テントの壁に等間隔で設置されたロウソクが、薄暗い室内を申し訳程度に照らしている。それなりに広いテント内には、布を被せられた巨大な箱、旅の道具、そして二つの人影があった。
カラスを連想させるマスクで口元を隠した長身の男が、小男の襟首を掴みあげている。
「期日は伝えてたはずだろ。なんで今月の利息分も払えないの」
「へぇ、な、なにぶん不景気なもんでして……」
「娼婦の服脱がせようとしてるとこ捕まって、そんなこと言うわけ」
マスクの男は手を離し、小男を地面に投げ捨てた。カエルのような声を出して小男が転がる。
「借りた金で風俗行って、返す金でも風俗行く。ずいぶん景気がいいな」
「すいやせんアバラさん!来月には必ず利息も払います!商売のあてがあるんです!」
そう叫びながら小男は地面に頭をこすりつけた。その言葉を聞いて、アバラと呼ばれた男の目がピクリと動いた。
「いい商品でも入ったのか?」
「へ?えぇ、とても他ではお目にかかれない『奴隷』が入ってます!」
活路を見つけた小男はここぞとばかりに手を揉み、笑顔でアバラにすり寄っていく。小男は奴隷商であった。
「わたくしシャッコ、普段は筋骨隆々の働き手を仕入れておりますが、今回は趣向を変えて、亜人を仕入れてまいりまして!」
アバラは片眉を上げて先を促す。今時亜人の奴隷など珍しくもない。
チッチッチ
シャッコは指を左右に振りながら、布の被せてある箱に近づいていく。
「聞いて驚かないでくだせぇ!何と今回仕入れたのは……吸血鬼ですよ」
囁くように言った後、シャッコは箱に被せてあった布を取り払う。はたしてそれは巨大な箱ではなく、鉄格子で作られた簡易的な牢屋であった。
「吸血鬼?」
アバラが眉を顰めながらしゃがみ、牢屋の中を覗き込む。そこには銀の餌皿と、人の形をしたものがこちらを向いて横たわっていた。
最初見た時、それが生きているのかわからなかった。
ゴボウのように細い手足、肋骨がこれでもかと浮かび上がった体の上に、中性的な顔立ちが乗っている。
顔立ちは整っていて、目が赤く、髪の毛は白い。たしかに伝承などで語られる吸血鬼に見えるが、表情に生気がない。瞳孔は開いているし、髪は純白というより燃え尽きた後の灰に見えた。
ミイラのような体の下腹部に、奴隷の証である紋章が刻まれていた。
「まぁ性別は男なんであんまり受けないかもですけどねぇ。ツラはいいんで好きに使えまっせ」
下品に笑うシャッコに、アバラは立ち上がりながら向き直る。
「開けて」
「はい?」
「牢屋。奴隷の契約してあるんなら別に逃げないでしょ」
奴隷の契約。呪いの一種であり、これを結んだ主従の間には絶対的な上下関係が生まれる。逃げるなと言われれば、どのような状況からも逃げられないし、死ねと言われれば自分で死ぬ。
だというのにシャッコはこの奴隷を牢屋に入れていた。
「いや旦那それはご勘弁を……」
「開けろ」
「へ、へい!ほら『出ろ!』」
シャッコが命令すると奴隷の少年は細い手足を震わせながら起き上がり、牢屋の扉から出てきた。鍵などはついておらず、牢屋自体がただの演出道具だったことがわかる。
アバラは牢屋の前で直立する、自分より一回り小さい裸の少年を、灯りの下でまじまじと見る。指を少年の瞳の前で振ってみたりした。
少年は抵抗も恥じらいもなく、ただやつれた顔で立っている。一通り観察し終わったアバラは、呆れ返ったようにため息をついた。
「やっぱパチモンか。しかも目の色変える薬品、安いの使ったせいで視力ほとんどなくなってるじゃん」
「へぇ!?」
「髪の毛も脱色してるだけだし、コレにあんたの借金が帳消しになる値段つくとは思えないんだけど」
薄暗い牢屋の中ならギリギリ騙せていたかもしれないが、明るいところで見たら一目瞭然であった。アバラの冷ややかな目がシャッコに突き刺ささる。
冷や汗をかき視線を泳がせるシャッコにアバラは興味を失った。
「とりあえずコイツの鍵ちょうだい。担保として預けといてくれたら、あんたの利息分くらいは我慢してあげる」
アバラはシャッコに右手を差し出す。
「へぇ!?いやそいつは次の目玉商品で」
「新しい金懐入れることより、借りた金返す方が優先でしょ」
違う?
