ローンとの日常   作:澱粉麺

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いつにも増して独自解釈が多めです。
ご注意ください。




ローンとなれそめのおはなし

 

 

初めて貴方に出逢った時。

とても優しい人だと思いました。

 

誰にでも笑顔を振り撒き、柔和に穏和に微笑んで、優しい声をかける。人当たりの良さそうな風体で、実際にも良い。

 

とてもいい指揮官だと思いました。

母港の生活はとても和やかで、皆優しく、笑顔に満ちている。これを作り出すには、善性が無ければ到底出来ないでしょう。この平和を作り出す事に、どれ程の苦労がいったのでしょう。

 

素晴らしい母港。

素晴らしい指揮官。

 

 

 

心の奥で、ああ、つまらないと。

そう嘆息をする自分に蓋をして。

 

とても優しい人だと、思いました。

とても、退屈な人だと思いました。

そして、そんな事を思う私は、おかしいのかとも。

 

寮舎で佇む姿を薄ぼんやりと心配してくれる様子を見て、平和なこの空間もまた、間違いなく好きであるのだと確信しながら。燻る何かを感じながら。ただ、日々を過ごしていた。

 

 

『出撃…ですか?』

 

 

訓練と遠征にいよいよ辟易し始めた頃。海域への出撃が司令官より命じられた。と言っても、まだ慣らしの為の実地演習に近しいようなものだった。

開発艦は、艦としての経験も記録も記憶も存在しない存在だ。そうでなくとも、このKANSENとしての身体での戦い方を理屈のみでなく、肉体に覚えさせるべき。

 

 

そんな、初めての出撃は。

 

 

 

『私を…舐めるなッ!』

 

 

『邪魔者の分際でぇッ!』

 

 

 

気付けば、随伴していた筈の仲間が、私を遠巻きに見つめていた。表情に恐怖を隠すつもりは無く、そしてその顔達は皆赤かった。

 

その赤は私の目に掛かった敵の返り血由来のものだという事に気付くのは、すぐその後だった。

 

初めての出撃は、大成功だった。

仇なす存在を挽肉に変え、鉄火の硝煙を浴びて戦うその戦いでは、私がMVPとなった。

 

そして一方。様子を見ていた指揮官から、少し嗜虐的すぎるのではないか、という問いが飛んできた。

 

それは、今思うと、恐怖からの指摘では無く、むしろ私への優しさのようなものだったのだと思う。

私についてを、個々人についてを理解しようと云う優しさ。

 

 

ただその時の私はそうは思えなくて。

 

 

嗜虐的すぎる?

それの何が問題だと言うのか。

私が殺したのは敵だ。

殺せと命じたのは貴方でしょう。

そんな指摘をして、自分だけ善人ぶるつもりですか。『私はあそこまで残酷に殺せと言った訳では無い』と、知らんぷりをするつもりか。

 

 

そう、心が煮えたぎって居ました。戦闘の直後だったという事も相俟って、まだ身体も心も、何かを壊したくてたまらなかったんです。

 

 

 

『私たちの使命は戦場で殺し合うことですよね。……その殺し合いにちょっとだけ溺れていても普通だと思いませんか?』

 

 

質問というよりは一種の脅嚇のように指揮官に問いた事を、今でも覚えています。

…これでも本当に、反省しているんですよ。

 

ただ一つ言い訳をするならば、あの時は怖くて仕方が無かったんです。この平和な母港が好きだった筈の私が、一瞬なりとも消えてしまったような感覚。周囲の恐怖を孕んだ視線。それすら快感に感じてしまった自分に。

 

だから、もし指揮官がこの恫嚇に怯えて、そのような目を此方に向けるようなら。それならそれでとても良かった。いっそ、ここで捻り潰し、全てを敵に回す事すら楽しいのではないかとも考えました。

 

 

なのに、指揮官は。

ただ私を見て微笑んでいましたね。

 

 

それに当時の私はすっかり毒気を抜かれてしまって。急に、焦るような気持ちすら出てきたんです。ああ、指揮官に対して何を、なんて。

 

 

ただ何を咎めるでも無く、話を一つ一つ聞いて、報告を聞いて、そのまま私を返した指揮官。

 

 

「偽る理由は何もないよ」

 

 

ただ、それだけを語り掛けてくれたのを覚えています。

 

次の日には、怯えた目をしてこちらを見ていた娘達もまたこれまでのような態度に戻っていました。曰く、『指揮官が貴女は優しい子だ』と言っていたと。

 

 

初めて指揮官の、貴方という人間に興味を持った時はこの時でした。

 

現金なように聞こえますか?

