ガンダムビルドダイバーズ divers ensemble 作:千葉ネリモン
2022年の最初に上げるのがミヒロの過去話となりました。本年もどうぞよろしくお願いします。
バイクに乗りたくてGBNを始めた。
こんな変な理由でGBNというか、ガンダムというジャンルに触れたのはきっと私くらいのものだろう。
随分と見当違いな動機。だけどこんなきっかけでも、GBNに触れたことを私は一度だって後悔しなかった。
まだ幼稚園に行っていた頃だったか、再放送のアニメの女盗賊や日曜朝に放送しているヒーローに憧れてバイクに興味を持った。けど私の家族にバイクに乗る人はいなくて、たまたま父が持っていた雑誌の広告を飽きもせずに眺めたり、自転車を漕ぎながらバイクの排気音を口で真似るという中々女の子らしくない遊びをしていた。
そんな私の姿を見かける度に、母は毎回こういったものだ。
「恥ずかしいから辞めなさい」
自転車に関しては母の言うとおりだったが、広告を見るのが恥ずかしいというのは少し分からなかった。それでも私は素直に従った。
そして私はほどなくして、母の意図を知ることになる。
「女の子なのに特撮番組を見るなんて恥ずかしいわ。もう卒業しようね」
「アニメなんて子供の見るものなんだから、見ちゃダメよ」
「ゲームなんてしてると勉強ができなくなるでしょ。ミヒロはもう高学年なんだから、遊ばなくてもいいわよね?」
私がサブカルチャー系の娯楽に熱中すると母は事あるごとにそう言った。恥ずかしいから、年齢らしい事をしろ。
クラスの子はみんなゲームやアニメを見ているよ、と反論すれば決まってうちはうち、他所様は他所様よ、と返ってくる。
そして極め付けはこれだった。
「バイクなんて危険だし、あんなもの不良が乗るものなんだから」
とどめには十分な言葉だった。
母は自分が低俗と判断した事に触れさせたくないだけなんだ。枠に押し込めたいだけなんだ。
そう思った時から家でテレビを見なくなった。バイクについても隠れて調べる様になっていった。
幸い一部の漫画や小説は購入を許された。世間的に認められている原作の漫画は母的にはセーフらしく、私自身も物語の世界に没入する感覚は好きだったのでしばらくの間は母とも衝突せずに付き合っていられた。
けれども。通学途中でバイクを見かけたり、路上に停車している姿を見るとどうしても目で追って、思ってしまう。
触れたい。手触りを感じたい。
頭の空想だけではない確かな感触に焦がれていた時に出会ったのがプラモデルだった。
中学に上がって初めての夏。祖母の家へ行く途中にあった個人経営の模型店。そのショーウィンドウに飾ってあったバイクのスケールモデル。とっくに生産中止になった車種が小さな玩具とは思えない出来栄えで飾られているのを見て、私は思わず食い入る様に眺めてしまった。
その時は眺めるだけで店には入らず、何より男の子の店という思いが私に足踏みをさせていたが、数日後意を決して入店した。
目に飛び込んでくる棚にはバイクだけでなく車や飛行機に城、そして当時はよく知らなかったガンプラたちが積まれていた。別世界に飛び込んだ様な緊張と高揚感の中、私は大股気味に店内を歩くと、バイク系の棚の前で思うままにキットを物色した。積まれた箱を手に取っては確認してを繰り返し、棚の端から端まで見るだけで30分。そしてその中から一つ選ぶのにまた30分かけて吟味してようやく初めてのプラモデルを購入。
店を出た私の手には1/6スケールバイクとニッパー、そして店の人から必要と教わって追加購入した接着剤の入った紙袋。
この時の感情は言葉にできない嬉しさで、スキップでもする様な足取りで祖母の家に向かった。家で作ったら何を言われるか分からないからだ。
もっともすぐに組み立てる難しさと、展示されていた作品との雲泥の差に半べそをかく羽目になるのだけれど。
それでも楽しかった。信じられないくらい楽しかった。祖母は母と違って私のやる事に口を出さず、楽しそうにしてる私が見れて嬉しいと言ってくれた。
それから週一で祖母の家を訪れる日々が続く。母には祖母の手伝いと料理の勉強という名目で伝え、実際その通り料理は今も祖母に鍛えてもらっている。
料理もだが、どうやら私は手先を使って何かを作るのが好きな性分らしい。プラスチックの硬さと厚みを感じながら、少しずつ形が出来上がる毎にワクワクした。めげずに初めて自力で一台を組み上げた時の感動は冷めやらず、次々と新しいキットを買っては塗装や表面処理を勉強して、ゆっくりとしたペースで完成品へと仕上げていった。
そして転機が訪れる。たまたま店で流れていたGBNの宣伝用PV。アニメの宣伝程度の認識で大して興味もなかったが、宣伝文句に私は耳を疑った。
『君の作ったガンプラを君の手で操縦する!』
ガンプラ、つまりはプラモデルを自分で操る? そんな遊びがあることが当時の私にはただ衝撃で、気付けばループするPVから目が離せなくなっていた。
