千年帝国の幻想   作:ベルリン=モスクワ枢軸

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血と大地

ボルマンとその派閥の中枢が、NSDAP党員に有るまじき敗北主義的行動によって粛清された、第三帝国は世界に向けてそう発信した。

 

しかし、腐敗と混乱の原因をボルマンらに押し付けた、と喧伝しようとも戦局は変わらないし、依然として政府内の分断は解消されていなかった。

否、資金と人脈を抑える勢力が消失した事で、その権益は拡散され、軍事力と資金を結合させる基盤を持つ親衛隊が他派閥勢力とより一層対立するようになった。

 

戦局の劣勢は、政府内の混乱により、有効な手を打つことができず、ロシア帝国政府の参戦を招いた──正確には大ロシア再建党の扇動によって、だが。

 

──講和か、徹底抗戦か

──核兵器などの大量破壊兵器の使用による戦局打破か

──生存圏の動員年齢制限の拡大

 

些細な議題から、戦局を変えうる選択まで、親衛隊派とNSDAP派は悉く対立した。

 

降伏した武装SS隊員が嬲り殺され、第三帝国統治に加担した者とされた一部の役人は公園で処刑され、移住してきたドイツ人の婦女を強姦してロシア軍は首都に向かって日々前進を続ける事を理解しておきながら、彼らはいがみ合った。

一歩一歩確実に、確実に生存圏の痕跡を抹消しながら彼らは迫り来るのだ。

 

そんな事実は誰もがとうの昔に知っている事。

行き着く先に必ず訪れる運命。

そんな諦観は前線から中枢までを広く汚染していた。

 

それでも彼らは降伏を言えなかったし、言ってはならないと理解していた。

言った時、自分の過去を全て否定し、自分の未来を勝者に託す事になるから。

 

1919年を拒むために生まれた組織に彼らは忠誠を誓ったから。

大衆の面前で血染めの党旗に約束してしまったから。──

 

 

 

 

 

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──総力戦に勝利する国家は単一民族による智衆の合意を得た独裁政権のみである。雑多な人種構成より、純白の人種体制のほうが結束しやすいのは純然たる事実である──ザイフェルト

 

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赤レンガ倉庫、穏やかな川、元気よく駆け抜ける子供たち──

大臣は其処を確かに歩いていた。

 

誰も、政治家が居る事など気にせず、仕事に追われ、ささやかな幸福を求めて、足早に通り過ぎていく。

政治的思想や民族などに意識を割く事など無く、彼らは往来を流れていく。

 

優しい陽気と暖かな光にそこは満ち満ちていた。

 

誰もが微笑みながら道を歩いていくから。

 

誰もが孤独さを抱えていないから。

 

誰もが自分自身に自信を持っているから。

 

大臣はその往来の真ん中で、ただただ立ち尽くしていた。

不思議と歩き出せなくて、不思議と温かさに包まれていた。

 

空を見上げても、見慣れない塗装をした大型輸送機が絶える事無く飛んでいく。

 

川の対岸から大型輸送船が出港し、トラックが列を作っている。

 

誰も自分を見向きする事無く、誰もが幸福そうに日々を駆け抜ける。

そこに嫉妬や差別はなく、余裕さと尊重の精神が根を張り巡らしていた。

 

ハーケンクロイツも、壁一面にも張り巡らされるポスターも無い。

 

大臣とはまるで違う精神、大臣が戦勝の先に夢見た故郷。

 

 

大臣は悟った。これは夢で、これは虚構でしかないと──

何故多くのヒントが在りながら気付く事は無かったのか、そう自問自答する矢先に、大臣は恐ろしい寒気に襲われた。

 

春のような温かさから一転して、極寒のシベリアの様な、体の芯から熱を奪い去る様な寒気が彼を抱き込んだ。

 

これは自分が望んでいた未来だった、大臣がそう確信した瞬間──

 

──道行く人々は血塗れでみすぼらしい服装に変わり

 

──穏やかな川は血と屍の悪趣味な川になって

 

──空にはエンジンから火を噴き出している戦闘機が飛び交い

 

──対岸は軍靴と悲鳴に溢れ返り

 

 

──誰も彼もが自分だけを見続ける。

 

ワイマール時代の敵対勢力。

殺し続け、差別し続けたユダヤ人。

連合国兵士、そして粛清した同胞。

 

様々な服装をした死者が、皆一様に無念と苦痛に顔を歪め、生理的嫌悪感に満ちた不気味な冷たさを持って視線を送り続けている。

 

その時にやっと大臣は口を動かせた。

 

────

──────

──────────

 

