ガンダムビルドダイバーズ divers ensemble   作:千葉ネリモン

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どうにかこうにか10話を踏めました。
不器用な登場人物達のネタはまだまだありますので、頑張って進めていきたいと思います。
今回は少々長めですが、よろしくお願いします。






第10話 ルメ

 午前八時十分。予鈴前の教室。ミヒロはぼんやりとした様子で、スマホを眺めている。特にアプリを起動するでもなく、本当に眺めているだけだ。

 そして机の上に置かれた左中指には絆創膏が巻かれていた。

 

「ミヒロ。おはよう」

「あ、おはよう、スギミさん」

 

 いつもの様に顔を会わせたユキナに挨拶を送る……のだが、ユキナは何やら不満そうに口を尖らせる。

 

「もう、ユキナでいいってば。一緒に死線を潜り抜けた中でしょ」

 

 ゲームなのに大袈裟な。ミヒロは心中で思いながら苦笑で返す。

 

「ご、ゴメン。何か未だに抵抗があって……ははは」

「笑って誤魔化すなし。まあ、らしいと言えばらしいけどさ」

 

 いつまでも他人行儀が抜けない戦友に溜め息をつく。と、ユキナがミヒロの指に巻かれた絆創膏に気づく。

 

「指どうしたの? 包丁で切っちゃった?」

「違う。デサインナイフ。パーツ加工してたらこう、スパッと」

「それ大丈夫だったの!? 血止まらなくない?」

「薄皮切っただけだから。そんな大袈裟じゃないよ」

 

 軽く指を曲げてみると、刺すような痛みが残っている。言った通りあまり血は出なかったが、切り口が鋭い分、治るまでまだかかりそうだ。

 

「またバイクの方の改良? 今度はどんな風にいじったの?」

 

 ユキナの問いにミヒロは首を振り、

 

「今回はバイクじゃないの。アーチャーの方」

「珍し。どういう心境の変化?」

「この前のデニアさんたちとやったミッション。結局ほとんど何も出来なかったから。それがなんか悔しくて」

 

 昨夜もミヒロは先日のミッションの事を思い出していた。結果的には大勝利だったが、ミヒロはその勝利になんら貢献していなかった。

 ミヒロ自身、バトルをメインでやっていなければ、強さを求めている訳でもない。だがそれはそれとして、自分は弱いのだから負けて仕方ないと、簡単に済ませられなかった。

 

「ミヒロって意外と負けず嫌いだよね」

「そうかな? そんな事ないと思うけど」

「あるって絶対。初めて一緒にバトルした時も、相手の事ガンガン煽ってたし」

「それは別に関係ないでしょ。それにあれはあの連中が悪いだけだし……」

「これを機に、本格的にバトル仕様にしてみたりしない?」

「そればダメ。ちょっといじりはするけど、あくまでポリシーは変えないからね」

 

 きっぱりと断るミヒロに、ぶーぶーと口を尖らせるユキナ。そこへまた一人、別の生徒が近付いてくる。

 ボブカットの髪型をした、150センチほどの背のやや低い女子生徒だ。闊達そうな雰囲気がどことなくミヒロに似ているが、気の強そうなな目は背丈に似合わない威圧感を醸している。

 が、それはほんの一瞬。見た目だけ。すぐにニカっとやんちゃ坊主の様な顔になって、談笑する二人へ笑いかける。

 

「おはよタケウチさん。朝からミヒロに絡まれて大変だね」

 

 ミヒロのクラスメイトであり、ユキナの中学からの友人、オオハラ・シノブ。

 ユキナ伝いでミヒロとも仲良くなり、今では昼時のお弁当仲間でもある。

 

「またガンプラの話?」

「うん。この子、作ってる最中に指切っちゃったらしいのよ、ほれ」

 

 ユキナが手で示し、ミヒロは色白の左手を軽く上げて見せて、多分もう平気だけど、とミヒロは付け加える。

 シノブ自身はガンプラにはほぼ興味はないが、その事にとよやかく言う事もない。そういった意味でもミヒロにはありがたい相手だった。

 

