千年帝国の幻想   作:ベルリン=モスクワ枢軸

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かく語りき

愛国心とは何か、民族やその最小単位である家族とは何か?

ザイフェルトは政治家であり、ナチズムへの多元的な解釈を積極的に行った思想家でもある。

 

彼は生前多くの言葉を遺したが、それらの大半はナチズムの土壌のナショナリズムとそれを担保する歴史についてが圧倒的に多かった。

家族や宗教、国家や民意、社会主義や共産主義なども言及し、それらを同じNSDAP幹部や閣僚との議論で洗練させ、本とした。

 

それは内戦中もそうであった。大臣はそれを義務だと思っていた。

 

──忌むべき思想として蔑まれ、反抗の象徴にされるなら、徹底して論理を導き出してしまえ。そう言う訳である。

彼にとって思想的医学書の様な物だった。

 

彼は多くの根拠を歴史に求めた、マルクスの様に。

歴史を掘り返し、再定義し、整理して作り上げた思考はたった一つの言葉に集約された。

我が身を顧みぬ愛国心、この一言だけに集約された。

 

国家は人格を持たぬ愛を与えてくれると主張した。

民族は団結と規律を生み、団結と規律は道徳を育み、それ故に民族の統制下においては誰もが生存と祝福を約束されると言った。

 

彼には個人が見えていない、歴代の思想家の様に。

彼の見てるのは民族を聖書とした宗教国家だった。

彼が望んだのは資本家や騎士、僧侶と変わらぬ特権階級としての民族。

 

彼の内面はそれら書物には正確に映る事は無かった。

孤独な執行者としての大臣の思想的医学書でしかなかった。

 

 

 

──────────

 

──私は打ちひしがれていた母国の希望の旗手になりたかったのだと思う。──ザイフェルト

 

──────────

 

 

 

一つの悲劇と百万の統計──

 

ヒムラー長官は党官房長官の粛清を聞いた時、それは人種再編の狼煙だと確信した。

腐敗と堕落の資本主義に毒された第三帝国政界の中枢を硝煙によって燻す事を決意した。

総統は堕落した、アルコールと煙草に溺れた首都に居座り続けた結果の筈だ。

 

SS全国指導者には大望があった。

アーリア人種に恒久的に幸福と安寧を確約するという、重大な使命だった。

その為に彼は立ち上がるのだ。

ナチズムの原理へ戻り、ナチズムを歪めた生存圏官僚共を一掃し、今度こそ沈まぬ太陽を想像するべきだと思った。

 

その世界にはアーリア人古来の宗教を破壊したキリスト教も、アーリア人の真似を必死に演じるラテンもスラヴも、暗黒大陸も新大陸も、東洋の猿も不必要だった。

人類史上最も華々しい成果と努力に彩られた、高貴な人種であるアーリア人種とその文化と歴史以外を滅却すべきだと。

 

それこそが未来永劫にわたってナチズムの覚悟を伝える行為であり、アーリア人種の更なる進化の為に欠かせない行程だと歴史を見返して常々確信してきた事だった。

それこそ生まれた時からの天命であるとさえ思っていた。

 

確かに総統や重要機関の警備はザイフェルトに奪われた。

だが、自分自身には多くの武装親衛隊が配下に居る。

コーカサスにだって核発射基地は存在する。

 

没する定めの帝国を、再び復興させなければならない。

その為に、衰弱した総統も、堕落した生存権も、腐敗しきった同僚も不要なのだ。

 

アーリア人を選定すべきなのだ、絆された負け犬とウンターメシュを根絶やしにして、初めて勝利が掴める。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「今頃はミュラーが済ませている時間……か…」

他の閣僚や文官に気取られない様に席を外していた大臣は、腕時計を確認してそっと言葉を漏らした。

 

──号砲を鳴らしてしまった、自分自身の手で。

血だまりがゴールのレースを始めた。

 

その恐怖や後悔は、ゲッベルスの前を通り過ぎる間際に握り拳に力が籠る事で見抜かれていた。

 

「ザイフェルト。お前、何か」

──何か、自分自身での線引きを超えたな?

 

大衆心理を掌握し続けていたゲッベルスは、それを察した。

だからこそ敢えてこれ以上の言葉を紡がなかった。

 

銑鉄の様な脆さを露呈させた大臣は、必死になって鋼鉄の様な強靭さを自分自身に演じさせているのだ、と。

長いナイフの夜と何も変わらない、ただの造反者狩りだと、祈る様に信じているのだ。

 

ゲッベルスの言葉は雑談や会議に興じる閣僚や総統の耳に入る事は無く、ただ静かに、深く座り込んでいた大臣にだけ正確に届いた。

彼らの席は丁度背中合わせの位置だったからだろうか?

