夢への長い坂道 作:シス
よろしくお願いいたします。
夏の日差しに大歓声。甲子園への切符をかけた地方予選決勝の舞台。スタンドにいる全員の視線がグランドで一番高い所に立っている選手に降り注いでいる。ただ、それが純粋にスポーツを楽しんでいるものではない—―そう俺こと
汗が流れ落ちる。既に腕は限界に達していて、痛みを通り越して感覚すらない。まだ五回表だって言うのに、点差は十点差にまで広がっていた。
「いい加減に代えろー!!」
「こんなへぼピッチャー、もう投げさせんな!!」
俺へヤジが飛んでくる。球数は既に百球に達していて、大粒の汗が俺の額から流れ落ちる。代えてもらえるなら、俺だって代えて欲しい。でもそれが許されない。このチームは――
セットポジションで、二塁にいるランナーに睨みを利かせてから、もうオーバースロー*1では投げられなくて、肘が下がっているのが自分でも分かった。もう、サイドスロー*2なんてまともなフォームじゃない。ただ、ボールをキャッチャーに向けて放っているだけ。
だからそのボールは――
「最悪な目覚めだ……」
五月の目覚めとしては最悪だった。体中汗だくで、寝間着代わりにしているスポーツウェアも汗でびっしょりだった。上半身だけ起こし、半年とちょっとで伸びたぼさぼさの髪を
一伸びして、大学へ行く時間にはまだ早い事を確認する。
「シャワー浴びるか……」
目覚めとしては最悪なのには変わりなく、気分を変える為にもシャワーを浴びる事にした俺は、洗濯機へ来ていた服を全て入れてから風呂場に入った。シャワーを浴びながら今日の講義はなんだったかを頭の中で確認する。
昨日のうちに前回のおさらいと準備はしておいたから問題はないはずだ。……と、言っても、一発目は教授の話しをただ聞いているだけの講義だ。寝なけりゃ問題はない。寝たら、大学での友人が片手で数えるぐらいしかいない俺にとって、後々、地獄を見る事になる。単位的な意味で。
サークルに入る訳でもなく、誰かとつるむ訳でもない。かと言って、何か
「……やめやめ」
濡れた髪から水を振り落とすように、頭を左右に振って蛇口を捻り、シャワーのお湯を止めて風呂から出る。タオルで体を拭いて、服を着てからドライヤーで髪を乾かして、朝食の食パンを食べる。準備を終えてから、俺の唯一の趣味とも言える、子供の頃から一線で活躍しているグループの音楽を聴きながら大学へ向かう。
地方にある国立広郷大学――その文学部で俺は学んでいた。まだ一年生という事もあり、周りはほとんど講義なんて聞いていなくて、仲の良くなった人間と、教授には聞こえないと思っているのだろう。何か話している姿をよく見る。
……何のために大学に来たんだか、とは思わない。俺自身、目的もなく、
そんな事を考えつつ、まだ三回目の講義だというのに、定位置と化してきた教授の話しが聞けて、黒板代わりのホワイトボードが見える窓際の隅っこに陣取る。前に何人かいるが、俺に話しかけてくる人間が周りに誰もいないのもいい――そう考えながら音楽を聴きながら小説を読んでいた時だった。
「隣いいかしら?」
「……ん?」
耳にしていたイヤホンを外して、顔を上げれば、そこには黒髪を背中まで伸ばした、黒い服に身を包んだ綺麗な女がいた。同世代の女の中ではトップクラスのルックス。ただ、第一印象はきつそうな性格をしていそう――そう俺が思うほどの鋭い目つき。こいつ……どっかで見た事あるな。どこだったかな?どうでもいいかとすぐに思考を放棄し、俺は承諾するのだった。
「ありがとう」
そう。女は言って俺の隣に座る。他にも席は――無かったわ。いつの間にか講義を真面目に聞いている組で前の方は埋まっていた。俺の後ろの列からまばらになっていたけれど、本当にこの席が見えるギリギリの列に位置しているから、偶然俺の隣が空いていたからだろう。ただ、知らない男の隣に座るってのもかなり度胸がいると思うんだが……。
まあ、俺には関係のない話しだな。さてそろそろ時間か。イヤホンを外して音楽を止める。
「……貴方、今聴いていた曲って――」
「ん?」
隣に座った女が聞いてきたが、タイミングよく高齢の教授が入ってきた。それを見た女はそれ以上聞いてくる事もなく、講義を聞く準備をしていた。
講義が終わってから、次の講義まで一コマ開いている俺はどう暇をつぶすか考えながら、歩いていると声をかけられた。校内で声をかけてくる人間と言えばあいつしかいない。
「よお、上杉!相変わらず、だりそうな顔してんなぁ!」
「うっせ……で、お前は今から講義か?茂木」
俺に声をかけてきたのは、俺より十センチも高い身長の百八十七センチの持ち主で、短くたたせた短髪が似合う、さわやかなと言う表現が似合う男。その影響からか、交友関係が広い
『いんや。三年間帰宅部だったぜ!!』
と、満面の笑みを浮かべて答えてきた時は、頭を抱えそうになった。それはともかく、他の奴らと話さなくていいのか?
