ローンとの日常   作:澱粉麺

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ローンとセイレーン作戦のおはなし

 

 

 

 

セイレーン作戦の発布。

それが意味する所は、非常に大きい。

 

人類初の攻勢であり、また彼女らに弓を引くという事実は、言葉だけでは到底言い表せない高揚がある。

足元にすら及ばなかった牙が、今や喉元に届くかもしれない。それは、もはや残り少ない人類を高揚させるには十分すぎる事柄だろう。

 

この作戦に於ける期待は今までの比にならない。証座と言わんばかりに、この作戦にかかる費用、燃料は全て補填されるのだと言う。

代わりに、普通の戦いで得ることが可能な練度も得る事が出来ない。あまりにも毛色が違う戦いである為だ。故に新兵の育成などは不可能。

 

故に、この作戦に求められる者は。

練度も高まり切り、燃費や燃料も気にせず、只々強い者。強さだけが条件。

 

その条件を発布した際、ローンの目がぎらりと煌めいたのを思い出す。思わず、笑ってしまった。

 

 

 

作戦は熾烈を極めた。国家の境目を無くした攻勢も、幾らかのイレギュラーや『META』を除き、初めは上手く行っていた。

久しく戦場に出せていなかったローンの姿を、苦笑しながら見ていたものだ。

 

 

そう、初めは。

 

 

セイレーンの拠点を潰し快進撃を進める傍ら、

どうにも手応えがない事が気になっていた。が、確証の無い感覚などにかまけてはおられず、そのまま戦い続けていたある日の事。

 

愕然とした。セイレーンの拠点の全てが元通りになっていたのだ。時間が巻き戻ったように、何もかも。

 

 

その日から、再び戻る拠点を潰しては潰す。

何度も何度も繰り返し。

先に進むこともできず繰り返し。

同じ場所で足踏みをし続ける。

同じツラを何度も見せるんじゃない。

手を煩わせるな。そのまま死んでいろ。

 

何度も、何度も、何度も。

何度も何度も何度も何度も何度も。

 

 

何度も…

 

 

 

「指揮官?」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

私が呼びかけると、指揮官は、はっと気を取り直しました。その目の下には薄い隈が出来ています。

 

 

 

「…すまない、ローン。放心してたよ」

 

 

「いいえ。珍しく…もないでしょうか?ふふ」

 

 

「はは、虐めんでくれよ」

 

 

苦笑しながらも、楽しそうにそう笑います。その笑顔は、柔和そのもの。

 

 

「虐めてなんか居ませんよ〜?私の前にいる時くらい、気を抜いてくれてもいいんですから」

 

 

そう言うと、安心したように肩の力が抜ける。それがわかるくらいに、どっと張り詰めた空気が和らぎました。

 

 

「そう言って貰えるとありがたい。最近、どうもね…」

 

 

「『セイレーン作戦』ですか?」

 

 

「うん。参ったよ、どうも…」

 

 

言わんとしていることがわからない筈が無い。実際、私…ローン自身、それで快進が進んでいない事に多少の苛立ちがあるんですから。

 

そんなに気負う必要は無いんですよと言いたかった。でも、それは却って指揮官には失礼な気もして、言えないままにいる。寧ろきっと、気を遣わせてしまったと、優しい彼は気を揉んでしまうだろう。それだけは嫌だから。

 

 

だから代わりに、彼に問う。

 

 

 

「セイレーン作戦中の私の働きは、どうですか?」

 

 

「ん?勿論、とても良くやってくれてると思うよ」

 

 

「『指揮官』の立場の貴方じゃなくて、『貴方』に聞いているんです。どうでしょう?」

 

 

 

そう言うと、彼は得心したように軽く笑い、頷いた。察してやれなくてすまなんだと楽しそうに笑いながら。

 

 

「そうだな。君が嬉しそうに、楽しそうに戦う姿を見ることが出来る。君の最も美しい姿を、大義名分すら得て見る事が出来る。それが嬉しく無い訳がないだろう」

 

 

ゆっくりと、でも一度も言い淀む事無く、つらつらと言い切った彼の目は、赤く光っているようにすら見える程、くらくらとした意思を宿していました。

 

そして今。その狂った光の大元はきっと、私に向けられたものではない。私以外が彼に持たせたモノ。下唇を強く噛み締めた。

 

 

「…うふふ、嬉しいです!」

 

 

そう言いながら彼を抱擁する。

指揮官はそれに、満更でもなさそうだ。

 

 

 

「…やはり私たちには、同じようなものがあるのかもしれませんね」

 

 

「おや、何を今更言うんだい。少しは分かり合えてると思っていたのは私だけか?」

 

 

 

「あら、あっさり認めるんですね?