部屋にかけられた時計を確認して、確りと地面を踏み締め、大臣は現実の住人である事実を再確認した。

 

時刻は午前2時。

 

彼は夢の内容を務めて忘れようとする事がその日初めての職務となった。

後悔か、狂気か、居直りか、そんな事はどうでも良かった。

 

身体の中を駆け巡る不愉快な痛みを鎮痛剤で抑え付け、大臣は食事を摂る事にした。

 

立つ事が出来なくなっても、喋る事も、手を動かす事が出来なくなっても、彼は第三帝国の政治家で居続ける。

 

夢見た理想を、立憲君主制に基づく民主主義を訴える臨時政府に託すべきかを見極める為に。

 

睡眠時間は不足し、生活リズムは乱れに乱れ、健康状態はわずかづつ悪化する。

それでも彼は職務にかじりつく。

 

自分が望んだドイツの為に。

自分に出来る事を考え続けて、実践し続ける為に。

 

 

 

 

 

──────────

 

──政治家なんてならなくて良い、一般人として誰かを思いやる事が出来る人になりなさい──ザイフェルト

 

──────────

 

 

 

 

 

『──ザイフェルト大臣。宣伝相と帝国元帥から電報が』

 

 

 

夜間空襲を逃れる為に設置された地下要塞、最後に設置された総統大本営に大臣は来ていた。

 

守衛や党員、官吏、軍人はすれ違う度に敬礼を彼に向け、それに彼は軽く手を挙げて応える。

 

すっかり引き摺る事が増えた足を気合で上げさせて、彼は進む。

 

髪を後ろに流して、悪寒を黙って堪えながら、彼は進む。

 

蒼白な顔を制帽を目深に被る事で誤魔化しながら、ドアノブに手をかけた。

 

扉を開いた先には多くのNSDAPの有力者が座っていた。

 

「数日振りですね、皆さん」

どれだけ衰弱しても、彼は政治家の仮面を着けて席に着く。

 

互いに無言のうちに敬礼を交わして、彼らは回りくどい表現を用いて大臣に告げた。

 

 

 

「ザイフェルト大臣」

 

「我々とヒムラーの対立を知っているだろう」

 

「奴はSSの武力、資金、人材を一手に担う立場にいて、我々に比べ圧倒的に優勢だ」

 

「我々は団結して対抗せねばならんのだろう、だが」

 

「だがな、我々の複雑な利害関係がそれを許さんのだ」

 

「志を同じくし、煩雑な利害関係をある程度無視できる人材として」

 

「どうか、SSと対決してくれないか。

どうか総統の代わりとなって第三帝国を指導してくれないか」

 

話を聞き終えた大臣の眼光は、爛々と輝いていた。

自信と活力を漲らせて、答えた。

 

死が我らを分かつまで、私はその責任を全うしましょうと。

 

 

 

大臣らが解散した後、大臣はシュペーア大臣に捕まっていた。

 

「何故引き受けたんだ。

体のいい神輿、何ら指導者として影響力を働かせる事の出来ない傀儡だと理解して無い訳が無いだろう?」

 

シュペーア大臣は心底心配してザイフェルトの表情を覗き込んだ。

政治的打算や悪意など一ミリも存在しない、信頼できる友としての顔で彼は語りかけた。

 

「宣伝相や帝国元帥に求められたからって、今の君が引き受ける事の出来る内容じゃ無いだろう。

君は誤魔化せてると思っているかもしれんが、君の体調は異常だ。

このまま上司殺しの汚名を背負わされて切り捨てられるのがオチだと分かっているんだろう?」

 

ザイフェルト大臣は真っ直ぐな瞳をシュペーアに、乾いた唇が微かに動かせる。

凶器に魅入られた声では無い、幻想に溺れるような言葉でも無く、ただただ変わらぬ信念を練り上げて空気に乗せる。

 

「それでも、内戦の終結と第三帝国の名誉を守れると確信しているから。私は誘いに乗ったんです。

虫が光に寄せられる訳でも、ハトがパン屑に群がる様な訳でも無く、私の意志なのです」

 

死ぬ覚悟が無い政治家が、今の今までドイツを率いてきたとあっては死んでいった人々に申し訳が立たない。

ドイツの未来を決める局面に、一勢力の領袖として関われる事自体が名誉。

 

責任感、名誉、野心──あらゆる情緒に押し流されるかの様に彼は決意を明かした。

 

「医師に、診断を受けました。余りに調子が悪く、長続きしたものですから」

 

「それで?」

シュペーア大臣も薄々は察しがついているのだろう。

なるべく穏やかに、なるべく焦りを抑え込むように続きを促すのだから、きっとそうだろう。

 

