ローンとの日常   作:澱粉麺

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ローンと趣味のおはなし

 

 

 

開発艦。新しき技術の粋を極めたそれに、初め酷く驚嘆したものだ。

そしてまた恐怖した。0から生命を、全てを作り出してしまうという事。それは最早、禁忌の域では無いかと。艦船としての歴史をすら無視した、新たな創造。キューブによるリュウコツ製造すら超えるようなそれは、果たして神に許されるものなのかと。

 

私は決して信心深くは無い。それでも思わず、神への叛逆などという言葉が脳裏をよぎる程怯えた。

 

 

 

なのに次の瞬間にはその怯えは拭い去られていた。

 

君を見てしまった。

瞬間に、全てがどうでもよくなった。

 

蝶が花蜜に誘われるように。

否。愚かな蛾が、炎にその身を焦がすように…

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

「趣味、ですか?」

 

 

何を急に、という思いを隠そうともせず、質問を繰り返す女性。ブロンドに赤色が混じったその髪色は、彼女自身の心の内を表しているかのようだ。

 

ローン。それが、彼女のKAN-SENとしての名前。優しい笑顔を浮かべる少女の手には、本分の名残りの如く仰々しい鉄の爪が付いている。

 

私は彼女に、怪訝を敢えて無視して、もう一度聞く。それを分かってか分からずか、ローンがくすりと悪戯げに微笑んだ。

そうしてから顎に手を当て、物思いにふける。

 

暫くの後の答えは、こういったものだった。

 

 

 

「そうですね…放生、なんてどうでしょう?」

 

 

 

放生。捕らえた生き物を逃す事。何を逃すというのだろう。何を捕らえた上で放つのだろうか。そもそも、どういった趣味だ。そういった類の質問は出て来ず、それよりもまず、ある言葉が気になった。

 

『どうでしょう』なんて、こちらを気にしたような態度を見せたのはなんだろう?という至極シンプルな疑問。疑問をそのまま、声に出す。

 

 

「…ええ。こう言ったら、指揮官が気に入るかも。

なんて思ったんです。ふふ」

 

 

その気持ちは、とても嬉しかった。

だが私は、彼女について、包み隠さぬ事を知りたい。

だからそういった気遣いは要らない。

 

そういった内容の事を言うと、ローンは少し嬉しそうに微笑んだ後、急にため息をついた。

 

言うには、こういう事だ。

 

 

「実は私、シュミと呼べるものが無いんです。…艦としての歴史すらも無い私は、案外空っぽな存在のかもしれませんね〜」

 

 

にこりと、事もなげに、いつも通りに答える。

が、その顔になにか悲しみのようなものを感じた気がした。それは私の身勝手な、彼女を理解できたという傲慢か。

 

どうであろうとも、少なくとも。彼女が空っぽである事などあり得ない。そう、確信していた。

 

 

 

………

 

 

 

「君が空っぽな訳が無い。私がそれを保証する」

 

 

指揮官がこちらの眼を見てそう言う。

その目には全く持って欺瞞も揺らぎもありませんでした。不思議と、彼に言われると、安心して心が落ち着きます。

 

他の、開発艦の子達とも違う、私の存在はただ生きているだけの虚しい存在であるのかもしれない。そう思えてしまう日々の中、そんな慰めと『ある行為』だけが私を満たしてくれている。

 

 

…ああ、そうだ。その『行為』。

これはシュミとは違うのですけど。

 

 

私は、出撃して戦う事が好きだ。

 

血煙を撒き散らし、微塵にする事が好きだ。

傷をつけられ、怒りのまま動く事が好きだ。

戦争戦斗を、指揮官の指示のままに暴れる事が大好きだ。

引き裂く瞬間を、引き裂かれる瞬間が。

 

それは、兵器として生まれた私の本分。

完膚なきまでに敵を殺し尽くす、私の本性。

艦の存在に担保されている行動は私を満たしてくれる。

だからとても嬉しいし、楽しい…のだと思います。

 