「なるほどね。刃物使うから仕方ないけど、気を付けなよ」

「うん。痛み入ります」

「ああでもタケウチさん、ガンプラとかやってるのに指綺麗だよね?」

「そうかな……塗料とか接着剤でも使わなければ、作業しててもそこまで汚れない気がするけど」

「そうなの? ユキナとか前に爪灰色にしてたけど?」

「……え?」

 

 ミヒロはちらりとユキナを見ると、ユキナはすっと目を逸らす。

 

「まさか手袋しないでサフを吹いたの?」

「サフってなに?」

「サーフェイサー。塗装の前に吹くプラモ用の化粧下地みたいなの。灰色のスプレーなんだけど」

「ああそういうこと……納得」

「あの時はたまたまだし。手袋するのちょっと忘れちゃっただけだし」

「でも爪が汚いのはちょっと……女子的にダメだと思うよ」

「ミ、ミヒロに女子を語られた……!」

「いやガックリ来ることないでしょ。明らかにタケウチさんの方が女子力高いし。お弁当美味しいし」

 

 ミヒロが作る手作り弁当を一度摘まんでからというもの、シノブはすっかりミヒロの料理を贔屓にしている。今日もおかずを提供する事でミヒロから一品せびるつもり満々である。

 

「お粗末様です。ちなみに今日は定番唐揚げです」

「おおうイェス! 唐揚げイェス!」

「わ、私だって料理くらい……くらい……ごめんなさい無理です負けです白旗です、今日も分けてくださいミヒロ様!」

 

 潔く敗けと本音を認めるユキナにミヒロとシノブは揃って笑う。

 何気ない会話をしていても、ミヒロの意識は明日の予定に向いていた。

 明日の土曜。件のELダイバーに会いに行くのだ。

 

 

/// 

 

 

 土曜日の昼間。GBNが最も込み合う時間帯のひとつ。ロビーはいつも通り数多のダイバーが訪れている。

 挑むべきミッションを選ぶ者。友人らと待ち合わせし、思い思いのディメンションに出向く者。そういったダイバーたちが忙しなく行き交う中。コーヤは一人ベンチに腰掛け手元の端末でGTUBEの動画を眺めていた。

 コーヤの格好だが、いつもの深紅のライダースーツではなかった。

 先日の高難易度ミッションの報酬で新調したマゼンタのライダースジャケットに、黒のタイトなレザーパンツ。足回りはヒールの高いブーツという装いだ。コーヤ自身の細身な体型と踵を上げた170センチ超えの身長、そしてスポーティーなショートカットの黒髪が見るものに大人びた印象を与えるだろう。

 といえども。ぽやんとタピオカドリンクを飲んでいる姿には、バイクを乗り回している時の鋭さはとんと感じられない。

 キナやデニア、ニトラらとの約束よりも40分も早く来てしまってあまりにも手持ち無沙汰なだけなのだが。

 

 張り切りすぎた。ELバースセンターという運営側からの招待だからだろうか。逸る気持ちを抑えられなかった。

 簡単なミッションをこなしたり、一人でバイクを転がしに行っても良かったが、そういう気分でも無かったため、上がっているG-TUBEの動画を眺めていたという訳だ。

 GBNチャンプ、クジョウ・キョウヤが繰り広げてきた激戦の記録や、アルスイベントで一躍名を馳せたキャプテンカザミらの動画を筆頭に、多種多様な動画が日々投稿されている。現在コーヤが視聴しているのは先日デニアから教わったレースイベントの記録だった。

 

『コーヤちゃんこいうの好きそうっすよね?』

 

 と、教えてもらい、バイク乗りの性というわけでもないだろうがすぐに気に入ってしまった。

 バトルにそこまで興味はないが、競争を見るのは嫌いではない。特にスピード勝負なら尚更だ。

 動画の中ではエルフ・ブルックのカスタム機を先頭に、様々な機体が超高速の世界で鎬を削っている。急な角度のヘアピンカーブを一歩誤れば吹き飛びそうな速度でコーナリングするトールギスがいれば、コースに仕掛けられた障害やギミックを軽やかに躱したベルガ・ダラスがトップとの差を堅実に詰めていく。

