夢への長い坂道 作:シス
と、言う事で初投稿です(怒
茂木に歌姫こと、相藤さんの事を聞いてから数日が経った。聞いたからと言って、俺の大学生活がすぐに変化する訳もなく、ただ惰性で講義を聞く毎日を過ごしていた。地元じゃない大学なので、知り合いが茂木と伊本さんぐらいしかいない俺にとっては、静かな日々だった。
地元から遠い所に行くと言った時の良心の反応は「ああ、やっぱり」といったものだった。両親も
「で……茂木。お前、なんで寝る態勢なんだよ」
「いや、だってこの講義の教授。全く関係ない話やん……」
「だからって、寝ようとするんじゃないわよ。この馬鹿比呂」
ゴチンと、いい音がした。その音の原因は茂木の右隣に座る、肩まで伸ばした髪を右側に纏めた髪型――確かサイドポニーというと茂木が言っていた――の我が文学部の首席であられる
茂木とは幼馴染らしく、いつも一緒にいるのが当たり前だったらしい。で、中学時代から美人だったので、二人で一緒にいる事が多かったので色々な事を言われてきたらしい。まあ、その色々ってのは大体想像つくけど……。で、大学に入ってから増えたのは――
「あ、伊本さん。この後、お茶かカラオケにでもどう?」
と、チャラチャラした、どう見ても大学デビューですと見た目で判断できそうな、大学生にしては派手目な男が伊本さんに声をかけていた。そう。ナンパとまではいかないが、お茶のお誘いやらサークル勧誘の男どもが、伊本さんの周りに増えたって事らしい。またかと言いたげな伊本さんは、男に分からないように小さく息を吐いてから
「あら、嬉しいお誘い。でもこの後、比呂と一緒にお出かけする事になっているの。誘ってもらったのにごめんなさいね」
と、冷たい笑みを浮かべながら言うのだった。いや、あんた。それ、絶対嘘だし、なによりも「ウザったい男ね。今、比呂と話してたのに邪魔するんじゃないわよ」って雰囲気、滅茶苦茶出まくってるんだが……。ほら、その証拠に声かけてきたチャラ男くん。滅茶苦茶引き攣った笑み浮かべちゃっているじゃないか。
「そ、そ、そうなんだー……じゃあ、また機会あったら声かけるから」
「ええ、時間が合えばよろしくね」
最後まで冷たい笑みを浮かべたままの伊本さんはチャラ男君に手を振る。それを横で見ていた茂木は、これには苦笑い。いや、お前の嫁だろ。どうにかしろよ。
「ん?いや、佳代とはただの幼馴染だぞ?」
「……伊本さん、苦労するな」
なんでそんな事言いだすんだと言いたげの表情を浮かべながら言う茂木に、俺は伊本さんに同情の声をかけるのだった。
「ええ……本当にね……」
悲しそうな伊本さん。茂木。お前、本当に爆発でもしろ。
「ひでぇえ言いぐさ!!なんで俺が爆発せないかんのよ!?」
「そうそう。比呂は一度爆発するべきだと思うわ」
「佳代、お前もか!?」
いや、だってお前。どんだけ鈍感なんよ……。傍から見てれば、伊本さんがお前に抱いている想いってのは、ただの幼馴染って感情じゃなくて――と、言いたいところだが、これについては本人が気づくべきだと思うし、伊本さんが頑張る事案だ。俺ができるのは、伊本さんに協力するぐらいだ。なので、頑張れ伊本さん。応援はする。応援は。
そんなくだらない事を話しながら、講義が始まるのを待つ俺らだったが、その俺らの目の前の席に、今日は白と青の明るい色の服を身に纏った相藤さんが座った。その動作がとても優雅――とでも言えばいいのだろうか、まあ、ただ座るだけだというのに絵になるってのは、流石芸能人とでも言っておこう。
周りの目が相藤さんに集中しているのが分かる。有名人が大学にいるのだ。まだ俺らは高校出たばかりで、社会の中ではまだまだおこちゃまだ。なので、やはり気になるというか、本人が学業に専念したくとも、周りがそうはさせないってのはあるだろうな。
「あれ?相藤さんだ。相藤さんもこの講義だったんだ?」
そんな事をぼんやり考えていたら、伊本さんが前の席に座る相藤さんに声をかけていた。あ?二人知り合い?
