夢への長い坂道 作:シス
そろそろ前書きのネタが無いので、次回から無しにしよう。そうしよう。
ギターを置いて、ガラスの向こうにいるプロデューサーたちの様子を見る。プロデューサーは私に見えるように、両手を頭上で大きくマルを作っていた。他のスタッフさんも、バッチリだと言うように何度も頷いていたり、親指を立てていたりしていた。
今日、私は新曲のレコーディングをしていた。前回出した楽曲がバラードだった為、原点回帰という意味合いよりは、前回のイメージとのギャップを出す為、私が最も得意とするロック調の楽曲を作成していた。
歌入れは終わっていたのだけれども、ギターソロが自分で納得いく出来ではなかったので、改めて今日収録する事になった。本当なら大学に行って、佳代や茂木さん。上杉さん達と一緒に講義を受ける日だった。けれど、優先度はお仕事の方が高い。
と、言うのも、事務所には次の楽曲を催促するメールや手紙、電話などが結構な数来ているという話し。私自身、次の楽曲にはすぐにとりかかっていて、何曲かデモを作って、次はアルバムを――と、プロデューサーと話していたのだけれども、上の方はシングル一枚でもいいから出して欲しいという話しがやってきた。
それでデモを作ったところ、大手車メーカーのCMソングとして起用される事が決まった。と、来たのがつい先日の事。
初の大型タイアップという事で、スタッフの皆さんも凄くやる気を出していて、私自身もやる気満々なのです。だから、ギターソロだけが納得いかなかったので、やり直していた訳ですが、今回のメロディは自分でも納得できる出来でしたので、一安心です。
後は、ミキシング作業*1が待っていますが、それについては私も意見は出しますが、プロフェッショナルなスタッフがやってくれますので、安心しています。
「お疲れさーん。いやぁ、奈々美もプロとして板に付いてきたわなぁ」
と、収録していたブースから出てきた私に声をかけてきたのは、灰色のスーツに身を纏ったプロデューサーである
ついこの間の事をなのに、もう何年も前の事のようだなと思いつつ、私は首を傾げて
「そうでしょうか?……まだ、手探り状態です」
「ははっ。まあ、自覚するのはずっと先だからな。今はやりたいようにやればいいさ」
「はい。ありがとうございます!」
そう。プロデューサーの大賀さんの良い所は、私が行き詰るまでは口を出さないで、さりげなくアドバイスをくれる事だ。楽曲の方向性で相談する時はあるけれど、基本は「私のやりたいようにやっていい」という放任主義?
そのおかげで、自分のやりたい楽曲を作る事が出来ているので、本当に大賀さんがいなかったら、私はプロとして活動する事が出来なかっただろう。
「あ、奈々美ちゃんお疲れ。今日はこの後、雑誌のインタビューが一件だけ入っているから、いつも通りお願いね」
「美里さん、分かりました」
そう声をかけてきたのは、私専属のマネージャーである井上美里さんだ。デビューの時に専属マネージャーとしてお会いして以来、良い信頼関係を築けていると思っている。大学に行きたいと話した時も、親身になって相談に乗ってくれた。今いるマンションも美里さんが見つけてくれた物件だ。
「では、皆さんお先に失礼します。お疲れ様でした」
「オウお疲れー」
「奈々美ちゃんお疲れー!あとは任してくれ」
スタッフの皆さんに声をかけてから、美里さんと一緒に雑誌のインタビューが行われる場所へ向かう。時間を見れば、もう夕方になっていた。上杉さん達は今頃帰宅した頃か……な。明日も、インタビューやプロモーション用の動画撮影があるから大学には行けない。
美里さんに分からないように小さく溜息を吐く。もう少し落ち着いて大学に通いたいけれども、期待されているのだから、それに応えなければいけない。そう自分に言い聞かせながら移動をするのだった。
「で、だ」
一号館のテラス席。講義が終わった連中が集まって賑やかな声が響いていた。その中に俺と茂木、そして伊本さんも入っていた。円形のテーブルを挟んで、俺の目の前に座る茂木は、とある司令官がするような両肘をテーブルについて、口が見えないような姿勢をとっていた。
「今日の議題は、上杉に相藤さんの公式音楽動画を強制的に見てもらうという事なのだが……」