それともザイフェルトが後ろ暗さを覚えていたからだろうか?

とにかく、不思議な程に明瞭に聞こえた。

 

この内戦は、ザイフェルトにとって幾つもの超えてはならない・超えたくないラインを容易く超えた。

超えすぎたのだ。

内戦が民族と国家を二分し、その収集をつける能力は第三帝国政府に存在し無い事実を突付けられて続けた。

それでも必死になって職務にしがみつき、帝国崩壊を先延ばしに、敗北主義と大敗精神を駆除し続ける。

 

「後戻りは、無理そうですね」

零れ落ちる言葉はただ一つ。

沈み込むように座り、俯いている大臣の両手は強く強く握り締められていた。

 

「長いナイフ以来、当たり前だった筈なのに。今更になって。

今更になって悔やまれるのです、他に選択肢はなかったのかと。」

 

ザイフェルトは決して忘れることができなかった。

突撃隊幹部、ユダヤ人、赤色戦線──多くの同胞と多くの無辜の市民の苦痛と恐怖に歪んだ死体の数々を。

あのワイマール共和国の動乱を。

 

「私には自分の道が分からないんです。

この選択を取り続けた果てに意味があるのか。もっと良かった選択を取れなかったのだろうか」

──もっと自分が振る舞いを改めれば。

──もっと早くに何かできれば。

大臣にとって、派閥均衡を崩す一撃への恐怖と通り過ぎた可能性は猛毒に等しかった。

 

「お前とお前が及ぼした影響が此処まで繋げたんだろう。

指導者として狼狽えちゃいけないと力説してたろう?

それに、1919年の自分との約束なら果たし続けるしかないじゃないか」

脱力しきった姿勢で外を眺めながら、ゲッベルス大臣は散らばった言葉をそのまま吐き出した。

それでも整理されていて、それでも伝わる確信があったから言うのだ。

 

 

 

──1919年の約束、言い換えれば今この車両に乗車している誰もが抱えている人生の挫折。

全てはそこから始まっているのだ、誰もがそこで進路を定めた年。

人類初の国家の全てを投じた総力戦体制で、男には兵役、女には労働を求めたナショナリズムが彼らを掴んで離さないのだ。

 

敗戦と同時に当時の世界市民は5年前の日常に戻った。

5年!人生の十分の一に相当する時間を、ドイツ国民は取り戻さなければならなかった。敗戦への屈辱を抱いて。

その努力は経済面においては世界恐慌によって打ち砕かれ、政治ではカイザーという権威を打破したワイマールの無能力と怠慢によって分断と混乱、悲劇を産み落とした。

権威を新たに代替できない政府は左右両翼の突き上げを食らい、ドイツは分断の危機に直面する。

そんな無力と無秩序なドイツで経済が蘇る事は無く、元々から存在した反ユダヤ主義と愛国心によって彼らの人生は定まった。否、定められた。

 

国民が望むべくして望んだ「公平で庶民感覚を理解できる権威」と「収まる事を知らない屈辱と復讐心を代弁する政党」としての進路が定められた。

ゲッベルスもボルマンも、ザイフェルト、ゲーリングやヒムラー、シュペーア、そして総統も──

 

 

 

「約束…そうですね。自分との約束ですね。」

ゲッベルス大臣の言葉を反芻するように繰り返して、そっと彼は呟く。

過去(1919年)未来(1933年)に託した期待(呪い)を背負って来た。

掌を反す事が出来なかった頑固な少年が、将来の自分と約束した。

 

──本物のドイツを取り戻そう、一生を費やしてでも。

 

愛し続けよう、訴え続けよう、ドイツの本質は戦前にあると。

海底火山の様に熱を失う事も無く、水の様に形を選ぶ事も、鋼鉄の様な強靭さを持ち続けよう。

 

そしてNSDAP党員として、政治家として、愛国心を掲げる右翼としての顔が出来た。

 

彼を隅々までよく知る人は、その顔が義憤と納得できていない怒りと、ドイツを憂いる気持ちが原動力であると理解していた。

だからゲッベルス大臣は其処に触れた。

 

「もう戻れないのはここにいる誰もが理解している。

自分自身との約束くらい守り抜いたって誰も批判しないとも」

 

だからゲッベルス大臣は、純粋な愛国心を持つ大臣を選んだ。

 

「やりたい事をやれば良い。

常識だの理性だのに拘らず、お前が何を一番求めるかを選べば良いじゃないか」

 

幕引き役はヒムラーでも、ゲーリングでも、自分自身でも、総統でも無い。

そうゲッベルスは確信していたから、振り返るな、と伝える。

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