「?……あ、伊本さん。こんにちは。ええ、この講義取っていましたけど、前まで席違う所で講義に参加していたんです」
背後から声をかけられたというのに、嫌な顔せず微笑みならがらそう答える相藤さん。その振り返る仕草も普通の人とはどこか違うように見えた。ってか、女性としては結構低めの声なんだな。ただ、口調は結構固めと言うか、緊張しているように聞こえた。
「そうなんだ。あ、私の隣来ない?一緒に受けた方が楽しいよ?」
伊本さんの提案に驚いた。というか、そこまで仲が良いのか……。恐るべし、伊本さんのコミュニケーション能力。芸能人相手でも気後れしないってどんな強靭な精神の持ち主だよ……。
「……いいのですか?」
「私が良いって言ってるんだから、良いの良いの!遠慮しないで」
「ふふっ。ならお言葉に甘えさせてもらいますね、伊本さん」
そう小さく笑う相藤さん。芸能人と言っても、人の子なのは違いない。だからと言って、普通に接する事が出来るかと言われれば、出来ない人の方が多いだろうな。相手が今を時めく歌姫様なのだから。それなのに、普通に接する事が出来る伊本さんの凄さ。なあ、茂木。
「あんだよ?」
お互いに聞こえる程度の小さな声で話す。怪訝そうな顔すんな。バレたらまた厄介だろうが。
「伊本さんって凄いな……」
「ああ……時々、恐ろしくなるぜ……」
俺の言葉に疲れた表情で同意する茂木。まあ、二人の間に何があったかは知らないが、相手が芸能人だろうと、普通に接する事が出来るのはいい事だとは思うがね……。ただ、その隣にいる茂木や俺に対して、周りが冷たくて鋭い視線を注いでいるのは気付いてもらえないのな。
「相藤さんも大変だよね」
「なにがです?」
「だって、講義に出ながら芸能活動でしょ?私なら、両立できないなぁ……って、思って」
その言葉に「嘘つけ」と、俺と茂木の心が一つになった。この首席様は何を言っていらっしゃるんでしょうかねぇ。教授の難しい話も一回聞いただけで全部理解してやがるし、教授からの質問に対しては、完璧に答えて見せている。尚且つ、学生部と教務部の連絡係なんてもんもやっているって聞いたぞ。それにバイトもやってるって聞いたぞ?どれだけ優秀なんだよ。
「自分で選んだ道ですからね。きちんと両立しないと。それに、音楽活動も、マネージャーに、きちんとスケジュール管理してもらっていますから」
「そうなんだ……うーん。相藤さん。ちょっと口調硬い!もっとフランクでいいよ!」
おいおい、突然何を言い出すんですかこの首席。おい、お前の嫁だろ。どうにかしろ。と、視線で茂木に訴える。俺の視線に気づいた茂木は、諦めた様子で首を横に振る。おい、諦めんなよ。どうしてすぐに諦めんだよ。諦めたら試合終了だろうが!
