ガンダムビルドダイバーズ divers ensemble 作:千葉ネリモン
※雑だったところに少しずつ修正加えていきます。確認行き届かず申し訳ありません。
「なるほど~。ガドさんGBN歴っていうか、ガンプラ歴長いんすね」
「一応そうなるか。けど別にただ長く好きなだけだ。何も大した事じゃない」
「いえいえ。同じものを長い間好きでいられるって、それだけで才能っすよ」
そんなものか、と。ライオン姿のダイバー、ガドは呟きながら、左手の川の中から飛び出し、襲い掛かってきたアッガイを、濃紺色のZZガンダムの改造機──ヘヴィゼータ両腕部のビームガトリングで迎撃する。
ばら蒔かれるビームの飛礫をいなしながら果敢に突貫するアッガイだったが、クローの間合いには一歩及ばず。ジャンプし飛び掛かろうと瞬間、ヘヴィゼータの肩部ビームキャノンの狙撃に射抜かれて爆散する。
「こっちはクリアだ、加勢する!」
「了解! けど大丈夫っすよ!」
ガドの機体の背後。高低様々な樹木に覆われた森林の手前で、デニアのオレンジ色のレギンレイズがクロスボーンガンダムX1のビームザンバーを得物の大斧で弾き飛ばした。二体の真上にビームザンバーが回転しながら舞い上がり、その軌跡を追いかけてしまった事がクロスボーンの敗因だった。
「余所見なんかして!」
デニアが力強く笑むとともにレギンレイズ背面に増設した複合ブースターの出力を全開。複数のブースターの生み出す推力と自重を合わせたタックルがクロスボーンを強かに打ち据えた。
3m近い体格差の衝突に小柄なクロスボーンは吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだところにすかさずレギンレイズは追い打ちをかける。一回転させた大斧を高々とかかげ、そのまま一気に振り下した。
落雷の様な轟音を響かせて大斧はクロスボーンの胴体を両断し、その衝撃に地面が浅く陥没する。圧倒的な剛力で引き裂かれたガンダムが沈黙すると、間も無く脱落者として光に包まれ消えていく。
「随分とまたワイルドなスタイルだな。いや心強い限りだ」
「ありがとうっす。やっぱ女子力は物理っすからね!」
レギンレイズを操る金髪のダイバーのデニアは蜂蜜色の目を片方閉じて、ウィンクと敬礼をガドへと返してみせる。
レギンレイズもデニアに合わせて敵機を屠った長柄の大斧をくるりと回し、ヘヴィゼータへと一礼を返す。
「で、ガドさん。辺りに敵も居ないみたいっすし、アレを始めて見るっすかね?」
「了解した。警戒に入る」
ガドの応答を合図にして、傍らに立つレギンレイズが居住まいを正すように背筋を伸ばす。そして頭部装甲を開きセンサーボールを起動して左右に首を振りながら索敵を開始。
僚機のガドに周囲の警戒を任せつつ、ゆっくりと森林の奥地へ向けて前進しつつ、周囲一帯の観測を開始した。
現在ガドとデニアは協同でバトルロイヤルミッションに参加していた。ステージ中央に大きな川が一本流れる広大な森林を舞台とした、オーソドックスなバトルロイヤル形式で、開戦から3分が経過。既に何名かのダイバーが脱落した乱戦の中、デニアとガドのタッグは出会うダイバー達と交戦し、順調に各個撃破を続けている。
だが二人の参加目的はミッション報酬ではない。姿を消したルメの探索だ。
ルメが姿を消してから一週間が過ぎ、未だに足取りは追えていない。過去の例からして彼女の出現場所はおそらくランダム。
そういった予測から、コーヤや二トラがその足でGBN中を探し回っているように、デニアとガドはバトルロイヤルやレイド戦など戦闘の激しいミッションに率先して参加し、戦いながらルメを探しているのだ。
「やっぱ簡単には見つからないっすね、ルメちゃん。まあこんなドンパチの場所に居てくれない方が、安心っすけど」
「かといって、参加者全員に事情を説明するのは色々と障りがあるからな。こうして地道に探すしかないだろうよ」
やむにやまれぬ事情とはいえ、ガドは小さく息を吐く。
ダイバーたちがGBNに訪れる理由は、一重に楽しむためだ。事情があるとはいえ、こちらの都合に他のダイバーを巻き込むのはガドも避けたいと考えている。
それにこうして捜索活動をしているのは、自主的な面が強い。当然だが、ルメの捜索は運営とELバースセンターが既に乗り出している。
先日の誘拐未遂事件のあと、ELバースセンターのメインスタッフらしきエルフ耳の青年ダイバーはコーヤ達に何度も申し訳無さそうに頭を下げて謝罪をしていた。
信頼していたスタッフから事情はどうあれ背信者が出てしまった以上、そうなるのも無理はない。今度こそ自分たちに任せてほしい、と青年は言ったが、コーヤは首を振り、彼へ告げた。
「私も彼女を探します」
