千年帝国の幻想   作:ベルリン=モスクワ枢軸

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捜索

「大臣、お体に障るような行動は慎んで下さい」

 

「なに、上司に会って来るだけだ。何の心配も要らんよ」

 

「護衛くらい付けて下さい。幾ら貴方の上司であっても、今は敵です」

お願いですから、そう縋り付くように現場の将校に言われるも大臣はそれを無視して突き進んだ。

 

NSDAP党員としての褐色の制服に身を包んで、深く帽子を被った大臣は、堂々と高射砲塔内部に入って行った。

 

降伏を促す使者として、上司の最期を噛みしめる為に。

 

灰色で無機質な、如何にも合理的に設計された巨人の口に大臣は飛び込んでいった。

 

其処には活気は無かった。

第三帝国に漂う、諦観と絶望を煮詰めたような雰囲気に覆われていた。

 

兵に戦意は無く、将に勇気は無く、王である長官は全てを見失っていた。

 

無機質で、温かみを排除した部屋に長官はいた。

 

長官の目は充血し、髪は乱れ切っていた。

埃の一つも見当たらない、よく清掃された部屋で、その不健康さは更に目立っていた。

日光のない部屋では、長官の土色の肌は更に強調された。

 

丸メガネの位置はずれていて、曇っていた。

将来を正しく見る機会を永劫喪った様な曇り具合であった。

 

部屋に置いてあった観葉植物は干からびており、真っ白な壁は汚れを引き立たせていた。

 

長官は爪を齧りながら自問自答を繰り返していた。

 

今となっては無意味な問答で、余りにも見苦しい言葉だった。

 

「終わりか!?いや!違う、違うとも。

アーリアは奴隷を糧に突き進む、ドイツは飛躍する。

否!否!ドイツは飛躍した!

どうすればいい、どうすればいい?

何が!何が!

まだだ、まだ届かない、何がいけない?何が届かない?

そうだ!いつの日か!いつの日か!

帝国のすべての人々に配給するのだ!

楽園の様な国家を!」

 

長官にとって、滅びは認めがたい物だった。

大臣の様に、次へ託す勇気も無かった。

 

きっとまだ第三帝国が挽回する術は在る、そう信じて疑わなかった。

 

余りに見苦しく、余りに共感できる後悔の吐露であった。

 

「長官」

 

長官の肩が情けなく震え、ゆっくり首を大臣に向ける。

 

未だ嘗て見た事が無い長官の姿であった。

見ていて胸が締め付けられる様な憔悴ぶりであった。

 

それでも、大臣は政治家として、彼の思う大人として、言葉をかける。

 

「もう終わったんです、全て。

1919年からの劇は終わったんです、我々の滅亡を以てして。

長官は残党の残党になるつもりですか?

ナチズムの残党の残党に。

もはや何も無し得なくなって迄生き永らえようとするのですか?

誰もが死に絶えても」

 

もう止めましょう、こんな闘争。

もう終わりにしましょう、復讐者達の醜い茶番劇を。

 

大臣と長官は疲れ切っていた。

彼らの心は常に曇り模様だった。

 

復讐と差別に打開策を見出した時点でそうなる定めだったのかもしれない。

 

それでも長官は吠えざるを得なかった。

「敗北主義のどの口が言う!

総統の下で成り上がっただけの貴様が、全てを達観した積りの貴様が!

我々の揺ぎ無い信念を否定するのか!?」

 

長官は吐き出し続けた。

 

「私の愛国心を醜い茶番劇と呼ばれてたまるか!

総統閣下の第三帝国を、否定されてたまるか!

貴様なんかに!貴様みたいな敗北主義者に!」

 

「理論は歴史を飛躍する。理論は実践を食んで油断なく進む!

いつの日か!楽園(古代ローマ)に追いつく!