ガンダムなんて名前だけしか知らなくて、模型店の棚の半分を占拠する人気キット程度の認識しかなかった。けれどPVの中で縦横無尽に舞い踊るガンプラはただ純粋にカッコよく、しかもこれを作った本人が操っているというのだ。
未知の興奮が全身を駆け巡り、やってみたい、と思った。瞬間母の苛立たしげな顔が脳裏を過る。それでも逡巡は一瞬だった。
ガンプラと思しきコーナーへと移動して棚をぐるっと見回す。奇しくもバイク型に変形するロボットを見つけるとすぐ手に取ってレジへと向かったのだ。
結果、それは見事な勘違いで新たにGNアーチャーを買い、ミキシングでバイクをこさえたのは今ではいい思い出。
そんな勘違いばかりで始まったGBNだったけれど。この自由すぎる世界は、母と同級生の陰口の件もあって気落ちしていた私の心をがっちりと掴んで離さなかった。
初めてダイブした時はただ驚き、巨大になったプラモデルの姿を見上げ、そして操縦した時などは物語の主人公になれた様な興奮を覚えた。あとは、坂を下る様に私はGBNにのめり込んでいった。
ミキシングの継ぎ接ぎバイクに手を加え、ヘンテコだけどこの世にひとつしかない一台をどう作るか考えて、眠れないことなんてしょっちゅうあった。使っているGNアーチャーの出ているアニメを見たらガンダムのアニメにもハマってしまい、毎晩親の目を盗んでスマホで配信動画を視聴して、確実に私の世界は深まっていった。
母から理解を得られなくてもいい。語り合える友達もいなくていい。GBNでも戦闘の役には立たないので、積極的に誰かに関わるつもりもない。
作って、直して、この世界で走ることができるならそれで満足できた。
そうやって一人、母に隠れてコツコツと続けるうちに季節はめぐり。高校受験の準備を機に少しだけGBNを離れることにした。
受験勉強の日々は心底疲れたが、我慢の甲斐あってか試験前にどうにか志望校の合格ラインに届いた。目処が立った。その想いが気が緩ませたのか急に自分のガンプラが恋しくなってしまった。
そして受験前夜。祖母の家からお守り代わりにとガンプラを自分の部屋に持ってきたのは正解であり、間違いだった。
試験には確かな手応えを感じていて、帰り道の足取りはすごく軽かった。マンションのエレベーターに滑り込むと鼻歌を歌いながらボタンを押し、受験中ずっと我慢していたGBNへのダイブに心を躍らせていた。
けれどもそれは、自分の部屋に入るまで。
部屋に入って間もなく異変に気付いた。
机の引き出しの鍵が開けられていた。
昨夜、久しぶりに触れた愛機を閉まっていた引き出しだった。
最悪の予想が過る。
呼吸と心臓が止まりそうになりながら引き出しの中をかき漁り、中身を全て外に出す。あるべきものはそこには無かった。
私は半狂乱になって家中をひっくり返した。リビング、台所、両親の部屋、果ては浴室まで探せる場所は全部探した。
それでも無い。私のガンプラがない。
天国から地獄に転落した心地だった。私は散らかった家の中で膝をつき呆然としていると、玄関のドアが開く音がして、
「何なのよ、これは一体?」
母の声がした。ゆっくり首を向けると買い物袋を持った母が入ってきた。
「ミヒロ? これはあなたがやったの?」
母は苛立たしげな声で私に話しかけてくる。機嫌の悪い母にはいつもなら恐怖を感じるのに、今はもっと別のものが湧き上がってくる。
確信に似た疑念。そして黒色の感情を抱きながら私は、母に質問をした。
「私のガンプラ、知らない?」
ああ、と頷いた母の顔は鮮明に覚えている。合点がいったゆえの失望の顔だ。
「あの玩具なら捨てたわよ」
心底つまらなそうに彼女は言った。
「隠れて何かやってるとは思ってたけど、まさかあんな玩具で遊んでたなんて母さん恥ずかしくて悲しかったわよ」
話す言葉はとてもクリアに頭に入ってきた。意味もよく理解できた。
「もう高校生になるんだから、別にいいでしょ。それよりこれ、どうしたの? まさかあの玩具を探してたの?」
やっぱり、か。納得したら全身に力が湧いてきた。
立ち上がる。散らかした部屋を出て、制止する母の手を振り払い、私は自宅から外に出る。
家の中のゴミ箱は既に確認していた。あるとしたら外のゴミ捨て場しかない。
エレベーターを下り、マンション備え付けのゴミ置き場の蓋を上げる。明日が燃えるゴミの日なせいか、もう大きなゴミ袋が五つも置かれている。どれが母の出したゴミ袋か分からなかったから、私は片っ端から開けることにした。
口の結ばれたゴミ袋を開き、手を突っ込み調べる。制服の袖が汚れ、手にドロドロした感触がこべりついて不快だったが構っていられない。通り過ぎる住人から奇妙な目を向けられてもお構いなしに一つ目、二つ目と袋を開けて調べる。
「やめなさい! 何をしてるの!」
