信頼水準100%世界   作:adbn

6 / 6
イデア・シュラウドの述解 /「正統性」

「あの子は僕の弟だよ」

 イデア・シュラウドは自身の最高傑作について問われたとき、いつでもそう言った。続く言葉を自身の中に隠して、必ずそう言った。

 

 中空に浮かぶ非実体(ホログラム)ディスプレイと自身の髪が発する青色光だけを明かりにして、イデア・シュラウドは今日も自室でキーボードを叩く。人の意識では無限に続くようにすら思えるゼロとイチの連なりで、あらゆる知恵と技術を基盤として設計された金属化合物と有機高分子の集合体で、イデア・シュラウドが施す神秘を上書きするために。いつか彼の弟が、「再び」彼だけで世界に立つ日が来るために。嘆きの声を上げるためでなく、オルト・シュラウドに二つ目の心臓を授けるためにこそイデア・シュラウドは、神の一柱(プロメテウス)にさえ例えられる異端の天才は夜を徹する。

 

「あの子は僕の弟だ」

 無意識にこぼれ落ちたその言葉は、神への祈りか、そうでなければ彼自身を洗脳するかのようだった。弟が泊まりがけで友人を訪ねた一人きりのこんな夜には、イデアの口も続きを落とした。

「僕がそう決めたんだから」

 

 かつて、イデア・シュラウドには双子の弟がいた。オルトと名付けられたその少年が雷に撃たれ落命したその瞬間に、兄は居合わせることができなかった。居合わせたのなら、彼には何かできたかもしれない。どこかへ行ってしまう弟をこの地上に留めておくことが、この天才にはできたのかもしれない。けれどそれも、結局は可能性の話でしかない。

 

 弟を失ったイデア・シュラウドは、禁忌を犯すことを躊躇わなかった。エレウシスの秘儀、極東の反魂香、ゾンビ・パウダーやミイラ製法にすら一縷の望みを掛けて手を伸ばした。そのどれにも顧みられなかったイデアが、オルフェウスに倣おうと試みるまでにそう時間は掛からなかった。

 

 イデアの家系に時偶見られる、この冷たく燃える青の髪を、嘆きの島では冥府の熾火(ハーデス・エンバー)と呼ぶ。かの髪麗しき君、不可視なる善き忠告者が力を失ったその時に頼るべく地上に残した権能の欠片なのだと。その伝承に縋って、イデアは死者の国の王(ハデス)に慈悲を乞うた。

「あの青が世界のどこにもなくても」

 けれどたとえば妖精族(ニュンペー)の力を借りても、シュラウドに残された交神の秘儀を用いてさえ、イデアの祈りに応える声は、「ならぬ」の一言ですら、なにもなかった。

「あの地下になんにもなくても」

 冥界に繋がるという嘆きの島の地下洞窟は、広いだけで行き止まりだった。実際に歩いて回っても、反響調査の結果と同じ結果に行き着くだけだった。

「神様なんてものがとっくにどこにも居なくたって」

 今の世界は、妖精にすら生き辛いのだと、イデアだって知っていた。あらゆる奇跡に、魔法という名前を付けてしまったこの時代は、神々が住まうには曖昧なところが少なすぎるのだと思う。

 

 だからイデアは最後に、自分を恃むことにした。天才だと讃えられた自分自身に、どんなことだって克明に描けるこの想像力に、人よりも妖精種に近い膨大な魔力に、頼ることにした。

 

「降霊術どころか魔法全般、自分の頭の中だけが正しいんだ、って。世界に確かなものなんて何もないんだ、って証明にすぎない」

 イデア・シュラウドの知る限り魔法とは、世界よりも自分が正しいのだと言ってのけるような真正の狂人にしか扱えないものだ。想像力で作った枠組みを魔力で補強して、この三次元(げんじつ)を塗り替える術だ。水槽の中の脳が見るような、蝶と人が互いを夢見るような、一炊の幻に世界の全てを貶めるものだ。

 

 それでもとっくのとうに、イデア・シュラウドに止まるという選択肢は存在していなかった。

 

 幸いにも、あるいは誰にとっても不幸なことに、イデア・シュラウドはこれ以上ないほど降霊の才に満ち溢れていた。声も、記憶も、思考も、魂でさえ、イデアの脳は「オルト・シュラウド」の在るべき姿を描くことができた。なにもないところに弟を喚んでくることができた。できて、しまった。

 

「だから、あの子は僕の弟だ」

 どっちの「オルト・シュラウド」だって、イデアの弟だ。世界と天秤に掛けてもまだ重い、イデアの弟だ。




エース・トラッポラの驚嘆:高次魔法論概説にて、召喚術教師とハートのAと一山幾らの卵たち。
「は?あの先輩ナニモン?」「つーかじゃあオルトって……」
アズール・アーシェングロットの疑義:ボードゲーム部室にて、深海の商人と炎の工学者。
「イデアさんから見た人魚と人間の最大の違いって、何ですか?」
リリア・ヴァンルージュの回想:実践飛行術にて、ハイエナ少年とコウモリ妖精。
「あの世から戻ってきたゴーストをわしは知らん」
オルト・シュラウドの証言:図書室にて、梨と林檎とバッテリー。
「『広域スキャンの結果、嘆きの島地下に特筆すべき構造は発見されませんでした』」
セベク・ジグボルトの自戒:東3-5魔法実技教室にて、雷鳴と大釜。
「世界を平伏させる術を持つこと、僕たちは自覚するべきだ」
イデア・シュラウドの述解:イグニハイド寮長室にて、術者I.S.
「あの子は僕の弟だよ」「僕がそう決めたんだから」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。