ローンとの日常   作:澱粉麺

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遅くなってしまいました。





ローンと赤と白のおはなし

 

 

“ Schlafe, schlafe in der Flaumen Schoße,

(眠れ、眠れ、綿のふところで)

Noch umtönt dich lauter Liebeston,

(愛の調べに包まれて)

Eine Lilie, eine Rose.

(一本の百合と、一本の薔薇)

Nach dem Schlafe werd' sie dir zum Lohn. ”

(眠りの後のご褒美よ)

 

 

 

目を覚まし、最初に耳に入って来たものは、その天使の様な歌声だった。そして最初に目に写ったものは、その声の持ち主。慈しむように目を閉じながら、緩やかに、静かに歌っていた。

 

 

そして気付く。自分がその声の持ち主の膝の上に頭を乗せている事を。

 

起きあがろうとしたが、しかし、その手で遮られてそのまま膝の上に頭を乗せたままにさせられる。膂力では彼女に敵わないのは当然、まず動きに逆らおうと思えなかった。心が安らぎ、まあいいかという思考が身体を支配する。

 

 

「…お目覚めですか?指揮官。

随分と気持ちよさそうに寝ていましたので、起こすのも忍び無く思ってしまって」

 

 

「ああ、ありがとう…ただ正直、この体勢は恥ずかしいよ、ローン」

 

 

「私の前でくらいはいいんじゃないんでしょうか?他の娘が見ている訳でもないんですし」

 

 

「君の前だからこそ格好つけたいんだけどな…

…まあ、とっくに手遅れか」

 

 

「ふふ、そうですね。

だから、ほら。ゆっくりとしてて下さい」

 

 

答える事は無く、ただ彼女の足に頭部の体重を預ける。しわがれていた心がほぐれていくような気がした。

とん、とんと腹部に一定のリズムで優しく手を置かれる感触。うとうとと瞼が重く、意識が不確かになっていく。

 

ふと、さっき聞いたものを思い出した。天使のような声、静かな子守唄。

鉄血の言語。歌い慣れているようだった。

子をあやすような動作も堂に入っているようだった。経験があるのだろうか?

 

気になり、そう、聞いてみた。

 

 

「駆逐艦の子達や、小さな子達の面倒をたまに見ているんです。結構評判も良いんですよ?」

 

 

ちょっと誇らしげに、そう言った。その姿は少しだけ子どものようだった。

 

 

「子守唄も、鉄血の他の人達に教えてもらって。初めて聞いたはずなのにやけに懐かしいような気がして、お気に入りなんです」

 

 

流石にアイドルとして活動しただけの事はある。と、少しの意地悪を込めて言う。

額をぴん、と軽く弾かれた。痛。

 

 

「『懐かしい』、か。出自が鉄血のデータだからか、本能的な帰巣観念があるのかな」

 

 

「そうですねえ。単純に聞いていて心地いいと思っただけかもしれません。…いえ、懐かしいと感じたから心地いいと思ったのでしょうか」

 

 

「はは、卵が先か鶏が先かだね。まあ、どちらにせよその曲を君が気に入ったって事ならいいさ。どっちでも」

 

 

「うーん、そうですか?何か誤魔化してしまってるような…」

 

 

困ったように眉根を顰め、頬を上気させながらももう片方の手は私の腹部にとん、とん。とリズムを刻んでいる。柔らかな眠気が丹田から身体中に広がっていく。

 

そんな寝ぼけ眼の状態だったからか、意味のない質問をした。

 

 

「もし戦いが終わったら。

君は鉄血で暮らすのかな」

 

 

ほんの少し間が空く。ぱちくりと、意外そうな顔をしたローンのその表情がやけに印象に残った。

 

 

「…ええ、おそらくはそうですね〜」

 

 

少しだけ微笑みながらそう答えると、しかしまた少し疑問に思ったように眉根を顰める。

 

 

「随分と気が早くありませんか?

