ガンダムビルドダイバーズ divers ensemble 作:千葉ネリモン
キンンバライト鉱山内、岩肌に囲まれた敵基地の真っ只中。背にしたHLVを守る様に、三本の光剣が踊り敵機の進行を阻んでいる。
光剣は敵陣のNPDたちのモノではない。モノアイMSの前に立ちはだかるのはだった一機、四本腕のガンダムレギルスだ。そして三本の輝きは、ライフルを持つ右手以外から伸ばすレギルスのビームサーベルだった。
射出前のHLVに到達した時、キナHLVの破壊に当たり、ニトラは破壊作業に集中させるため殿として敵機の足止めを買って出ておよそ二分。
何機目かのザクを切り捨てた時、背後から大きな爆発が聞こえた。次いで、コックピットのメッセージに報告が入る。
キナのシャイニングガンダムが、目標を破壊。
丁度キナからも通信が入る。
「やりました! 次急ぎましょう!」
「了解だ。先にいってくれ。正面に目眩ましのバスターを撃つ。そうしたら俺も飛んでく」
「わかりました!」
キナが返答した直後、レギルスの胸が輝き、ビームの奔流がジオン残党の群れへと迸る。ビームは乾燥した大地を焦がし、粉塵を盛大に巻き上げ一面を黒く覆い隠す。
レギルスはすぐさま反転し、キナがいたブロックへと侵入すると、目の前には破壊されたHLVの残骸があった。
キナはシャイニングフィンガーソードを使ったのだろう。真一文字に切り裂かれたHLVはステージ内のオブジェクトとして残地されており爆発や消滅する気配はない。
ならば、とレギルスが破壊されたHLVを足場にして大きくジャンプする。背や足のフィン状スラスターを噴かして鉱山に設けられた射出用の縦穴から、砂漠の日差しの注ぐ外界へと舞い上がった。
鉱山から脱出した直後、シールドを構えながら周囲を警戒するが、狙撃などの攻撃はない。
まずは第一段階クリア。ニトラは嘆息し、レーダーに映るキナを追いながらデニア達の救援に向かおうと進路をとった時、キナから通信が入った。
「……ねえニトラさん。さっきの話、思い直したりしないんですか?」
「ああ? だから言った通りだろ」
眉一つ動かさず、二トラは気だるげな声で応じた。
ニトラには自覚も無いだろうし、キナも面と向かって言うつもりもないが、彼のアバターが抑揚のない声で喋ると結構怖い。
「ELダイバーからガンプラの心を聞きたいというのは分かったよ。けど、ガンプラを作るのをやめる必要はないでしょ」
通信ウインドウに映っている、青い耳をピンと立てたキナの真剣な表情に、ニトラは目を伏せる。
正にその通りだ、とまるで他人事の様に思いながら。
「確かに……言っちゃなんですけど、ヘンテコなのばかりですけど、いいじゃないですか。ガンプラは自由です! それに、今度は何しでかすんだろうって、嘘偽りなくちょっと楽しみにしてるんですから!」
「……ああ。俺も楽しいよ。だから今も飽きもせず作ってられる」
ニトラの言葉に嘘はなかった。気の滅入るサフチェックも、うざったい表面処理も、予期せぬ損傷の修理さえも。完成した形を指先から感じられるから、ずっと続けていられた。
続けている内に、外の世界を意識し始めるのもまた、自然な事だった。
自分が丹精込めて作った作品を、より多くの人に見てもらいたい。
そしてSNSへと初めて投稿した時。
「けどな、どうしようなく気になっちまうんだよ。星の数がよ……」
井の中の蛙だったニトラが見た世界という大海は、恐ろしく静寂で、自分などには無関心だった。
まっさらな状態から評価されるのは、特別なほんの一握り。そしてニトラは特別ではなかった。痛烈だが、それだけの事だった。
それでももっと上手く、もっと凄く作ればきっと変わる。好きという感情だけを燃料に、喝采はおろか罵声さえもない沈黙の中で、ニトラはひたすら心に浮かぶ形を作り続けた。
作り続けて、多少は変わったかもしれない。ゼロが正の数にはなった。だが心の井戸に貯まったのは、感謝や満足感だけではなかった。