青年は一瞬呆けた顔をしたが、すぐにしかしと言葉を返す。あくまでセンター側の責任であり、一般のダイバーに迷惑はかけたくないと。だが、隣にいた二トラも挙手し捜索に参加表明をすると、あとは皆競うように手を上げてルメの捜索協力を申し出た。
そして現在に至る。全く、奇得な連中が揃ったものだ。その時を思い出しながら、ガドは鬣を撫でながら、何気なくデニアへと言葉をかけた。
「それで、前から聞きたかったんだが」
「お、なんでしょう? そんな気にして頂けることなんて、あったすっかね?」
生い茂る森林の枝を払いつつ周囲の探索を続けるデニアから、朗らかな声が返ってくる。
だからガドは、
「ルメを見つけ出したら、お前さん達はどうするんだ?」
なんの気兼ねもなく、そう問いかけた。
途端。周囲を探索していたレギンレイズの足が止まり、ゆっくりとその場に立ち尽くす様に静止した。
「そうっすよね。その後の事も、考えなきゃですよね……」
立ち止まったレギンレイズはセンサーボールを開いたまま、空を見上げる。その顔は口を半開きにしたカエルの様で妙な愛嬌を持っているが、デニアが発した声は明らかに陰りが感じられた。
「すまない、答えにくかったか」
狼狽えた声とモニタ越しに慌てるガドの様子が見えると、デニアは小さく首を振った。
「いえいえいえ。答えにくいとか、そんなんじゃないんです。どちらかというと、考えない様にしてたってのが正しいっすね」
隠すほどの事でもない。正直に答えよう。
レギンレイズも顔面のハッチを閉じ平常時の無表情に戻すと、デニアは抱えていた不安の一端をガドへと話し始めた。
「実はルメちゃんが見つかったらなんすけど。ニトラの奴がどうしても聞きたかった事を答えてもらおうって事になってて……それでその答え次第によっては、ニトラGBN辞めちゃうかもしれないんすよね」
デニアの言葉に、ガドは驚き思わず目を見開いた。
「そいつは……確かに穏やかな話じゃないが、しかしどうしてそんな事になったんだ?」
訝しげに問うガドへデニアは以前クリアした熱砂のミッションでの出来事を話し始めた。
認められたい欲求と、その理想に見合わない自分の技術と才能。
そのギャップから来る板挟みから逃れようと、ニトラが縋ろうとしたのがELダイバーの能力、ガンプラの心を感じる力だった。
ルメと出会い、自分の作り上げたガンプラが一体どんな心を秘めているかを確かめる。その後に、今後GBNひいてはガンプラ製作そのものを辞めるか否かを判断する、という事をデニア達はニトラ本人からの宣言を聞いている。
「なんやかんやあって、ニトラも大分前向きに考えるようになってくれているんすけど、いざキッツイ答えを突きつけられたら……あいつ、案外メンタル脆いんで本当にどうなるか分からないんすよね」
苦笑混じりに話すデニアに、ガドは釈然としなさそうに自身の髭を指で弾いた。
確かに周りが納得していたとしても、デリケートな話題だ。しかし、デニアからはまだニトラと一緒にGBNを遊びたいという気持ちがそれとなく伝わってきている。おそらく他の二人も同じ気持ちなのだろう。そしてニトラ自身も。
これからGBNを辞めるかもしれない人間がこんなにも積極的に、そして困難続きながらも楽しげにダイブしているのだ。付き合いの短いガドでさえ、見ていて分かるほどに。
「心配はいらないと思うぞ」
ガドの口から、自然と言葉がこぼれた。
それがデニアには意外だったらしく目を丸くして、
「そうっすかねえ……そうであっては欲しいっすけど」
先ほど見せ闊達を潜めてデニアは力ない声で返すが、ガドは敢えて強く頷いて見せる。
「あくまで俺の見立てだが、あんなに居心地良さそうにしている奴が、今現在辞めるための苦労をしているとはとても思えない。いっそ、ルメも含めてフォースでも結成していいんじゃないか。一応これからもつるんでいくつもりなんだろ?」
「ああ……それも悪くないっすね。ルメちゃんとは私も普通に仲良くなりたいっすし」
「むしろ、今まで組んでいなかった事の方が驚きだがな」
「フォース組むだけが繋がりじゃないっすよ。それに私も、夏場はあんまりログイン出来ないと思うんで、なるべく緩い方が気が楽っすから、今のままでも全然OKっす」
「……そうかい」
フォースを組むだけが繋がりじゃない、か。破綻しかけのフォースを必死に守ろうとしていた、過去の自分に聞かせてやりたいもんだ。
ほんの少しだけ自嘲気味に、ガドが笑ったその時だ。
レギンレイズが急に、閉じていたセンサーボールを展開し、慌ただしく首を振って周囲を見回し始めた。
「ガドさん、ちょっと動かないで」
緊張感を増したデニアの声に、ガドも自機の火器を周囲へ向けて警戒を強める。
「敵か? ルメか? どこにいた?」
ガドも目を凝らして周囲を確認するが、周囲にはステージに配置された森林以外何も動く物は見えない。レーダーも同様だ。この付近には自分とデニアの機体以外に何も反応を示していなかった。
