この話は、素直になれない少女の物語

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正直、私はあの人が苦手だ。

吹雪型の中から私が秘書艦に選ばれたのは、光栄な事だし、何よりも感謝しなければならないことだってことは分かってる。

でも、選ばれてからは最悪の日々だったわよ。

後片付けはしない、書類は失くす、容量悪いくせに頑固だから最後までやろうとして夜まで付き合わされる。

全く、なんで私がこんな目に会わなくちゃいけないのよ。

「悪ぃ叢雲、ここにあった書類知らねぇか?」

「ったくあんたって人は!」


天ノ弱チョコレート

「おはよう叢雲」

 

「あぁ……はぁ、おはよう」

 

提督の挨拶に白髪の少女がぶっきらぼうに答える。

 

彼女の名は「叢雲」、吹雪型の五番艦として建造され、鎮守府の初期から配属されている。

 

頭も良く、非常に頼りになる所を提督に評価されて長く秘書艦に配備されている。

 

叢雲は今日もいつもと同じように提督にお茶を用意し、自分の席に着いた後にメガネをかけて執務を開始した。

 

「ねぇ、明日までに仕上げなきゃいけない書類を昨日アンタに渡したはずなんだけど。ちゃんと仕上げたの?」

 

「あぁ、あれなぁ……はははっ……」

 

提督の挙動不審な態度を見て、叢雲は眉間に皺を寄せて提督を睨む。

 

「いい加減にしなさいよ!アンタ仮にもこの鎮守府を支える指揮官なんだから!!」

 

「わーかったって!ごめんごめん!昨日は本当に離せない用事があったんだって!」

 

「……ったく、今日は工房で明石さんと打ち合わせがあるから夕方くらいまで執務室を空けるわ」

 

そう言って叢雲は書類をまとめてファイルに挟んで立ち上がる。

 

鎮守府の設備や艦娘の艤装を管理している明石との打ち合わせは時間がかかり、早く終わったとしても夕方になっていたりする。

 

「私が帰ってくるまでには仕上げておきなさいよ?いいわね!」

 

時計をチラチラと確認しながらドアを開け、提督に対してそう言い捨てて、叢雲は執務室のドアを勢いよく閉めた。

 

ドアを閉めた音が執務室に響き渡り、叢雲の足音がだんだんとドアの前から離れていく。

 

「はぁー……お袋かよお前は」

 

叢雲の足音が完全に離れたことを確認した提督は、静かな執務室の机の上で、一人で呟いた。

 

※※※※

 

「はい、じゃあ打ち合わせはこれで終わり!叢雲ちゃん、お疲れ様!」

 

明石が手を叩き、叢雲に言葉をかける。

 

打ち合わせは結局夕方まで続き、ある程度話がまとまったところでとりあえず一旦終了することとなった。

 

「はい、お疲れ様。とりあえず今日話した内容は書類にまとめて、後で指揮官の元に持っていくわね」

 

「はーい、任せたわよ」

 

叢雲がそう言うと、明石はお茶を湯呑みの中に入れ直す。

 

話し合いが終わった後に明石がお茶を入れ直すのは、「もう少し話がしたい」というサインだ。

 

それに気づいた叢雲は、少し考えた後、「少しだけよ」と言って座り直す。

 

鎮守府にまだ艦娘が殆どいなかった時から2人は仲良くしていた為、今でも2人で話をしたりする。

 

「そういえば、叢雲ちゃんって長い間提督の秘書艦やってるよね?」

 

「もう2年くらいやってるわね」

 

「何かー……浮ついた話とかないの?」

 

明石がニヤニヤしながら叢雲に問う。

 

「バッ……!?そんな事あるわけないじゃない!」

 

明石の問いに叢雲は立ち上がって猛烈な勢いで答える。

 

力強く握りすぎたのか、せっかく話し合って作った書類にしわが入る。

 

「あららら……力入れすぎ」

 

明石が叢雲から書類を受け取り、紙をゆっくりと伸ばしてしわを直す。

 

「後片付けも出来ないし、書類はどっかに失くすし、女好きだし……あんなやついい所なんて全然無いわよ!」

 

「そーお?私には結構真面目に見えるんだけどな」

 

「どこが!?どうせ猫かぶってるだけよ!秘書艦やってるとあの人の本性なんていくらでも見れるわよ!」

 

「そっかぁー」

 

明石は叢雲の提督への罵倒を聞きながら、伸ばしきった紙を見て満足そうな顔をする。

 

それを見た叢雲は少し落ち着きを取り戻したのか、椅子に座り直してお茶を飲む。

 

 

 

「じゃあ、叢雲ちゃんはなんで秘書艦を辞めないの? そんなに嫌だったら、別の人に任せるのも一つの手なんじゃないの?」

 

「……。」

 

その質問を聞いて、叢雲は少し黙り込む。

 

そして少し考えた後、先程より落ち着いた声で話し出す。

 

「要領悪い癖に変にこだわりがあるから、1度決めたら辞めないのよあの人。それを見てたらほっとけなくなっちゃったのよ」

 

「ほぉー……?」

 

明石が目を細めながら、叢雲の方を見つめる。

 

「そ……それにあんな危なっかしい人、他の子には任せられないわよ。こんな目に遭うのは私だけで十分」

 

