私たちは食堂から中央のホールまで出てきた。さっき来た時と変わらず、このホールは何となく気持ちの悪い空気が流れてる。
そんなことはお構いなしに、メディスンはキョロキョロと廊下のあらゆる方向を見回してる。
「個室ってどっちだったっけ? 確か南だって言ってたわよね?」
「西の食堂を背にして立ってるから……こっちよ」
と、言い放つと天子はホールを右折した。
「あ、ちょっと待ってよ!」
それに遅れてメディスンが天子の後を付いて行った。
私はその2人の姿を後ろから眺めていた。こんな状況じゃなかったら、この光景を見て単純に笑っていられるのに、と思ってしまった。
視線を感じたのか、メディスンが振り向いた。
「霊夢ー? 何してるの?」
「何でもないわ。……行きましょう」
素っ気なく答えて、メディスンと天子の後に付いて行った。素っ気なく返事してしまったことにちょっと後悔した。
私が2人に追いついた時には既に浴場を通り過ぎていた。ゆっくり歩いたせいだろうか。
個室への扉のノブは天子が握っていた。
「天子ー、早く開けてよ」
どうやら天子は私をずっと監視していたようだ。ずっと私を怖い表情をしながら見ている。
「……ええ、今開けるわ」
私が怪しい行動をしていなかったのを確認できたようで、メディスンの言葉に従って天子が扉を開けた。
私とメディスンは天子が開けた扉の奥を覗き込んだ。そこにはまた廊下があり、沢山の扉があった。
雷鼓の話によると、ここにある部屋は全て各人の個室だったはずだ。
一番手前にある1組の向かい合わせの扉をよく見てみる。すると、向かって左側の扉のドアノブには「TORAMARU」と彫ってあった。おそらくここは星の部屋のだろう。それなら向かいの部屋は、と視線を向けるとドアノブには「MONONOBE」と彫ってあった。ということは布都の部屋だろうか。
すると、急に天子の後ろ姿が視界に入ってきた。
「見てるだけじゃ分からないでしょ。行くわよ」
ずんずんと天子が廊下を歩いて行く。天子が1組目と2組目の扉の間辺りまで歩いてから、慌てて私とメディスンは天子に付いて行く。すっかりこの陣形が定番になってしまっている気がする。
一足先に天子が2組目の扉の前に立つ。左と右の扉のノブを凝視している。
「ここは違うわね。貴方たちの部屋もここじゃないわよ」
そう言うと、天子はまた歩き始めた。
その様子を見て、メディスンが軽く口を尖らせて「天子さぁ、歩くの早くない?」と、私に言った。
先程の冷たい返答を反省して、今度は満面の笑みでメディスンに答えた。
「そうねぇ……早めに追いつかないとね」
少し息を吐いた後、メディスンは真面目な口調に変わった。
「ところでさぁ、話は変わるけど、霊夢は今のところウラギリモノは誰だと思う?」
この場面、どう答えたらよいだろうか。
平々凡々に自分の怪しいと思う人物を挙げた方がよいのか。だとしたら、私はさとりか咲夜と答えることになる。まだ分からないという回答も無難だが、逆に目立たないようにしている、と取られて怪しまれる可能性もある。疑われる行動や言動は避けたい。つまり、ここで最も安定した立場を維持できる発言は攻めの一手しかない。
「うーん……悪いけど、メディスンかな。」
それを聞いたメディスンは少し足が止まり、目を大きく見開いた。まさか自分と言われるとは思わなかったのだろう。
こんな答えを理由なくしたわけではない。彼女の反応を窺いたかったからだ。
メディスンは再び歩きはじめ、余裕ある表情に変わった。
「予想外。まさか私なんて。しかも目の前で言われるなんてね。他の人はどう思う?例えば――」
と伸ばして通り過ぎた2組目の扉の方をチラリと見る。
「チルノとか小鈴とかはどう思う? 偶然、目に入ったから適当に選出しただけなんだけどね」
ちなみに、チルノの部屋は左側、小鈴の部屋は右側にあった。
ここは無難に思った通りの事で対応したほうが良いだろう、と私は判断した。
