ゲンソウロンパ   作:こえ

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策動
見えない暁


 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、私は雲海に浮いていた。この世の物とは思えない。いっそ恐ろしい。この雲から魔力さえ感じる。この柔肌そのものに意志が存在し私を放そうとしないようだ。一方の私も、このスポンジケーキを放したくない。快楽の永久機関をむざむざと手放す馬鹿なんていない。

 私は既に新たな魔物に侵されていた。名付けるなら「快魔」か。基本的に誰かを依存状態に貶めるには飴と鞭。一度頂点に達させた後、徐々に墜落させていく。しまいには奈落の底だ。勿論、「奈落の底」とは平素に戻っただけなのだが、一度快楽を味わった者は元いた場所を嫌う。だから、一度地から足を離した鳥は滅多に地に降りない。

 ところが、快魔は違う。頂点から頂点、そして頂点から頂点へと恒常的な有頂天に常に押し上げている。だから、天界に昇った天人は地になんて降りない。私がその天人なのだ。

 

 

 

 

 

 そう考えると、天子は名前の通りに天人なのかもしれない。

 謎の緋色の剣のメッセージ……「天人」。だが、あんなに堕落した天人なんているのだろうか。仮にそんなものの存在を認めたとしても、彼女が天人だとはまず思わないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付くと、私は曇天に沈んでいた。この世の物とは思えない。いっそ清々しい。この雲からは現実の凄みをありありと思い知らされる。

 何事にも代えがたい現実が私の前に立ちはだかっていた。実は昨日までの摩訶不思議でドロドロした夢で、目を覚ましたらいつも通りの生活が始まっていて欲しかった。誰かを疑い、ある人物を憎み続ける日常的な非日常がリスタートする。それが嫌で嫌で仕方なかった。

 天界から地に足付けた私は閉まりかけの目をこする。まだ眠気が飛ばない。

 チラチラと視界の隅に入る幣を手に取る。なんだこの小癪なオブジェクトは。眠さ千万の私にとってこんなもの、何故か湧き上がる怒りの矛先にしかならない。

 幣と睨めっこしていると、次第に目が冴えてきた。怒りも冷えた。冷静になってもう一度よく幣を目視してみる。

 突然、ふとこれを使ってみたい衝動に襲われた。しかし、幣なんてどう使う?

 試しに両手で握る。そして右、左、右、左とそれぞれ2度ずつ振ってみた。しかし、何も起こらない。当たり前だ、これが正しい使い方だとは思ってない。巫女さんや神主のイメージの下での行動である。確証のないまま行動は起こさない方が良いだろう、何事も。そのうち、私は飽きてベッドの方へ放り投げた。

 閉じようとすれば閉じられる視界の端に机が映った。意味なく気になって机の上を見渡してみると、鈍く光る金属が見えた。手に取ってみるとカギだった。

 いったい何処の?この部屋の中にカギがついてる物はない。消去法から考えて、このカギは部屋の鍵だ。今まで気づかなかったが、部屋を出入りする扉のドアノブにカギが付いていた。盲点とは良く言ったものだ。何の装飾もないし、大きいわけでもないので失くしそうなのが若干不安だ。丁寧にスカートのポケットにエスコートした。

 そういえば、スカートのポケットに無機質な鉄塊を入れていたことを忘れていた。鉄塊をポケットから引っこ抜いて、再び弄ってみる。それを恥じらいも無く大きく開く。矢印のようなマークがあしらわれているボタン、数字が居座っているボタン、取っ手のような謎のオブジェクトが仁王立ちしているボタン、どれを押しても何も起こらない。その上の液晶にも反応はない。特定の場所や物体の近くでしか反応しないのだろうか。次第に鉄塊に対して呆れにも似た感情が湧いたので、再度ポケットに戻してあげた。

 だんだん脳が覚醒してきた。昨日はすぐに眠りに落ちたせいで、着替えも歯磨きもしてないことを思い出した。そうと分かると、だんだんどうしようもない不快感とえも言われぬ気持ち悪さが込み上げてきた。

 今日の探索を始める前に身体を清めよう。私はタンスの引き出しから下着と新しい制服を取り出した。

 

 

 

 

 

 個室から退出してカギをかける。スカートに鉄塊も入れているし、準備は万全だ。廊下は昨日と何一つ変わらない紫で充満していたが、気持ちはフレッシュだ。一度ゆっくりと大きく深呼吸をしてみる。空気は不味くはない。

