夢への長い坂道 作:シス
飲み薬に鼻薬、そして目薬しても、夜になると目が痛痒いんですよね。
あと、ショボショボします。皆さんも花粉症には気を付けてくださいね。
「そう言えば、上杉さん。前々から聞こうと思っていたのですが……」
と、講義が終わってから、歌姫こと相藤奈々美さんが移動中に俺に声をかけてきた。茂木と伊本さんもいるので、他の連中からの視線は前みたいに酷い物ではない。ただし、妬みの声やら、恨みつらみなどは耳に届くのだけは変わらないけどな。
「なに?」
「利き手、左なのですね」
その瞬間、俺達三人の表情は固まった。俺が
その理由を知っている茂木と伊本さんが固まるのは仕方ない事だろう。俺にとっては触れられては欲しくない話題のひとつでもある事を知っているのだから。
「あー……右腕を怪我した時期があってな……その時に左手で書いていたら、そのまま文字を書くのと、箸を持つのは左手でが普通になっただけ」
「そうなのですね。あの……ごめんなさい。怪我の事知らなかったとはいえ、少し軽率な質問をしてしまい」
と、俺の話しを聞いてから謝ってくる歌姫様。なんか、この人、俺に対しては謝ってばっかだな。そんな場違いな事を思いつつ、気にしてない事を伝える。それと同時に話題を変える為に、茂木に無理やり話しを振る。
「おい、茂木。今日の講義終わったら暇か?」
「あ……お、おう。今日は暇の予定だぞ?」
突然、話題を振られて、反応が鈍かった茂木だが、俺の意図を理解してくれたのか、きちんと答えてくれた。いやぁ、これで少し空気変わるから助かるわぁ。なんて心に思いつつ
「ゲーセンとかどうよ?」
「この前行ったばっかだしなぁ……古本・CDショップでも行こうぜ。昔のレアCDとかあるかもしんねぇし」
確かにこの前、茂木とはゲーセンに行ってレースゲームやらなんやらで勝負をして、圧倒的勝利を収めたばかりだから、そりゃ行きたくもないわな。さて、どうしたものか……。
「なら、四人でカラオケ行こう!!」
「佳代、四人って私も?」
「え……佳代、本気か?」
「から……おけ……?」
満面の笑みで提案してきた伊本のお嬢。それに対して困惑の表情の三人。特に俺は、カラオケなるものに行った事が無いので、どう反応していいか分からなかった。高校時代に行くだろ?とか言われそうだが、そんな時間があったなら、トレーニングしていたからな……。あの頃は、純粋に上を目指していたからな。
あ、やばっ……あの頃のことを思い出したら、ちょっと気持ち悪くなってきた。
「上杉さん、大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫だ」
心配そうに顔を覗き込んできた相藤さんに、そう言って会話に戻る。気持ち悪いのは若干残ってはいるが、普通にするには問題ない……はずだ。
「カラオケ行くけど、賛成の人!」
「予定は……大丈夫です。ただ、歌うと本気出してしまうので、一曲か二曲だけなら……」
「おっけーおっけー!奈々美ちゃんの声は仕事道具だからね。きちんとケアしなきゃいけないから仕方ないよ。ただ来てくれるだけでも嬉しいよ!」
「俺も問題なし。で、上杉はー?」
ワイワイ盛り上がっていく三人を遠巻きに見ていた俺だったが、残念な事に逃亡は失敗したようだ。ただ、この三人なら本当の事を言っても問題無いはずだ。特に茂木と伊本さんは、去年の俺の事について、俺から聞いているからな。
「悪い……カラオケ行った事ないんだ」
俺の言葉に全員固まった。そこまで驚くような事か?と、俺が疑問に思っていると、茂木が俺の両肩に手を置いて、体を揺すりながら
「上杉、お前。マジか!?マジなのか!?本気と書いてマジと読むぐらいマジなのか!!??」
「そこまで驚くような事か!?」
茂木の反応に困惑を隠せない俺。いや、俺たちの年齢で行った事ない人間なんて五万――は大袈裟だろうけれど、いるはずだぞ!?え、お前の周りにはいなかった?いや、そんな驚く事……なんだな。だって、俺の両肩に置いていた手を離して頭抱えるぐらいだもんな。悪かったなボッチで……。
「はいはい。比呂もそこまでにしなさい。上杉君、“の”の字書いちゃってるから」
「あ……わりぃ、上杉」
別にいいさ……どうせ俺は一生ボッチだよ……。体育座りをして左手で“の”の字を書く俺。
「上杉さんはボッチじゃないですよ。私達がいますもの」
俺の頭を撫でながら優しい声をかけてきたのは歌姫様でした。あの……相藤さん?何故に頭撫でてるんですかねぇ?