「小鈴は私のカンだけど恐らく違うわ。チルノに関しては、まだ情報が集まってないから判断のしようがないわ」
「カンねぇ……。もしかして、私はカンで疑われてるのかしら?」
ここがターニングポイントだろう、と薄々感じていた。この返答を間違ってしまえば、メディスンから常に疑いの眼差しを向けられることとなり、最悪の場合殺されてしまうかもしれない。一体、どう返答するのが最善だろうか。
私が言葉に詰まっていると、「メディスンの部屋あったわよ」と天子が大きな声で言った。どうやらメディスンの部屋は3組目らしい。
メディスンは「はーい」と返事して、私に、意味深でにこやかな笑顔を向けて天子のもとへゆっくりと走って行った。
返答をまだ思い付いていなかったので、地獄に仏だった。むやみやたらに誰かを疑うのは、かえって危険を被ることが分かった。もっと慎重な言動をとらなければ、こちらがウラギリモノに欺かれてしまう。
「霊夢ー、そこで何してるのー。早く私の部屋見てみようよー」
メディスンが振り向いて私に手招きした。あの手が、私を偽りに誘おうとしているのではないと信じて、2人のもとへ向かった。
メディスンが自室の扉を開けた。後ろから私と天子が部屋を覗く。その時一番最初に私の視界に入ったのは、とても大きなベッドだった。
「わあー! 大きな部屋だわ!」とメディスンは、扉を開けながら感嘆した。
それにしても、随分と広い部屋だ。扉が全開になって、部屋の全体を見渡せるようになった。最初に見えていたベッドは、3人は寝られようかというほどの大きさだ。部屋の左奥に位置している。
右奥には、小さな個室があった。おそらく、トイレか個室用のお風呂、もしくはユニットバスだろう。
一番気になる点は、ベッドと個室の間に挟まれるように小さな人形が横たわっていることだ。天子がその人形を指差して、「あの人形……ちょっと貴方に似てない?」とメディスンに言った。
言われてみると確かに似ている気がする。どこがどう、とは言い難いが、強いて言うならば雰囲気が似ている。
一方で、メディスンは先程のはしゃいでいた様子と打って変わって、じっとその人形を見つめて動かない。
「あの人形がどうかしたの?」
私が問いかけた瞬間、彼女はその人形に向かって走り出した。
そして、彼女はその人形を乱暴に掴み、こちらに背を向けながら、まるで向こう側を見ようとしているかのようにじっと見つめる。
「『鈴蘭』……」
突然、メディスンが呟いた。
「スズラン? それがどうかしたの?」
天子が再びメディスンに訊く。その質問に対して、メディスンは振り返って、両手に持ってる人形をこちらに突き出した。
「そう! 『鈴蘭』! 私、この人形を見た時に何か懐かしさみたいなモノを感じたの。だから、とにかく近くで見てみたい、と思って持ち上げてみたのよ。そうしたら、私のないはずの記憶の奥底から『鈴蘭』というワードが湧き上がってきたわけよ!一体、何が『鈴蘭』なのかはこれぽっちも分からない。だけど、私が思うに、これは私たちの記憶に関わりあるものはある気がするわ。少なくとも、私の直感では『鈴蘭』は何か私に関係している、って言ってるわ!」
天子と私は小首を傾げるしかなかった。その様子を見て、メディスンは咆えた。
「ちょっと! 信じてないでしょ! 本当よ本当! 多分、一人一人の部屋にこういうモノはあるのよ! 試しに行ってみましょうよ!」
メディスンは人形を足元に静かに置いて、私たちを押しのけて部屋を飛び出した。
私は、天子に肩を竦めて見せた。天子も呆れたような表情をしていた。
「ほら、早く!」
メディスンに急かされて、私たちは後を追いかけた。
「ここは天子の部屋ね。入るわよー!」
「あ、ちょっと!」
メディスンは乱暴に天子の部屋の扉を開けた。天子の部屋はメディスンの部屋の隣にあった。
おてんばな子だなぁ、と思っていると天子に右腕を掴まれた。
