ガンダムビルドダイバーズ divers ensemble   作:千葉ネリモン

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だいぶ間が空いてしまいましたが、16話です。
よろしくお願いします。







第16話 ELダイバーを探しに

 目覚める。目覚めると、自分が存在していて戸惑った。

 触覚があった。嗅覚があった。聴覚、視覚があって、それらが感じ取るモノ達への知識があった。

 例えば、周囲に立ち並ぶのは樹木。生い茂る緑色のモノは植物で、色とりどりに咲いているのが花というのも分かる。そういった景観からして、ここは森林と呼ばれる場所なのだろうと予想した。

 受容する様々な事柄はどれも初めて見聞きするものばかりだったが、思考はそれらを整然と処理し、滑らかに結論を連続させる。

 分かる。理解ができる。けれど分からない。

 突然どうして、私は体を手に入れ、ここに立っているのだろうか。

 所在無げにその場にへたり込んで自問自答をしていると、聴覚が何かを聞き取るのを感じた。知識にある自然界の音ではない。それは意思伝達を目的として生物が発生する音声。

 

「……言葉?」

 

 初めて発した、自らが生み出した音。それが自分の声だと分からずに驚く。深呼吸して、もう一度耳を澄ませてあの音……声を探す。

 

「……聞こえた」

 

 彼女は引き寄せられる様に、声のする方へと歩いていく。それは会話をしたかったからから、孤独を埋めるためだったのかは彼女自身も分かっていなかった。ただ森を抜け、轍を踏み越え、他者を求めて歩いた。

 そして、視界の開けた場所にたどり着いた時、彼女はそれを見る。

 戦う二体の巨影の姿を。

 彼方からでも巨体と分かる威容と、ステップの度に伝わってくる激震に彼女は怯え、木陰へと身を潜めさせた。

 そして太い木の幹を盾代わりにして、彼女はおそるおそる二体の巨人を観察する。

 光る剣を振るう白い巨人と、赤い斧を携えた一つ目の緑の巨人。

 武器を持った二体が戦っているのはすぐに分かった。剣と斧が打ち合う度に巻き起こる大音量の激突が衝撃となって彼女の肌をびりびりと撫で擦る。

 もしも、傍でどちらかの指一本でも切り落とされ、頭上に落下してきたなら、間違いなく大ケガでは済まないだろう。

 

 だが、彼女が本当に恐怖したのは、巨人の姿や大きさではなかった。

 

 近付いた事ではっきりと伝わってきた。

 二体の巨人はどちらも喜んでいる。

 二体は楽しんで、互いを攻撃しあっている。喜んで痛みを享受し、嬉しそうに相手を傷付けている。

 彼女は既に痛みについて知識を持っていた。理解しているからこそ、痛みを与え合う行為に喜びを感じるなんて、狂っているとしか思えなかった。

 おそらく二体の巨人……ガンプラは創造主であるビルダーの想いに応え、互いに競う喜びと相手の強さの嬉しさに、最高の動きで応えようとしていたのであろう。

 だが、彼女の心は不幸にも幼すぎた。

 繰り広げられる戦いを、荒れ狂う暴力として受け止めた彼女は、その暴力がいつか自分に向けられるのではないかと本能的に恐怖し、二体の巨人に背を向けて走り出した。

 遮二無二に足を動かし、あらん限りの力で両耳を塞ぎ、遠く遠く。あの巨人たちの嬉しそうな声が届かない場所を目指して走った。

 ルメというELダイバーが誕生して、僅か五分。彼女の生は、恐怖から始まった。

 

 

///

 

 

 水平線に太陽が沈んでいく。広大な海が夕日の色に染まり、夜が訪れる前の海岸を彩っている。

 電子の世界に再現された美しい海岸線を横目に、バイクを駆るGNアーチャーが走り抜けていく。

 そのスピードは緩やかで、跨がるガンプラも時折首を横に振り、何かを探す素振りを見せながら、浜辺にタイヤの跡を一本のラインとして刻み駆け抜けていく。

 GNアーチャーのコックピットの中、コーヤはレーダーやセンサー、外部映像に注意を払いつつ機体を操作していたが、不意に聞こえてきた電子音にバイクの速度を下げ始める。

 眼前。GNアーチャーの前に広がる果てしなく続くように思えた海岸線に、不意に終わりが現れたのだ。

 移動エリア限界。コックピットに表示されたウィンドウにコーヤはふっ、と小さなため息とともに、目にかかる艷やかな黒髪をかきあげた。

 