「原爆病、だそうです」

それもじわりじわりと進行していく代物である。

大臣にとってどの道避ける事が出来ない死は目前だった。

 

シュペーア大臣の額に汗が滲み、驚愕に顔は染まり上がる。

「治療は」

 

「無理です」

上ずった声で、シュペーア大臣が問いかける言葉を、大臣は無情にも切り捨てた。

 

可能なら養子と共に生きたかった。

可能なら両親を看取るまで、支えたかった。

可能なら自分自身の手によって、ドイツを再建したかった。

 

その可能性を全て諦めて、彼は座っている。

寿命を削り、死の恐怖に浸り、病苦で己を罰している。

 

「もう、助からない。助かってしまえば家族にも、政府にも、部下にも責任が向きかねない」

──私が囮になって許されるならそれで良いじゃないですか。

 

「覚悟は良く分かった。

私にも手伝いをさせてくれ」

 

短く、折れず、曇らず、砕けない──ザイフェルト大臣の覚悟をシュペーア大臣は飲み込んだ。

 

誰かの役に立ちたい、あまりに単純明快で、誰も否定できない素晴らしい理想へ突き進む大臣を後押しする事に決めた。

灰色の瞳に童の様な無垢さをシュペーア大臣は見た。

 

「この制服はハイドリヒへの弔いで着ていた物です。

今の私にはこれ(SS)ではなく、新しい(NSDAP)物に衣替えしないといけませんねぇ」

 

SS大将ではなく、NSDAP古参党員で大臣の象徴に塗り替えるべく、彼は褐色の制服に着替える事を告げた。

政治という慣れぬ世界、悪意だけが広がる品の無さ、そういう未だに相容れない毒の様な気配への鎧、それが褐色の制服だった。

 

 

 

 

 

──────────

 

──ただの凡人、替えの利く命。そんな小さい私が歴史や国家を左右し得る権力を得る。

だから人生は面白いし、だから私は歩み続けられる。

行き着いた果てがどんな結果であっても、それでも僅かに人の役に立てれば本望じゃないか?そうだろう?──ザイフェルト

 

──────────

 

 

 

 

 

地下要塞から大臣が帰って来た時、褐色の制服を見て、オーレンドルフは驚いた。

「その服装は、ヒムラー長官への決意表明ですか?」

 

「当然だとも」

大臣の中性的な顔は決意に満ちていた。

 

短い夏が去り、黄金色の秋が来て、滅びと停滞の冬が来る。

冬が来る帝国では、花火の様な最期を選んだ政治家が未来を賭けて壇上に登るだろう。

 

勇気だ、英国の頑固な宰相を見習おう。オーレンドルフ?──

ただの少年が笑っていると錯覚させる程の笑みで彼はそう言った。

 

終始、彼の心は穏やかだった。

死や敗戦、家族、諦観を押し流して、晴れやかだった。

NSDAPの名だたる有力者から、彼は領袖として指名された日から晴れやかな目付きをする様になった。

 

認められたという事実がそうさせるのだろう。

自分のような人間が、歴史の表舞台で主演として立ち回れるからだろう。

 

「ほら、軍需工場への工員割り当ての再設定が残ってるんだ。急ぐぞ」

明るく、はきはきと大臣は喋り、前を見る。

 

いつもの部下への仮面ではなく、彼は心底嬉しそうだった。

 

 

 

──────────

 

──革命は嫌いだが、革命家という生き方は経緯に値する。彼らは揺るがない、決して。

極右と極左?違うね。愛国者か売国奴だ。それがナショナリズムの高潔さであるべきだ──ザイフェルト

 

──────────

 

 

 

「ヒムラー全国指導者閣下、ザイフェルトはあちら側である事を明確にしたのです。

長いナイフ以来の部下は、ハイドリヒの後継者は、今や敵なのです」

 

鬱陶しい程に黒い太陽や太陽十字、ハーケンクロイツが部屋中で強烈に主張している部屋で、あるSS将校がそう告げる。

 

「彼は逃げたのです。恩を仇で返すウンターメシュとアーリア人でありながら堕落を望む売国奴を粛清し、人種理論を完成させる事業から」

 

その将校の弁舌の回転速度は徐々に高速化し、ヒムラー長官の理想への称賛とザイフェルト大臣の痛罵を並べ立てていた。

ある者は呆れ返り、ある者は興味無さげに聞き流し、ヒムラー長官だけが満足気に聞いていた。

 

「それで?そのザイフェルト大臣相手に我々は何を行うのですか?

武装蜂起?総統誘拐?それとも更なる同胞殺し?