アバラが睨むと、シャッコは目を逸らす。
「わかりましたよ……それじゃこれが、コイツの鍵です」
シャッコはうなだれながら、腰ポケットから古ぼけた鍵を取り出した。
その鍵をアバラが手から引ったくる。
「それじゃまたくるから。次の支払い滞ったら……」
次の瞬間、シャッコの首が宙を待っていた。
不貞腐れたままの顔が地面を二回ほどバウンドし、頭部を失った体が痙攣しながら倒れ絨毯を血で汚す。
アバラは目を見開いた。突然の惨状、それを行なったのがミイラのように痩せ細った少年だったことに驚いたのだ。
少年の右手にはべっとりと血がついた餌皿が握られている。
まさかあの一瞬で牢屋まで戻って、餌皿で首を飛ばすほどの斬撃を?
少年は今にも倒れそうな虚無の表情ではない。歯を食いしばり、見えない目をカッと見開いてアバラの方へ顔を向ける。
その顔を見て、アバラはマスクの中で口を動かした。
『動くな』
少年の顔が一瞬、間抜けに呆けた。そして次の瞬間苦痛に歪み、奴隷の紋章が刻まれた下腹部を抑える。
カラーーン……
少年が持っていた餌皿が床に転がり、甲高い音を鳴らす。
白い顔を真っ赤にしながら少年は地面をのたうちまわる。涙と涎を撒き散らしながら、絶望の表情で下腹部を掻きむしる。
それでも決して声は出さない少年をアバラはじっと見ていた。
数分間暴れた後、少年はぐったりと動かなくなった。
「鍵の受け渡しで一瞬命令が解けたんだろうな」
血濡れの餌皿を部屋の端に蹴り飛ばし、少年の目の前にしゃがみ込む。
「この鍵持ってたら誰でも命令も出せること、知らなかったのか?『答えろ』」
吐瀉物に顔を埋めながら、少年は弱々しく頷く。
「喉も潰されてるのか……」
アバラは眉間に皺を寄せため息を吐いた。
コイツには、回収するつもりだった借金の端っこほどの価値もない。しかもこの有り様じゃ余程の変態にしか売れない。
しかもアバラの本業は金貸しであり、性奴隷を養う余裕のある知り合いなどいない。大赤字である。
しかし、目が見えないまま栄養の通わない細腕で首をぶった切る。ほおがこけていてもわかるほど端正な顔立ち。
うまく扱えば金になる。アバラはこの少年の異常性には一旦目を瞑り、この状況を非常にポジティブに捉えることにした。
「利息まで払えとは言わない。オマエが借りたわけじゃないしな」
アバラは牢屋に被せてあった布を拾い上げ、へたりこむ奴隷少年に被せる。
「だがオマエが殺したんだし、コイツが返す予定だった分は働いてもらおうか。その腕っ節なら変態に売り飛ばすより金になるだろ」
立ち上がれるように手を伸ばすが、少年は無表情で地面に転がるばかり。
「あぁ、目が見えねぇんだったか。ほれ」
だらんと転がる少年の手を取り立ち上がらせる。突然のことに少年は目を見開き自分にかけられた布を握りしめる。
「まぁ挨拶と恐喝のやり方から教えてやるよ」
身長がひとまわり違う二人は手を繋ぎながら血濡れのテントを出る。少年は不安そうに、アバラの手を握り返した。
シャッコはスタッフが美味しくいただきました。