼んで欲しい。オーレンドルフ、君も加わって欲しい。
アインザッツグルッペンが大幅増強され、じきに出番が必ず来る。
そう告げた時の大臣の表情は、間違いなくワイマール期の野心と活気に満ち満ちていた。
魑魅魍魎の世界を駆け抜けた勘による確信であった。
──国民突撃隊、武装親衛隊、アインザッツグルッペン、空軍野戦師団、多国籍軍。
これだけの軍事組織がそれぞれの指導者の下、協力しているこの状態。
──ボルマンやゲッベルス宣伝大臣、シュペーア軍需大臣のような武力を持たない有力者によって国民義勇隊指揮権は確実に握られるであろう。
……私にはこの内戦の責任がある、その責任を果たす為にも必ず勝つ。
これは疑う余地のない使命。ナショナリストにとっての最高の栄誉。