「ここもこれで全部、か」

 

 コーヤの瞳に映る海岸はあくまで映像。景色ではなく、壁に描かれた風景画。いかに広大なGBNといえど限界はあり、果てしない地形の完全再現には至っていない。だが有限の大地でなければ、コーヤのやろうとしている事にはもっと途方も無い時間が必要になっていたことだろう。

 ここもハズレ、と残念に思いながらコーヤは通信を入れる。間もなくニトラとの回線が開き、眼帯を付けた細面の青年が表示された。

 

「どうしましたコーヤさん? 探索終わりましたか?」

 

 眼帯をしていない右側の鋭い目と、剣呑な相貌には似合わない落ち着いた声にコーヤは頷く。

 下校後すぐにGBNにダイブしたコーヤは、予定を合わせていたニトラと合流し、GBN中のディメンションを虱潰しに探索していた。

 目的は、先日のガドとボックスの決闘後行方不明となったルメの捜索。そして今日で一週間になるがまだ痕跡さえ見つける事は叶っていない。

 

「お疲れ様です。私の方調べ終わりました。ニトラさんの方でまだ手を着けてない場所ってありますか?」

「いや、こっちももうすぐ終わる……今回もいなかったなルメちゃん」

「……ルメちゃん」

 

 一見古い時代のギャングもかくやという見た目のニトラが、幼い少女をちゃん付けで呼ぶと、何となくミスマッチな気がして、コーヤは思わず彼の言葉を口にしてしまっていた。

 

「なんか、変でしたか?」

「いえ、そんな事はないんですけど……なんか」

 

 変な事を気にしてしまったと、コーヤは後悔するが取り繕うより正直に言おうと考え直し、言葉を続けた。

 

「ニトラさんがちゃん付けするのがちょっと意外で……」

 

 さすがに失礼だったかと、申し訳無さそうに苦笑するコーヤだったが、ニトラ本人は「そうかな?」と神妙な顔をして首を傾げてみせる。その真面目な様子が可笑しくて、コーヤは口元を抑えてついつい笑ってしまった。

 どちらかと言うとカマキリや爬虫類を思わせる人相と、作り上げる奇抜な作品の印象の強いニトラだが、彼の人となりと言葉遣いは見た目よりずっと柔らかい。コーヤがニトラと二人だけで行動するのはこれが初めてだったが、まだまだ知らない面がたくさんあるのだろう。

 

「見た目がリアルから見ても年下とはいえ、ちゃんと知り合いにもなれてない相手を呼び捨てにはできないでしょう」

「ニトラさん、その辺り律儀ですよね。私だけさん付けで、いつも大体敬語で話してますし」

「そういえば、そうかもしれない……いやそうだな実際」

「キナやデニアさんと話してる時と同じ感覚でいいと思いますよ。実際私、ニトラさんより年下だと思うんで」

「こういう場でリアルの年功序列というのも考えものだが、まあいい。善処するよ」

 

 お願いします、とコーヤも応じる。ニトラは構わないかもしれないが、コーヤとしては少しこそばゆかったのだ。年上と思しき相手に敬語を使われるのもそうだが、キナ達と違い、一人だけさん付けで呼ばれる事に少し疎外感を感じでいたのが主な理由だ。勿論ニトラに区別している意識等ないとは分かっているが、キナやデニアと同じ様に呼んでくれたほうが嬉しい。

 

「ともかくだ。別のエリアへ移ろう。あと一ヶ所くらいなら、今日中にどうにか周れるだろう」

「分かりました。すみません、手伝ってもらっちゃって」

「手伝うも何も、俺の目的でもあるんだ。それにこっちは概ねして暇な大学生だ。時間の許す限り、彼女を探してみるさ」

 

 大学生。やっぱり年上なんだ、と思いながらコーヤはニトラへと一礼を返す。

 

「ありがとうございます。けど、学業に支障を来さない程度にお願いしますね?」

「いやいや、そいつはむしろコーヤ……の方だろ。時期的にもうすぐじゃないか、中間テスト」

「むぅ……」

 

 憂鬱なイベントを思い出しコーヤは項垂れる。

 中間と期末という高校生には避けるに避けられないテストは、ニトラの言う通りもう間近に迫っていた。

 本音では試験など放り出してGBNに入り続けたいところだが、流石に学生としての良識はある。

 

「テストなんて滅びればいいのに……」

「そこは諦めよう。誰もが一度は通る道だ」

 