「俺はゲテモノ屋ってのは承知してる。技術だけでも、俺より凄いやつなんてゴロゴロいる。センスやそれ以外の発想だってそうだ。そんな世界に身の程知らずに混じろうと、混じりたいなんてまだ思ってる」
頑迷で浅ましく意地汚い、身の程知らずの承認欲求。
いつまでも捨てられない心をずるずると引き摺っていた時に、キナから持ち掛けられた話を聞いてニトラは思ったのだ。
これを機にけじめを付けよう、と。
「上なんて見たら切りないよ、ありきたりだけど。人の目なんて気にしないで、今まで通り好きな様に作ればいいじゃん」
さっきからキナがニトラにかける言葉は、確かに正しい。他人が気になるなら、表に出さなければいい。そして認められたいなら手段を変えればいい。
それをしない自分を愚かに思いながらも、ニトラは言う。
「俺だけなら、それでも良かったんだ」
「だけなら?」
「ああ、キナから話を聞いた時思い出したんだよ。俺が例の子を見た時……」
あの日、仕上がったばかりのレギルスを展示した時にいた、不思議な女の子の事を。
彼女がELダイバーかもしれないと聞いたとき、思ってしまったのだ。
「もしかしたら。レギルスさんの声を、あの子は聞いたかもしれないんだ」
「じゃあ、コーヤのELダイバー探しにのったのって……」
「そうだ。俺が散々切り刻んで、継ぎ接ぎをして作ったコイツらが欠片でも喜んでるのか、それとも見るに堪えない無様なゲテモノにされて泣いているのか、今はそいつが気になって仕方ない」
操縦幹を握るニトラの手に力が籠められる。それはこのミッションのために入った力ではない。
もっと先の、理性ではどうしようもないモノを欲するように、ニトラは言葉を紡いだ。
「あの時、あの子は俺のレギルスを見たんだ。まるで呼び止められるみたいに振り返ってレギルスを見たんだ。その時コイツがあの子になんて言ったのか、 ただそれを知りたい。知って、そしてケリを付けたい」
もしそれが悲鳴や泣き声だったなら。
ニトラはなんの憂いもなく、けじめを付けることができる。
きっと好きという気持ちにも決別できる。そう思ってしまったのだ。
///
コーヤとデニアも次々と敵機と遭遇した。
HLVへと続く浅い渓谷の合間のどこに潜んでいたのか、わらわらと沸いて出てくるジオン軍のMS達が幾度となく砲火で行く手を阻もうとする。
マシンガンやバズーカは勿論、クラッカーや果てには巨石を投げつけてくる敵NPDだったが、単身先行するコーヤは積極的に交戦しない。
コーヤは全神経を集中して敵を避ける。バイクに股がる姿勢を低くして弾丸を避け、間近で爆発の炎にもたじろがず、先へ、先へ、先へ。
1機、2機と立ち塞がる敵NPDには目もくれず、GNアーチャーは飛び込むように一つ目MSの群れの中を巧みに掻い潜る。
通過したGNアーチャーを追撃しようとするジオンのMS達は反転し、背後から狙撃しようと銃を構える。
それが命取りになる。
「いっただきますっ!」
レギンレイズの大斧が、無防備に向けられたザクの背へと襲い掛かり、鈍い音を立てて斧の刃がザクの背中に埋まる。そしてレギンレイズは大斧にザクを噛ませたまま力任せに振り回し、機体ごと手近にいた別のザクへと叩きつけて二機まとめて鉱山の岩肌へと叩きつける。
圧倒的な暴力にぐちゃぐちゃになった二機のザクが完全に沈黙すると、レギンレイズはすぐさま斧を構え直し、先を行くGNアーチャーを追った。途中邪魔をする敵機はいたが、大斧で蹴散らし、時には足払いで転倒させながら、GNアーチャーへと並走する。
「ありがとっすコーヤさん。やっぱしこいつらおつむの方は高難易度じゃないっすね。ちょっと硬いし一発は重いけど、これならどうにかなりそうっす……コーヤさん?」
「あ、大丈夫です。聞こえてます」
デニアの声に、コーヤは慌てた様子で答えると、通信ウインドウからデニアの蜂蜜色の瞳が、少し心配そうに見つめているのが見えた。
この道すがら。敵機を倒す片手間に、デニアからニトラがELダイバー探しに積極的な理由を聞いていた。
