u兵装。それは、通常の艤装と異なり、音を使い、音楽を奏で…いわゆる『アイドル活動』をする事により戦う。そんな風変わりな装備だ。
…最初に聞いた時は正直、何の冗談かと思った。
が、1回目のu兵装実地テストは、想像を遥かに上回る高揚効果と戦果とファンを得た。
それに気を良くした我らは第二回のu兵装の作成を行い、再び一部の娘にアイドル活動を行わせる事となった。
二回目ともなれば困惑にも慣れる。
あまりにも手探りの状態だった前回と違い、結果について心配する必要も無い。
私が出来る事は彼女らを信じるのみ。
と、いう口実で、普通に思いっ切りライブを楽しんでしまった。
皆過酷な練習を重ねたのだろう、全てのグループも、それぞれ参加した娘たちも、全てが等しく魅力的で熱狂的だった。
…
……
コンサート一日目が終わり。
祭りの後。
後夜祭も終わり、翌日以降の祭りに備えるべくの静かな夜が母港に広がる中で、執務室の明かりだけが明るくついていた。
ただ一人、私は椅子に座る。
扉の鍵は開けたままだ。
まるで遠足の前の小学生のように落ち着かなく、そわそわと待ち人が来るまでを耐える。
三回のノックが扉を鳴らす。
その音にびくりと震えながら、身だしなみと体裁を取り繕う。どうせすぐにバレてしまうだろうが、それでも。
入ってくれ、の声に喰い気味に扉が開いた。
そこにはほんの数時間前まで舞台の上に居た少女が居た。u兵装のみを外し、アイドルの服装だけをそのままに立つ彼女。
彼女の名前は、ローン。
開発艦の一人であり、今回のライブに、デュオグループ【Verheerender】の一人として参加したKANSENだ。
この空間は互いに示し合わした訳では無い。ただ、私は彼女に逢いたいと思い執務室を開け、ローンはそこに来たというだけだ。
「あまり夜更かしはしちゃダメですよ?指揮官」
そう妖艶に笑う姿から目を離せないままに、生返事を返す。君こそ、とかの、ひどく当たり障りの無い返答だったと思う。
呆けている私をどう思ったか、ローンが私の顔の前にずずいと顔を寄せた。その光景が私を正気付かせる。
「どうでしたか?今日のライブは」
顔をその位置のままにそう問いかけてくる。
きっと、適当な事を言えば怒らせてしまうだろう。嘘やお為ごかしはせずに、素直に思った事を言う。
最高だった。皆、最高にかっこよく、かわいかった。素晴らしかったと。
その返答を聞いて、彼女はほんの少し不服そうな顔をした。
「…ふふっ、指揮官ならそう言うだろうと思っていました。ですが、欲を言うなら『単推し』してほしかったですね」
思いもよらない言葉が出てきて、つい吹き出してしまう。随分とらしくない言葉だ。
どこでそんな言葉を覚えたんだ?聴くと、何処からでしょうとはぐらかされてしまう。恥ずかしがる事も無いだろうに。
「やはり、私だけを見る…
と言う事は難しいですか?」
閑話休題。
やはりと言うべきか、彼女自身は、彼女だけを見て欲しいと思っていたようだ。しかし私が皆全てを平等に素晴らしく思った事は事実だし、皆に目を奪われた事もまた事実。そこに嘘をつく事は、より一層の不義理になってしまう。
そういった意味の事を伝えてから。
許せない、か?と聞いてみる。
「いいえ。
今は案外そういう気持ちにはなりません」
すると、意外な答えが返ってくる。
嘘や冗談では無い事はその表情でわかる。
手を取り目配せをし、話すように促した。
次第に、ゆっくりと語りだす。
「思いの外…いいえ、とても楽しかったんです。アイドルとしてステージの上で歌って、酔わせて、熱狂させる。ステージで輝く事が」
「気持ちを昂らせたい時は『壊す』のが一番だと思っていました。でも…うふふ、こう云った事も、とても良いものですね」
そう語るローンの眼は、いつものように、爬虫類の眼孔のように細く爛々と光っている。だがいつもとはまた少し違うシンプルな喜びもまた、その眼に宿っている。
本当に、楽しかったのだと。その光が語る。
「それに。指揮官は私の為に時間を作ってくれていますから。練習の差し入れも、ライブを見に来てくれている時も、今も」
誤解がある。わざわざ時間を作っているのではなく、私がただ、個人的に君に逢いたかっただけだ…そう言い繕う暇は無かった。
と、言うよりも。
私の口をその指で封をされたのだ。
人差し指で、ぴとりと。
「そういう事は、言わなくていいんです」と。
そしてまた、ローンが言う。
「きっと、そうですね。
ライブでも、今も。アイドルとしての私が指揮官の時間を…命を使い潰している。そういう気分だからでしょうか」
彼女は空を見つめるようにして、そう呟く。
その言葉を聞いてつい笑ってしまった。
敢えて物騒な言葉にする事もないだろう、と、その笑いのままに言う。
『私の為に時間を作ってくれて嬉しい』
『逢いに来てくれて嬉しい』などでもいいではないか、と。
すると、ローンは怪訝そうに眉根を顰める。
物騒な…?