「何ぼーっとしてんのよ! 早くしないと私の部屋が荒らされるわ!」
そのまま私は天子に引っ張られ、走らされた。そこまでの距離でもないのに。
少し転びかけながらも、天子の部屋に到着した。割とガッチリと腕を掴まれていたので、ちょっぴりだけ腕が痛い。
「ほら! やっぱり天子の部屋にもあったわよ!」
部屋の中からメディスンの嬉々とした声が聞こえた。
私は、開きっぱなしになっている扉から部屋を覗く。
驚くことに、部屋の中心に橙色をした剣が横たわっていた。とてつもなく厳かで、全てを見通しているかのような雰囲気をした剣だ。
「ほら、やっぱり皆の部屋にそれぞれあるのよ! 私は小さな人形だったけど、天子の場合はこの剣なのよ!」
メディスンが仁王立ちして、自慢げに言った。その様子を見て、一瞬だけチルノを想起した。
天子の様子をチラリと窺って見ると、口は半開き、目は全開になっていた。
次の瞬間、「貸して!!」と叫んでさっきのメディスンのように剣に向かって走った。そして、両手で柄を握って、自分の目線まで持ち上げた。
しばらく剣を見つめた後、天子は小さく息を吐いた。そして、「『天界』……?」と、不思議そうに呟いた。
「テンカイ? テンカイってどの?」私は思わず聞いた。
「『天空の世界』って書いて『天界』よ。……なんでそんな所が思い浮かんだのかは分からないけどね」
「私が『鈴蘭』で天子が『天界』……共通点は見つからないわね」メディスンは深く考え込みながら言った。
「どう? 私からのプレゼントは?」
突如として、メディスンのものでも、天子のものでも、勿論私のものでもない声がした。 聞き覚えのある声だった。そして、妙な不快感を覚える声で、既視感ならぬ既聴感を感じた。
私たち3人は声の主を探す。どこからした声なのか検討もつかない。普通、声がしたらその方向が分かるのだが、何故だか全く分からない。メディスンと天子の慌てふためいている様子を見るに、私と同じ状況らしい。
ついに混乱したこの状況に耐えかねて天子が叫んだ。
「どこにいるのよ? 隠れてないで早く出てきなさいよ!」
声が答えた。 「ここよ、ここ。もう、そんなに怒鳴ることでもないでしょ?」
ベッドの近くにある机の下から手が伸びて、椅子を右に退けた。
「そんな大きな声出さなくても逃げないわよ」
机の下から、八雲紫が現れた。はっきり言ってホラーだ。机は壁に面しているから奥には隠れることは出来ないし、そもそも机の下に人が1人も隠れられるようなスペースはない。一体、如何にしてこの部屋に入って、今まで隠れていたのだろうか。
「ふふ、その剣凄いでしょ?持ってくるの大変だったんだから」
左手に持っていた白い扇子で口元を隠しながら、淑やかな微笑をした。
「・・・・・・こんな物用意して何がしたいのよ」私はやや語調を強めて訊いた。
「貴方たちに本来の自分を思い出せるようなヒントよ。思い出して、ウラギリモノに辿り着くことが出来たら万々歳じゃない。感謝くらいして欲しいわね」
その言葉の後、天子が小さく息を吐いてゆっくりと八雲紫に近づく。
「本当、感謝してもしきれないわ。だって――」握っていた剣を大きく振りかぶる。
その様子を見て、天子が何をしようとしているのか分かった。止めなくては。あの女に歯向かってはいけない、私のカンが強くアラートを鳴らしている。だけど、遅かった。
「アンタを殺せばこんな茶番終わらせられるでしょ!」
天子は思いっきり剣を八雲紫に向かって振り下ろした。私はその瞬間思わず目を瞑ってしまった。
硬質な物どうしがぶつかり合ったような鋭い音がした。その音を聞いて、私はゆっくりと目を開けた。
驚くことしか出来なかった。なんと八雲紫は、手に持っていた扇子を閉じて、天子の剣を受け止めたのだ。しかも片手でだ。
外見は私たちより少し年上の普通の女性なのに、実は服の下は筋骨隆々だったりするのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。今の状況は非常に危険だ。天子は両手が塞がっているのに対して八雲紫は片手が空いている。
