バレンタイン戦線   作:TAROH

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バレンタインを過ぎました(遅筆)
あと2話か3話で終わると思います。


3話-学校編-

2月14日 11:00――。

”組織”本部、会議室

 

「柳君、作戦の進捗はどうなっているんだね」

「現在の作戦は第2波への対処フェーズに移っています。官房長官どの」

打合せを行っているのは”組織”情報担当指令:柳と時の内閣官房長官:山崎である。

「被害の状況はどうだ」

「政府側からの呼びかけを強化していただいたお陰で、モリナガやメイジ、ろっては本日分の出荷を中止、マースやネスレなどの外資企業にも出荷抑制していただくことに成功しています。経団連や経済同友会にも声をかけてもらったそうで……」

山崎官房長官は鼻を鳴らす。

「フン、毎年の組織活動の費用が嵩んでいるのはわかっている。あまり増え続けると機密費で抑えるのも限度があるからな」

「恐縮です」

お辞儀をする柳指令。

「しかし、インターネット上などでの工作が上手くいっておらず、闇チョコなるものが販売されている模様で、一定数の不正生産は避けられないと見られます。早朝時点で当方でもいくつか現物を確保しています。また、各紙面に怪しげなチョコレートの製法を謳ったり、受け渡しを煽るような記事が散見され、こちらも被害拡大を招いていると考えられます」

「インターネットは規制できるものでもないからな……。防衛省も昨晩から慌ただしく動いていると聞いているよ。それよりも、だ」

突然トーンの変わった官房長官の様子に、気を改める柳。

「うちの娘が先日チョコレートを作っているのを発見してな。その時は没収したんだが、一体どこの馬の骨に渡そうとしていたのか……」

拳を震わせながら話す横山官房長官。

「うちもです! 私も止めたんですが、妻がやらせてやれと喧嘩になりまして。結局、15日に渡すようにということで決着はついたのですが……」

柳も拳を震わせた。

「柳君……」

「横山官房長官……」

 

「ままならないものだな(ですね)」

 

 

 

 

 

 

 

2月14日 12:30――。

第一高校 1年1組

 

カバー対象の高宮スグルは、普段も1人教室で昼食をとっているらしい。

なので、僕も校内の購買でパンを適当に調達してきた。

苦手な食べ物は無し。問題ない。

 

教室の中を見渡しても、さほどバレンタインデーで盛り上がっている様子はない。

朝の荷物検査で発見したチョコレートは全て回収済と隊長から連絡があった。

例年続いている流れだ。

僕は今回が初任務だが、他のクラスに潜入したメンバーからもそんなに心配しなくても大丈夫、と言われている。

そもそもチョコレートを受け渡す意味って何なんだろうか。

いつ渡したって良いものを、あえてこの日に渡す意図はなんだろうか。

当然ながら僕もチョコレートは貰ったことが無いし、その必要もないと思う。

法律まで作られて、そんな中でもチョコレートを作るのは余程のもの好きか何かだと思う。

 

「た、高宮くん……」

いつの間にか、机の前に人影があった。

顔を上げる。

クラスメートの情報は予め入手している。彼女は文芸部の中川さんだ。

過去の調査で高宮スグルは90日間クラスメートに話しかけられていないはず。なぜこんなタイミングで……。

「ど、どどどどうしたの、中川さん」

「ひゃあ」

僕のガタイの大きさに驚いたのか、小さな悲鳴を上げる。

「あ、あのね。今日の放課後って時間ある?」

「あるけど……どうかしたの?」

答えると、中川さんは後ろを向いた。何だろうか。

「そ、それじゃあ少し手伝ってもらいたいことがあって……ダメかな?」

「い、いいよ。教室に居ればいい?」

「うん」

 

そう言うと、中川さんは一目散に教室から出て行った。

何故僕に手伝いを頼んだのだろうか……。謎だ。

これは報告するべきだろうか。しかし、手伝いをするというだけなら。

なぜか教室内の視線を浴びながら、僕は報告すべきかどうかについて悩んでいた。

 

 

 

第一高校 社会科準備室

昼休み。

端末で組織の人間からの連絡が入っていないか確認していると授業を終えた教師たちが帰ってきた。

さすがに他の教師の前で端末を確認するわけにはいかない。

素早く端末の電源を切り、机の引き出しにしまう。

「おや、新見先生。この時間にいらっしゃるのは珍しいですね。午後は授業ありませんでしたよね?」

「授業はないんですが、次回授業のための資料を作ってまして……」

「新見先生は熱心な方ですな」

「ハハハ、恐縮です」

 