デニアの気のせいか、という考えが一瞬過るが、
「分からない。でもなんだか臭いっす」
静かにそう告げると、デニアはレギンレイズの左手を腰の後ろへと伸ばす。腰部には弾倉等を取り付けられるハードポイントがあるが、デニアの機体にはさらにガンダムバエルから移植した刀剣対応のホルスターが増設されており、ホルスターに下げていた武器の柄を掴み、引き抜く。
手にした武器は鉤状の刃を持つ内向きに反った大振りのナイフ。鉄血のオルフェンズ出典のガンダムフラウロスが劇中で使用していた、アサルトナイフと同型の武装だ。
そしてデニアは前方の森林の奥、蜂蜜色の瞳で睨みつけた一点目掛けてナイフを投げ付ける。
無造作なフォームながら、唸りを上げて回転するナイフは飛燕の様に鋭く飛び、そして森林の奥深くに消えるより早く、重い響きと共に虚空に突き刺さり停止する。
その一瞬、景色がぐらりと歪むのが見えた。
レギンレイズの後ろでヘヴィゼータが身構えると同時。ナイフの突き刺さった空間が剥がれるように変色し、隠れ潜んでいた機体が姿を現していく。
黒い機体色と細身の鋭いフォルム。投げ付けられたナイフが深々と刺さった頭部は、二つの目とV字のアンテナを持ったガンダムタイプのものだった。
「ブリッツガンダムか……」
ミラージュコロイドによる迷彩機能が特徴の機体。しかし、迷彩展開中はPS装甲の恩恵も無くなるという設定はGBNでも再現されている様だ。通常なら耐性を持つ物理攻撃に脳天を割られたブリッツガンダムは力なく倒れ、脱落者としてステージから消失した。
「所謂、ヘッドショット判定っすかね? どっちにしろ、ラッキーっすけど」
意外な呆気なさに拍子抜けした風に、デニアはいつもの調子で言う。一方のガドはデニアの神業じみた直感を目の当たりにして、驚きと呆れの入り交じったため息をついた。
「よく気付いたな……普通気付かんぞ」
「ええいや、偶然っすよ。なんだか一瞬変な風に草が揺れたりしたのが見えたんで、試しに投げたらビンゴだっただけっすから」
「……どういう目をしてんだ。それだけで十分過ぎるくらい変態だ」
「いやはは、褒めて下さってるんでしょうけど、女の子に変態はひどいっすよ」
苦笑を返しつつ、デニアはまた戦地の奥へと進み始める。
これがセンスというものか。
改めてデニアの非凡さに畏れ入りながらも、今後ログインが減るという事に勿体無さを覚えずにはいられなかった。
夏は長期休暇と重なるため、大型イベントを実施するゲームは多い。GBNもその例に漏れず、今年も様々なイベントを催すことだろう。
デニアがフォースとして参加すれば、きっと良い成績を残せただろう。
世の中はままらぬものだ。と、ガドは先行するレギンンレイズを追い探索を再開した。
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バトルロイヤルが終了した。
勝者はZZとレギンレイズの二人組。どういう手品か、ミラージュコロイドで隠れ潜んでいた自分を見つけ仕留めた相手だった。
「くそ……」
そのダイバーはロビーに戻るや否や悪態とともに舌打ちをする。
大柄な体躯の頂点に乗る厳めしい顔に渋面を作り、苛立たしげに禿頭をかく様子は、ほとんどパチンコに負けて出てきたおっさんの姿そのものだった。
このところ色々なものにアヤがついてる。
初心者をいびっていた時、変なバイクに乗った女と戦った時からずっとこうだ。上手く行かない。同じ手口で初心者狩りはもうできず、G-TUBEからも締め出され、そして肝心のバトルにも勝てなくて、フレンドの二人もフラストレーションが溜まっていた。
そして少し前に、ソロの白いデナン・ゲーに三人がかりで負けてから二人はログインもしなくなってしまった。
仕方なくこうしてコソコソとバトルロイヤルに参加したはいいが、結局何もならず無為に時間を浪費しただけだった。
ブレイクデカールがあえば。あの日から何度そう思い、連戦連勝の日々を思い返してはため息をついたか。
ガンダムは好きだが、勝てなければ面白くないし、嫌いになりそうだった。
いっそもう見切りを付けるべきか。
そう悩み出したときだった。
ログインしなくなったフレンドから久しぶりのメッセージが届いた。
久しぶりにGBNをやりたくなったのか。それとも引退することへの挨拶文か。
機体と不安を抱きながらメッセージを開封すると、思ってもみなかった事が書いてある。
それはGBNへの復帰の話でもなければ、引退の挨拶でもなかった。
それは誘いだった。
文章にはあまりにも見慣れない文字がある。
「ELダイバー狩り、だと?」
途切れかけの繋がりから届いた言葉に、本当にやるのか、とただ戸惑い、そして間の悪い巡り合わせは続いてしまう。
「……」
あの女が、目の前に立っていた。