手を掴まれた。母の手だ。鬱陶しくて払い除けると、今度は肩を掴んで私を引き離そうとしてきた。
「邪魔しないでよ!」
叫び、母を力任せに振りほどいた。滅多に大声を上げない私に驚いたのだろう。尻もちをついて目を見開いている母を尻目に、私は捜索を再開。三つ目のゴミ袋を開き腕を入れる。
二度中身を掻いた時。硬い、手に馴染んだ感触があった。
見つけた。指先を頼りに捉え、引き上げる。
GNアーチャー。食品の容器に残っていた汁やゴミに塗れてべっとりと汚れているが、関節やアンテナは折れていない。
良かった。そう安堵するのは一瞬。すぐにバイクの方を探し始める。そして──
「……うそ」
ようやく探し当てたバイクはドロドロに汚れ、前後が真っ二つに割れた姿になっていた。乱暴に放り込まれたのだろう。車体中央の接続軸が折れている。
不幸中の幸い、なんとか修理はできるだろうと分かった。けど冷静でいられるのはここまでだった。
怒りたくて悲しくて悔しくて、私の全部がぐちゃぐちゃだった。
私の仕上げた作品の出来栄えは拙い。グランプリを取る様な作品とはとても比べられない玩具だろう。
けど一生懸命作った。嘘偽りなく全身全霊だった。
玩具だから。女の子らしくないから。幼稚だから。
そんな理由で私が好きなモノは、ここまでされなくてはいけないのか。
丹精込めて磨き上げたモノは、ゴミ同然に汚されなければならないのか。
背後へ振り返る。私の作品をゴミと断じた人はまだ尻もちの姿勢で呆然としていた。
情けない恰好。そんな彼女の姿を見たら少しだけ心の熱が冷めた。
そして息を一つ吐くと、私は母をガンプラを抱えて自宅へ戻った。
部屋に戻るとすぐにガンプラを洗浄してあげた。そのあとシャワーを浴びてすぐに寝てしまった。
この日を契機に私と母のなんとかやれていた関係は完全に崩壊した。一言も会話がなくなり、春休みに入るとほとんど祖母の家でガンプラの修理や適当に辺りを歩いてばかりで、家にはほとんどいなかった。
そして入学手続きを一通り終えた後、学校の道具と私物をまとめた私は祖母の家へと向かった。
少し離れて暮らして、色々と反省がしたい。というのが建前。
本音は母親への反抗。息苦しさから逃げ出したかった。
どちらにしろ、祖母とそして父から了承を得られたのは幸いだった。一方で、心の片隅には母の言葉が棘の様に刺さっている。
恥ずかしい。ある側面においてその評価は間違いではない。そう考える人がいる以上、また私は否定される。
否定されるのは、いやだ。
もし私の好きなものを知られたら、かつてのクラスメイトや母の様に嘲るのではないか。不安と恐怖はより大きくなっていて、一人でも構わないと思っていたのにいつしか寂しいとさえ感じていた。
私はおかしくない。下手でも弱くてもいい。こういう好きがあってもいい。
私への否定を、誰かに否定して欲しい。
そう願うようになっていた。
そして、ダイバーたちの好きという想いが生み出した存在が、かのELダイバー達という噂を聞いて以来、彼らならと期待をしてしまった。人間でない彼らなら私を否定しない。ガンプラに纏わる事ならなんでも肯定してくれるはず。
そんな後ろ向きな気持ちでGBNを走り続けていたら、もう高校に入学して今に至っている、という訳なのだ。
たかが玩具で、と言ってしまえば実のところその通り。
今にして思えば本当に下らない事でウジウジして、家まで飛び出してしまった。
こんな無茶苦茶な私だけど、こういう話を聞いてくれて凄く感謝してるよ。
ミヒロは最後にそう言って話を締めくくった。
彼女の言う通り無茶苦茶な理由。そして無理もない理由ともユキナは思った。
ガンプラに限った話ではなく、自分が努力して作った作品をゴミとして扱われたなら怒らない人間はいない。ユキナ自身も同じ事をされたなら家出に発展しないまでも、当然怒りを覚えただろう。そしてミヒロの怒りと悲しみは家を出る理由として十分だった、という事だ。
なんとなく幼少のころ聴いた歌をユキナは思い出していた。角砂糖を食べたゾウとアリの歌だ。
角砂糖はゾウにとっては途方もなく小さな食べ物でも、アリにとっては自分よりも大きな食料になる。同じものでも受け取り手次第で価値は全然違ってくる。あの歌はそういう事を言いたいのだと最近になって分かった。
ガンプラはミヒロにとっては大きな角砂糖。彼女の母にとっては取るに足らない小さな角砂糖。そういうすれ違いだったのだろう。
そして彼女にとってELダイバーはまだ「大きな角砂糖」らしい。
ミヒロが今でもELダイバーを探そうとする理由は言わなかった。ユキナも尋ねたりしなかった。
友達が大事にしている。付き合う理由なんてそれで十分。
GBNへとログイン完了。オオカミ耳を付けた青い髪に、赤いマントを羽織った少女のダイバーは、待ち合わせをしていたライダースジャケットを着た黒髪のダイバーの元へと駆けて行った。