 何の考えも無いがとりあえず食堂かな、と考えていると廊下の奥から扉を開ける音がした。

 音の方向を振り向くと、今すぐにでも睡魔に侵されてしまいそうな顔をした正邪が施錠していた。寝癖がひどく、特に前髪は垂直に天井を仰いでいた。

「おはよう、正邪。前髪ひどいわよ」

 正邪の髪は特殊な色合いをしている。全体的に黒髪なのだが、前髪の一部、言うならば中央が赤く、それとは違ってところどころ白い部分もある。髪の色が3種類とはとても珍しい。星のようなダブルならばそこそこいるだろうが、彼女のようなトリプルはレアだ。シングルな私とは何かしらの格が違うのかもしれない。例えば、物凄くオシャレさんである、とか。

「……眠いから口を開きたくない」と不機嫌な態度でカギを弄びながら私の横を通り過ぎて行った。正邪は寝起きに機嫌が悪くなるタイプのようだ。

 間近で見ると髪の反転具合は尋常じゃない。どれだけうつ伏せで寝たのだろうか。

「正邪も食堂? 私も今から行くつもりだったのよ」正邪の横に並んだ。

 彼女と未だに会話したことがなかった。眠気で梱包されているノーガードな彼女から情報を引き出すなら今しかないだろう。もしかしたら、ウラギリモノだと漏らしてくれるかもしれない。

「特に目的はない。……まあ、どうしてもと言うなら私も行くがね」裏のありそうな笑みを私に投げつけた。

「まだ何にも言ってないけどね」

「……私には分かる。お前、何か企んでいるな?」意外にも正邪は私の図星を突いてきた。

 思わず動揺を表面に出すところだったが、何とか踏みとどまった。我ながらファインプレーだ。

 いきなり私の急所に斬り込むとは偶然か?それともまさしく「目覚ましい」カンが誘発したのか?

「だったら、どうする?」咄嗟に当たり障りのない言葉が出てこなかった。

「ふふふ……。看破したからどうする、は問題じゃない。看破した事実そのものこそ重要。お前は私に見抜かれたことで多かれ少なかれ動揺したはずだ。そして、どこまで読まれているかも分からない。さあ、現時点で不利なのはどっちかな?」屈託の一切ない悪の顔が私の前で笑んだ。

「どこまで読めたの?全部?」私は恐る恐る訊いた。

「だったら、どうする?」正邪の顔には素晴らしい程良心の面影は無かった。

 大丈夫、焦ることはない。ただ、相手から情報を抜き取ることに失敗しただけだ。ほんの少しの策略を看破されただけ……。増してやこんな会話だけで大どんでん返しが起こるわけでもない。

 そこから十字廊下に出て食堂に辿り着くまで私と正邪は口をきかなかった。正確には、私が正邪に口をきけなかった。これ以上会話をすると私の考えが全て見透かされてしまいそうな不安が閉口させた。正邪が口を開かなかったのはわざとだ。一方の正邪は幾らでも平気に話せていただろう。だが敢えて、故意にそれをしなかった。私の危惧をより煽るためだ。

 完璧にしてやられたというわけだ。全く気持ちの悪い朝だ。

 

 

 

 

 

 

 

 紫色はどんな時でも私の心を映し出す。調子の低迷も細かな気分の昂りも投影する。紫色はある種オールマイティな色彩なのだ。逆に言うならば特徴が無いのだ。個性の無い色には美しさは無い。美しさが無い色に存在価値は無い。とどのつまり、私はこの廊下が大嫌いだ。

 食堂の前でも電灯は紫を発している。ヒトとして朝食は欲しくなるのだが、廊下にいるときは一切それが無くなる。気分を盛り下げるこの施設には長居したくないものだ。

 紫色への嫌悪と正邪への不信とも畏怖とも言えない微妙な気持ちが私の中を行き交っている最中、正邪が食堂の扉を開けた。

「あ、おはようございます。よく眠れました?」妖夢が空の皿とお椀を持って歩いてたのがまず目に入った。和食を食べたらしい。

「おはよう。そこそこってとこね。妖夢は?」

「私は快眠でした。ここのベッドすごくフカフカしてて気持ちいいですよね」妖夢は話しながらうっとりしていた。お気楽なものだ。

 正邪は軽く鼻で笑った後、会話に参加せずに一番近くの椅子に座った。

 そうね、と粗雑に相槌を打って会話を無理やり切り上げた。これ以上、ベッドの話をするとまた寝たくなるからだ。

 私はそのままキッチンに向かった。食堂に充満する芳しい香りは私の食欲をそれとなく促進させる。既に食堂にいた星も水蜜も慧音も談笑しながら食事を取っていた。咲夜に至っては、食事を終えていたようで食後の紅茶を楽しんでいた。