勿論嘘である。

チョコレートを生徒に返さなければならないし、他の隊員たちのフォロ―も考えると現場から外れるわけにはいかない。

組織で回収されたチョコレートは、安全なものにすり替えられたうえで包装も元通りにされて返ってきた。

チョコレートに体の一部を入れるのは勘弁してほしい。本当に。

 

「そういえば新見先生、朝の荷物検査はお疲れさまでしたね」

「あ、ありがとうございます。風紀委員の生徒たちがしっかりやってくれましたので」

教科主任が突然話しかけてくる。

「今日は沢山出てきたでしょう?」

「そ、そうですね。校則違反の品が沢山。ハハ」

「チョコレート、ですよ」

人が折角そのキーワードが出ないように頑張っていたのに困ったヤツだ。誘発されて影響される生徒が出てきたらどうするんだ。

「えー。もしかして新見先生、チョコレート貰っちゃったりしたんですか~~?」

「いえいえ、そんなことはないですよ。原田先生」

俺と同じ時期に赴任してきた同僚教師の原田。生徒からも人気の高い女性教師だ。

「それこそ原田先生は人気ですから、貰ったりしたんじゃないですか?」

「ヤダー、照れちゃいます。でも、貰ってないですよ」

安心する。ちゃんとチョコレートは回収できているようだ。

 

準備室のドアが叩かれる。

「失礼します。新見先生、いらっしゃいますか」

「山崎さん。どうしたの?」

風紀副委員長の山崎絵梨奈だった。

「朝の件で来ました。没収したチョコレートを返す時、私も一緒にいていいですか?」

「いいけど、何かあった?」

「風紀委員として没収したので、責任をもって返すべきだと思いまして」

「わかった。じゃあ帰りのHRが終わったら準備室に来なさい」

「わかりました」

 

失礼します、と絵梨奈は去っていった。

「彼女、優秀ですよね~」

原田が言う。

「進路指導も終わってしまっているので、最早自由登校のはずなのですが、風紀委員の活動もしっかりこなしているようですし」

教科主任も言う。

「「で、どうなんですか?」」

どうとは。

「山崎さんからチョコ、貰ったりしたんですか?」

「何を仰ってるんですか?教師として生徒の見本になってくださいよ皆さん。あり得ませんよ」

 

「冗談ですよ。うちは昨日妻から貰いました」

「教科主任の奥さん、料理美味しいって話でしたよね。さぞ凄いチョコレートなんでしょう」

「ええまあ、例年頂いてますが嬉しいですね」

「いいなぁ~~~」

 

早く授業いけ。

 

 

 

2月14日 16:00――。

チャイムが鳴った。

今日の授業は全て終わって、放課後になった。

他の社会科担当の教師たちは既に退勤している。

いずれも予定があり、今日は早めに帰ることは事前に確認済みだ。担任をやっているクラスもないし。

「HS1から各員。第2段階へ移行する。校舎内および校庭を巡回し、警戒せよ」

クラスに潜入している隊員たちから応答はない。大っぴらに返答すると、他の生徒たちから怪しまれるからな。

恐らく次に発生しうるのは、放課後にどこかに呼び出してのチョコレート受け渡しだ。

既に回収したチョコレートは無害化されているが、それ以外に隠し持っていた場合は事態の収拾にあたらなければならない。

「なお先に端末で共有した対象生徒については無害化済のため、警戒対象外として構わない」

さて、俺も教師の仕事をしますかね。

 

「新見先生、山崎です」

「どうぞ。開いてるよ」

「失礼します」

風紀副委員長の山崎絵梨奈だ。

「もう誰か来ましたか?」

「まだ誰も来ていないよ。HRが長引いているのかもしれないね」

「そうですか」

 

沈黙。

「そういえば山崎さんはもう自由登校だよね」

「はい。受験は終わりましたし。共通入試は一応受けましたけど、もう無いです」

「そうか。受験生じゃないとはいえ、風紀委員活動を続けてくれててありがとう」

「いえ、選ばれた以上はしっかり取り組みたいですし。それに」

真面目だ。彼女のクラスの社会科は自分の担当だが、その時から変わらず真面目である。

 

ノックが聞こえた。

「失礼します。新見先生に用事があって……。山崎先輩もいたんですね」

社会科準備室にぞろぞろと生徒たちが入ってきた。

チョコレートを回収された生徒たちだ。

1年生が比較的多い。まだ学校のルールに疎かったのか、それとも上級生が巧妙なのか。

「私が皆さんのチョコレートを没収しましたから。ちゃんとお返しします」

絵梨奈が説明している間に、冷蔵庫からチョコレートの箱を取り出して机に広げる。

「自分のものがどれかはわかると思いますが、念のためこちらで控えている名前で呼んだ順に持って行ってください」

はーい、と十人十色な声色で返事をし、順番にチョコレートを持っていく生徒たち。

 

