個室のあった部屋から出ると、浴場から布都と咲夜が出てくるのが見えた。入浴していた訳ではないようだ。
「甘い物が食べたい」とか「我の舌は肥えているぞ?」とか話しているのは布都の方だ。どういうわけか自慢げに話している。ニコニコしながら彼女の話を聴いている咲夜がこちらに気付いた。
「あら? そっちは個室でしたっけ?」
「ええ、浴場には何か怪しいモノはあった?」私は訊いた。
「いいえ。至って普通の浴場でしたわ。強いて言うなら、とても良い設備でした。怪しいほどに。」
「そんな怪しさ要らないわよ」あっさりとメディスンに突っ込まれていた。
私たちの声に気付いて、布都がこちらを振り返った。
「おお、霊夢殿にメディスン殿ではないか」
「私もメディスンも『殿』付けで呼ばれるような身分じゃないわよ」
「しかし、どうも付けないと我の気が済まぬのだ・・・・・・。以前の我は一体、どんな人物だったのだろうか・・・・・・」
「もしかして、布都って違う時代の人なのかもねー」とメディスンは冗談交じりに言った。
確かに布都だけ18人の中でも異色の存在だ。というのも、見た目や一人称が古いのだ。彼女の一人称は「我」だし、烏帽子も被っている。名字も「物部」といかにも古風だ。もしかしたら、彼女は飛鳥時代とか奈良時代からタイムスリップしてきたんじゃないだろうか。突然殺し合いさせられたり、異様な裂け目から出たり入ったりする女もいるくらいだ。タイムスリップという不可解なことが起こっても何らおかしくはないだろう。
「うむぅ・・・・・・確かにそうかもしれぬ。それが真実を確かめるためにも、我はここを生きて出る。おぬしらには悪いがな」
シリアスな空気が流れた。この4人が誰も最後には生きていないのかもしれないのだ。その緊張感と不安感がその空気を作りだしているのは明白だ。ただ、こう言っては失礼だが、この空気になるのは唐突すぎる気がする。むしろ、このタイミングではないと思う。はっきり言って、あんまり空気を読めてない。
「なるようにしかなりませんわ。いくら気負ったって運命は変わらないのよ」
「咲夜殿、厭世観でもお持ちなのか? 変わらないから運命じゃない、変わるから運命なのだと思うが?」
咲夜が腕を組んで少し考えた後、余裕たっぷりと言った表情で答えた。
「貴方に言いたいことが2つあります。まず1つ、私は厭世観を持ってません。貴方と同様に私もここを生きて出たいと思ってます。そして2つ、私も運命は変えられる物である前提で話しています」
それを聴いた布都が驚いた表情を見せた。
「そ、そうであったのか。釈迦に説法してしまったというわけか。何とも恥ずかしい……」と言った後には赤面していた。
遠回しに馬鹿にされているのには気づいてないんだなぁ、と思いながら私はその光景を見ていた。
メディスンが若干呆れてるような声で言った。
「それはどうでもいいんだけどさぁ。私と霊夢はこれから凶器室に行こうと思ってるんだけど、布都と咲夜はどうする?」
「我々には崇高な目的がある。悪いが同行することは出来ぬ。」
「崇高、なんて言ってますが布都さんが単に甘いものが食べたいってだけなんですけどね」
私は先程の布都と咲夜の会話を思い出す。厭世観がどうのこうのという会話より前の会話だ。
「確かに言ってたわね。そんなこと」
「如何にも。このような慣れない環境に疲れてしまってな」
「……分かったわ。私たちだけで行きましょう、霊夢」
メディスンはそう言うと、再び凶器室に向かって歩き出した。
個人的にはこの2人と行動を共にしたかった。私的に最も疑わしい咲夜の行動を見ておきたかったからだ。しかし、あのように言っている以上、無理に誘うとこちらが疑われてしまう。ここは一旦引くとしよう。
「それじゃ私たちは凶器室に行くわ。また後でね」
咲夜に軽く挨拶してメディスンの後を追った。