いつか大英帝国を超えてみせる!」

 

肩を上下させて、長官は一気に捲し立てる。

反対に大臣は、何処までも凪いでいて、何処までも孤独そうに見えた。

 

寂しい沈黙が辺りを覆い、時間の流れを緩やかにした時、大臣は目を伏せて言葉を返す。

 

「………確かにきっと、私は敗北主義者なのでしょう。

でも私は歴史を愛してるし、何よりもドイツという概念を愛してる。

私は何か別の概念(ほかの歴史とその子孫)私の概念(ライヒとその家族)を比較をするのを辞めたのです。

あるがままの概念を愛す事にしたのです。

……比較し続け、劣等感に悶え、憎悪に苦しむなんて、今の私に言わせれば、それはただの愛国心の模造品です」

 

答えは明確な敵対であった。

ハイドリヒが死んでから、いずれこうなる事は定められていたのだろう。

大臣は長官の遺志を継ぐ事を選ばなかった。

大臣はザイフェルトとして、ナチズムと歴史、そしてドイツへの愛の定義を決める道を選んだ。

 

「黙れぇ!」

長官は当然激高した、もはや遠慮は要らないと言わんばかりに懐からワルサーを取り出した。

それでも大臣の目は凪いでいて、長官は更に怒り狂った。

 

銃口を大臣の方に向け、引き金を何度も引く。

しかし一度も当たる事は無く、ただ無意味に壁に窪みをつけただけだった。

 

「……気は済みましたか?

ここで私を殺そうと、帝国は必ず滅びます。

もうすべては終わったのです。

今までの栄華も、たった一度の敗北で全て否定され、歴史に埋没するだけ。

全ては風の前の塵に等しく、只虚しく、儚い…」

 

目と目を合わせて、大臣は続ける。

 

「それでも、私は埋没する帝国に意義を残したい。

それでも、私はこれからのドイツと歴史を見定めたい。

だから私が全ての責任を負います、親衛隊も、NSDAPも、ナチズムも。

……そして、先ほどの無礼、お許し下さい」

 

そう言って大臣は懐からワルサーを取り出し、置いた。

 

「銃弾は1発だけ、装填しておきました。

先ほどと同じ様に、私に向けて撃つのも構いません。

貴方が納得する時、私をまた呼んで下さい。

私はまだ納得できていません、この勝利に」

 

そう告げて、憔悴し切った長官の眼に再び火が宿る事を願いながら、大臣は出て行く事にした。

嘗て復讐と大望を胸に抱いた勝利と違って、今度の勝利は寂しく、虚しいだけだった。

 

──────────

 

大臣は己亡き明日を信じる事しか出来ない。

誰かを信じる事を学べなかった大臣にとって、NSDAPにとって、それは酷く苦痛を伴う決断であった。

 

愛した第二帝国は皇帝の亡命という形で捨てられ、

その後生まれ落ちたワイマールは、世界の理不尽と矛盾を一身に浴びて、その健全な理想をドブに捨てた。

 

だから彼らは第三帝国を作った。

千年でも万年でも裏切られる事の無い、新しい祖国を。

 

新しい祖国は勝利した、理不尽と矛盾に。

しかし代償は大きく、彼らは帝国建設から千週間後にドイツに裏切られ、今はコーカサスの一地方政権に過ぎない。

 

今でも彼らの心に鮮やかな青空は広がらない。

死ぬまで、死んでも、死んだ後もきっとそうだ。

未来永劫彼らを世界は曇り空で押し潰すだろう。

 

それがナチズムの終着点、それがザイフェルトが己に下した結論。

 

第三帝国は、自分たちは、私の一生は、復讐という執念は──

その程度の価値しかない。

 

そしてその結果、ドイツは独立独歩の道を歩む機会を掴んだ。

もし仮に敗戦を迎えていれば、連合国の当初の要求通り、ドイツの独立精神は徹底的に破壊され、英米ソの走狗とさせられていただろう。

 

──もし無条件降伏すれば

隷属下の豊かさのみを追求し、

皮相上滑りでしかないアメリカ文化への迎合をして、

復讐を悪しき事と断じて、愛国者を叩き潰し、

誰も彼もが責任から逃れる事に終始する社会を迎えていただろう。

其処に豊かさはあっても、尊厳は存在しない。

 

それを回避し、汚名を雪ぎ、雪辱を次代に渡す事をしなかっただけでも、意義はあり、その価値があると大臣は結論付けた。

 

 

 

 

 

──────────

 

──独立独歩を前提に動けない国家など、国民を含めて総てに価値を見出せない──ザイフェルト

 

──────────

 

 

 

 

 

「長官の所にフェーゲラインは居ませんでした。

それと、私はまた高射砲塔に向かいます」

大臣はそれだけを総統大本営に連絡して、また与えられた部屋に引き籠った。

 

 

 

