夢への長い坂道 作:シス
キャラ紹介、別で必要かなぁ……?
「あ、上杉さん。こんにちは」
「ん?……あ、ああ。相藤さん、こんにちは」
とある日の昼。午前中最後の講義からだった俺は、今から昼食をとる為に学生食堂へ向かって歩いていた。そんな時に、声をかけてきたのは歌姫、相藤さんだった。茂木から一度は音楽聞いておけと言われたけれども、どうも興味が持てないので未だに聴いていない。流石に、目の前にいる本人には言えない事なので黙ってはいるが。
「今からお昼ですか?」
「ええ……まあ……そんな感じです」
周りの視線が辛い。なんでお前みたいな影の薄いやつが相藤さんと話しているんだよ。そんな声も聞こえてきている。今のところ実害が無いのでいいのだが、そろそろ帰り道気を付けないといけないかなとも思っている。刺されるのはごめんだからな。
「そうですか。ご一緒しても――と、言いたい所だったですが、レコーディ……仕事がありますので、これで失礼します」
「あ、ああ。……仕事、頑張って」
今、レコーディングって言おうとしたよなぁ!?流石に新曲作ってます!って、大々的に発言するのはどうかと思うんだけど?まあ、すぐに誤魔化すように言い直していたから、まだ大丈夫……だよなぁ?
「ありがとうございます。上杉さんも、午後の講義頑張ってください」
と、満面の笑みを浮かべて去っていく相藤さん。その笑みを向ける人間は少ないというのを伊本さんが言っていたっけか。その笑みを向ける相手と言うのが俺たち三人ぐらいだという事も。その意味がどういう意味なのかは俺には理解したくないし、こうやって話しかけられるのもできるなら避けたい。
下手に仲良くなって、週刊誌とかの餌食になるのは、
「……やべっ。早く学食行かねぇと、席無くなる!」
慌てて現実に戻った俺は、少し速足で学食へ向かう。学生の人数に対して、学食のスペースと席数が合ってないのはどうなんだか。OBに会社のトップとかいるんだから、そいつらから寄付金募って大きくしてくれたっていいと思うんだよ。きっとやらないけど。
「お、上杉!こっちだこっち!」
学食のおばちゃんに頼んだカツ丼が乗ったトレーを持った俺は、満席に近い食堂の中、空いている席を探していると、茂木が俺を手招きして呼ぶ姿をみつけた。どうやらタイミングとして、茂木も昼食の時間だったらしい。これはありがたいと、茂木の席に行けば、やはりというか……。いますよね……伊本のお嬢様。
「やっほ、上杉君」
「ん。伊本さんこんにちは。茂木、席、ありがとな。助かった。というか、一緒でいいのか?」
「別に一緒に食べるのは構わねぇよ。タイミングが偶々あっただけだしな!」
と、ちゃっかり伊本さんが茂木の隣に座りなおしていた。まあ、分かりやすいんだけど、なんでこの男は気付かないかなぁ。まあ、ライトノベル的な主人公並みの鈍感だという事は、伊本さんの様子を見れば丸わかりだ。
「そういや、うたひ痛っ……相藤さんは?」
と、手を合わせてからカツ丼を一口食べ始めた俺に聞いてくる茂木。尚、「歌姫」と言おうとした瞬間、伊本さんに足を踏まれた模様だ。いちゃいちゃするんなら、どっか行けと言いたい。
なんで俺に相藤さんの事を聞いてくるのかと不思議に思っていると、茂木と伊本さんは相藤さんと講義がかなり被っているらしく、三人で一緒に受けているとか何とか。一方で俺はそんなに仲がいい訳でもないし、挨拶するだけ。なので、あんまり関わりはないな。ヨシ!
「奈々美ちゃんなら仕事よ。なに?比呂は奈々美ちゃんみたいな子がタイプなの?」
と、茂木の胸ぐらを掴んで迫る伊本氏。その目からは光が消えているのは、俺の見間違いじゃない。「タスケテ、タスケテ」と、俺に目で訴えかけてくる茂木。いや、自分で蒔いた種なのだから自分でどうにかしろ。ふう、カツ丼美味しいな。
「い、いや……そのだな。ここ数日は上杉除いた三人でよく食べていたからさ……気になって」
「言われてみればそうね」
苦しい良い訳にも聞こえたが、茂木の胸ぐらを掴んでいた手を離す伊本さん。目の光が復活していた。あ、それで納得するんだ。というか、三人でよく食べていたって……まるで俺が避けていたような言い方だな、おい。実際避けていたけど。
「上杉君、奈々美ちゃんと相性というか、性格合わない?」
俺が食べ終わるタイミングを見計らって、伊本さんがおずおずと聞いてきた。どうやら、伊本さんから見ると、俺が相藤さんを避けているのが丸わかりだったらしい。まあ、最初の挨拶もぶっきらぼうだったからな。仕方ないわな。
「合わないというか……ほら、相手は今を時めく有名人だろ?俺は
「あ、ごめん……」
俺の発言に謝ってくる伊本さん。いや、謝らんでいいから。これは俺が勝手に思っているだけだから、気にせんでいい。んで、どうしてそんな話しを?