「え?母が、私が落ち込んでいる時に、よくやってくれたので、やれば元気出るかなと……?」
俺の問いに、キョトンとした表情で答える歌姫様。あー……これはダメなやつだな。伊本さーん。
「はーい。奈々美ちゃん。ちょっとこっちでお話ししよ?」
「え、ええ?」
俺が伊本さんを呼んだだけだというのに、全てを理解してくれて返事をする伊本さん。その伊本さんは、困惑した様子を見せる歌姫様の手を取って俺達から離れて、歌姫様に
あれ?前も見た光景だな。これがデジャヴってやつかな?なあ茂木?
「しらんがな」
「てめぇ……出荷させるぞ」
「どこに!?しかも声低くて怖っ!上杉怖っ!!」
茂木を睨む俺に対して騒ぐ茂木。嫌だなぁ、茂木。お前の事は二時間ぐらい忘れねぇから、しっかりと出荷されて来いよ。ああ、どこがいい?選ぶ権利はやるよ。
「ち、ちなみにどこ辺りなのかなー?」
「シベリアかシベリアか、シベリアだな」
「シベリア一択じゃねぇか!!」
と、俺の頭を軽く叩く茂木。いやいや、茂木よ。シベリアと言っても、あの広大な土地だぞ?まだ住みやすい場所、ちょっと厳しい場所。そして滅茶苦茶厳しい場所の三択なんだぞ?
「ちなみに、お勧めは?」
「そりゃ滅茶苦茶厳しい場所に決まってる」
「っざけんなぁぁぁ!!」
「比呂、五月蠅い」
「あべしっ!」
と、バカな事をやっていたら、茂木が伊本さんに叩かれて死んでしまった。ああ、茂木比呂よ。こんなところで死んでしまうだなんて情けない。
「死んでねぇよ!!それと、上杉!かなり間違ってるからな、それ!!」
「うっせぇわ」
「雑ぅ!!俺の扱い雑ぅ!!」
騒ぐ茂木を置いておいて、俺はカラオケに行くのかどうかの確認を伊本さん達にすると、結局行くらしい。尚、俺も連行される事は確定のようだ。それを聞いた俺が天を仰いだのだった。
俺、歌った事ないのに、どうしてこうなった――
「いやぁ!歌った、歌った!!」
「あんた、あれだけ歌ってまだ元気って凄いわね……」
カラオケ店を出てから帰り道を歩く俺達。茂木が満足そうにはしゃいでいるが、言い出しっぺの伊本さんは少し声が掠れていた。まあ、この二人は三時間でハイペースで歌っていたからな。そりゃ喉も掠れるだろうな。
「本当、皆さん上手でしたよ。私もまだまだ練習しないといけないですね」
「こら、奈々美。また敬語出てる!」
「え、うそっ!?」
少し不満げに言う伊本さんに、両手を口に当てて驚く歌姫様。クール系って聞いていたけれど、クールってなんだっけ?
「いやいや、上杉。相藤さんがクール系じゃなかったら、世の中のクール系が全部消えるぞ?」
「黙っていればクール系……なのか?」
定義について話している俺と茂木だったが、伊本さんが急にこっちに声をかけてきた
「上杉君もすごいよね。初めてのカラオケだったのに、すっごい上手だったし」
「そうか?自分ではこの中だと一番下手だと思ったんだが……」
伊本さんが褒めてきたが、首を傾げる俺。初めてだったから、手探りの状態で歌っていたからな。シャウト?もちろんしましたよ。歌ったのは自分が好きな男性ロックユニットの楽曲だ。茂木曰く
『恥ずかしがりながらシャウトするぐらいなら、思いっきりしたほうがかっけぇぞ』
との事らしい。それと、恥ずかしがりながらだと場が冷めると事らしい。よくわからん。そう思いつつ、思いっきりシャウトしたのだけれども、女性陣からは好評だった。歌っている最中に、歌姫さんからすっげぇ視線を感じたのだけれど、気のせいって事にした。素人の歌を参考にしようだなんて思ってないだろうしな。うん。
「また、四人で来ようね!」
「スケジュール合わせて行こう、佳代」
「おっ、いいねぇ!俺も賛成だ」
「……まあ、いいんじゃないかな」
「行きたくない」と言えねぇ状況。い、いや。カラオケ自体は楽しかったからいいんだけど、すぐ賛同した歌姫様。ちょっと自分の立場というものを……なんてのも言えるわけなく、俺はただ遠くを見つめるしかできなかった。とりあえず、問題さえ起きなければいいか……そんな感情を抱いていた。
「上杉さん。また行きましょうね」
笑みを浮かべて、俺にそう言う歌姫様。あ、ああ。そうだな。そう答えて、俺は三人と別れる。俺はここから南へ少し歩いたところのアパートに住んでいるけれど、三人は逆方向だからだ。
伊本さんに茂木がいるから、変なやつがいても問題はないだろうな。そう思いつつ、三人と別れてから自宅のアパートへ向かった。その時、ズボンの左ポケットに入れていたスマホが着信を知らせた。なんだろうかと思ってみてみれば――
「……今日はなんか厄日なんかね」
そう呟く俺。画面には俺の高校時代をよく知る人物。