 

 

 

 妖夢がシンクで食器を洗っているころ、私は冷蔵庫に心を読ませていた。自分自身の手で好きな物を出したことがないので、未だ半信半疑だ。さて、見せてもらうとしよう。心を読む魔の力を。

 冷蔵庫の取っ手を力を入れて握った。朝食として今一番食べたいものを思い浮かべ、両開きの扉を開ける。

 

 

 

 すると、正面のスペースに一枚のお盆が佇んでいた。お盆の上には、見た目にも温かそうな御飯と長方形の皿に盛りつけられた焼き鮭に卵焼き、小皿のほうれん草の胡麻和え、さらには豆腐と長ネギのお味噌汁。まさしく私が思い描いた朝食そのものだ。

 おそるおそるお盆を取り出して御飯の上に手をかざしてみた。まるで炊き立てかのような温もりが手に伝わった。

 既にここに来てから様々な信じがたい現象を目の当たりにしてきた。故に驚きはそこまで大きくなかった。だが、全く驚かなかったわけでもない。あまりの不可解さに開けっ放しの冷蔵庫の前で少しの間棒立ちになっていたほどの驚きはあった。食器を洗っている妖夢に冷気が少し肌寒いから扉を閉めてくれ、と指摘されるまでその状態だった。

 そそくさと冷蔵庫の扉を閉めてキッチンを退出した。そしてすかさず楽しそうに談笑している慧音の隣に座った。正邪が座っている位置から一番遠かったからだ。

 慧音のほか、共に談笑していた星と水蜜、紅茶を飲み終えた咲夜と挨拶を交わした。案の定、一番最初に食堂に来たのは咲夜らしく、他の3人は一緒に食堂に来たらしい。ちなみに3人が食堂に来た時、咲夜は自分が使った食器を洗っていたという。末恐ろしい早起きだ。

「ところで、正邪と何かあったのか?」慧音が私にしか聞こえないような声で囁いた。

 何故、と訊き返したが見当はついていた。一緒に食堂まで来たのにどこか険悪な雰囲気が私と正邪の間に漂っていたからだ。誰から見ても一目瞭然だったはずだ。

 しかし、わざわざこの場で言うほどのことでもない。別に何があったわけではない、と言葉を濁した。慧音は私の答えに納得したわけではなかったが、それ以上は何も訊いてこなかった。

 お味噌汁が冷めないうちに食べてしまおう、と重い箸を掴んだ……つもりが、お盆の上に箸がない。どうやら、箸を想像し忘れたらしい。融通の利かない冷蔵庫だ。それくらい補完してくれればいいのに。意外と「魔」というのもたいしたことないものだ。

 想像の埋め合わせに席を立った。早くしないと冷めてしまう。寝起きの私は割と飢えていた。

「どうした?」と慧音が訝しげに言った。先ほどの会話と関係しているとでも思ったのだろうか。

「イメージを付け足しに」と寝ぼけた言葉を返した。

 キッチンに再び足を踏み入れ、冷蔵庫とこの朝2度目の対峙。が、妖夢が水をさした。

「食欲旺盛ですね」何とも間の抜けた言葉だった。

「……いや、ちょっと箸を」

「箸を食べるんですか!? どれだけ空腹だったら箸食べられるんですか!?」

 苦笑いするしかなかった。まさか妖夢が天然だったとは。

「違うわよ、箸がないから取りに来たのよ」

 一瞬、妖夢に驚愕の表情が固着したのち、恥ずかしそうに笑んだ。

「そういうことでしたか。では、あの食器乾燥機の中に箸が入ってますよ」妖夢が指差したのはシンクの近くに置いてある鋼色の物体だった。あの物体にテーマをつけるとすれば「威風堂々」だ。何故だか分からないが偉そうに立っている。