「奈々美ちゃんが気にしてて……」
「あー……あまりにも露骨だったからなぁ」
自分でも言っていて頭が痛くなる。最初の挨拶時ですら、ぶっきらぼうな感じだったからな。そりゃ、相藤さんも不思議と言うか、不信感みたいなものを抱くのも頷ける。
「うーん。そういう感じじゃないんだよね」
「そうだな。確かに上杉の対応はあまりにも酷かったけど、それについて悪い印象を持っている感じじゃなかったな」
「なん……だと……?」
まさかの発言に、とある漫画の主人公が衝撃を受けた時に言い放った台詞を言ってしまったではないか。いや、どう考えてもあの対応は嫌われて当然だと思っていたんだが。伊本さん。伊本さんが相藤さんの立場ならどう思う?
「うーん……私なら『なに、こいつ。ふざけんじゃないわよ』って、表面上笑顔見せつつ、そう思っていたわね」
「怖っ!佳代、お前怖っ!」
「う、五月蠅いわよ比呂!あくまで仮定の話しよ!?」
「仮定でもなんでも、そういう発言できるお前が怖いわ!!」
五月蠅いのはどっちなんですかね……。水を飲みながらそう思った俺は、小さくため息を吐いたのだった。
「そういや、上杉。お前、前野が
茂木の突然の話題展開に俺は首を傾げそうになる。いや、強引すぎたから、反応が鈍くなってしまっただけなのだが、
「わりぃ……軽率だった」
「馬鹿比呂。ちょっとは考えなさいよ」
「あー……大丈夫だ。俺は気にしてないから。というか、話しが突然に変わりすぎて反応できなかっただけだし」
「そう……それならいいけど……」
と、納得していなそうな表情で、俺に心配した眼差しを向ける伊本さん。いや、本当に大丈夫だって。それで前野選手だっけ?アメリカリーグで何試合か連続で安打を記録してるって話しだろ?
「それだけじゃねーんだよ!!日本で言う二軍で、何年か鍛えてから一軍に上がるのが普通のアメリカリーグで、高卒からいきなりレギュラーで、走力とテクニックだけじゃなくて、パワーもあると来た。あのアメリカリーグの中では小柄な前野がだぜ!?」
「あー……はいはい。分かった。分かっているから。そこまで興奮すんなって」
興奮しながら話す茂木に、苦笑いを浮かべるしかない俺と伊本さん。どうも、茂木は野球の事になると周りが見えなくなるんだよな。だから、この大学に入学したばかりの頃、
「このままいけば、新人王はほぼ間違いない成績なんだぜ!?打率三割後半、ホームランは既に二十本。打点もリーグ上位。盗塁はダントツのリーグトップ!!おまけでセーブもリーグトップの二刀流!!首位独走。数年前に引退したレジェンド外野手以来の快挙もあり得るんだから、興奮しちまうよ」
「お前……なんでそこまで野球好きなのにやらないんだよ……」
滅茶苦茶早口で喋る茂木に、俺はあきれた口調で問いかける。いや、そこまで野球好きなら、実際にやってみようって思う人間もいる訳で……。実際子供の頃に、プロ野球の試合を見て、プロを目指した人間は多いと思う。他の競技でもよくある話しだろう。
「いやぁ……俺は自分がやるより、見てる方が好きなんだよ」
「比呂。野球を何回かやった事あるけど、壊滅的にセンスが無いのよね」
「さいでっか……」
右肘をテーブルについて頬をのせる俺。まあ、センスが無いのは仕方ないが、あんまり野球談議を無理にするのはよくないからな?特に、興味のない人間にとっては苦痛でしかないんだからな。
「分かってるさ。ここまで話すのは上杉と、佳代だけだし」
「なんか複雑な心境になるわね……」
「奇遇だな、伊本さん。俺もだわ」
ちょっと、うんざりした表情の伊本さんに同意する俺。「なんでだよー」と、茂木が言っているが、そこまで熱く語れないから。
そういや、相藤さんへの対応どうするか決めてねぇな。と、気付いたのは自宅のアパートに帰ってからだった。明日、茂木に相談しよう。……きっと冷やかされそうだが、相談するだけでしてみるか。あんまり有名人と関わりたくないんだけどな……。
そう、スマホに届いた一通のメッセージを見ながら思うのだった。スマホの画面にはある人物からの短いメッセージが表示されていた。
『今の調子で俺は新人王を絶対取る。だから、お前も――』