コーヤが思っていた以上に、ニトラが思い感情を傾けていた事を知って、どう受け止めたらいいか正直戸惑っていた。
「ニトラさん、本気なんですよね」
コーヤの言葉にデニアも頷いて軽く苦笑をしてみせる。
「うん。タチの悪い思い込みみたいな話っすけど」
「……はい。でもどうして、運営側認知しているELダイバーには掛け合わないんですか?」
他にもGBNに登録されているELダイバーはいる。彼らの内の誰かに頼み、ガンプラの心を確かめさえすれば答えは得られるだろう。
「そりゃやっぱり、恥ずかしいからじゃないんすかね? ていうか、こんな下らない確認のために運営呼びつけたりなんてできないでしょ?」
確かに、とコーヤも納得してしまう。それに想像の域を出ないが、ニトラがGBNを荒らされたくないという言葉が嘘と感じられないのもある。
「それに分からなくもないのよ。模型にしろ絵にしろ漫画にしろ、世の中の厳しさを頭で分かってても、心が追い付いてこないのって結構キツイから……」
きらきらしている目を伏せて、デニアは言った。
出会ってからずっと、明るい表情だったデニアの顔に初めて影が射したようだった。語尾の「っす」も抜けている。
「それに、なんだかんだでニトラには世話になってるっすからね。どんなバカな真似でも、付き合ってやるのも悪くないって私は思ってる」
「その後、確かめてからニトラさんどうするつもりなんですか?」
「もう作るの自体を辞めるって言ってたっし、最悪GBNも辞めちゃうんじゃないっすかね?」
GBNをやめる。あっけらかんとしたデニアの言葉に、コーヤは一瞬我が耳を疑った。
「デニアさん!? それ……いいんですか!? ていうかやめちゃうって言ったんですかニトラさん?」
「いや言ってないけど、そうなんじゃないかなって。それにアイツが悩んだ果てに決めた事なら、それに口出しなんてできないっすよ」
淡白な答えにコーヤは言葉を返そうとしたその時。轟音が二人の前で炸裂した。
かろうじて直撃を避けたが、正体がトーチカからの砲撃だと判明する。前方に待ち構えていた砲台が火を放ち、こちらを狙い打ちしたと分かった瞬間、GNアーチャーとレギンレイズは二手に分かれ走り出した。
「ニトラは良い遊び仲間だし、会えなくなるのは本心から寂しいっすけど。好きと嫌いで心がぐちゃぐちゃになるなら、一度距離を置いた方が良いって事もままあるから、ね!」
砲撃の第二波がレギンレイズのすぐそばで弾ける。デニアは巧みな操作で直撃とその余波を避けると、腰にマウントしていたライフルを抜き、トーチカへ向け射撃。弾丸はトーチカの装甲に命中し、甲高い音を上げて火を上げるがまだ砲塔が動く。黒煙を噴き出しながら最後の力で三発目を撃とうとしたが、真横から来たビームに撃ち抜かれ、トーチカは爆散した。
障害のクリア。確認すると、GNアーチャーはライフルを戻し、再度レギンンレイズと合流してHLVへ向けて走り出す。
コーヤの中で、今まで感じていた疑問とデニアからの言葉がぐるぐると混ざっていく。
ニトラが拘る理由。ELダイバー。自分の作品達の声。それらがコーヤの頭の中で繋がっていく途中、ふと服を着せられている飼い犬を思った。飼い主は可愛い愛犬を、より可愛く見せるために、服を与え着せているのだろうと散歩の様子を何度も見かけた事もある。
そんな飼い主の内には、犬だって喜んでいると言う人もいるだろう。けれども、もし服を着せられた犬が、人が理解できる言葉で拒否を訴えたなら。飼い主が本当に犬を愛し且つ良識があるならば、答えは明白だ。
ニトラの動機については確かに驚きを禁じ得ない。
そして、その作品達に自分への沙汰を求めようなんて……。
「真面目過ぎますよ、ニトラさん」
「真面目……? そうだね。真面目なのかもね。自分の好き嫌いより、相手の事を気にし過ぎるなんて、真面目と言えなくもない、のかな?」
よく分かんないや、とデニアは言った時、HLVがレーダーに捉えた。
