夢への長い坂道 作:シス
競馬に興味ない私にとって、見ようともゲームをしようとも思わないですが、創作のネタとしてよく思い浮かぶよなぁ……って、製作目線でものを考えてしまいました。
まあ、大昔にマ〇バオーっていう漫画があったからね。土台はあるよね(すっとぼけ&世代バレる
もうじき夏本番。周りが半袖やノースリーブなどの夏服に移行している中、薄い長そでを着ている俺が教室を出た矢先の事だった。
「あ、上杉くん!今から四人で遊びに――」
俺に声をかけてきたのは伊本さんだった。後ろを見れば、いつも通りと言うか……茂木と歌姫様がいらっしゃった。四人で遊ぶ予定を組んでいたようだが、残念な事に今日の俺には先約がいる。
「悪い。知り合いがこっちに来てて、今から会う約束しているんだ」
「あ、そう……なんですね」
と、誰がどう見ても落ち込んでいるようにしか見えない歌姫様。目の錯覚か。頭上に猫耳がしょんぼりとしているのが見えた。一度目を擦ってから改めて歌姫を見たけれど、猫耳がついている訳がなかった。幻影か、はたまたは俺の願望?いやいや、そんなはずがない――と、
「?どうかしました、上杉さん?」
「いや、ちょっ眩暈がしただけだ。疲れてるみたいだから、知り合いとも早めに切り上げるわ。じゃあ」
俺の行動に、キョトンとした表情で聞いてくる歌姫様。俺はそれに対して、嘘をついてからその場を後にする。急ぐ必要はないけれども、指定された場所へと向かう俺の足は、自然と速足となった。それもそうだ。思い出したくもない高校時代ではあるが、その高校時代に大変お世話になった人物を待たせているのだから。
待ち合わせに指定された場所は、駅前にある小さな喫茶店。一見さんお断りの雰囲気な場所だが、気にせずに入口の扉を開く。カランカランと、扉についていた装飾品が鳴り、俺が入店した事を店主に伝えた。
「いらっしゃい」
愛想のいい笑みを浮かべ、見た目、六十代ぐらいの初老の男性がコップを磨きながらそう言ってきた。かなり体格いいな。昔、何かスポーツでもしていたのか?そう思いつつ、俺は小さく頭を下げてから、店内を見まわす。
店内はテーブル席が五つに、カウンター席が四つの、本当に小さな店だった。駅前なのに、こんな小さな喫茶店で経営は大丈夫なのかと不思議に思いつつ、奥の席で俺の姿を見て手招きをしている、白髪が少し混じったスーツを着た男の席へと足を運ぶ。
「やあ、上杉君。元気そうで何よりだ」
「ああ……
と、言いながら席に座る。すぐさま店主の方が水の入ったコップを持ってきてくださったので、コーヒーを一杯注文した。夕方という事もあって、何か軽食を口にするという気分でもなかったので仕方ない。
テーブルを見ればノートが一冊に、さっきまで食べていたのだろう、フォークが置かれている空になった皿があった。
「相変わらず忙しそうだな……」
「ああ。こっちに全国では無名だけど、かなり有望な選手がいてな。自分の目で見てきたところさ」
と、俺の問いに笑いながら答える井生さん。本名、井生
高校一年時、全国レベルでは無名だった俺に注目していた井生さん。何度も話しをしているうちに、井生さんと俺はいい関係を築いていた。だから、年上の井生さんに対して、俺は砕けた口調で話している訳だ。
それと、あの時の真実を知っている数少ない部外者――いや、野球に携わっている時点で部外者じゃないか。それでも、真実を知っている少ない人間の一人だわな。
そんな井生さんからメールが届いたのは昨日の夜。内容は、こっちに用があるから会えないか――というものだった。なんだろう?と、思いつつも、世話になった人だから断る理由もなく、二つ返事で了承したのだった。
「んで……今日はどうして俺なんかに?」
「知り合いが元気かどうか見に来ただけさ」
と、カップに残っていたコーヒーを飲む干す井生さん。あんたは俺の親か。そんなツッコミを入れると、井生さんは笑って
「それはそれでいいな」
「親が何人もいたら、俺は頭が痛くなるよ……」
と、右手で頭を掻く。まあ、井生さんが親でも構わないけれど、実の親が泣きそうだから口にするのはやめておこう。井生さんは笑っていたけれど、しばらくして真剣な表情で俺の右腕に視線をやりながら
「腕の方は、もう大丈夫なのかい?」
「ああ……