「あ?なんで他の奴らが出てくるんさ?俺は友人である上杉と話したいから声をかけたんだが?」
「いや、お前。俺以外にも友人はいるだろ……」
少し怒ったような様子の茂木に俺は呆れた口調でいうのだった。こいつは俺と違って、人当たりが良くて、色々な人間から声をかけられているのを見ている。だからこそ、いつも、俺を発見する度に必ず声をかけてくる茂木には首を傾げていた。
「いんやぁー。お前と
「あいつ?……ああ……伊本さんか……」
不貞腐れた様子の茂木。あいつとは
茂木とは幼馴染らしく、かなり尻に引かれている――と、言うと「語弊がある!」と茂木が言うかもしれないが、俺はそう見ていた。
「他の連中は、ただ学内で話してるだけさ。それに、
「はあ……なんでこいつに気付かれたんだろうな……」
「はっはっはっ!褒めるな褒めるな!」
そう言いながら、結構な強さで俺の背中を叩く茂木。いてぇじゃねぇか!!抗議の声を上げようとした時、周りがざわついている事に気付いた。なんだ?
「ああ、
「歌姫?」
茂木の言葉に俺は首を傾げつつ、周囲の人間が向けている視線の方を見れば、先ほどの講義の時に俺の隣に座った黒い服に身を纏った女が涼しげな表情で歩いていた。芸能界にいてもおかしくない美貌を持っているから、注目の的になるのは仕方ないよな……。そもそも、全身黒の服ってのも目立つと言えば目立つ。俺が周りから注目されている女に同情をしていると
「お前……まさか
「誰だそいつ?」
恐る恐るといった感じで聞いてきた茂木に、俺は間髪入れずにそう言い放つ。するとどうだろうか。茂木は「OH MY GOD!」と、何故か英語で大袈裟なリアクションをして見せたではないか。その茂木を見た俺は盛大に溜息を吐いた。こいつは本当、いちいち大袈裟だよな……。
さて、俺は一コマ空いているから、時間潰しに図書館にでも行くわ。茂木はその歌姫様?とやらでも拝んどけ。そう言って、その場から離脱しようとすると――
「待て待て待て待て!とりあえず、話し聞けって!」
俺の
「いいか、上杉。相藤
「すげえな……この時代にミリオンとか」
CD不況と言われて久しいこの時代。この前、CDの販売ランキングのトップテンが、一万枚未満とかよくある話しだと
なんでも、今の時代CDではなくてダウンロード販売やストリーミングの方が強くなっていると聞いたのもその時だった。ダウンロード販売は俺も何回かお世話になった事がある。そっち限定楽曲だったからな。ストリーミング?知らない子だな。
「結構ロック色の強い楽曲やっているんだけど、その楽曲に負けないぐらいの力強い歌声とシャウトが評価されているんだよ。そして、何よりも歌っている時に見せるクールな表情が、視聴者を引き付けているんだよ!」
と、熱弁を続けている茂木の話しを、半分以上聞き流しつつ相藤さんに同情する。わざわざ大学に通わなくても、音楽に集中すればよかったのに。そうすれば、プライベートで変に話題や注目を浴びる事もないのだから。
「……上杉、お前……」
「移動するぞ、茂木。ここにいたら、野次馬達に巻き込まれる」
そんな俺に気付いたのか、何か言おうとした茂木の言葉を遮り、俺はその場から立ち去る事を選んだ。同情はする。でも、それを選んだのは相藤さんなのだから、本人もその覚悟があっての事だろう。なら、他人である俺がどうこうするべきじゃないし、するつもりもない。
他人。そう他人だ。俺には関係のないし、関係を持つつもりもない。俺みたいなどこにでもいる学生と、今をときめくだったか?歌姫ともてはやされている人間がかかわる事なんてある訳が無い。
それに……
その時の俺は知らなかった。歌姫こと、相藤さんが俺の方を見ていた事。それと、俺が相藤さんと関わっていく事を――
今後の更新ですが、書き溜めはないので遅いですが、お付き合い頂ければ幸いです。
え?シリアスさん?……知らない子ですねぇ……