 滅多に見ることのない、速度向上の改造が施されたガンプラはコーヤの目にも新鮮で、叶うなら一体一体じっくり見ていたいくらいだ。

 こういうのもアリなんだ。ガンプラは自由。バトル仕様一遍当ばかりではいと分かっていても、こうして実物が活躍しているのを見ると安心できるものがあった。

 そしてレース動画の最終盤。先頭を抜けた一機がチェッカーフラッグを抜けたとき、丁度聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「コーヤちゃんお待たせ」

 

 振り向くと小柄な金髪の少女と、眼帯をした柄の悪そうなスーツ姿ののっぽな男が並んで歩いてくるのが見えた。デニアとニトラの二人組だ。

 

「それ新しいコーデだよね? こっちもカッコよくていい感じだよ!」

「ありがとうございます。ちょっとカジュアル寄りにしてみました」

 

 少し照れ臭そうに、コーヤはにかみながら感謝を伝える。

 以前のライダースーツも勿論気に入っているが、パイロットスーツに近いデザインという事もあって普段着にはどうかと常々考えていたのだ。

 

「デニアさんも、今日は前とは違いますね」

「えへへ、数あるコレクションでもお気に入りの一つっすよ!」

 

 得意気に胸を張るデニアの服装も前回会った時と趣はだいぶ異なっていた。

 頭を飾る大きなゴーグルはそのままだが、現在はタンクトップではなく大きなシャボの付いたフリルブラウスに、編み上げのレザー素材のコルセット。そしてパニエで大きく膨らませたスカートにパンプスを履いたというクラシカルな英国風の装いである。小柄な金髪の少女という容姿との親和性も良い。

 

「お前、この前も同じ事を言ってなかったか?」

「あれは中東風の中でって事っすよ。可愛かったでしょ、踊り子衣装」

「……否定はせんが、そうやって手当たり次第買ってるからすぐ金欠になるんだろうが」

「着た切り雀のニトラには一生分かんないっすよ。 それに漫画の参考資料としても重宝してるんすから」

 

 自慢するデニアの隣で呆れ気味に肩を竦めるニトラだったが、その表情は前よりも少しだけ柔らかく見える。件のELダイバーと会う、となって緊張しているかと思っていたが、前回のミッションの時に腹は決まったのだろう。

 

「キナとは一緒じゃないのか?」

「午前中は部活だって言ってましたけど、今日は必ず来るとも言ってました」

「……噂をすればって奴っすね」

 

 デニアの視線の先をコーヤとニトラが追って見た視線の先。青い髪と狼耳、ドモン・カッシュをリスペクトした赤色マントを翻して走るキナが、大きく手を振る姿が見えた。

 

 

///

 

 

 かくして、四人はELバースセンターへと到着する。

 四人もセンターについては知らない事の方が多い。というより、ほとんどのダイバーがそうであろう。

 何百万というダイバーの内、百人に満たないELダイバーを管理する施設である以上、限られた者以外には縁の無い場所。確率で言えば、単純に一万分の一以下。無知だとしても仕方ない。

 だがその分未知へ踏み込む楽しみもある。旅を好む性分のコーヤの場合、今は楽しみの方が心を占める割合が多い。

 どんな場所だろう。どんな凄いものが見れるのだろう。

 そんな具合に期待で胸を膨らませていた、が……。

 

「なんか、病院みたい……」

 

 到着した時のコーヤの第一声はそれだった。

 視界に映るものは、清潔そうな白い壁。リノリウムの様な白い床。簡素な待合室の長椅子に、申し訳程度に観葉植物が配置されている。

 コーヤ以外の三人も口には出さないが同じ感想を抱いていただろう。デニアに至っては、「もっとサイバーなのを期待してたのに……」とがっくり肩を落としている。

 ともあれ、ここに呼ばれたのは揺るがない事実な訳なので、大人しく待とう。

 五人はそれぞれ長椅子に腰掛ける。そして待つ。まるで病気でもないのに患者なった気分だったが、およそ五分後。

 

「お待たせしました、皆さん」

 