「危険な場所です、十二分に注意を払ってくださいね」
中央のホールまで辿り着くと、体育館の方から鈴仙と燐がやってきた。
「あれ、お姉さんたち。調査の途中かい?」
燐がニコニコしながら話しかけてきた。
見る度に思うが、この2人には何か足りない。一体何が足りないのだろうか。化粧?服装?アクセサリー?どれもそうであるようでもあり、そうでないようでもある。
「ええ、そうよ。貴方たちは?」
メディスンは燐に負けず劣らずニコニコしながら訊き返した。
「あたいたちは今さっき体育館の調査を終わらせてきたところだよ。私はさっきの3人ずつの調査の時も来たんだけど、鈴仙のお姉さんからお誘いがあってね」
鈴仙が話を聴きながら、長い薄紫色の髪を指をつまんで弄っている。
「私たちが最初に集まってたのが体育館だったから、何かあるんじゃないかと思って調べたのよ。だけどあったのはスポーツ用具だけだったわ」
口調から察するに、不貞腐れてるのではなく見つからなくてショックだった気持ちの方が強いようだ。
「ふーん……まあ、一回調査されてる場所だし、なかなか新しいモノを見つけることはないんじゃないのぉ?」
メディスンは目を瞑って考え込みながら呟いた。
その発言の少し後、突然、燐が手をパンと叩き、「そうだ」と何か思いついたようだった。
「霊夢のお姉さんたちはこれからどこに行くんだい? 何ならあたいたちも同行するよ」
「私たちはこれから凶器室に行くつもりなんだけど、来る?」
「行く行く! あたいも行ってみたいと思ったし! 鈴仙のお姉さんも良いよね?」
燐に訊ねられた鈴仙は髪を弄るのをピタリと止め、私たちの方を見た。
「勿論良いわ。私も行ってみたかったところだし」
「決まりね! じゃあ凶器室まで競争!」
と言い残して、メディスンはダッシュした。
「あ!待ってよ、メディのお姉さん!」
燐はその後を追跡する。すぐにメディスンを追い抜いてしまった。
一方の鈴仙は、特に追いかける様子もなくゆっくりと歩いた。勿論私も。
取り敢えず日常会話でもしようかな、とふと思った。そういえばここに来てからしてない。日常会話のような小休止でも入れないとやってられない。
「鈴仙は疲れてる?」
「そこそこね」
「あの2人は元気ねぇ」
「燐とメディスンのこと? 燐はとにかく元気ね。体力が有り余ってるみたいに」
「それならメディスンもかなぁ。だけど、一緒にいて疲れるってことはないわね。むしろ、こっちが元気貰うくらい」
「あー……それは確かにあるかも」
「そういう人がウラギリモノだと怖いよね」
「霊夢だった時の場合も怖いけどね」
「私がウラギリモノだと思ってる?」
「そこそこね」
会話していると凶器室に着いた。扉は開きっぱなしになっているところを見ると、メディスンと燐はもう中にいるようだ。
それにしても、部屋の前に立つだけで気持ち悪い空気を感じる。生温かくて纏わりつくような空気だ。異常なまでの不快感を覚える。正直なところ、部屋に入りたくない。調査の必要がないのなら入らないだろう。こんな部屋に入りたがる人なんていないだろう。強いて言うなら、天邪鬼な人くらいだ。
とは言っても、部屋の前でいつまでもこうしてるわけにもいかない。このゲームに勝つために、八雲紫に一矢報いるために調査はしなくてはならない。
強く決心したことも相まって、私と鈴仙は無言で凶器室に入った。鈴仙が何を思ってたか分からないけど。
部屋に入ると、廊下の雰囲気とは違う暗さがあった。廊下は、言うなればムーディーな気持ち悪さがあった。何故なら、廊下の電灯は全て紫色だからだ。それに比べて、この凶器室の暗さはストレートに気持ち悪い。おぞましい、と言い換えた方が伝わりやすいかもしれない。
コンクリートの壁と床の無機質さが気味の悪さを引き立てている。何故ここだけコンクリートで囲われてるのだろうか?
