初めて貴方と出逢った時の事を覚えている。
獣に襲われてた貴方を助けたが、裸だった私は裸体を見られて羞恥から思わず拳を振るってしまった。
私の名前を上手く発音出来なかった貴方はこの地に合った名前を与えてくれました。
それから助けられたお礼として貴方の家に招かれ、事ある事に私を引き留めましたね。
貴方は自身のスケベな趣向を隠そうともせずに良く私に歪に手を加えられた巫女服を着せようとしてきて。
それを験担ぎに告白しようとしたことには今でも文句を言いたい。
私はいつも素直になれず、貴方にきつい言葉をぶつけてしまって。
それを笑顔で受け止めてくれた。
家事もろくに出来なかった私の料理を残さずに食べて、花嫁修業として友人を紹介してくれた。
初めて美味しいと言ってくれた時の達成感は戦いの勝利とは比べ物にならない程に嬉しかったのですよ。
1つずつ、貴方は私に人としての幸せを教えてくれた。
余所者というだけで、有らぬ疑いをかけられた私に、温厚な貴方が村の人達に声を荒らげて怒ってくれた。
貴方をこの手で斬った時の感触は、今でも忘れる事が出来ない。
ねぇ、陸。
私達の娘の桜花、その子孫の梨花は、長い長い惨劇を終えて、ようやく普通の少女に戻りました。
きっとこれからも辛いことや悲しいことに遭遇しても、あの素敵な仲間達と乗り越えていけると信じられる。
陸。
もしもまた、もう一度貴方に出逢う事が出来たなら、僕は――――。
夏休みが終わり、9月も半ばを過ぎた頃。
雛見沢分校の朝はある話題で持ちきりだった。
「いやーそれにしても、圭ちゃん、羽入に続いてまた転校生が来るなんてねー」
園崎魅音はしみじみとした様子で言う。
「魅ぃちゃんは、もうその人に会ったんだよね?どんな人だったのかな?かな?」
竜宮レナの質問に魅音がうん、と頷く。
「学年はレナや圭ちゃんと同い年の男の子だよ。なんか、おっとりとした礼儀正しい感じの子だったなぁ。圭ちゃんと違って」
「まるで俺が礼儀知らずみたいに言うんじゃねぇ!」
意を唱えたのはグループの中で唯一の男子である前原圭一。しかし彼は、嬉しそうに拳を握る。
「でも同じ学年の男子か。心置きなく話せそうだぜ!」
「あら?圭一さんが今まで、誰かに遠慮したことがありましたか?」
「みー。部活の時の容赦の無さを、思い出して欲しいのですよ」
「沙都子!梨花ちゃんまで!ひでー!」
仲間内でどっと、笑いが起きる。
「でも、雛見沢に、新しい人が訪れるのは、良いことなのです」
「お!良いこと言うね、羽入!私達も、ドンドン外へと開いていかないとね!」
羽入の言葉に魅音がうんうんと頷く。
そうしている間に、担任である知恵先生が教室に入ってきた。
前の学校のブレザー服を着た少年が後ろから歩いてきている。
その少年を見て、羽入は息を呑んだ。
「羽入?」
隣の席でその事に気付いた梨花が怪訝な表情で羽入を見る。
彼女は目を見開き、唇を震わせて誰にも聞こえない声量で、誰かの名前を呼んでいた。
転校生の少年はそれに気付くことなく黒板に名前を書いて自己紹介していた。
「新谷陸人、と申します。色々と迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
当たり障りの無い挨拶をすると、知恵先生が空いてる席に座るように言うと、近くの空いてる席に座った。
羽入は、ずっとその少年の様子を目で追っていた。
「……う……ゅう……羽入っ!!」
「あうっ!?」
梨花に名前を呼ばれて羽入はビクッと背筋を伸ばした。
気が付くと、空は茜色に染まっており、部活メンバーと一緒に下校していた。
記憶が飛び飛びで左右を見ている羽入は、自分の格好を見て顔を赤くして叫んだ。
「な、何なのですかこの格好はぁっ!?」
あうあうあうと混乱している羽入に沙都子が呆れた様子で告げる。
「今日の部活の罰ゲームでしてよ?それにその衣装は羽入さんが自分で着ましたのでしょう?」
「羽入ちゃん、心ここに在らずって感じだったもんね。覚えてないのかな?かな?」
羽入は水着の上にフリフリのエプロンという姿だ。
体を動かして混乱具合を表す羽入に魅音と圭一が意地の悪い笑みを浮かべた。
