仄暗い廊下の奥に
魔理沙が扉を右に引くと、ガラガラと音を立てながらゆっくりと扉が開いた。
その奥に広がっていたのは、閉塞感に満ち満ちた廊下だった。窓が一切なく、電灯は紫色に薄く灯っている。
さらに、廊下の突き当りには、体育館の扉と同じくらいの大きさの扉があった。その途中には広間のような空間も見える。
魔理沙は、興味深そうに薄紫色の電灯をまじまじと見つめている。
「暗いようだが、何故かちゃんと奥の扉まで見えるな。この電灯、怪しいな」
「今はそんなのどうでもいいわよ。まずは、この校舎全体の把握をしなくちゃならないでしょ」
私は通路を歩き出す。魔理沙が少し遅れて私についてくる。
「そうだな、後々ゆっくり調べるとするか。その時は、霊夢も一緒に調べようぜ」
「私は別にそんな電灯に興味ないわよ。物好きね」
どんどん歩を進めていく。そして、開けた空間に出る。辿り着いてすぐ私は、思ったことをつい口に出した。
「ここは何?ただの広間かしら。」
「そうっぽいなぁ。何にも無いのか?」
見回して気付いたが、ここは十字路の中心になっているらしい。今、私たちが立っている方向から見て、真正面に先ほどから見えている扉、後ろには体育館、東側にも西側にも通路がある。
「霊夢、私たちは真っ直ぐ進もうぜ。横の通路は他の奴らに任せよう」
魔理沙の言っていた「他の奴ら」が少し気になって後ろを振り返ってみると、他の16人全員がいた。中でも、一番最初に目に入ったのは、私たちのすぐ後ろにいた「
「……一緒に来る?」
すると、ニコッと小鈴は笑顔を浮かべて、「はい! 私も行きます!」
と元気よく答えた。その光景を見て、魔理沙は帽子のつばを人差し指でほんの少し突き上げた。
「えーと、確か……小鈴、で合ってるよな?」
「はい。そういう貴方は、霧雨魔理沙さんですね。それじゃあ、行きましょう!」
小鈴は私たちを追い抜いて真っ直ぐ歩いて行った。
「アイツ、中々せっかちな奴だな。霊夢、置いてかれるぜ。早く行くぞ」
そう言って、魔理沙は小鈴の後を追って行った。
あの2人と一緒に探索をすると考えると、ちょっぴりだけ気が思いやられる。だけど、退屈はしないだろう。もっとも、こんな状況じゃ退屈なんかしてられないだろうけど。
すぐに2人の後を追いかけようとしたところ、後ろから肩を叩かれた。
振り返ると、そこにいたのは「
「非常に賢明な判断です。今の状況で、2人以下で未知のエリアを開拓するというのは、我々にとってリスクが高いです」
「というと?」
「もし、魔理沙さんと小鈴さんのどちらかがウラギリモノだった場合を想定してください。」
いまいち、さとりの言いたいことがすっきりと伝わってこない。
「回りくどいわね」
「そう、ですね。では、魔理沙さんがウラギリモノだと仮定しましょう。あの2人のままで探索を続けたら、小鈴さんの目を盗んで何かをするかもしれません。しかし、欺かなくてはならない人間が2人になると、それが難しくなるのが明白です」
「私の誰かがウラギリモノか、疑いたいわけ?」
「いえ、あくまで可能性の話です。私が言いたいのは、部屋を調べるときや重要な証拠を精査する時は、単独ではなく3人以上で行うのがベストだ、ということです」
さとりはその眠そうな目で真っ直ぐと私を見つめて、きっぱりと言い切った。妙な威厳をその瞳から感じ取れた。
「……そうね、ご忠告ありがとう」
「その代わりと言っては何ですが、我々もこの東と西の廊下にある部屋は複数人で探索しますので、探索した結果の情報は偽りのない物と思っていただいて結構です」
「ええ、分かったわ。それじゃあまた」
何とも言えぬモヤモヤが残ったまま、魔理沙と小鈴を再び追いかけた。
やはり、お互いをまず疑わなくてはならないのか。この疑心暗鬼は打ち破ることは出来ないのか。
しかし、それも仕方のない。何故なら、我々は18日の間に殺人を起こさないと全員が死んでしまう。そのうえ、殺人を起こすにしても正しい人物を殺さなくてはならない。
一番嬉しい結果としては、私以外の誰かが最初の事件で見事にウラギリモノを殺害することを成功することだが、どうもそれは成功しそうもない。
逃げているように聞こえるかもしれないが、やはり私自身は事件を起こしたくない。余程の確信がないと、私には無理だ。
だから、私に今出来ることは1つ。しっかりと現状を見極め、ウラギリモノを判断する。そのためには、今はただ探索をして情報を収集するしかない。
そうこう考えながら歩いていると、扉に辿り着いた。魔理沙と小鈴の姿は扉の前にはなく、既にこの向こうにいるようだ。
ドアノブに手を掛けた時に、ほんの少しだけ話し声が聞こえた。
直感だが、あの2人はウラギリモノじゃない。少なくとも、私はそう信じている。
そう思うと、ドアノブを握る手にも自然と力が入った。きっと、私にとっての大きな判断になったのだろう。
そして、少し息を吐いてゆっくりドアを奥に押した。
扉を開くと、食堂だった。それもかなりの広さだ。そこらのとは大きさのグレードが違う。
食堂と言っても、キッチンが備わっていた。けたたましいほど輝いてるシンク。忌まわしいほど大きい冷蔵庫。あの冷蔵庫は恐らく業務用だろう。家庭用のものはあれ程大きくないはずだ。さらに電気コンロが6台並んでいる。非常に先進的だ。
先程の殺伐として疑心暗鬼な雰囲気とは一変した和やかな雰囲気に、私は少し呆気に取れらてしまった。