「え……と……いいの?」
「いいのいいの!私と相藤さん……ううん。相藤さんって言うと硬いから、私、奈々美ちゃんって呼ぶし!」
おいおい、気軽すぎるだろ……。と、心配になって視線を向ければ、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべる相藤さん。おや?クール系かと思ったら、そんな表情も出来んのな。
「なら、私も佳代って呼ばせてもらうわ。改めてよろしくね、佳代」
その瞬間、周りの人間から俺と茂木に向けられるの怨念めいた視線が、更に強度を増したのは言わずもがな。どうあがいてもこの状況は絶望しかない。でも、俺の方に来る可能性は確実に低い……はずだよなぁ。女同士の関係に俺らが入る訳が――
「そうそう、こっちにいるのが、茂木比呂。私の幼馴染」
「あ、茂木比呂です。よろしく、相藤さん」
「よろしく。……それで、その奥にいる人は?」
……上手に逃げられませんでしたー。先ほどの笑みとは打って変わって、鋭い視線を俺に飛ばしてくる歌姫様。なんでそんな鋭い視線飛ばしてくるんですか。俺一般ピーポー。アーユーアンダースタン?と、言いたくなったけれども、下手に荒波立てれば茂木達に迷惑がかかると判断し
「上杉浩士だ。よろしく」
と、愛想も素っ気もない口調であえて前を向いて答えた。お前には興味ないよっていう雰囲気を醸し出しながら。そしたら茂木に二人からは見えない俺の足を踏まれた。解せぬ。
「ごめんね。奈々美ちゃん。上杉くん、ちょっと……ううん。か・な・り、愛想悪いの」
「いえ、気にしてないから大丈夫」
と、必死にフォローにならないフォローをする伊本さん。まあ、愛想が無いのは否定しないし、フォローしなくてもいいんだぞ?心の中でそう思いつつ、欠伸を一つする。まあ、伊本さんが仲良くするのは別にどうだっていい。俺は関わり持とうとは思っていないからな。有名人も、下手に異性の人間と仲良くなるのは週刊誌的に問題だろうしな。
「この講義の後、奈々美ちゃん時間ある?」
おい、馬鹿止めろ。と、心の中で呟いてから、手帳を取り出して自分の講義日程を確認する。よし、この後も現代情報技術についての講義あるから、逃げられるな。
「ええ、あるわ」
「なら、四人で喫茶店でも行かない?元々、比呂と行く予定だったんだけど、親睦会的な感じで!」
と、当然の如く俺が入っている辺り、流石は伊本さんと言うべきか。
「いいわね。是非、参加させてもらうわ」
「あー……伊本さん。悪いけれど、俺、講義あるから不参加で」
二人で盛り上がっているところに水を差す行為だったが、伊本さんに講義がある事を伝えると、伊本さんは残念そうな表情をしていたけれど
「なら仕方ないわね。講義があるのなら仕方ないよね。上杉君はまた今度だね」
「ああ……時間が合えばなー」
と、先ほど伊本さんがチャラ男に言った言葉を使う俺。茂木が裏切者と言ってきたけれども、現実問題、講義があるのだから仕方ないだろうが。そんな話しをしているうちに、この講義を担当している教授がやってきたので、お喋りはそこまでになった。
講義の途中で、茂木が居眠りこいて、伊本さんに叩き起こされたぐらいで、講義はスムーズに進行していった。しかし国際社会についての講義も、相手国から見たら日本はどう見えているかってのは勉強になるな。ただし、教授の主観が入っていなければの話しだが……。
講義を終えて、教室を出た俺達はそこで二手に別れる事になる。
「じゃあ、俺は次の講義に行くわ」
「あ、上杉。それ終わったら来れるんか?」
「今日バイトだから無理」
助けを求めるように聞いてきた茂木に冷たく言い放つと、その場に崩れ落ちて、両手を地面につけた茂木。いや、そこまで絶望しなくてもいいと思うんだ。
「はいはい、比呂。さっさと行くわよ。比呂がいないと、ボディーガードがいなくなるでしょうが」
「俺ボディーガード代わりなの!?」
と、首根っこを捕まえて、自分より三十センチ近く身長の高い茂木を引き摺る伊本さん。伊本さん……どんな怪力の持ち主なんだよ……。
「じゃあ、上杉君。講義とバイト頑張ってねー」
「ああ、伊本さん、相藤さん。あと茂木、また」
「上杉、呪ってやるぅぅぅぅぅ」
「……」
手を振ってそう三人を見送る。歌姫様は何か言いたげに俺を見ていたけれども、結局何も言わずに伊本さん達と一緒に喫茶店へと向かっていった。なんだったんだ?そんな疑問を抱きつつ、俺は次の講義へ向かうのだった。