…もしかして何か鏖殺出来る作戦や見通しでも立ったのですか?」

 

 

視界にギラリと赤い光が走ったようにも見えた。それがあまりにも鮮烈な光で、つい微笑んでしまった。

 

 

「はは、違う違う。期待させて悪いね」

 

 

「なんだ、つまらない…」

 

 

「…もし終わったらっていう、ただの妄想だよ。本当に他愛のない」

 

 

落胆と期待外れの影が彼女の顔を過ぎる。もう少しばかりポーカーフェイスを身につけた方が良いかもしれない。

 

 

 

「…そうだ、折角だし戦いが終わったらどうするか、なんて話してみないかい?」

 

 

「あら。戦いが存在意義である私たちに、それが終わったあとを考えさせるなんて少し残酷じゃありませんか?」

 

 

「君らは…特にローンは、自分を戦う為だけの兵器と言うが…君らがそれだけの存在な筈が無いんだ。だから、その後を語るのには意味がある。絶対にね」

 

 

「うふふ、相変わらず自信ありげに無根拠を語りますね。…指揮官のそういう所、私は大好きですよ〜」

 

 

そう言いながら、頭をよしよしと撫でられた。

皮肉か、本心か。

分からないから後者だと思う事にする。

 

とん、とんと腹部に一定の拍が置かれる。

目を閉じれば音が聞こえてくる。

 

 

 

 

……

 

 

 

戦後の話。

そう、指揮官は話を切り出しました。

話を切り出す…というよりは、もっと取り止めのない世間話に近いのでしょう。未来を見据えた会話などではなく、『こう出来たら』という理想の話。妄想の話。

 

 

「そうですね〜…

戦いが終わる…セイレーン達も、何もかも居なくなってしまったとなると、私たちは戦場に立つ事が無くなりますよね?」

 

 

「そうだろうね」

 

 

「なら、その時は退屈でしょうね。最初こそその退屈は嬉しいものだと思うのでしょうが…」

 

 

この心の中にある、平穏を許さないもう一つの自分自身がそれを許さない。

平穏無事で誰も傷付かない世界を許せない。

 

 

「……いつかそれにすら退屈して、暇な日々を暮らしてしまうかもしれませんねえ…」

 

 

「歌を子どもに教えたらどうだい?アイドルをやっている時もさっきの歌も、とても上手だったし、子ども達の扱いも慣れてるじゃないか」

 

 

 

歌。正面から褒められると嬉しいものだ。

確かにそれは結構、いいかもしれない。全てが終わった後のその未来は、妄想の内なれど、結構幸せなんじゃないかと思った。

 

 

「あら、いいですね。…その時は指揮官も横で聞いていてくださいね?」

 

 

勿論、私の横に彼が居ない事は許さない。

絶対に、貴方が横にある事が条件。そうでなければ平和だろうと何だろうと、全てを壊してでも彼を手に入れるまで暴れ尽くしてやる。

 

まあきっとそんな事をしなくても、指揮官は私に付いてきてくれるのでしょうが。

 

 

「はは、勿論。

しかし、そうしたら私はどうしようかな。歌なんて柄じゃないし…ダメだな。君に未来を考えておけなんて言っておいて、指揮官以外をやっている自分が思い付かない」

 

 

ぶつぶつと、うとうととした意識でそう語る有様は可愛らしく、つい頬を指でつついてしまいました。

…抵抗もしないその姿に、ほんの少しだけぞくぞくと昂る自分を抑えながら。

 

 

 

「……いっそ全てに反旗を翻して。全部を敵にして暴れ回るのなんて、どうです?」

 

 

「…おや」

 

 

 

ああ、少しだけ抑えきれなかった。

 

 

 

「貴方は『指揮官』として。私はたった一人の『軍隊』として。平和を維持する為にある全てに対しての敵になって暴れ回るんです。

…ふふ。楽しそうじゃありませんか?」

 

 

指揮官は答えず、ただ目を閉じながら微笑んでいる。

 

 

