TS転生美少女俺「もっと平和に暮らしたかった」 作:(ノ≧▽≦)ノ
『──大丈夫! 姉さんに任せなさい!』
静かな空間に、優しい音色が響いた。
『あ、ははっ……。失敗、しちゃった、な』
音の正体を探ろうと、目を開ける。
降りしきる雨。
散乱する怪物どもの死体。
むせ返る血の匂い。
……腹部から血を流す、『姉さん』の体。
目の前の光景を理解して、ため息をつく。
──あぁ、また、この夢か。
ずっとずっと俺の心を蝕んでいる、罪の記憶。
『その力で私たちのような子を一人でも多く、救ってほしい』
例え、十人を救っても、百人を救っても──
──一番救いたかった人は……もう、いないんだ。
◇
「…………ぁー」
────声が聞こえる。
「おき…………マス…………!」
…………この声は。
「おーきーてー、マースーター!」
目覚ましには少々きつい、少女のかわいらしくも甲高い声で目が覚める。
視界いっぱいに映る、空色の髪に空色の瞳をした、『赤いリボン』をつけた少女の少し怒った顔を見て、俺は首をかしげた。
「────誰?」
「え………………えぇぇぇえ!? 私よ! マーナよ! わ、わすれちゃったの?」
「冗談、冗談。──おはよ、マーナ」
彼女の名前は【マーナ】。
現在は、彼女と、彼女の双子の妹と一緒に暮らしている。
「お、おはよう、マスター。…………って、ちがーう! なんで普通に挨拶を交わしちゃってるのよ、私は!」
「違う? もしかして今って、夜?」
「朝よっ! そうじゃなくて! たちの悪い冗談はやめて、って言いたかったの!」
…………ふむ?
そういえば、『どっかのバカどもが【
なんでも、その魔法と既存の洗脳術をあわせることで、『自分を○○と思い込む精神異常者』を作れてしまうとか。恐ろしい話だ。
……そう考えると確かに、『冗談はよしてくれ』というマーナの反応は正しいな。これは、俺が悪かった。
「ゴメン、悪かったよ。マーナも、君の妹のカーナも、ちゃんと覚えているから」
「ほんとぉ?」
「ほんと、ほんと。この前、君たちが私の寝床に潜り込んできたこともちゃんと覚えて──」
「うわあぁぁぁあ!? 忘れなさい! それは今すぐ忘れなさい!」
そんなこんなで朝から騒いでいると、彼女の双子の妹である『青いリボン』をつけた少女──【カーナ】が、俺たちの様子を確認しにきた。
「────もう、お姉ちゃんはー! まーた、マスターに迷惑かけてー!」
「えぇ……。これ、私が悪いの? からかってきたマスターの方が──」
「──お・ね・え・ちゃ・ん?」
「私が悪かったです! ごめんなさいー!」
「HA・HA・HA!」
「ちょっと、マスター!? 笑っていないで助けなさいよー!」
やいのやいのと、何気ない日常をみんなで過ごすこの時間が、なによりも愛おしくて、失いたくなくて──
『こんなの、嫌だよ……。目を開けてくれよ、姉さん!』
────二度も失ってたまるかってんだ。
◇
──朝の騒ぎが収まり、食事を終えた後。
マスターが用事を済ませにでかけたため、妹のカーナとともに、家の中で雑務をこなす。
「マスター、大丈夫かなぁ……」
休憩中、妹がマスターの心配を口にした。
そんな妹が珍しくて、からかおうと口を開き──彼女の真剣な表情を見て、その口を閉ざした。
──ここは、からかいではなく励ましね。
私は空気を読めるのだ。マスターと違ってね。ふふん。
「大丈夫よ! マスターも言っていたでしょう? 『この街は、魔物による蹂躙も、戦争も起きていない、この世界では奇跡と呼ぶべき楽園だ』って。それに、魔物から街を守る
「………………うん」
そう励ましても妹の表情は固いままで。
さてどうしたものかと、頭を悩ませる。
「──私たちって、ものすごく幸せだよね」
「…………へ?」
妹の唐突な発言に、間抜けな声が漏れてしまう。
「だって、奴隷商の人に……その、ひどいことをされながらよく言われたじゃん。『お前らは、売られたらもっと悲惨な目にあう』ってさ」
「え、えぇ……。魔法や兵器の実験台にされるとか、性奴隷にされるとか……いろいろと聞かされたわね」
発言の意図がわからず困惑しながらも、私は妹にそう答えた。