 

……『あの時』は否定してたのに」

 

 

 

ぎくり、と抱擁の中の身体が硬くなるのを感じる。力が入りますが、この手の内からは逃しませんよ?まあ、逃げようとも思っていないでしょうが。

 

 

『あの時』に思い当たる節があったんですね。

上層部の人が此方に視察に来た時の事。君の中に彼女のような凶暴性があるんじゃないかと、世間話のようにされた会話の中。そんな筈はないだろうと否定していた、一部始終。

 

ええ、見ていました。全て。

 

 

 

「いや、あれはだな…」

 

 

「万が一にも虐殺に快楽を得ている指揮官であるとなったら信頼を失うからですよね?それはわかっていますよ」

 

 

そう言われ、指揮官はきょとんとした顔をする。ふふ珍しい顔。可愛らしいですね。

 

そう、私が聞きたい事はその、否定をした事じゃない。もっともっと重要な事。

 

 

 

「それよりも。あの時、上層部の方に向けて私も見たことの無い笑顔をしていましたよね?あれはどういう事なんですか?」

 

 

 

ぎちぎちと、腕に力が入り始める。指揮官の身体が締め付けられる痛みに震え始めた。

 

そう、気に食わない。

貴方が私が見た事の無い顔をしていた事も。

私は向ける筈の貴方の獣性が、あのセイレーンどもが由来になっている事も。

 

 

 

「どういうことですか。私以外に、笑顔も、何も、向ける必要がありますか。答えてください」

 

 

気に食わない。許せなくなる。邪魔者の分際で私の指揮官の気を引くな。指揮官もどうしてあのような糞袋に気を引かれてしまうんですか。どうして。

 

いっそこの手の力を込めてしまいたい。

 

そう思いながら、彼の顔を見た。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

ギリギリと身体が悲鳴を上げている。万力の様な力とは、比喩では無い。正にプレス機のような力をローンは持っているのだから。

 

 

痛みが走る。臓腑が潰れるような激痛。

 

 

それとは裏腹に、ふふと笑いが出てきた。

なんだ。なんのことはない。

 

彼女はいじけているのだ。

なんと可愛らしい事だろう。

 

自分以外に目を向けられて、いじらしくも此方を見てくれと、そう言っているのだ。

 

 

 

「…勘弁してくれ、ローン。

あれは私が『指揮官』であるのに必要な、ただの愛想笑いだ。そして私も人間なんだ。進まぬ作戦に苛々としてしまうのも大目に見てくれ給え」

 

 

「そうですか」

 

 

 

口ではそう言うが、まるで納得はしていないようだ。証拠と言わんばかりに、身体に込められた力は寧ろ強くなっている。

痛たた、これ以上は話すに支障が出そうだ。

 

 

 

「…ならそうだな。ローン。君は…」

 

 

寧ろ、好機なのやもしれない。

折角の機会だ。彼女と、普段はあまり話せないような事もぶち撒けておこう。

 

 

「…君はどうしてその笑顔を他人に振り撒く。どうして誰にでも優しくする」

 

 

「……」

 

 

「ああ。勿論わかってる。私は君のそういう所も好きなんだ」

「でも、だ。君の笑顔や、敵に向けるその笑みも、全て私にくれたっていいじゃないか。なのに何故それを私にくれない」

 

 

「それは…仕方がないでしょう」

 

 

ローンがそう、拗ねたように口を窄める。その顔がどうにも可愛らしく、つい毒気が抜かれてしまった。他に言おうとしていた事も忘れてしまう。

 

 

 

「まあ、まあ。そういう事なんだ。

君も私もわかっている。けど仕方がないんだ。だから、な。大目に見てくれないか?」

 

 

 

そう、わかっている。

私も彼女も、馬鹿では無いつもりだ。

だからわかってはいるのだ。

 

わかっていようと。理屈で理解しようと、まるで収まらない激情。忿懣と嫉妬。緑色の怪物に成ってしまったかの如く轟々と響く感情。

 

それについても、わかっているのだ。

少なくとも、私たちはそうの筈。

 

だってそうだろう。私たちは…

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「……そうですね。

仕方の無いこと、です」

 

 

 

指揮官にまんまと言いくるめられてしまっているようで納得は行きませんが、まあ、これもまた仕方がありません。こればかりは私の…惚れた者の、負けです。

 

 

 

「……なあ、ローン。今度また、セイレーン共が拠点を再生させるだろう。そしたらその時はまた、真っ先に潰そう」

 

 

「!…はい!」

 

 

ああ、好物に釣られて機嫌を良くしてしまう子供みたい。そうわかっていても、つい許してしまいます…

 

指揮官自身もこれは誤魔化しで過ぎない事に気がついている。でも、だからこそ、その発散をセイレーンでしているのだ。

互いに、この凶暴性が、嫉妬が、仲間に向けては決していけない事など分かりきっている。

それでも尚湧いてくる欲望の数々。

心に続々と湧き出る緑色の目の怪物。

 

そう。私たちは。

『同じようなところがある』のだ。

それも狂おしい程に。

 

 

 

 

この、感情すら悪くないと私は思う。

でも指揮官はどう思っているでしょうか?

 

その不安を、指揮官はその表情だけで払ってくれました。

 

 

本当に、似た者同士なんですね。

少し、嬉しくなっちゃいます。

 

 

 

 

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