転生者はお人形さんを作るようです 作:屋根裏の名無し
とても暗くて、とても寒い、水深1,000mの海底で、私はこの世界に産み落とされた。暗闇の中、一筋の光さえ届かない深海に私はいた。
私には記憶があった。鮮明なのは、落伍した
戦に臨んだ艦船の最期としてはあるべき姿なのかもしれない。けれど、だけど、それでも、私は────
刻みつけられた記憶は、私を海底に強く、それはもう強く縛り付けた。護国の想いより恐怖が勝った。そして、そう感じてしまった私が酷く恥ずかしかった。
こんな暗い海に今を打破するきっかけなんて欠片もなくて、だから未来永劫ここで生き続けるしかないと、私の役目は鋼の身体が沈んだ時にとっくに終わっていたんだろうと、そう信じ込んでいた。
そうしてしばらく──どのくらいそうしていたのかは忘れてしまったけれど──私は海底に沈んでいた。自分から消えることもできず、かといって浮き上がる勇気もない。誰からも見つけられることはなく、ただただ無為に時を過ごしていた。
そんな私を、“ヤマト”が迎えに来た。
こんな私を、迎えに来てしまった。何もかも落伍した私が合わせる顔なんて、持ち合わせていなかったのに。
ヤマトが今まで何をしてきたかは分からないが、きっと私よりは──
『あ゛〜マイクテス、マイクテス。呪霊戦艦ムサシ、聞こえてますか』
不意に、本当に不意に、声が聞こえた。どうやって水深1,000m地点にいる私に声を届けているかは全くわからないが、とにかく声が聞こえた。もちろん、ヤマトの声ではない。
身体を持ち、確かな自我を得た今ならわかる。
きっと意味も分からず、ひとりぼっちだった私は、その声を聞いた途端に泣き出していただろう。
無意識に、誰かを待っていたのかもしれない。私に命令を下してくれる誰かを。
こんな私に、焼け爛れて砕け散った私に、遥か過去に沈んだムサシに、それは告げた。
────『君が必要なんだ』、と。
⚫
一度は果てた私に再びの生と身体をくれた。だから、彼は“お父様”だ。
もう一度私に立ち上がる勇気をくれたこと、私を欲してくれたこと、とても感謝している。
「お父様、まだ起きていらしたのですか?」
彼は艦長室の机で日記をしたためていた。現在時刻はマルヒトマルマル。年齢を考慮するならもう彼は床に就いたほうがいいだろう。
「今日のがあと二、三分で終わるから。そしたらもう寝るよ。君も一旦休みを取ってくれ。ほら、行った行った」
お父様は結構恥ずかしいんだけど、そう彼は言うが私にとってお父様はお父様なのだ。それ以上でもなく、それ以下でもない。
「まだお若いんですから、もう少し身体をお大事に──」
そこまで言いかけて出口の扉の前でお父様の方へ振り向いた私は動きを止めた。
一瞬、一瞬だ。お父様から目を離したその一瞬。
お父様の解像度が恐ろしく低下していた。
……確かこのような多角形は
「お父、様。その身体、は」
「────間に合わなかったか」
見られてはマズイ類いのものだったのか、お父様は私にこの船室にあるセンサーやカメラの類いをストップさせる。
そうしている間にもお父様の身体にはノイズが走り、今度は頭が
「これは幻影だよ。俺の
一つ目もマントも空気に溶けるように消え、いつものお父様が顔を出す。彼は何でもないように振る舞うが、私の目は誤魔化せない。彼は明らかに衰弱している。
「何も心配することはない、ですか?」
「ああ、何も心配することはない。そう、たとえ俺に何があっても──悪い夢のようなものさね……」
そこまでだった、私が見ることができたのは。
電源を落とされたように私の視界は暗転し、瞬く間に意識も深い闇の中へと転げ落ちて行った。
⚫
「───ッあ!!?」
「ムサシ、大丈夫?うなされてた」
ムサシは照明が切られた船長室のソファで目覚めた。傍らには心配そうに彼女を覗き込むイオナがいる。
「うん、大丈夫よ」と答え、ムサシはタオルケットを押しのけて身を起こし、先ほどまで見ていた夢の景色を追想する。
「イオナ、この部屋のセンサーって落ちたりしたかしら」
「ううん。してない」
「そう。なら、いいけど」
アレは夢だったのか、現実だったのか。
モヤモヤを抱えたまま、ムサシは退室した。
──何故だか無性に、お父様の寝顔を見たくなったから。
ムサシの出会いとムサシが見た夢のような何か。
果てして現か幻か。
魂の残量も後半戦。果たして彼はこれからも