さらに視界に入ってくるのが、床に無造作で乱暴に置かれている凶器。銃殺するための拳銃や撲殺するためのハンマー、刺殺するための包丁は剣と言っても過言ではないほどの長い刃のものや、デザートナイフくらいの短い刃のものまで揃ってる。他にも、ボウガンや紐、何か入っている瓶なんかも置いてある。というより落ちている。凶器専門家ではないので語弊があるかもしれないが、保存状態はどれも最悪だ。しかし、何故かどの凶器も埃を被っていない。相変わらずこの施設には謎が多い。
メディスンと燐はこちらに背を向けて、何かをじっと見ている。「これ何?」とか「というかこれ凶器?」というような話声が聞こえてくる。
「おーい、何見てんのー?」と私はその2人に呼びかける。
2人が私の声に反応してこちらに振り向く。
「ねえ、霊夢のお姉さん。これ何かわかるかい?」と言って燐がこちらにそこまで大きくない直方体の鉄の塊を投げ渡してきた。
私は慌てて落としそうになりながらもなんとかキャッチした。
掴んだ鉄の塊は手にスッポリと収まるサイズで、横に割れ目が入っていた。どうやら、開くようだ。開いてみると、縦長の形になった。上の面には液晶の画面、下の面には数字やらおかしげなマークが書いてあるボタンが沢山あった。どう見てもこれは凶器じゃない。そもそも名称が分からない。
「うーん……分からないわ。鈴仙は?」
私の横でこの鉄塊を見ていた鈴仙も首をかしげていた。
「だよねぇ……。ごめん、私たちにも分からないわ」
「お姉さんたちでもダメか~。じゃあその意味の分からないモノは霊夢のお姉さん持っててよ」
「え、嘘でしょ? これ凶器かもしれないのに私携帯してて大丈夫かな」
「あらかた私たちそれ弄ってみたし、大丈夫じゃないかな。ほらほら、取りあえず持っといてよ」とメディスンが軽く言う。本当に大丈夫かなぁ。メディスンに言われるがままに、鉄塊をスカートのポケットに入れた。
「あー。正直なところ、もう私この部屋出たいんだよねぇ。気持ち悪くてさ、空気が」とメディスンが顔をしかめながら言った。
私はそれに頷き、肯定した。
「確かに。私ももう気持ち悪いから出ようと思ってたわ」
「そう?じゃあもう出ようよ。でも、霊夢全然ここの探索してないけど大丈夫?」
「多分だけど、これ以上目ぼしいものは出てこないと思うのよね。完全に私の勘なんだけど」
「第六感も意外と大事だからね、信じてみるのも手だと思うよ。じゃ、ここ出よう出よう」
そう言い残して、メディスンは足早にこの部屋を出ていった。
「私と燐は引き続きここの探索するわ。何かあったら呼びに来てね」
鈴仙が部屋の角で何かの凶器を調べながら、私に言った。
「え。あたいもこの部屋残るの!?」
「私にここを1人で調べる度胸はないわ。1人だと疑われるしね」
「えー。ならパパッと終わらせておくれよ」燐は露骨に落胆した。
「ということだから。また後で会いましょう、霊夢」こちらを見ることなく、言ってきた。どうやら、拳銃を調べているようだ。
「ええ、気を付けてね」と言って私は凶器室をそそくさと出た。出た後で凶器室からは耳がなんとか、と聞こえてきた。特に興味も湧かなかったので部屋に戻ることはなかった。
しかし、ここで一つ困ったことが起こった。メディスンを見失ってしまった。
どうしたものだろうか。メディスンにもしかして一大事があったのかもしれない。一旦、食堂に戻るのが得策だろうか。……そうしよう。下手に行動して私が殺されてしまったりしたら元も子もない。
私は食堂へ戻ることにした。
お疲れ様です。
今回は結構沢山のキャラが登場したんじゃないかと思います。なのでここで登場したキャラのこの作品における原作との相違について少しお話したいと思います。
以前、私はキャラは原作に沿ったキャラ付けをしたい、と言いました。しかし、話の立場上少し違ってくるキャラもいます。所謂、例外ですね。
咲夜なんかはそうだと思います。原作では、彼女は敬語を用いてるのは基本的にレミリア、フラン、そしてパチュリー程度のものです。ですが、今作品では全員に敬語を用いています。これは、メイド的な本能が失われた記憶の中に潜在していた、と考えて頂ければと思います。かなりのこじつけですが。
布都と鈴仙は基本的には原作準拠のはずです。
お燐ですが、今作中では「燐」と呼ばれています。理由は簡単です。お燐と呼ばれるきっかけがありません。そこだけだと思います。
勘の良い方は既に察していると思いますが、この作品には歴代5面ボスが全員登場しています。これまた理由は簡単です。僕が個人的に5面ボスという括りが好きなだけです。珍しいですかね。
今回も読んでいただきありがとうございました。次回も読んで頂けると非常に嬉しいです。