と、キョトンときた顔をしている。
なるほど、敢えて怖い言葉にした…という事では無く、それが素であったのだろう。苦笑が首をもたげる。
ああ、いや。きっと違うのだ。
彼女は、開発艦たちはひどく無垢だ。
その肢体に、KANSENの実力に、あまりにも不釣り合いなくらいに。
だから彼女達のこの感情は、本心にとても近しく、そのままであるのに。私は無意識にそれを偽り、詭弁を弄する事を教えてしまった。
嗚呼。貴様に彼女の感情と言葉を否定する権利があるのか。何を笑っているのだ。
己を罰するようにそう思う。
だがそんな思いは、ローンのたった一言に払われた。
「でも、そうですね…
『逢いに来てくれて嬉しい』…
その言葉も、とっても素敵ですね」
ローンが、笑ってそう言ったのだ。その笑みはいつものような妖艶な笑みではなかった。慈しむような笑みでも。
子供のように、無邪気に笑っていた。
私はその姿に目を奪われる。
見た事の無い、新たな彼女。
殺戮の愉悦でも、慈悲の寛雅でもない。
無垢が前面に出たような姿。
その姿に、すっかり見惚れた。
好きだ。
そんな言葉が、漏れ出てしまったのだろう。
呆れた顔が此方を向いていた。
「…指揮官。今の私はアイドルですよ〜?そんな言葉を言ってしまってもいいんですか?」
構わない。
それでも、気持ちを抑えきれない。
「…あらあら」
そう、困惑する姿。顔を赤らめ、どうしようかと悩むような姿。照れる姿。
今まで、見た事の無いような姿。
また新たな君だ。
ある一つの側面をわかったと思えば、また別の君が姿を表す。
それがわかったと思えば、また別の君が。
ローンという存在が、わからない。
だからこそ、君を知る度に好きになっていく。君について知るにつれて、君がわからなくなる。わからなくなるにつれて、様々な君を、全ての君を好きになっていく。
君の事が理解できない。
私たちは同じ存在などでは到底無い。だからこそ、知り合い、触れ合う事をこうまで嬉しく思えるのだ。
今日もきっと、君を好きになる。
明日も、今日よりずっと。
「……ふふ」
ぎゅっと、抱擁をされる。ぎちぎちと音がしそうなくらい、強烈な抱擁。痛みすら感じるそれに抱きしめ返す。
「本当に、本当に…
指揮官は美しいですね…」
うっとりと此方を眺める眼は、昏い悦びに塗れている。力が増していく。骨格が軋むようだった。息が出来なくなる。
この抱擁こそ、先の返答だ。
アイドルが、ファンを裏切る訳にもいかないんじゃないのか?なけなしの理性が、そんな思っても無い言葉を発する。
するとローンはまた、にっこりと笑みを浮かべた。その笑みは、いつものように獰猛でありながら、いたずらっ子のようでもあった。
「…う〜ん。さっき、少し考え直して見たんですが。
「だから、指揮官?
今、この夜に、貴方しか見ていない私は…」
ただの、ローンです。
その一言を最後に、理性は暗転した。
…
……
「『美しいのに、壊すのが勿体ないもの』…
ライブがこんなに素晴らしいものだったなんて初めて知りました」
「…私、もっとステージの上で輝いて指揮官の時間を奪っちゃいたい……」
「尽きるまで、です♪フフフ…」