「まったく、部活は真剣勝負が前提なのに、浮わついた気持ちとは感心しないねー。それとも、あの転校生がそんなに気になるの~」
「ず~っと新谷の事を見てたもんなぁ。一目惚れって奴かぁ?」
「あうあうあうっ!?」
魅音と圭一の責めに顔を真っ赤にする羽入。
しかし、そこで魅音と圭一がふっ飛んだ。
「あんまりからかい過ぎるのは良くないよ、2人共」
「レ、レナパン……!」
「久し振りだから油断してたよ……」
地面に倒れた圭一と魅音に沙都子と梨花が笑う。
羽入は、ずっと暗くなり始めた空模様を眺めていた。
梨花はかつて昭和五十八年を繰り返していた時のように窓から夜の空を眺めながら、グラスに注いだブドウジュースを飲んでいる。
かつてはこのグラスにアルコールを注いでいたが、今ではそれも止めてしまった。
沙都子は既に寝ており、羽入は正座して梨花の隣に座っている。
「で?アンタにしては珍しいじゃない。あんな風に呆けるなんて。まさか本当にあの新谷って奴に一目惚れした?」
心配の心をからかうような口調で隠して問う梨花に羽入は内心で礼を言いながらポツリポツリと答える。
「そういう、事では無いのです。ただ、あまりにも似すぎているから……」
「似ている?誰に?」
梨花の質問に羽入は答えず、何かを思い返すように瞑る。
「もしそうだとしても、それは今の彼に関係の無いことです。でも、それでも期待してしまって……」
まるで罪を告白するような羽入に梨花は飲み終えたグラスを窓の手摺に置く。
「アンタが何を躊躇ってるのかは知らないけど。確かめたいことがあるなら確かめればいいんじゃないかしら?別に誰に迷惑がかかるわけじゃなし」
「梨花……」
無責任な提案をする梨花に羽入は少しムッとした。
「羽入。アンタはよく私に幸せになって欲しいと言うけど。私も羽入に幸せになって欲しいと思ってるわよ。私は百年。アンタは千年分をね。百年のやり直しを終えてここにいるんだから、それくらい人生を楽しまないと嘘じゃない?」
そう言って微笑む梨花はやけに大人びて見えた。
「それに、羽入がいつまでもそんな調子だと、きっと皆が黙ってないのですよ?にぱ~」
「あう?」
梨花のその言葉の意味を翌日の放課後に知ることとなる。
「新谷陸人!君を我が部の新入部員として歓迎することにした!心の準備はいいかい!」
「へ?」
魅音のビシッと指差し、いきなりな宣告をすると陸人は頭に?を浮かべる。
その様子にレナが苦笑気味に説明を加える。
「えっとね。私達、部活で色々な遊びをしてるの。基本的にはカードやテーブルゲームなんだけどね」
「だが、内容は過酷だぞ。部の勝負は勝つためには全力で、が基本。バレなきゃイカサマも有りな上に、最下位にはキツイ罰ゲーム付きだぜ!」
「オーホッホッ!ただのお遊びだと思ったら後悔しますわよ!」
圭一と沙都子は脅しているのか勧誘しているのか分からない口説き文句だが、言ってる事に嘘はない。
戸惑っている陸人に魅音は部活用に使っているロッカーからあるものを取り出す。
「ま、聞くより見た方が早いかね?今日の罰ゲームは軽めにこれでいこうかねー!」
取り出したのは、オーソドックスなメイド服だった。
「最下位の子にはこれを着て家まで帰って来たもらうよ!いいね!」
「飛ばしてんな、魅音!俺のときだって顔にラクガキくらいで済んだってのに!」
部活メンバーのノリに固まっている陸人。
「みぃ。陸人はぶるぶるにゃーにゃーなのです」
微かに震えている陸人の姿を梨花が指摘するが、それは的外れだっだった。
「巫女服……」
「ん?どうした、陸人?」
「メイド服ではなく巫女服はありませんか?」
「え?いや、何で敬語?そりゃ、持ってくればあるけど……」
雰囲気が変わった陸人に魅音がたじろぐ。
「えっと……もしかして陸人君、巫女服が好きなの?」
「えぇ!それはもう!いい?元々巫女というのは神に使える清らかな女性が身に纏う正装!それを嫌う男が居ようか!いや、無い!」
そこから巫女服に熱い想いを語り始める陸人。
その姿に沙都子が呆れ混じりに呟く。