指揮官は包み隠さずに言ってほしいと言いました。だからシュミとは違うけれど、楽しい事の一例として、それを今、改めて伝える。

 

きっと私は恍惚とした顔をしていたのでしょう。

思い浮かべて、つい興奮してしまったから。

指揮官も、少し困った顔をしていたから。

 

 

 

「そうだな…

ローン。君は、どうしてそれが好きなんだい」

 

 

困った顔のままそう問われる。それは、KANSENとして、兵器として生まれた意味を果たしているから。自分の存在意義を全うしているから。

 

…う〜ん、違いますね。

きっと指揮官が聞いているのは、もっともっと奥ばった事。奥ばっていて、それでいて、もっとシンプルな事。どうして好きなのか。

 

蹂躙の様は楽しい。楽しいから好き。

では何で楽しいんだろう。何かを壊せるから。

 

…違う。どうしても、心の中を言葉に出来ない。

鏡映しのように。私たちの姿を表す敵。

皆、可憐な少女の見た目をしたセイレーン達。

それを打ち壊す瞬間。ただの塵にする気分。

 

美しいものを壊す瞬間。

綺麗なものが無惨に踏み潰される瞬間。

思うと、身の毛がよだつように愉悦が沸る。

 

 

ああ、やっぱり、美しいものほど。

めちゃくちゃにしたくなりますよね。

 

綺麗な言葉には出来ないけれど、そう答える。

指揮官ならきっと分かってくれるから。

 

そうして、彼の顔を見ると、ただ何を答えるでもなく、私をじっと見つめていました。何かを伝える為というよりも、何かを耐えきれなくなったように、ただじーっと。

 

 

「同感するよ、ローン」

 

 

美しいほど、綺麗なほど、ぐちゃぐちゃに。めちゃくちゃにしてしまいたくなる。ああ、やっぱり指揮官も。貴方も同意してくれるんですね。期待していた通りの現状は、期待していたよりももっと多くの多幸感を与えてくれた。

 

 

でも、指揮官は更に続けました。

私の眼を見て、ゆっくりと。

 

 

 

「ローン」

「君は、美しいな」

 

 

 

一瞬、時間が止まった。

瞬間。身体に絶頂が走った。

神経にぞくぞくと快楽が巡る。

 

その言葉の意味がわからない訳は無い。

その意図の無いまま放たれた訳が無い。

私を見て、それを言ってくれた。

私と話し、そう感じてくれた。

 

 

ああ、ああ。指揮官。

もう一つ、ありました。

私がどうしようもなく満たされる瞬間。

 

貴方と喋る時。

貴方と繋がる時。

貴方が他の娘と喋っている時。

貴方が、貴方を、貴方に。

 

私が満たされる時。貴方が関わっている全て。話している充足感。繋がっている快感。他の女と話している燃える様な嫉妬。私を見初めてくれた歓喜。私に愛を注がれる優越。憎悪と愛。貴方と共にいる感情はこの、殺戮の為だけに生まれた私の空っぽを、いつだっていっぱいに満たしてくれる。

 

貴方は、私と同じ。

私は、貴方と同じ。

その目を見るだけで私たちは通じあえます。

眼の中のその光は、ぞくぞくするようなもの。

そしてその光はきっと、私の眼の中にもある。

それだけで、何にも変え難い悦びを感じる。

 

ああ、なんて…なんて、幸せなんでしょう。

例え、シュミを満悦する私が居たとして、それでもここまでの幸せは、その『私』には無い。そう確信できる程の幸福。

 

抱きしめてしまいたい。

愛のままに抱きとめて。憎しみのままに潰したい。

その思いを見抜いたように、指揮官が席を立つ。

そして、こちらに手を開いた。

 

 

ぎゅっと、ハグをしました。それは嬉しいけど、辛くて堪らない時間でもありました。

 

ああ…絶対に、絶対に潰してはいけない。

私の目の前にある、一番の、美しいモノ…

 

私はきっとこの為なら、何でも出来るでしょう。

薬指に光る鈍色の輪が、血錆と共に光を反射した。

 

 

 

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