「軍の人や、変な趣味の人に買われなかった。私たちを買ってくれた人は優しかった。そして、私たちを守れるくらい強かった」
そう言われ、マスターと過ごした日々を思い起こす。
──奴隷の私たちにも優しくしてくれて…………まるで、家族のように接してくれたマスター。
彼女のおかげで、私たちは人間らしく生きることができた。
──魔物が現れても簡単にやっつけてくれる…………まるで、英雄のようなマスター。
彼女のおかげで、私たちは魔物の脅威にさらされることなく生きることができた。
「…………うん、そうね。確かに、私たちは幸せ者だわ」
「そう──。私たちは……私とお姉ちゃんは、幸せなんだ」
「………………?」
妹の声と表情が、どんどん暗くなっていく。
「私たちはマスターに買われたから、こうして幸せに日々を暮らしていける。……私たちが生きていくのにマスターは必要だ。でも、マスターが生きていくのに私たちは必要じゃない」
「それ、は」
口をはさもうとするも、妹の雰囲気にのまれてしまい、声がでてこない。
「だって、私たちができることは全部、マスターもできるんだから」
妹はそこで一呼吸置き、少し迷いながらも言葉を続けた。
「────マスターはどうして、私たちを買ったのかな……」
────買う必要なんてないのに。
そう言っている気がした。
「……………………」
妹が語った内容に、私は驚きを隠せなかった。彼女も私と同じで、マスターのことを心から信頼しているものだと思っていたのだ。
単純に、疑問に思っているだけかもしれない。
でも、あの子の顔を見ると
確かに、私も最初からマスターのことを信じていたわけではない。
マスターとの生活を通じて、私があの人を信じるようになっても、妹はマスターのことを警戒していた。私はそれに気がついていたし、そのことで妹とお話ししたこともあった。
しかし、妹も本気でマスターが悪い人だとは思っておらず、『万が一、マスターが悪い人だったらお姉ちゃんが危険だから』って、そう言っていたはずだ。
実際、マスターが私たちに『名前』をくれたそのときに、妹はマスターを警戒しなくなった……少なくとも、私にはそう見えた。
なぜなら、あの日から──妹はマスターに甘えはじめたのだから。
だからこそ、今の妹の態度は不可解だ。
このようになるだけの
でも、その
わからないから、妹にかける言葉も見つからない。
悩んだ末、私のマスターに対する本心を伝えることにした。
「…………カーナ、これだけは言っておくわ」
「お姉ちゃん?」
「私にもマスターの考えはわからない。でも、マスターが私たちを大切に思ってくれているのは、間違いないわ」
「……………………そう。お姉ちゃんは、そう思うんだね」
その冷たさを感じる声色に、体が震えた。
「ぇ…………カ、カーナ?」
「────私、資材の確認をしてくるね」
「あっ…………」
妹に向けて伸ばした手は、あまりにも小さく、弱々しくて──。
しばらくの間、妹が閉めた扉を呆然と眺めることしかできなかった。
◇
────私のマスターはおかしい。
最初にそう感じたのは、いつのことだったか。
窓から見える雨空を眺めながら考える。
──私たちを買ったときか?
『……お客さん、そいつらをずっと見ていやすが、買いたいんでやんすか?』
『…………この子たちは、双子?』
『へ? へぇ、そうでございやすが………………たぶん』
『────うん、そうだな。二人を買うことにするよ』
感じたのは、恐怖と驚き。
毎日のように聞かされていた『奴隷の日常』というやつが、ついに自分たちのもとにやってくるのか、という恐怖。
私たちを買った人の、顔が、髪色が、目の色が、私たちと似ている…………いや、
──私たちに食事を与えてくれたときか?
『ほれ、食べなさい』
『こんなに、いっぱい……?』
『い、いいんですか?』
『もちろん! たくさん食べなきゃ、大きくなれないからね』
『『…………ありがとう、ございます』』
感じたのは、感動と疑念。
いつも食べていた、冷たく少ない食事ではない…………はじめて食べた、温かい食事とその多さに対する感動。
なぜ、私たちにここまでしてくれるのか、という疑念。
──私たちに名前をつけてくれたときか?
