「あの子は僕の弟だよ」
イデア・シュラウドは自身の最高傑作について問われたとき、いつでもそう言った。続く言葉を自身の中に隠して、必ずそう言った。
中空に浮かぶ
「あの子は僕の弟だ」
無意識にこぼれ落ちたその言葉は、神への祈りか、そうでなければ彼自身を洗脳するかのようだった。弟が泊まりがけで友人を訪ねた一人きりのこんな夜には、イデアの口も続きを落とした。
「僕がそう決めたんだから」
かつて、イデア・シュラウドには双子の弟がいた。オルトと名付けられたその少年が雷に撃たれ落命したその瞬間に、兄は居合わせることができなかった。居合わせたのなら、彼には何かできたかもしれない。どこかへ行ってしまう弟をこの地上に留めておくことが、この天才にはできたのかもしれない。けれどそれも、結局は可能性の話でしかない。
弟を失ったイデア・シュラウドは、禁忌を犯すことを躊躇わなかった。エレウシスの秘儀、極東の反魂香、ゾンビ・パウダーやミイラ製法にすら一縷の望みを掛けて手を伸ばした。そのどれにも顧みられなかったイデアが、オルフェウスに倣おうと試みるまでにそう時間は掛からなかった。
イデアの家系に時偶見られる、この冷たく燃える青の髪を、嘆きの島では
「あの青が世界のどこにもなくても」
けれどたとえば
「あの地下になんにもなくても」
冥界に繋がるという嘆きの島の地下洞窟は、広いだけで行き止まりだった。実際に歩いて回っても、反響調査の結果と同じ結果に行き着くだけだった。
「神様なんてものがとっくにどこにも居なくたって」
今の世界は、妖精にすら生き辛いのだと、イデアだって知っていた。あらゆる奇跡に、魔法という名前を付けてしまったこの時代は、神々が住まうには曖昧なところが少なすぎるのだと思う。
だからイデアは最後に、自分を恃むことにした。天才だと讃えられた自分自身に、どんなことだって克明に描けるこの想像力に、人よりも妖精種に近い膨大な魔力に、頼ることにした。
「降霊術どころか魔法全般、自分の頭の中だけが正しいんだ、って。世界に確かなものなんて何もないんだ、って証明にすぎない」
イデア・シュラウドの知る限り魔法とは、世界よりも自分が正しいのだと言ってのけるような真正の狂人にしか扱えないものだ。想像力で作った枠組みを魔力で補強して、この
それでもとっくのとうに、イデア・シュラウドに止まるという選択肢は存在していなかった。
幸いにも、あるいは誰にとっても不幸なことに、イデア・シュラウドはこれ以上ないほど降霊の才に満ち溢れていた。声も、記憶も、思考も、魂でさえ、イデアの脳は「オルト・シュラウド」の在るべき姿を描くことができた。なにもないところに弟を喚んでくることができた。できて、しまった。
「だから、あの子は僕の弟だ」
どっちの「オルト・シュラウド」だって、イデアの弟だ。世界と天秤に掛けてもまだ重い、イデアの弟だ。
エース・トラッポラの驚嘆:高次魔法論概説にて、召喚術教師とハートのAと一山幾らの卵たち。
「は?あの先輩ナニモン?」「つーかじゃあオルトって……」
アズール・アーシェングロットの疑義:ボードゲーム部室にて、深海の商人と炎の工学者。
「イデアさんから見た人魚と人間の最大の違いって、何ですか?」
リリア・ヴァンルージュの回想:実践飛行術にて、ハイエナ少年とコウモリ妖精。
「あの世から戻ってきたゴーストをわしは知らん」
オルト・シュラウドの証言:図書室にて、梨と林檎とバッテリー。
「『広域スキャンの結果、嘆きの島地下に特筆すべき構造は発見されませんでした』」
セベク・ジグボルトの自戒:東3-5魔法実技教室にて、雷鳴と大釜。
「世界を平伏させる術を持つこと、僕たちは自覚するべきだ」
イデア・シュラウドの述解:イグニハイド寮長室にて、術者I.S.
「あの子は僕の弟だよ」「僕がそう決めたんだから」