「……この記述、ほんとだと思うか?」
ナイトレイブンカレッジの誇る無数の蔵書に囲まれて、ジャック・ハウルはそう言った。視線の先のラベンダーが傾げられるのと、青炎灯る彼らの友人が通りがかるのとは殆ど同時だった。
オルト・シュラウドの腕に抱えられた抱えられた複数の書籍は、彼の兄の申請によって書庫の奥から取り出されたものである。イデア・シュラウドが外出を面倒がって弟に引き取りを任せるのも、これが初めてのことではなかった。
「どれのこと?……『嘆きの島は憤怒の山を中央に抱える火山島であり、島の随所に過去の地震・噴火によって形成された洞窟が見られる。なお、冥神を奉じる神殿を島に持つことからか、このうち最も大きな地下洞窟が冥界に続いているという説が存在する』」
宙に浮かぶ機械の少年が、ジャックの指が示す先を声でなぞる。純正の人類であれば自然に籠もるであろう抑揚さえ排除されたその声だけは、ジャックには好きになれそうにない。一瞬息を詰まらせた狼人の少年に言葉がかけられる前にと、エペル・フェルミエは少し慌てて口を挟んだ。
「そういえばオルトクンは嘆きの島出身だっけ」
「そうだよ」
肯定と共に軽く頷いて、オルトは考えるようにして言葉を続けた。何かが引っかかったような感覚を覚えて、蛋白質ではなく半導体で構成される自身の記憶領域にアクセスする。
「地下の洞窟かあ。ちょっと古いデータだけど……『広域スキャンの結果、嘆きの島地下に特筆すべき構造は発見されませんでした』」
「俗説は俗説ってことか?まあそうだよな」
ジャックは納得して頷いた。ゴーストの住まう現代の死者の国と、神話に謳われるハデスの領域が異なることを、輝石の国の少年少女は残らず教わる。冥界とも呼ばれる神話の領域が今なお実在するのであれば、
ポムフィオーレの親友が残念そうな表情を浮かべるのを見て、遅れてジャックにも落胆の念が生まれる。本当だったらよかったのに、と言い合う二人を見ながら、オルト・シュラウドは再び記憶領域を探索していた。嘆きの島の地下構造データは、相当力を入れて調べたのだろう、随分詳細に残されていた。けれどオルトにはそれを調べた記憶がない。今の自分どころか以前の「オルト・シュラウド」が残した記憶まで浚っても、だ。その間に横たわる三年間の断絶の中身をオルトは知らない。たとえオルトがそれを望んですら、兄は一生知らせないだろう。
エース・トラッポラの驚嘆:高次魔法論概説にて、召喚術教師とハートのAと一山幾らの卵たち。
「は?あの先輩ナニモン?」「つーかじゃあオルトって……」
アズール・アーシェングロットの疑義:ボードゲーム部室にて、深海の商人と炎の工学者。
「イデアさんから見た人魚と人間の最大の違いって、何ですか?」
リリア・ヴァンルージュの回想:実践飛行術にて、ハイエナ少年とコウモリ妖精。
「あの世から戻ってきたゴーストをわしは知らん」
オルト・シュラウドの証言:図書室にて、梨と林檎とバッテリー。
「『広域スキャンの結果、嘆きの島地下に特筆すべき構造は発見されませんでした』」
セベク・ジグボルトの自戒:東3-5魔法実技教室にて、雷鳴と大釜。
「世界を平伏させる術を持つこと、僕たちは自覚するべきだ」
イデア・シュラウドの述解:イグニハイド寮長室にて、術者I.S.
「あの子は僕の弟だよ」「僕がそう決めたんだから」