「それなら大丈夫よ。ほら、冷蔵庫があるじゃない」

「食べ物以外のものが出てきますかね?」

「……それもそうね。じゃあ、素直にあそこから拝借させてもらうわ」私も相当寝ぼけてるらしい。目は冴えてるんだけどなぁ。

 私は偉そうで偉くない物体を開け、箸を取り出した。漆が塗ってあり、比類なき高級感を放っている。正直、使うのを一瞬躊躇ってしまうほどだ。

 しかし、それと同時に気になることが2つ。1つ目は機械とはいえこんなに早く食器は乾燥するだろうか?この疑問は湧いたと同時に有力な推論が打ち立てられた。冷蔵庫と同じように魔の力を備えてると考えればいい。取るに足らない疑問だ、自分で挙げておきながら。2つ目は箸が1膳しかなかったこと。妖夢が和食を食べたならば、必ず箸は使っている。だったら咲夜は洋食を食べたと考えればよい。しかし、この乾燥機の中を見る限り洋食器は入っていない。さっき自分の目で確かめた通り、冷蔵庫から自分が心の中でイメージした食べ物を提供してくれる。「自分がイメージした食器」とともに。咲夜が洋食を食べたとするなら、洋食器が入ってなければおかしい。咲夜は本当に朝食をとったのか?

 空腹の私の前にその疑惑は儚く散ってしまった。お味噌汁が私を呼んでいるのだ。私は気分を良くしてキッチンから出た。

 

 

 

 途端に、私の眼に絶望が映った。

 

 

 

 

 

「よう、霊夢。元気か? 生憎、私は元気溌剌だぜ」

 元々、私が座っていた椅子に魔理沙が腰かけていた。それは格段問題ではない。私のお味噌汁が入っていたお椀を片手に持っているのだ。

「魔理沙……」

「あん? 元気ないみたいだが、どうかしたか?」

「お味噌汁……」

 魔理沙は不思議そうな顔してお椀を眺める。

「ああ、これか。なかなか美味しかったな。キノコの1種類や2種類入ってれば最高だったんだがな……ってあれ? まさか、霊夢のか?」

 一歩、魔理沙に歩み寄る。

「悪かったって! 知らなかったんだよ、お前のだって」

「嘘つけ。食堂に来た時には、咲夜に訊ねてたじゃないか。『これ誰のだ?』ってなぁ?」正邪がニヤニヤしながら暴露した。

「お前っ……! 要らないことを!」

 もう一歩。

「これ冷蔵庫から出したんだろ? だったらもう一回出せばいいじゃないか。だから落ち着けって」

「知ってた? ヒトのイメージって崩れやすいのよ」

 一度崩れてしまったイメージを何一つ違わず元に戻すというのは難しい。私はあの一杯を楽しみにしていたのだ。

 

 食べ物の恨みは恐ろしい。誰が言い始めたのか知らないけれど、私は大いに共感できる。

 

 

 

 

 

 

 

 




 皆さん、あけましておめでとうございます。前回の更新からだいぶ期間が空いてしまいました。出来れば去年のうちに、と思ったのですが、年末年始でバタバタしていたりゲームしていたりと忙しくここまで引き伸びてしまいました。
 今回はチラリと分かる人には分かるようなネタを放り込んでみました。引率しながらの洞窟探検なんかしたことある人はピンと来たり来なかったりします。
 ゲームというのもその洞窟探検のそれを年末年始でやっていました。AIアクションゲームなんて銘打ってますが、ホラーゲームですよあんなの。これで分かる人もちょっぴり増えたんじゃないでしょうかね。

 話を戻して、小説のお話に。今回割とギャグ色を強めてみました。苦手です。彼女らには事件の無い時くらいこれくらいほのぼのとしてほしいものです。事件があるかどうかはまだ分かりませんが。
 早起きしそうなキャラは今回の登場する18人の中だと一番最初に誰が連想されますか?私はやはり咲夜ですね。庭師よりメイドさんの方が面倒が多そうですし。
 
 去年、と言っても少し前の話ですがUAが3000を超えました。ありがとうございます。どんな感想にでも出来るだけ返信致しますので、是非お寄せ下さい。
 細々ながら少しづつお話を更新していきますので今年も「ゲンソウロンパ」をよろしくお願いいたします。

 今年も良いお年を。
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