 やって来たのは、白衣を着た赤い髪の青年のダイバーだった。

 身長は大体180センチ程度か。モデルのようにスラッとした体型と整った顔立ちは現実であれば芸能人さながらで、デニアが、イケメン、と小さく唸ったほどだ。

 

「お初にお目にかかります。僕の名はボックス。例の子の担当をさせて頂いております」

 

 白衣のダイバー、ボックスは一礼するとコーヤらも揃ってお辞儀を返す。

 

「ボックスさん。箱さん?」

「ちょ、キナさん初対面の方に何言ってるの」

「いえいえお構い無く。むしろそういう反応は嬉しいですから。ああでも由来は秘密ですよ? これが本当のブラックボックスってね」

 

 柔和な笑顔を浮かべた美男子が、ギャグにもなっていないギャグを言うが、聞かされた側は呆気にとられて目をぱちくりとさせるばかりだ。

 

「おや……反応芳しくないですね? 掴みはこれでバッチリなはずですが……」

「先生、またやったんですかい」

 

 部屋の奥からもう一人。今度はのっしのっしと、歩いてきたのは巨漢のダイバーだった。

 長身のボックスはおろか五人の中で一番背丈の高いニトラよりも大きく、何より分厚い。ニトラが青竹ならば、さしずめガドは歩く岩だ。そんなプロレスラーさながらな屈強そうな体躯を宇宙世紀の連邦軍の制服で包むダイバー。その顔は鬣を湛えたライオンの顔をしていた。

 

「初対面でそれをやられると、誰でも反応困るって言ったでしょうに」

「うーん、どうやら本当にそうと認めるしかないようですね。これで通算16回目の敗退ですよ。残念」

「そんなにやってたんですかアンタ……」

 

 ライオンとイケメンの奇妙なやり取りをコーヤらはポカンとした様子で見ていたが、話を進めるためにニトラが一歩踏み出してライオン姿のダイバーへと問いかける。

 

「あーそちらのライオンさんはどちら様で?」

「ああすまない。俺はガド。例のELダイバーを保護した者だ」

 

 途端、呆気に取られていた一同の顔付きが驚きに変わる。

 特に、コーヤとニトラの変化は顕著で、両者同時にガドへ踏み寄り、

 

「あの子を保護した時、どういう状況だったんですか? またどこかで危ない目にあってたんですか!?」

「あんたのガンプラを見た時何か言ってなかったか!? 何でもいい、何かを言っていなかった教えてくれ、いや下さい!」

 

 興奮気味に詰め寄る二人に気圧されて、巨漢のガドは目を丸くしながら、子猫の様に耳を伏せる。

 これじゃどっちが肉食獣やら。顔に笑みを浮かべながら、ボックスは今にも噛みつきそうな二人を制す。

 

「まあ落ち着いて落ち着いて。その辺も含めて追い追いお話しますんで」

 

 どうどうとデニアに背を叩かれながらニトラも一歩下がる。

 

「ただ、まずひとつ。今の俺たちから話せる事がほとんど無いことはご承知置いて下さい。なにぶん、ガドさんが見つけてから一言も口を聞いてくれないんですよ」

 

 どうやら、助け船が欲しかったのはお互い様だったらしい。

 コーヤの心の中で揺れていた期待と不安の天秤が、不安の側に傾いた。ELダイバーとの対話は一筋縄ではいかない様子だった。

 

 

///

 

 

 部屋に来る途中でした話によると、ボックスは運営の人間ではないらしい。あくまでこのELバースセンターの手伝いをしているアルバイトの様な立場という事になっているとの事だ。

 ボックスはぼやく様に言っていたが、なんでもELダイバーの専任技術者は天才的な技術を持つが、性格には相当な難があるらしい。そのためボックスの様な協力者がセンターに何名か所属しているとの事だった。

 

 そしてボックスとガドに連れられたコーヤ達はELバースセンター内の一室へと案内される。

 やはり病院の診察室の様なレイアウトだ。白い壁と簡素なデスク。いくつかの椅子が並べられていて、空中に投影されるウインドウ型の端末が見える。ここがボックスの仕事部屋らしい。