「おい、霊夢。こっちだこっち」
キッチンとは別方向の、大きな円卓の周りにある沢山の椅子の1つに魔理沙が座っていた。小鈴も隣に座っていた。
「キッチンの方はもう調べたの?」
それに対して、小鈴が「まだです」と答えた。
「にしてもここは、全員が集まるには持って来いの場所だな。そうだ、一回ここで全員の話し合いしないか?」と魔理沙は人差し指を立てた。
「話し合い?」と私はオウム返ししてしまった。
「そう。こんな形になったとはいえ、私たちは18人という大人数で共同生活するんだ。お互いの名前は知ってるけど、初対面の可能性だってある。だから、一回集まって顔合わせだ。どうだ?」
「私もそれに賛成です。もしかして、ウラギリモノなんていないかもしれないですからね」
それはどうだろうか。私には、あの八雲紫という人物からどうしようもない本気を感じる。ゲームを完遂するという本気を。
少し考えてから、私は小さく首を縦に振った。
「……そうね。私も一度顔を合わせるのには賛成」
魔理沙がニヤリと笑んだ。
「決まりだな。私と小鈴は奴らを呼んでくるから、霊夢はキッチンを調べてくれ。行くぞ、小鈴」
魔理沙は椅子から立ち上がって、テーブルに置いていた帽子を持った。
そういえば、魔理沙は何故あんな帽子を被っているのだろう。小鈴にしても、鈴の付いた珍しい髪留めをしてるし、私にしても、こんなに赤くて大きなリボンを付けている。
思い出すに『
そもそも、私たちは一体どういった集団なんだろうか。お互いの名前だけだが知っているということは、少なくとも初対面ではない気がする。が、そこまで仲の良い集団でもないような気がする。とにかく18人に記憶がないこと以外の共通点がまるで見つからない。
そんなことを考えていると、魔理沙と小鈴が私の前を通った。魔理沙が背中を向けながら、軽く手を挙げた。
私もぼやぼやしてはいられない。何か脱出するための手がかりを見つけなくてはならない。その第一歩として、キッチンを調べるんだ。頼まれたというのも勿論あるが、それ以上に私の意欲が高まっている。
ドアの開く音がして、少し経ってから閉まる音がした。
私は既にその時キッチンの中央にいた。
どこから調べようかと迷っていると、先ほども目に入った冷蔵庫が気になった。
冷蔵庫に近づいて両手で取っ手を持つ。そして、見た目ほどに重くない扉を開け る。
すると、溜まっていた冷気が一気に外に出て、私を冷やした。その時に思わず目を閉じてしまった。冷気が収まった後に目を開けてみると、食材の山々が視界に入った。
冷蔵庫には有り余らんばかりの食材が所狭しと入っていた。肉、魚、乳製品、飲み物、その全てがこれだけの種類があれば誰でも好きな物を見つけられるだろう、という程にある。
私は少し気になって、近くにあった魚肉ソーセージを一本取って冷蔵庫を閉めた。
気になったことというのは、この食べ物群が危険ではないかだった。別に空腹というわけではない。
まずは、匂いを確かめる。ソーセージを鼻に近づけて、嗅いでみる。しかし、特別何も感じることはなかった。
次に、毒味。オレンジのフィルム上に一本だけ浮き出てる赤のテープを持って、勢いよくフィルムから剥がす。
そして、そこから全体のフィルムを剥がし、ソーセージを裸にする。
てっぺんの部分を一口サイズに手で千切り、それをまた鼻に近づけてみる。やはり、異臭はしなく、普通のソーセージのかぐわしい匂いだった。
試しに千切ったソーセージを少し舐めてみる。がこれまた普通だ。
最後に、それを口に入れる。少しの間、咀嚼して私は一つの結論に至った。
これは普通の魚肉ソーセージだ。百歩譲っても譲らなくてもこれは普通のソーセージなのだ。味も至って普通だし、硬さもさらに普通。そして、特に危険でない。恐らく、冷蔵庫の中の物は全て安全だろう。
口の中のソーセージを咀嚼しきって飲み込んだ後、残りのソーセージを咥えて再び冷蔵庫を開く。
私は驚いた。扉を開いてみて、非常に驚くことが私の目の前で起こっていた。
なんと、私がソーセージを取った場所に再びソーセージが置いてあったのだ。
見間違いではないかと目をこする。しかし、見間違いではない。
そのソーセージを取って、また扉を閉める。再び、フィルムを剥がしてみる、疑いようもなく普通だ。驚きのあまり、加えていたソーセージを食べ切っていたことに気付かなかった。それに気づいたのは、2本目のソーセージを口に運んだ時だった。
食べてみると、やっぱり普通だった。誰がどう言おうと、普通のソーセージだ。
そして、また扉を開けてみる。予想通り、ソーセージがまたそこにあった。
思わず「これは……」と声を漏らしてしまった。
推測するに、この冷蔵庫は食材の尽きることの無いものだろう。ソーセージの一件でそれが分かる。最悪の場合、18×7、すなわち126日ここに滞在しなくてはならない。だから、こんなものが用意されてるのだ。どういう原理なのかは分からない。見当もつかないし、別に気にもならない。
とりあえず、1つ収穫だ。この冷蔵庫は無限に食材が出てくる。衣食住のうち、食に困ることはないだろう。
冷蔵庫の扉を閉めると同時に、食堂の扉が開く音がした。
「おーい、霊夢。いるか?」魔理沙の声も聞こえた。
どうやら、探索はこれまでのようだ。残りのシンクやら電気コンロやらは後々調べるとしよう。
私は扉の方を向いて「いるわよー」と大きな声で叫んだ。