ふふっ、そうかもしれません。

ただどちらかと言うと、私が興味を持ったのは、私を受け入れてくれた時のあの顔です。

 

底抜けに優しく、甘いだけならば私がこうまで惹かれる事は無かったのだと思います。何かを、あの表情に感じ取った。

何かを感じ取りながらも。それでも私を受け入れてくれているという事を嬉しく思いました。

 

そしてまた、貴方に惹かれました。

何かを隠し、それでも接する指揮官。

ならば私もそれを参考にすればきっと、そういう風に、心に居るこのもう一つの私を隠したままでいられるのではと。

 

平和を愛する私だけを残して、この殺戮に快楽を得る私を無くしてしまう事ができるのではないかと。

そして、そうなれば貴方のような優しい指揮官に相応しい存在になれるのでは無いかと…

 

 

ある日の事。

私は恋に落ちました。

 

 

それは、先へ、先へと海域へと歩を進めて行っていた日の事。いつものように私達は出撃し、戦っていました。

 

 

『艦砲の砲火で敵を切り裂いて、木っ端微塵に壊す感触…たまりませんわぁ…

指揮官も分かるでしょう?』

 

 

通信で指揮官と話している時だけは、闘いの最中であろうと心が休まる気がしていた。

…きっともうこの時点で、貴方にどうしようもなく惹かれていたのでしょう。それでも、自覚はしていなかった。

 

 

そして、そんな油断が有ったからか。

私はこの日初めて大敗をした。

最後まで戦って、砲が壊れても、闘い続けたけれど、勝てないものは勝てなかった。

 

初めて、無様な姿を指揮官に見せる事になった。

 

私はただただ、貴方にこんな姿を見られたくないと思った。こんな、闘いの中で死ぬ事が出来なかった私の情けない姿を。まだ敵を殺せるというのに戻ってしまった私を。

 

 

 

指揮官は、笑って居なかった。

目を見開いて、歯を砕けんばかりに噛み締め、掌は握りしめるあまりに爪が砕けていた。

 

許せない。海域の踏破を妨げた者どもを。彼女らを傷つけた者どもを。彼女を傷つけた者を。

そう、語るような怒髪。

 

 

その姿を見て私は、心が貴方に囚われてしまった。

 

 

ああ、成る程。

私は全部、全部理解していなかったのだ。

 

あの顔に惹かれた理由は、それはまたこの狂気と共に正気を持つその比率が美しかったから。

 

 

私が初めに貴方に惹かれた理由は、取り繕えるという前例があるからでは無く、内に私と同じモノがあったから。

 

そして、あの指揮官の言葉。

偽る必要など無いという言葉。

あれがようやくわかった。

私のこの破壊の衝動は消すべきものではない。貴方と同じように持っていて良いものなんだ。

 

 

指揮官は平和が好きな私も。

全てをぐちゃぐちゃにする事が好きな私も。

ひっくるめ、私を受け入れてくれたのだ。

 

私はこのままでいいんだ。

私は何かを無くす必要も無い。

 

ただ私の存在を、指揮官という、愛しい存在だけが担保してくれる。私が私であるアイデンティティそのものを愛してくれる。

 

 

そしてまた。

私の為に憤っている指揮官。

 

その顔の、ああ、なんと美しい事か。

私の中で、赤いナニカが弾けた。

 

 

 

 

「…ああ、指揮官。きれいです…」

 

 

 

夕焼け空を映す海も。

輝きを放つ宝石も。

血濡れた臓物も。

恐怖に塗れた断末魔の顔も。

これまで美しく思った、何よりも…

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「……ーン。ローン?」

 

 

 

はと、意識を取り戻す。

眼前には、いやに近い場所に指揮官の顔があった。

 

寝床に指揮官が?

それならば幾らでも…

 

いや、どうやら私は指揮室でうたた寝をしてしまっていたようだ。そうだ。私は秘書艦として指揮官の手伝いをしていたのに。

 

ひどい失態だ。

そして、無防備な寝顔を見せたという事実が、私の頬を熱くさせてしまう。

 

 

 

「…すみません、指揮官」

 

 

「なに、以降気をつけてくれればいいよ。

にしても珍しいな、君がうたた寝なんて」

 

 

「もう。

私にだって、したくなる日だってあります」

 

 

「はは、そうだね。特に今日はいい天気だ」

 

 

 

そう笑う姿を見る。

本当に、幾ら見ていても飽きない。

平凡な日常でも、貴方が居てくれれば私は…

 

 

「…痛っ…?」

 

 

首筋にちくりとした痛みを感じる。

触ると、ほんの少し流血をしていた。虫に刺されたような傷でも無い。怪我をした訳は無い。傷は全て覚えている。

 

ならば、寝ている間に誰かがやったという事。

そして、寝ている間の私の近くにいた者は一人…

 

ふと、私を起こした指揮官の顔がヤケに近かったことを改めて思い出した。

 

目が合う。私が微笑むと、指揮官はバツが悪そうに微笑み返した。

そして、言った。

 

 

「内密にな」

 

そう悪戯っぽく言った。

その眼には、我慢し切れなかった凶暴性があった。

 

私は、何を考えていたのだろう。

『平凡な日常』?

この人がいる限り、そんな物がある訳が無いのだ。歓喜に打ち震える。

 

 

「……ええ。私たちだけの秘密です」

 

 

ああ、この場で貴方に飛び付いてしまいたい。

互いに貪るように、食い散らかすように。

 

でも今は我慢だ。貴方が受け入れてくれた、どちらの私も大切にしたいから。

 

ああ、でも。

しかし。

 

 

 

「…指揮官。愛していますよ?」

 

 

 

それを言ったのは、平和的な私か。

それとも、獰猛な私か。

 

指揮官。

確かめてみませんか?

 

 

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