 本格的に来院した患者の心地を覚えつつ、コーヤ達は椅子に腰掛けるとボックスは端末を操作して各員の端末へとデータを転送した。

 

「……こちらが彼女の現在の状況です」

 

 ボックスは端末を操作し、映像を表示させる。

 白い部屋と設置されたベッド。似た内装からこのセンターの一室なのだろう。

 安置されたベッドの上に少女が静かに座っている。

 褐色の肌と、ボサボサの翡翠色の髪。そしてひどくくたびれた砂色のマント。

 あの子だ、とコーヤは小さくこぼした。

 

「どうっすかニトラ? 例のあの子で間違いない?」

「多分、合ってると思う。けど、本当に元気無さそうだな……」

 

 ニトラはガドとボックスの方を見て問う。その声は戸惑いを含んでいる。

 映像への感じ方は、コーヤも同様だった。

 少女は何をするでもなく、しょげた顔をしたまま壁や床を見ている。まるで精巧に出来た人形を閉じ込めている様だった。

 

「御覧の通り。誰が話しかけてもこの調子です。こっちからの対話は完全にシャットアウトしちゃってます」

「大人しくはしてくれてるが、またどこか行ってしまう恐れは捨て切れんのでな。俺達としても不本意だが、こうして隔離している、という事だ」

 

 すみません、とボックスは訪れてくれた四人へと詫びる。

 端末の映像を一度切ると、今度はガドがコーヤ達へと語り始める。

 

「俺が彼女を保護したのは。デストロイのレイドミッションステージだった。標的撃破後に彼女が意識を失った状態で倒れていたのを発見したんだ」

 

 そう言ってガドは発見時の状況を説明する。

 レイドバトル終了後に遭難同然の彼女を発見し、運営に保護された際にELダイバーである可能性が高いと判断された。という経緯らしい。

 

「気を失うって事、GBNであるんですか?」

「以前ELダイバーが眠る事が報告されている。ガドさんもそこに違和感を感じて運営に報告してくれてね。おかげで彼女を保護することができたんだ」

 

 感謝してるよ、とボックスは言う。遭遇時に盛大に取り乱していた当人は顔には出さずに小さく頷いた。

 

「ただ保護したはいいのだけど、正直手をこまねいていてね。何か切っ掛けが無いかと色々と探していた時に、ニトラさんからのメッセージを見つけた、という訳なんだ」

 

 なるほど、とコーヤも合点がいった。少し違っていたのは、渡りに船でなかったが。

 

「正に藁にもすがる思い、でね。せめて名前だけでも分かればビルドデカールへの登録も出来るんだけど」

「……すみません。俺達もきちんとした面識がある訳じゃないんです」

 

 申し訳なさそうにニトラは言うと、ボックスが落胆した様子で頷く。と、残念ムードになりかけた時、おずおず、といった様子で手を上げたのはコーヤだった。

 

「あの……私にあの子と話をさせてもらえないですか?」

「……構わないが、君は彼女とは」

「前に一度、私のガンプラにあの子を乗せた事があるんです」

 

 コーヤの言葉に、俯き気味だったガドが顔を上げる。

 正直その程度の事が何に繋がるかはコーヤ自身大した考えもない。それでも、

 

「どんな些細な事でも、何でもいいから、切っ掛けを作る事ができればって、そう思います。それにあの子にあんな顔、ずっとさせたくないですし」

 

 コーヤの申し出に、ガドが悩ましげに腕組をするが、彼の大きな肩をボックスが叩く。

 

「試してみようか、ガドさん。ダメで元々だよ。それに新たな要素を加えていくのは何事にも言えるセオリーさ」

「あんたがそう言うなら……だが」

「分かってる。必要以上の刺激は与えない。あくまで最低限の接触。それでもいいかなコーヤさん?」

「はい。よろしくお願いします」

「ご協力、感謝します。ありがとう」

 

 差し出されたボックスの手をコーヤは手に取り握り返す。

 ボックスの外見が外見なのもあって、少しばかり気恥ずかしかった。

 

 

///

 

 