「おい待てやこら。なんだその滅茶苦茶な議題」
今日の講義が終わってから、無理やり連れてこられた俺はあきれた表情を浮かべているだろうなと、自分でも分かるぐらいだった。伊本さんも同じようで、呆れた表情を浮かべていた。頼むから止めてくれ――と、そんな状態の伊本さんに視線で訴える。伊本さんは視線に気付いたようで一度頷いてから
「比呂。無理やり見せたって興味ないなら意味無いじゃない。そう言うのは、本人が興味を持ってからで十分よ」
「えー……ソンナー」
滅茶苦茶落ち込んだ様子を見せる茂木。ソンナーじゃねえよ……。呆れた俺は右手を額に当てて天を仰ぐ。なんで、こんなことで残らにゃならんのよ……。
「だってさ、友達がプロのアーティストならさ、一度は聞いておくべきだろ?」
と、不満げな茂木はそう訴えてきた。確かに、一度は聞いておいてやるべきかもしれない。でもな……
「もしかしたら、
「え?どゆこと?」
「上杉君?」
俺の言葉に首を傾げる茂木と、心配そうな表情の伊本さん。伊本さんは俺の発言の意味を察したようだな。まあ、これは俺の意見だけど、と前置きをしてから
「あくまで、
「「……」」
俺の発言に固まる二人。いや、何か言って欲しいんだけれども……。そう思っていたらいきなりテーブルを叩いて勢いよく立ち上がる茂木。
「そっか!そうだよな!!俺が間違ってたわ!ありがとな!上杉!!」
「五月蠅い、バカ比呂ぉ!!」
いや、貴女も十分、五月蠅いのではないでしょうか――なんて言える訳もなく、目の間で茂木が伊本さんに、叩き落されるのを黙って見守るしかできない俺。いやぁ……伊本さん怒らせないようにしないとな……。改めてそう認識する俺だった。
結局、茂木が無理やり俺に相藤さんの音楽を聞かせる事は無かったが、前のカラオケで歌ったアーティストが好きなのか?から始まって、どんな楽曲が好きなのかという話しで盛り上がる事になった。
「正直、最近の打ち込み系は苦手……というか、あまりピンとこないんだよな。俺はどっちかと言うと、ロック系が好きで、ヒューマンエラー的に少しずれるリズムが好きなんだよ。打ち込みってそういうの無いだろ?」
「あー……何となく言いたい事は分かる。でも、打ち込み系でもいい楽曲はあるぞ?」
「うんうん。最近流行りの楽曲の中でもいいのはあるから聴いてみたら?」
などなど、最近の流行について行けてない俺に、一度は聴いてみる事を進めてくる二人。確かに、一度も聴かないで判断するのは愚者のする事だわな。まあ、時間があったら聴いてみるわ。そう言うと
「それ、結局聴かないやつー」
と、笑いながら言う茂木。うん。否定はしない。否定は。まあ、帰ったら海外の会社が運営しているストアの視聴をしてみるさ。うん。……暇だったら。
「ロック好きなら、相藤さんの楽曲もロックだったわね」
「あ、そうなの?この間、カラオケ行った時も、ロック調の楽曲歌っていたけど、自分の楽曲もなのか……意外だわ」
伊本さんがそう話してきた。俺は言葉にもしたが意外だった。勝手なイメージではあるが、バラードやポップ調主体の楽曲をやっているもんだと思っていた。というか、ポップ調楽曲が大半を占めている現在で、ロックで大売れしているってのは凄いんじゃないか?
「気になるなら聴いてみるといいかもね。上杉君の好きな曲調かもしれないし」
「あー……前向きに検討しておく」
「なんだそれ……絶対後ろ向きだろ。お前の場合……」
俺の発言に冷たい視線を飛ばしてくる茂木。いやだなぁ。そんな事あるに決まってるだろ。
「あるんかい!!」
「比呂五月蠅い」
「ごめんなさい」
ツッコミを入れてくる茂木だったが、冷めた口調で、平坦に言ってきた伊本さんにすぐさま頭を下げるのだった、相変わらず仲が良いこったで。そう思いつつ、俺はペットボトルのお茶を飲むのだった。
結局、その後解散して帰宅した俺だったが、相藤さんの音楽を視聴する事はしなかった。なんとなくだが、自分が相藤さんを見る目が変わってしまう。そんな気がしたから。
結局、他人と言うのは、自分の聞いた事、目にした事が全てだ。なら、有名人なのに大学に通っている相藤さんという人間を、有名人として見ようとするのは、彼女に対して失礼だと思った。俺自身、
二度と戻らない。それは理解している。だから、