「…顔見知りの子も、いっぱい居るでしょうね。それを相手に殺し合ったら、どんな感触がするんでしょう。悲しいし怖いでしょうね」

 

「……うふふ…」

 

 

 

衝動のままに、欲望のままに未来を口にする。これはあくまで妄想。でもだからこそ、なんて素晴らしいイメージ。今と同じくらい。いや、今よりもずっと。つい興奮してしまう。

血が、脳漿が溢れてなお殺戮を続ける互いの美。美しい薔薇のような美しさの未来。鮮烈な赤。

 

 

 

「そうだね。そうなったら、とても日々が刺激的で、君には退屈が無いだろうし、私だって楽しいだろう。何しろ君の輝く姿を見続ける事が出来るんだから」

 

 

「……そうですね。

そうなった私には退屈は無いでしょうね。

そして指揮官にも」

 

 

その未来も輝かしい。

それは間違いない。ただもう一つ。それと同じくらい輝いて見える未来もある。

 

 

 

「でも、指揮官。

確かに誤解を招くような発言でしたけど…少し勘違いしてるみたいですよ」

 

 

「…?勘違い?」

 

 

「はい。私がとても退屈を嫌っている、という勘違いです」

 

 

「おや、違うのか」

 

 

「まあ、好きではないですし…

出来れば無ければと思うものです。

……けど」

 

 

つい、一瞬だけ口が止まる。

少しだけ、恥ずかしかった。

 

 

 

「……私は貴方となら、退屈な日々を過ごしてもいいかななんて、そう思ってるんですよ」

 

 

心の中の自分が、平和を許さないだろう。

自分自身が退屈を嫌うだろう。

それでも、貴方となら平穏と退屈を暮らしてもいい。そう、思っている。

貴方と共に平和を享受し、退屈な未来を過ごす。それのイメージの、なんと輝かしい事か。

素朴で淡白で、そして美しい。白百合のような未来。柔らかな白。

 

 

指揮官から、返事は返って来ない。

目を閉じて久しい。体温が少し上がっている。

 

 

 

「…寝て、しまいましたか?」

 

 

「いいや、起きているよ」

 

 

 

言葉端が、ゆるゆるとしている。

意識も曖昧になっているのかもしれません。

 

 

「…凄く、嬉しいよ。ひょっとしてこれは夢なんじゃないかと思うくらいには」

 

 

「あら。指揮官は、私が貴方と少しでも共にいられる未来を選ばないなんて思っていたんですか。…ちょっと心外ですね」

 

 

「…ごめん。その…正直意外だったんだ。

君がそれだけのKANSENなんて筈が無いとはずっと思ってる。でもそれでも、その衝動は捨てようと思うものじゃないと考えていたから」

 

 

あら。

この期に及んでこんな事を言うなんて。

ちょっとだけ苛ついてしまいました。

 

 

「…お馬鹿ですね、指揮官は。こんな事を女の子に言わせちゃいけないんですよ」

 

 

私は掌を指揮官にすすりと沿わせる。

するりと、頬を撫でて耳に顔を寄せた。

 

 

「『貴方だから』

私は捨ててもいいと思うんですよ?」

 

 

 

 

……

 

 

 

すー、すー、と寝息が聞こえて来る。今度こそ彼はその眠気に身をもたげてしまったようだ。

 

私の気持ちは伝わった。全てを言葉で伝える事など出来ないけれど、言葉に無くても、彼は私の想いを理解してくれる。

 

 

ああ、愛おしい。

膝の上にある頬をもう一度撫でた。

そしてお気に入りの子守唄をまた小声で歌う。

 

 

眠る、眠る。

愛の調べに包まれて、貴方は眠る。

その眠りの夢が覚めた後にこそ、私たちに、退屈で美しい百合のような未来か、凄惨で素晴らしい薔薇のような未来か。どちらかが待ち受けているのでしょう。

 

それが、眠りのご褒美なのだから。

 

 

だからぼうや、お休みなさい。

ゆっくりとそう呟いた。

 

 

 

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