 覚えるべき公式の数々を思い浮かべて項垂れるコーヤに、澄まし顔でニトラは告げる。

 本当に大学生が暇と言うなら、早く自分もなりたいものだと心底思ってしまった。

 

「……本当にやばいなら、この後は俺だけで探そうか?」

「いえやります。というか、区切り悪くて勉強に集中できません」

「了解。それじゃあ、このあとロビーで」

 

 通信が切れる。ニトラの顔が見えなくなると、コーヤは小さく息を吐いた。安堵のため息だ。

 

「ニトラさん、もう怒っていないのかな」

 

 先日ボックスが起こした、誘拐未遂事件を集まってくれたニトラとデニアに話した時。

 事の顛末を聞いたニトラの怒りは顕著だった様に見えた。皆の前で暴力を振るったり、何かに八つ当たりをした訳ではない。だが、一瞬で感情を押し殺すような無表情になった時には、背筋がぞっとしたものだ。

 ニトラにもリアルでのボックスの妹の事情も話したが、彼は立ち上がると一人、「憂さ晴らししてくる」と称しては大股に歩きながらミッションへと向かっていった。

 あいつは任せて、と後を追っていったデニアが上手くとりなしてくれたのだろう。

 どんなゲームにも言えるが、ルールに則り、真面目に遊んでいるプレイヤーから見ればリアルマネートレードはチートと同等の唾棄すべき不正だ。ニトラが怒るのも無理はないし、それが普通のプレイヤーの反応だろう。

 だがその彼の怒りに敢えて付け足すならば、裏切られたという気持ちがあったのではないかと、コーヤは考えていた。

 初めてボックスと会った後、コーヤとニトラ達はボックス、ガドを交えて状況把握のため話合いをしていた。結果は依然五里霧中という確認でしかなかったが、それでもニトラは少し嬉しそうにボックスを信用できる相手、と言っていた。それを無下にされたという想いは、少なからずあったのだろう。

 

「ニトラさんや他の皆さんにも謝ってもらえると、助かります」

 

 騒動のあと、運営のガードフレームに連行される前にボックスはそう言っていた。

 その後ボックスがどうなったかはコーヤの元に連絡は届いていない。アカウント停止になったか、もっと他の罰則があったのか。

 

「あまり、ひどい事にならなければいいけど」

 

 そこまで考えて思考を止めた。気が滅入るばかりで良くない。

 少しだけ、気分転換をしよう。

 ニトラと合流する前に少しだけ、少しだけの時間、思いきりバイクを飛ばそう。

 そう思いバイクをターン。旋回するタイヤで砂を巻き上げながら機首を巡らせ、アクセルをかけながら来た道を引き返す。

 バイクといってもGBNの操縦桿に本物のバイクの様に捻るアクセルはない。操縦も見ている景色もあくまで擬似的な体験だが、今コーヤの目に映る加速の世界はきっと本物と比べても遜色はない。そんな気がする。

 本物ではないが、本物に負けない広さを誇る世界の中から、たった一人を探し出すのが如何に困難な事かコーヤも重々承知している。だが、やる価値はあると信じている。

 少なくとも一人きりで動こうともせず。なんとなく、出会えたらいいな、と考えていただけのあの時とは違うのだから。

 横目に眺めていた夕焼け色の水平線の美しさにため息をついた時、ふと思い出した事があった。

 

 それは以前小耳に挟んだ、風変わりなダイバーの噂だ。

 

 見たこともない小さなオリジナルのガンダムを使う、凄腕のダイバー。これだけなら時折現れる猛者の一人で済むのだが、その突飛な行動を耳にした時コーヤは純粋に呆れた事を思い出した。

 なんとバトルロイヤルミッションで勝利しても、報酬を他人に渡してエリアの探索をさせて欲しいと申し出たらしい。

 何て勿体ない。そして広大なエリアの探索なんて、よほど暇なのか。それとも隠しミッションのフラグでも探しているのだろうか。そんな噂が一時上ったことがある。

 最後に聞いた噂は「第二次有志連合戦で致命的な何かをやらかしてフォースを辞めさせられた元アヴァロン」等というひどい尾ひれがついていたので、それきり興味も失せていたのだが、こうして実際にGBNのディメンションを足で探す真似をしていると彼の苦労が少し分かりそうな気がしていた。

 

 彼は今どうしているのだろう。

 探し物は見つかったのだろうか。

 

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