信頼水準100%世界   作:adbn

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リリア・ヴァンルージュの回想

 青い空に雲が(うすぎぬ)に似て掛かる初夏の日だった。プリンセス・イライザを名乗る霊の娘が青炎の子を見初めてから一年は待たない、五月初めのことだった。

 

 水中の人魚のように軽々と、空を駆ける彼らの大半はマジックシフト部の所属であり、ハイエナ獣人のラギー・ブッチも同様だった。ナイトレイブンカレッジにおける実践飛行術は、必修の飛行術二種を高い成績で通過したもののみが選択できる科目である。地上を駆けるよりもあるいは速く飛ぶ、本当の意味で飛行術を修めることに成功した生徒のみに許された自在の遊び場。飛行レーシングを含む空中競技と、それから箒と魔法による防衛・攻撃を同時に操る術を磨くための。

 

「ゴーストのお姫様、いつ居なくなってくれますかね」

 戴冠することなく死んだかの亡国の姫君が予告の通り夫と臣下の他に我が子を連れて学園に姿を現してから、もう五日は経とうとしていた。けれどラギーが含む意図はそのことではない。彼の見送ったすべての死者の行く先に、きっと毎年再訪するだろう彼女たちも早いところ行ってはくれないだろうかと、彼は呪っている。あの恋愛脳の少女が地上や死者の国で遊び暮らすことを許されて、ラギーの仲間たちが飢えや渇きや傷に倒れたきり今日も生家に帰ってこないだなんて不条理を、少年は許すことができなかった。

 辛うじて、その恨みを魔法の形にしないだけの理性はあったけれど。

 

「まあそう言ってやるな。いかに未練が晴れたとしても成仏となれば慎重にもなろうよ」

 僅かにも魔力を含まぬ口の端だけの呪詛を、齢幾百の蝙蝠妖精は聞き咎めた。今滑らかに距離を詰めたリリア・ヴァンルージュにとって、真に学びが必要な教科は多くない。扱うに楽しい授業ばかり選択していると噂のディアソムニア副寮長に、ラギーは含むものなく聞き返した。

「そう言うモンっスか」

 

「死者の国ならともかく、あの世から戻ってきたゴーストをわしは知らん」

 リリア・ヴァンルージュが見送り、あるいは滅ぼしてきた人間たちの幾らかは、今も死者の国で暮らしている。ハロウィンには地上に戻り、肉の軛から自由になって以来、今日のこの日も終わりの形を忘れたように、暮らしている。

 

「死者の国ってあの世じゃないんスか!?」

 妖精種であればいざ知らず、生命溢れる夕焼けの草原に生まれついたラギーにとって、ゴーストたちの国は縁遠いものだった。その存在を知らないまま皆揃って彼岸に渡ってしまうくらいに、死者の国はハイエナから遠いものだった。

「む。そこからか」

 

 ぐるりと上下逆さになったリリアは高度を上げて視線を合わせると、思案するように口を開いた。明るいマゼンタの内髪を、青に白に瞬かせながら彼は言う。

「死者の国はゴーストの国……茨の谷にも近いかの。地理や土地特性の問題で人間が滞在するにはちと問題があるが、地上に実在する地域にすぎん」

 ほんの僅かに寂しさの滲んだ声と、黒髪に混ざるネイビー。この学園に通う誰より年長の元近衛兵は、知人の命日ではない日を知らない。たとえば愛した人間を追って火葬の焔に身を投げた、雷鳴の母がいたように。

「あの世というのは、ゴーストにならなかったりゴーストをやめた死者がいる場所のことじゃが……行き来に成功したという話は聞かぬの……あの『雨天』の娘、どうなったことやら」




エース・トラッポラの驚嘆:高次魔法論概説にて、召喚術教師とハートのAと一山幾らの卵たち。
「は?あの先輩ナニモン?」「つーかじゃあオルトって……」
アズール・アーシェングロットの疑義:ボードゲーム部室にて、深海の商人と炎の工学者。
「イデアさんから見た人魚と人間の最大の違いって、何ですか?」
リリア・ヴァンルージュの回想:実践飛行術にて、ハイエナ少年とコウモリ妖精。
「あの世から戻ってきたゴーストをわしは知らん」

オルト・シュラウドの証言:図書室にて、梨と林檎とバッテリー。
「『広域スキャンの結果、嘆きの島地下に特筆すべき構造は発見されませんでした』」
セベク・ジグボルトの自戒:東3-5魔法実技教室にて、雷鳴と大釜。
「世界を平伏させる術を持つこと、僕たちは自覚するべきだ」
イデア・シュラウドの述解:イグニハイド寮長室にて、術者I.S.
「あの子は僕の弟だよ」「僕がそう決めたんだから」
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