下らん前置きはやめましょう。我々の取り得る選択肢は暴力と破壊だけなのですから」

 

NSDAPだって打算で動くのだ、同じ人間であるSSだってそう動く。

彼らは会議をしているのだ、アーリア人種の理想郷建設を御旗に、ありとあらゆる言い訳と打算を背負って彼らは結集しているのだ。

 

彼らの取る最終的な選択肢はいつだって決まっている。

彼らは結成当初は突撃隊傘下として、破壊と暴力をドイツ中に振舞っていたのだから。

 

だからこの会議で描く結末は決まっている。

 

総統の権威を独占し、敗北主義と資本主義に汚染された本土を浄化し、そのあとに全世界のウンターメシュ(劣等人種)を殲滅する。

その最初の段階の総統の権威を独占する為の筋書きを彼らは思案している。

 

彼らはその結末に利益を見出している。

そしてヒムラー長官はその先に差別も、貧富の格差も、階級闘争も全ての煩わしさが存在しない理想郷があると本気で信じている。

 

かつて我々ホモ・サピエンスの先祖は100人足らずの集団でしか無く、人類の遺伝的多様性は余りに無いという学説が存在しようと。

ヒムラー長官は本気で信じている。

 

「では、どうする?

総統閣下はザイフェルトの護衛に囲まれてる。どのようにして総統閣下を開放する?」

核発射指令の書類は総統だけが持っている──

なにより親衛隊もNSDAPも総統なくして付いて来る事は無い──

 

彼らは教義を忠実に守る。

 

 

 

──────────

 

 

 

「ヴァルトフォーゲル。ナチを打倒した後はどうするんだ?」

 

 

穏やかな雰囲気が支配するロビーで、旧友は問うた。

ただの人間となったザイフェルトをどう扱うのか。

これほど大勢を巻き込んだ事をしでかして、今後はどうするのか。

 

「政治家を続けようと思う。辞める訳にはいかない。

経済の好調が理由で、メディアからは好意的な対応を取られ続けてきたけれどそうはいくまい。

これから敵が消えて団結は解かれる、一端を担った人としての責任もある。

それに、ここで辞めてしまえば、ザイフェルトに二度も負ける事になる。それだけは嫌だ」

 

ザイフェルト大臣が勉学での劣等感による孤独さに苛まれたように。

ヴァルトフォーゲル大臣もまた、ただの人である事を拒絶した。

 

──指導者は責任を果たす者。それこそ死ぬまで。

最も大衆を軽蔑した政治家は、最も理想の民主制を強く希求していた。

 

その政治家に真っ向から喧嘩を売ったのだ、彼の壇上に立ったのだ。

 

「僕はザイフェルトに勝ち続ける。この内戦から未来永劫、勝負なんだよ」

 

 

「そうかい、私はこの戦争が終わって、引継ぎを済ませれば引っ込むよ。

向いて無いって事がよく分かった」

 

愛の反対が無関心ならば、政治家は無関心からくる打算のみを求められた職業だと、グーゼンバウアーは確信していた。

その無関心は学者としての探求心を優先させた結果が原子爆弾であると。

 

「核兵器の失敗はもう二度としたくない。関わりたくないのさ。

ザイフェルトが何と言おうと、負けた奴の声には耳を貸さないのは当然だろ?

勝った奴が作る権利がある、あの男も母校もそう言っていたんだ。ただの一人としての平穏を享受する権利くらい、報酬としては許されるだろ」

 

学者としての好奇心が、政治への無関心さを醸造した事にうなされていた毎日だった。

だからこそ、もう二度と関わらない──さっさとその椅子から降りれば、責任は着いて来る事は無いと信じているから。

 

 

「そうだと良いねぇ」

 

「そうなるさ。1919年、1933年と二度は続いても、三度目だけは避けたい一心でここまで働いたんだ」

 

──願わくば、我々の政府は第三帝国やワイマールになりませんように。

この願いだけは臨時政府共通の願いであった。

 

 

 

──────────

 

──私はザイフェルトを政治家というより思想家に近かったと考えています。

我が身を顧みぬ献身的愛国心と伝統と権威を重んじる事が、奴にとっての評価の絶対的基準だった。

我々にも、連合国にも、赤色戦線にも、奴は一応の敬意を払っていた発言をしていた、逆に売国を平然と行う者には味方であろうと非常に軽蔑していた事は余りにも有名ですから──臨時政府法務省関係者(本人の希望により匿名)




ザイフェルトは髪を伸ばして、多少化粧をすれば女子に見えるのと、かなりの童顔(なんか思いついた設定)
使わないけどね(もう終盤ですし、使いどころがわからない設定ですから)
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