暗に、スポーツは出来ないというニュアンスで答える俺。付き合いが長い井生さんもそれに気付いたようで、暗い表情で
「そうか……実は、まだ現場から
「それはまた……甘い考えを持っているこったで」
少し言い辛そうな井生さんだったけれど、俺にそう伝えてきた。どうやら、現場から「どういう状況か確認してきて欲しい」とでも言われたのだろう。まあ、気楽な大学生活を送っているよ。
「ああ……それは私も把握している。……ただ、確認に行けと急かされてな……」
「そりゃあ……心中お察しするわ」
と、話している最中に店主さんが持ってきてくれたコーヒーに口をつける。俺の右腕。正確には肘だが。去年の夏に
「もう、
「上杉君……」
自嘲気味に――いや、実際自嘲している。野球ってのは打つ、走る、守る。そして、投げる事が必要な競技だ。もちろん、指名打者と言って打つ専門のポジションもリーグによってはある。だが、井生さんのチームが所属しているリーグはそのポジションを採用していないリーグだ。
だから、守れたとしても、ボールを投げられない
「……あまり、自分を卑下するなよ?」
「分かってる分かってる。これでも、少しはまともになったほうだから」
井生さんの忠告に、俺はコーヒーを飲みながら答える。
「まあ……
「そうか……なら、一安心……していいのか」
そう。俺の事に気付いたが、野球していた俺としてじゃなく、ただの大学の友人として接してくれるやつらが身近にいるだけでもありがたい事だ。野球部の無い大学を選んで正解だったな。
しばらく俺たちの間に沈黙が訪れた。店内に流れるジャズテイストのミュージックが心地よい。やっぱり、こういう喫茶店にはジャズが合うな。もしかしたらジャズじゃないかもしれないけど。喫茶店イコールジャズって、なんでか知らないけれど、頭に刷り込まれているんだよな。
「あの時……お前の口から『野球嫌いになりました』って聞いた時、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。大人として、何もできなかった自分が不甲斐なかった」
数分の沈黙の後、井生さんの口から懺悔に近い言葉が飛び出してきた。あの時――病院に一緒に行くと言って、井生さんが運転する車で病院に向かっている時に、もう二度と球場に立つことはできないと理解していた。
俺の精神状態は今みたいに安定してなくて、もうずっと暗闇にいるような感覚の中で井生さんに呟いた言葉だった。そこまで追い詰められていたのだと、自分の事ながらあらためて気付く。
「井生さんのせいじゃないさ。俺があの時、キチンと言っておけばよかっただけの話しさ」
「違う!」
俺が平然とコーヒーを飲みながらそう言ったのだけれど、井生さんが声を荒げて、テーブルを叩いた。い、井生さん!ここ、喫茶店!!と、慌てて俺が宥めると、井生さんもそれに気付いて、すぐにコーヒーを飲んで盛大に息を吐いてから
「すまん」
「いや、いいけど……井生さんでも、そこまで声荒げる時あるんだな」
「そりゃ、人間だからな。俺だって」
と言って、ばつの悪そうな表情を浮かべる井生さん。スカウトしている選手一人一人を大切にする人なのは、高校時代から知っている。ドラフト会議で推薦した選手が選ばれて、その後のプロ生活でなかなか芽が出ない時も、声をかけたりしているって聞いた事がある。
だから、最近井生さんのチームはリーグでも上位の成績を残している。井生さん達スカウト人が見つけ出した選手が活躍して――だ。
「まあ、そうだよな。まあ、さっきも言ったけど、俺は野球できないってきちんと監督さんやコーチさん達に伝えてくれよ。もう、
「ああ、分かってる」
コーヒーを飲みながら伝える俺に対して、真剣な表情で頷く井生さん。あの時は、本当に参った。井生さんや、古重達が守ってくれなかったら――
「そいじゃあ、俺はそろっと帰るわ。ちょっと、レポート作成しなきゃいけないからな」
「ああ。今日は呼び出して悪かったな……って、おい!コーヒー代ぐらい俺が――」
立ち上がってコーヒー代をテーブルに置いて帰る俺。井生さんが文句言っているけれど、左手を左右にヒラヒラ動かしながら「もう選手じゃねぇから」とだけ言って店を後にする。
その際、他の席に座っている客で、
家に帰るまでの間に、課題となっているレポートの文章を考えている俺は知らなかった。