『『……名前?』』
『そうだよ。単純に呼びやすくなるし。それに、いつまでも名前がないままじゃあ、かわいそうだしね』
『マスター、前にもお話ししたかと思いますが、私たちに名前はありません』
『うん。だから、私が名前をつけてあげるよ』
『『………………は?』』
『双子の名前で定番なのは、まな、かな、とかかなぁ?』
『まな? かな? そんな名前の人、聞いたことないわ』
『あっ……。そっかぁ、しまったなぁ。
『まな、かな…………』
『ん? どうしたの?』
『────私は、それでいい……ううん、それがいい、です』
『え……え、ほんとに? いや、でも、そのままはさすがに………………むむ、む…………マーナ、カーナ、だと少しはこっちらしさがでるかなぁ』
『────マーナ』
『────カーナ』
感じたのは、感謝。
マスターがつけてくれた名前を口にしたとき、不思議なほどにしっくりときた。
マスターは『えぇ……。本当に、それでいいの?』と困惑していたけれど、姉妹でほとんど変わりのないその名前は、お姉ちゃんが近くにいてくれる気がして、心が暖かくなるのだ。
このとき、私たち三人は本当の意味で『家族』になれたのだと思う。名づけと同時にもらった『青いリボン』は私のお気に入りで、今でも毎日、身につけている。
そして、その日……私ははじめて、マスターに対して恐怖も疑念も抱かずに、心のそこから感謝を伝えられたのだ。
………………ありがとう、と。
──私たちを魔物から助けてくれたときか?
『……大丈夫よ。私は、あなたたちのマスターで、先輩で、姉、なんだから』
『だから…………だから──』
『──大丈夫! 姉さんに任せなさい!』
あのとき、感じたのは────。
────ピシャァァァン!!!
「ひっ……」
不意の雷鳴に驚いて、自分の意思とは関係なく思考が途切れてしまった。
間抜けな悲鳴をあげてしまったことに羞恥し、頬が熱くなる。
「雷は苦手……」
だって、あのときのマスターを思いだしてしまうから。
雷雨の中、魔物を蹴散らす──
────あの濁った瞳をしたマスターのことを。
「……………………」
マスターが私たちを大切にしてくれているのは、疑いようのない事実だ。
でも、あのときのマスターは、
──私たちのことを、『別の誰か』として見ていたのか。
──自分を『別の誰か』に見立てたうえで、私たちのことを見ていたのか。
わかっている。
こんなもの、ただの推測……いや、妄想だ。
それでも、そういう視点からマスターのことを観察すると、いろいろと気づくこともある。
それらが違和感として積みあがっていき…………そして、嫉妬へと変わって────
「………………嫉妬?」
おかしな方向に思考が進んでしまったが、意図せず口からでたその単語は、意外にもストンと胸に落ちた。
──そうか、私は……嫉妬していたんだ。
『別の誰か』なんて介さずに──
──あなた自身で、私たちのことを見てほしい。
私がマスターから感じた『別の誰か』なる者に、大好きなマスターを取られてしまったと…………無意識のうちにそう思ってしまったのだろう。
わかってしまえば、自分でも驚くほどに、心の中の
私たちにとってマスターが特別な存在であるように、マスターにとっても私たちが特別な存在であってほしい。
私たちは、苦しいときでもマスターにすがり、甘えることができた。
でも、マスターにはその相手がいないんだ。過去はわからないけれど、少なくとも、今は──。
──だから、
マスターが甘えさせてくれるなら、めいっぱい、甘えて──。
逆に、マスターが甘えてくるなら、めいっぱい、甘えさせてあげるんだ──。
そうして、お互いに支え合える関係になることが、マスターの瞳に光を戻す助けになると信じて。
「………………ふぅ」
雷のせいで反射的に閉じてしまった目を開けて、外を見てみる。いつの間にか雨はやみ、薄らとではあるが、太陽が顔を覗かせていた。
眩しすぎない、心地の良い光をしばらく眺め────決意する。
──お姉ちゃんとマスターに謝ろう。
──そして、二人に対し心の底から愛を伝えるんだ。
そのときの二人の反応を想像して、そのまばゆい光景にこそ、自分の求めていたものがあると理解して────
「──────ふふっ」
自然と、笑みがこぼれた。
◇
『ずっと一緒だよ! お姉ちゃん!』
それは、『家族』となった日に交わされた、姉妹の約束。
────その絆の糸は、まだ、結ばれている。
完結まで、後四話。