二人が進む渓谷の真っ直ぐ先に標的はある。護衛に三機のMS。そして崖上に備えられた二基のトーチカ。HLVに続く一本道を塞ぐ様にこちらに狙いを付けている。
「まあそういう私怨バリバリな訳だから、コーヤさんも私達への付き合いは適当でいいっすよ。勿論、例の子を見つけらちゃんと連絡はするんで、安心して下さいな」
「……ここまで聞いちゃったら、途中下車はなんか嫌です。それに、ちょっとニトラさんにも言いたい事できちゃいましたし」
「おっとぉ……? そいつは」
なんですかい? とデニアはニヤリとしながら問うなり、コーヤはバイクを加速させた。
デニアもコーヤに合わせて速度を上げる。
ようやくHLVにコーヤの焦点が合う。トーチカの砲撃も無視して一直線に突き進む。
「ちょっとムカッと来ました」
「……その心は?」
「まだ好きなのに、続けたいのに、他所から無理に理由もらって辞めようとしてるところです」
デニアは本人の問題と言った。けど、それを聞いてしまったら、聞いてしまった側にも感想や感情は生まれてしまう。
「申し訳ないですけど、ガンプラの気持ちとかいちいち気にしてたら私なんてどうするんですか。このバイクだってヘンテコな部類ですし、これ作るだけで3機は潰してるんですよ」
「確かに。そんな事言ってたらミキシングなんて出来なくなるっすよね」
「そうです。それにデニアさんもデニアさんですよ!」
「ええっ!? 何故に私に矛先が!?」
「さっき本人に任せるって物分かり良さげな事言ってましたけど、辞めたら寂しいってとこはニトラさんに言ったんですか?」
「いや私が口を挟んでいい事じゃ……」
「言ってないんですね?」
「……言ってません」
「いいんじゃないですか、口でも何でも挟んじゃって。その程度で揺れる様ならたかが知れてます」
全くもってよく言う。自分だってユキナとフレンド交換するまでブレブレにブレていた事を思い出し耳が熱くなる。
だがもうヤケだ。半ば八つ当たりの様にコーヤは言葉を続けた。
「これ、お婆ちゃんの受け売りですけど、何が得か考えてもうちょっと欲張っていいと思うんです。それとあくまで仮の話ですけど、もしキナがもうGBNやらないって言ったら、どんな理由でも思い切りヘコみます。だから、その……つまりそういう事です」
ああ、カッコ悪い。結局全然まとまっていない。ただの好き嫌いを頭の悪い文面にしてぶつけただけだ。
合法的逃走としてこのままHLVに全速力で体当たりしてしまおうかとさえ思い始めた時、クスクスと抑えた笑い声が聞こえてきた。
「コーヤちゃん、君結構ズバズバ言っちゃうキャラなんすね」
「……恐縮です」
「いやいや、ずっといい感じっすよ、思ってた以上に。そうっすよね。確かに周りがどう思うか気にするなら、ちゃんとこっちの事も伝えてあげなきゃダメっすよね」
ははっ、と短くどこか吹っ切れた様にデニアが笑うと、今度は後方から砲撃があった。
HLVに接近するにつれて、後方から敵機が増殖して接近しているのだ。追撃してくる敵機の多くはコーヤ達に速度に追い付けていないが、HLVを破壊している最中にたかられたら厄介だ。
コーヤはどうするか相談しようとするが、デニアは何も言わずにレギンレイズがくるりと反転させる。そのまま追撃してくるMSの群れへと突貫していった。
「ここまで来れば大丈夫っす。追ってくる連中は任せて! コーヤちゃん、決めちゃって下さい!」
そしてレギンレイズはMSの波の中を矢の様に突き抜けていく。大斧で胴体をへし折り、拳でメインカメラを叩き割り、乱れ狂う竜巻さながらに力任せに暴れ回る。操縦ユニットの中では、憂さ晴らしと照れ隠しを混同して頬を赤くしたデニアがいるのだが、通信を切っていたのでコーヤには見えていない。
ともあれ、デニアの奮起を受けて、コーヤは完全に意識をHLVへと向けている。もう間も無くミサイルの射程に目標を捉える事が出来る。
既にキナ達の側のHLVが破壊された事は確認済み。勝てる。そう確信を持った。
アラートは鳴り響いた。