気が付くと回収した全てのチョコレートは無くなって……いない。

机の上には1つだけかわいらしいラッピングがされた箱が残っている。

 

「まだ誰か取りに来ていない生徒がいるみたいだな」

暖房が効いているこの部屋で置いていては溶けてしまうかもしれない。

そう思った俺は、箱を冷蔵庫に仕舞おうとした。

「待ってください、新見先生」

「どうかしたかな、山崎さん」

 

 

 

 

 

「HS1から各員。第2段階へ移行する。校舎内および校庭を巡回し、警戒せよ」

隊長から指令があったその時、丁度HRが終わった。

他の生徒たちがガタガタと席を立ち、教室を出ていく。

戒厳令が出ていることもあり、部活動は自粛となっている。早々に帰宅するのだろう。

学校の教師たちは街中を巡回する、ということで生徒たちを脅かしていた。

組織の一員である僕は、当然その巡回がプラフであることを知っている。戒厳令は当然教師たちも含まれるからだ。

 

担任から色々な配布物があったためとりあえず回収しておく。

学年だより、卒業式の準備、忙しいことだ。

カバー対象の高宮スグルは明日は普通通り登校するはずなので、机に仕舞っておけばよいだろう。

「中川さんは一体何の手伝いをしてほしいんだろうか」

 

社会科準備室に用事があるということで、中川さんは一時的に席を外している。

言ってくれれば先に作業を始めておこうと思ったが、戻ってきてから話すとのことで待ちぼうけだ。

「結局隊長には連絡できなかったな」

中川さんの手伝いをすることになった、という話をHS1―新見先生に伝えようと思ったのだが、対応中なのか連絡がつかなかった。

ブリーフィングで不慮の身分バレを避けるために双方向通信は難しい場合がある、ということだったため、特に違和感はなかった。

緊急事態なら無声のサイレンが鳴るからな。

 

「高宮、まだ帰らないのか?」

「はい、中川さんの手伝いを頼まれているので、待ってます」

担任から声を掛けられた。いつの間にか教室は僕と担任だけになっていた。

「教室の戸締りを頼んでいいか」

「はい。鍵は職員室に戻しておきます」

頼んだぞ、という担任に返事をして、教室を出ていく。

「あんまり遅くまで残らないで帰るんだぞ。今日は2月14日だからな」

 

 

「た、高宮くん」

しばらく待っていると、中川さんが教室に戻ってきた。

手には小さな箱を持っている。朝の荷物検査で回収されたチョコレートだ。

午前中の隊長からの連絡で、既に安全性が確保されたものになっているという話だ。

 

「おかえり中川さん。用事は大丈夫だった?」

「うん。待たせちゃってごめんね」

そう言って近づいてくる中川さん。

「それで、僕は何を手伝えばいいの?」

「ごめんね、高宮くん。手伝いをお願いしたい、っていうのは、その、嘘なの」

「嘘?」

彼女の目的は何だ。嵌められたか?もしかして組織の――。

「これ! 高宮くんに!」

懐にしまってあるガスを取り出す前に、彼女が僕に差し出したのはチョコレートだった。

「ぼ、僕に?」

彼女は、中川香織は頷いた。

「高宮くん、体育祭の時にどんくさい私と二人三脚の練習に付き合ってくれたし、文化祭の実行委員もたまたま休んでて選ばれちゃったのに、一緒に委員になった時に手伝ってくれた……。だから――」

作戦前に配られた資料で”高宮スグル”の情報は頭に入っている。

いつも一人で活動している。友人は居ない。昼休みも一人。

体育祭があると分かった時に愚痴を言いながらも参加。余り物競技だった二人三脚の選手に選ばれて何とか完走。

文化祭実行委員もやったことは知っている。資料の上では。

 

「ごめん、中川さん」

僕は懐からボールペンを取り出す。

作戦開始時に支給された、麻酔針を射出するダミー装備だ。

射出した麻酔針は襟から除く彼女の首筋に刺さる。

崩れ落ちる彼女を支え、椅子に座らせる。

 

この麻酔針を打たれたことは無いが、蚊が刺すような感触らしい。

即効性で、打たれる直前の記憶を忘れさせることが出来るという、組織の研究所謹製の武器だ。

 

「HS2、これから校庭の哨戒作業に入ります」

僕は、鞄を持って教室を後にした。

どこか、モヤモヤした気持ちを抱えたままで。




学校編がこんなに長くなるなんて想定してなかったんだ・・・。
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