「ちょっと遊びがすぎたわね。お仕置きしてあげるわ」八雲紫が不気味な口調でそう言うと、空いている手で天子の腕を掴んだ。
掴まれた一瞬、天子の表情が軋んだのを見るにかなりの力で掴まれていると推測できた。
突然、八雲紫の目の前に、体育館で見た怪しげな裂け目が現れた。嫌な予感がする。むしろ、それしかしない。
「天子、早く離れて!」メディスンが叫んだ。
八雲紫の手を振りほどこうとするが、一向に離れず、天子が疲労していくのだけがはっきりと分かった。
「そんなに簡単に逃れられたら・・・・・・こんなにもがいてないわよ!」と、天子は辛そうに言った。
必死な天子に対して、八雲紫は余裕綽々とでも言うような涼しい顔をしている。そして、天子の腕を強く引き、裂け目の中に無理やり入れた。その瞬間、天子の手から剣が離れてしまった。そして、ゆっくりと裂け目が閉じた。
「ちょっと!! 早く天子を早く返してよ!」と、メディスンは怒号を浴びせる。
「まあまあ、そんなに焦っちゃダメよ。折角のお楽しみなんですもの。ジャマしちゃいけないでしょ?」
『お楽しみ』なんて言ってるが、楽しんでるのは八雲紫だけだ。私とメディスンは兎に角心配と恐怖とで一杯だ。現に、私は足がすくんで動くことが出来ない。
八雲紫が落ちた剣を片手でゆっくりと拾い上げて、何故か柄を上に向けた。
「そろそろね。さあ、お待ちかねのフィニッシュよ」
閉じていた扇を再び振って開くと、剣の真上に再び裂け目が現れた。
まさか……まさか……!
裂け目から、天子が背中から落ちてきた。落ちてくる天子がゆっくりと見えた。助けられない、と分かっていても、思わず手を伸ばした。
鈍い音がした。天子が背中から剣の柄に落ちた。苦しそうに、ほんの少しだけ、呻き声を上げた。落ちた瞬間、目を見開いていたが、すぐに目を閉じてしまった。
私もメディスンも声が出なかった。もとい、出せなかった。目の前で起こったことのあまりの非現実さと残酷さに愕然としていたのだ。
死んでしまったのだろうか……?この距離じゃ、息をしているか分からない。
「はい、おしまい。大丈夫、死んでないわよ。そんな辛気臭い顔しないで」
それを聞いて、少しだけ肩を撫で下ろせた。死んでいなくて良かった。しかし、よくよく考えると、八雲紫が私たちに直接手を掛けないはずだ。あれだけ緻密にルールを練り上げているのだ、彼女自身が手を掛けてしまっては全く意味を為さない。
「……分かったわよ、返してあげるわよ」
八雲紫はまじまじと私たちの顔を眺めた後、剣をメディスンの方に振って天子を投げ飛ばした。
飛んできた天子を受け止めることが出来ず、メディスンはもろとも吹き飛んでしまった。
「メディスン!」と叫んだ頃には、既にメディスンは天子の下敷きになっていた。
「それじゃあね。ちゃんと手当てしてあげなさいよ」と言い残して、八雲紫は天子の落ちてきた裂け目に吸い込まれていった。
「霊夢ー。天子どけてよぉー、動けないー……」
深い深い悔しさと怒りと情けなさの中に溺れていた私を、メディスンの声が現実に引き戻した。
「あ……ごめん。今助けるわ!」
天子を一旦ベッドの上に寝かせた。今すぐに目を覚ます様子は見られない。
2人の間に会話が生じなかった。この部屋の中に恐怖と絶望が渦巻いていた。圧倒的な力への恐怖。そして、少しでもあの女に敵うと思っていた反動による絶望。
「天子……どうする?」先に口を開いたのは、メディスンだった。
「今は、寝かせておきましょう。私たちは探索を続けなくちゃならないわ。……あんなの見せられちゃ、ね」
「同意見よ。それじゃ探索を続けましょう。天子はまた後で向かいに来ましょうか」
私とメディスンは、天子の部屋を後にした。八雲紫に対する敵対心をより強くして。
遅れてごめんなさい。それしか言えません。