 大きな声を上げない。急に距離を詰めない。何より触りたがらない。要するに初対面の子犬と接する時の要領です。

 と、ボックスは言ったが、あいにくコーヤに犬を飼った経験はないため、とにかく最初の三ヶ条遵守を頭に入れ、ELダイバーの居る部屋の前に立つ。

 目の前にあるのは宇宙船の居住ブロックを模した扉。備え付けられたランプは赤く光り、ロックされていることを示している。

 

「コーヤさん。これから入り口を開けます。よろしいですか?」

「はい。大丈夫です」

「分かりました。では、ロックを解除します」

 

 深呼吸を一つ。ロック状態を表すランプが赤から緑色に変化する。

 腹に力を入れて、コーヤは部屋の中へと一歩を踏む。

 

「こんにちは」

 

 GBNの技術に祈りを込めながら、最大級にいい笑顔をイメージして挨拶を告げる。

 入ってきたコーヤに、ELダイバーの少女は一度顔を向ける。が、元気の無さそうな表情を変化させる事なく、コーヤを一瞥したきり顔を伏せて殺風景な部屋の観察を再開してしまう。

 やっぱり覚えてくれてないか、と肩を落としそうになるが、ここまでは想定内。

 

「お久しぶりです。あの後、大丈夫でした?」

 

 挨拶のあとに思わせ振りなセリフで興味を引くべし。

 デニアからもらったアドバイスは正直半信半疑だったが、どうやらそれは功を奏した様だ。

 そっぽを向いていた少女の顔が、僅かだがコーヤの方向へと角度を付ける。

 もうひと押しで思い出してくれるかな? 淡い期待を抱いた時に、コーヤはある事を思い付く。

 

「そうだ。あの時と服装違うから分かりにくかったかな。ちょっと待ってね」

 

 コーヤが手元にメニューウインドウを展開。指先を手早く動かして操作をするとコーヤの服装が変化する。マゼンダのライダースジャケットから、より赤色の濃く鮮やかな深紅のライダースーツの姿となる。

 

「これでどうかな?」

 

 コーヤには見慣れた深紅の服装に変わった瞬間。少女は、はっとした表情になる。

 やった、とコーヤは心の中で小さく叫ぶ。

 

「思い出してもらえたかな? 改めて挨拶するね? 私は」

「コーヤ」

「……え?」

 

 蚊の鳴くようなか細い声だった。思わず呟いてしまった、という感じだ。

 だがELダイバーの少女は伝えてもいない名前を、はっきりと発音した。

 初めて聴いた彼女の声は、幼い外見よりも余程大人びていて、そしてガラスの様な冷たさを帯びていた。

 

「どうして、私の名前を?」

「コーヤのガンプラが教えてくれた。コーヤと自分を信じろって」

「私のガンプラが……?」

 

 こくり。不安げな表情をしながら少女はぎこちなく頷く。

 ELダイバーは、ガンプラの心が分かる。

 以前デニアが語った噂を思い出す。

 

「あなたは本当にELダイバーなの?」

「分からない。でもそういうものらしい」

「じゃあ、名前は? 名前はあるの?」

 

 少女は一度口ごもり、そしてやがて囁くような小さな声で発音する。

 

「……ルメ」

 

 ともすれば、聞き取ることも難しい声量だった。しかし、この静かな小部屋のおかげもあってか声は確かにコーヤに届いた。

 

「ルメ?」

「うん。ルメ。私の名前」




登場人物紹介
○ダイバーネーム:ボックス
性別:男
年齢:20代前半
身長:183cm
ELバースセンターのお手伝いをしているイケメン。
真面目で温厚で、さらに電脳系の技能もガンプラ製作技術も優秀という非の打ち所のないアルバイト。
玉に傷なのは笑いのセンスがズレているところか。
ELダイバーという存在を知った当初から強い関心を持っていたので、ELバースセンターの手伝い募集の知らせを聞いたときはすぐに応募した経緯を持つ。
あくまでアルバイトのため、ビルドデカールやモビルドールへの転送等の補助作業や、ELダイバーのカウンセラー業務が多い。
使用しているガンプラはジャスティマ。
好きなシリーズはZガンダム、Gのレコンギスタ。
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