──内乱は終息を迎え、事後処理が始まった時、投降したヒムラー派将校らは何ら躊躇いも無くヒムラーとフェーゲラインを売り渡した。

ヒムラーという発端は未だに徹底抗戦をしている事、そして拘束された中に有力将校のフェーゲラインの姿が無かった事が、彼ら二人の暴走として政府側へ歪曲された。

 

もっとも、この一件に関して、事実上国家元首となっていたザイフェルトは、売り渡した将校らにピアノ線による絞首刑を執行している。

軍人の矜持を守る銃殺刑ではなく、政治犯罪者達*1と同じ様に、尊厳と名誉を否定し、踏み躙る為の処刑としてピアノ線を採用した。

 

ザイフェルトは元より、名誉ある死を日和見主義的な勢力に与えたくなかったと言われている。

恐らくは見苦しい命乞いを繰り返す野心家共への彼なりの罰であったと、推察される──

 

 

 

大臣は先ほどの拒絶を何度も再生していた。

あれで正しいのか、あれが私と長官の最期の会話で良かったのか。

何度考え、何度再検証しても結論は決まって『Nein()』であった。

 

もう一度言葉を交わすべきであり、

もう一度やり直すべきであり、

もう一度長官の不安を払拭し、引き継ぐべきである。

 

それが部下として、友人として、果たすべき事のはず。

そして何より、政治家として納得のいかせるために彼と再び対面する必要がある。

 

政治家として、その理屈を見出した大臣は、躊躇う心を否定し、咥えていた葉巻を灰皿に押し付け、立ち上がる。

煙の様な立ち上がり方だ。

 

放射能に侵された体を奮い立たせる。

臆病に魅入られた心を激励する。

 

そして幽鬼の様に、煙の様に立つ。

 

結局大臣は、骨の髄まで愛国者と政治家でしか居られないだろう。

個人的な勇気ではなく、公的な理由が大臣を奮い立たせ、病に侵され尽くした体を動かせる。

 

「ヒムラー長官に再度面会を求める、宜しいかな?」

睨み付ける訳でも無く、微笑むでも無く、機械の様な声と表情で司令官に詰め寄る。

 

今度は拒絶では無く、感謝と引き継ぐ勇気を示す為に、再び口を開けた高射砲塔の門を堂々と突き進んでゆく。

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

「総統、フェーゲライン閣下について報告があります。

ヒムラー長官の下にも居らず、現在行方をくらませている模様です」

 

その報告を聞いた総統は、目に見えて怒りを露わにしていた。

疲れ切った眼には怒気が充満し、左手はぶるぶる震え、髪は乱れ切っていた。

 

其処には国民的指導者としての威厳も、熱弁を振るった過去の野心も無かった。

指導力も、弁舌も、政治能力も喪失した老人が居た。

 

我々の総統、大ドイツの指導者、怨恨の代弁者だった人間が其処に座り込んでいた。

彼は孤独で、理解もされない、ただの有名な偶像となっていた。

 

その老人は怒りのままに吠えた。

己の命運を嘆くように怒鳴った。

 

「であれば一刻も早く奴を見つけ出し、連れてこい!

フェーゲラインを!フェーゲラインをだ!あのフェーゲラインを!」

 

それは事実上の死刑宣告だった。

義理の弟に対する失望の表明だった。

 

敗戦と滅亡、そして死や滅亡への恐怖へ耐え切れる人間はそうそう多くない。

結局の所、総統はその多数派であった。

 

その絶大な精神的負荷は精神を蚕食した。

 

その権威と権力を生きた屍と化した己の肉体に宿したまま、総統の精神は圧潰していった。

 

誰も肩代わりできぬ絶対的な権力と地位は、総統の恐怖と絶望を肩代わりさせる事は無かった。

 

こうしてフェーゲライン捜索命令が下され、逃亡した総統の義弟を発見し、処分する事になるのはまだ先の話である。

*1
ザイフェルトが事後処理に関わった裁判記録を確認すると、ドイツ出身と占領地出身でピアノ線採用率は大きく異なっている。特にドイツ国内の政治犯罪者のピアノ線絞首刑は全体の7割を超えているが、反対に占領地においては2~3割であった。独立独歩を主張する大臣個人の信念が大きく関わっているのだろうか




没案としてあった奴
・大臣は首都攻防戦の最中に機銃掃射を浴びて死亡
・内戦に負けて泥沼の戦争となって終わり
・WW2中に暗殺される
などなど、全部滅びてるのは気のせい
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