「……綿流しの奉納演舞で梨花の巫女服姿を見たら大変な事になっていたかもしれませんわね」
「身の危険を感じるのです……って羽入、なんて目をしてるのよアンタは」
どこか懐かしげでありながら死んだ魚のような目をする羽入を肘で小突く。
羽入が我を取り戻す前に陸人が疑問を口にする。
「奉納演舞?綿流し?」
「この村では六月に綿流しというお祭りがあって。それで梨花は祭事を司る古手家として演舞を披露するのですわ」
「その時に当然巫女服を着てるんだよ」
沙都子と圭一が説明すると、陸人は数秒間梨花をジーッと見るとその場に崩れ落ちた。
「なんてタイミングの悪い……見たかったなぁ、本物の巫女さん……うう……」
「いや、泣くほどかい!?」
四つん這いで床を叩く陸人にのリアクションに魅音がツッコミを入れつつ、全員が理解した。
コイツは、
「そこまで巫女服が好きなら、今度持ってきてあげよ。それに、我が部に入れば、部員全員に巫女服を着せられる日が来るかもよー?」
意地の悪い笑みを浮かべる魅音。
陸人の答えは決まっていた。
「やります!やらせてください!!」
その欲望に忠実で真っ直ぐな瞳は、この部活に馴染むのも時間の問題だろうと予感させた。
そしていざ、ゲームを開始しても、新谷陸人は圧倒的に不利である。
何せ使っている部活メンバーはトランプの汚れや傷などでカードが判別出来るのだから、勝ち目など有るわけがない。
しかし、根が真面目なのか、惨敗続きでも腐らず最後のゲームに挑んでいる。既に罰ゲームが確定なのにだ。
現在、トップでジジ抜きを上がった魅音と珍しく次に上がった羽入。沙都子とレナも上がり、今は陸人と梨花と圭一の3人だった。
次揃えたら梨花が上がろうとする番で――――。
「陸、梨花の左端がスペードの6なのですよ」
「え?」
陸人の手札を覗いていた羽入が同じカードを持つ梨花の事を教えた。
取って見ると、そこは確かに陸人が欲しいカードだった。
「羽入。後で覚えておくのですよ、にぱー」
「あうあうあう!僕も初めての部活の時は助けて貰いましたから、その、だから怒らないでほしいのですよ梨花ぁ!」
もう少しで上がれそうだった梨花は可愛らしく警告して羽入が弁明する。
その後は結局陸人が最下位を脱することはなかった。
「あはは……負けちゃった」
メイド服を着て下校している陸人は乾いた笑いで歩く。
「でも、良い線行ってたと思うぜ。もうちょい経験を積めば、すぐに勝てるようになるさ。がんばれよ、陸人!」
「ありがとう、圭一。えぇ!いずれ全員に巫女服を着せるまで、僕は諦めない!」
「その宣言はどうなのかな?かな?」
部活を通じて陸人は皆を下の名前で呼ぶようになっていた。
特に同じ苗字である梨花と羽入が居るので不便という理由もあるが。
「羽入。ありがとう。今日は助けてくれて」
そう言って、羽入の頭を撫でると角に触れた。
するとビクッとして羽入が下がった。
「あ、ごめん。いやだった?」
「そうじゃなくて……この角、変じゃないですか?」
「え?」
「陸人。羽入の角は、アクセサリーじゃなくて本物なのですよ」
梨花がそう言うと一瞬、陸人が大きく目を見開いたが、すぐにまた羽入の頭を撫でた。角も優しく。
「ちょっと驚いたけど。僕は気にしないよ。だって、今日のゲームで、真っ先に助けてくれた羽入が、悪いことするとは思えないからね。大事なのは、そういう中身だよ」
「――――」
その言葉に、部活メンバーは胸を撫で下ろした。
角で羽入を差別するような人でなくて良かったと。
そして羽入は、昔聞いた言葉を思い出していた。
『命の恩人であるあなたが、私に危害を与えるはずはありません。そう考えるのは変でしょうか?』
そう言ってくれた、誰かの言葉を。
「……陸」
「はい?」
「手をつないでも、いいですか?」
陸、というのが愛称だと思っているのか嫌がらずに返事を返す
「はは……こんな格好の僕で良ければ」
躊躇いがちに羽入は陸人と手を繋いだ。
その感触は、昔手を握ってくれた大切な人と同じに思い起こさせた。
ねぇ、陸。
もしも貴方がこの雛見沢に帰って来たのなら。
私は――――僕はもう一度貴方の傍に居ても良いですか?