「へぇー……?」

 

「と、とにかく!あんなやつとの浮ついた話なんてある訳ないわ!じゃあもう私行くから!」

 

明石の反応を見た叢雲はまた少し顔を赤らめながら話を終わりにし、明石が直した紙を受け取って工房から去っていく。

 

「あっ!待って叢雲ちゃん!」

 

「何!?」

 

「あと2日でバレンタインだよー!」

 

「もうっ!」

 

叢雲は苛立った様子で廊下への道を歩いていく。

 

明石はそんな叢雲の背中を見つめながら、優しく手を振った。

 

※※※※

 

執務室へと続く道を、叢雲は不機嫌そうに歩く。

 

『じゃあ、叢雲ちゃんはなんで秘書艦辞めないの?』

 

先程明石が言っていた言葉が頭の中を掻き回し、叢雲はさらに不機嫌な顔になる。

 

(そんな事私も分かんないっての!もう……明石さんったら本当に……)

 

と、ここまで考えた叢雲の頭の中に1つの疑問が思い浮かぶ。

 

(そういえば、あの人はなんで私以外の子に秘書艦をさせないのかしら? あんな人とはいえ女世帯に男1人……司令官の事を想ってる子だっているはず)

 

(そして、そんな子だったら秘書艦になりたいと司令官に言ったことがあるんじゃないかしら?)

 

急に浮かんできた大きな疑問が、叢雲の脳内を侵略するように覆い尽くす。

 

(まぁ、後で聞けばいいわよね)

 

執務室の前に到着した叢雲は、とりあえず一旦考えることを後回しにして、ノックの後にドアを開けた。

 

「入るわよ司令か ━━━━」

 

「ぐー……ぐー……」

 

執務室に入るなり叢雲の目に映ったのは、居眠りをする提督だった。

 

叢雲は無言で提督に近づき、手に持っていたファイルで提督の頭を叩く。

 

「いてっ!何すんだよお袋!」

 

「誰がお袋よ! アンタ、しっかり書類終わらせたんでしょうね?」

 

「あぁ、叢雲か……これだろ?終わらせといたよ」

 

提督が眠そうな目をパチパチさせながら、叢雲に書類を差し出すと、叢雲は驚いたような表情を見せる。

 

「あら?アンタにしては珍しいじゃない、絶対忘れると思ってたのに」

 

「俺をなんだと思ってんだよ……流石にこれくらいは終わらせられるって」

 

叢雲の言葉を聞いて、提督は少し不機嫌そうな顔になる。

 

叢雲は、そんな提督の顔を見ながら手に持っているファイルを戸棚に入れ、提督の隣にある席に座る。

 

「なにか思うことでもあったの?」

 

「まぁな、いつもお前に助けられてばっかじゃ、提督として情けねぇだろ」

 

「ふぅん、いい心がけね」

 

一通り会話を終えた後、執務室には静寂が訪れる。

 

ペンで文字を書く音、お互いの息遣いまで耳を触ってくるほど、静かな空間になっていた。

 

仕事をしている提督の横顔を見ながら、叢雲は先程考えていたことをもう一度思い返す。

 

 

何故、私以外に秘書艦を任せないのか。

 

 

考えれば簡単な話だ、秘書艦は簡単な仕事じゃない、だから着任歴が長い私が託されているのだ。

 

でも、そうなると他の古参の人達も対象に入るはず。

 

特に私の姉、駆逐艦「吹雪」なんかはこの鎮守府の初期艦だ。私が来るまで秘書艦を務めることもあったはず、だが、途中で私に変わった。

 

(何故、私なんだろう)

 

長い間司令官の秘書艦を務めてきたけど、考えたことは1度も無かった。

 

 

疑問は考えれば考えるほど大きくなっていき、仕事が手につかないほどに頭の中を蹂躙する。

 

遂に耐えられなかった叢雲は書いていたペンを置き、提督の横まで近づいた。

 

「ねぇ、指揮官」

 

「どうした?」

 

叢雲の呼び声に、提督は顔を上げて答える。

 

「なんで、アンタの秘書艦はずっと私なの?」

 

「え?」

 

突然の質問に驚いた提督は、素っ頓狂な声を上げる。

 

「だから、私以外の子に任せようって思ったことないわけ?って聞いてるの」

 

「特に無いが、急にどうした? もしかして今日で秘書艦辞めるとか……?」

 

提督が恐る恐る叢雲の顔を見上げる。

 

「そうじゃないわよ、単純に気になっただけ」

 

その言葉を聞いて安心した表情を浮かべた提督は、理由について話し出す。

 

「うーん、まぁ秘書艦は初めは直感で決めたからな。吹雪も良くやってくれてたけど、叢雲の方がどことなく俺の秘書艦に向いてる気がしてさ」

 

「まぁ実際選んだらやたら厳しいわなんやらで、すげー苦労したけどな!」

 

提督は笑いながら叢雲の質問に答えた。

 

「なにそれ、じゃあ私以外の人に秘書艦変えればよかったんじゃないの?」

 

提督の言葉に叢雲は少し不機嫌になりながら、提督に怒りの言葉を投げかける。

 

「あぁー……まぁ、そうなんだけどな」

 

提督はそこまで言って少し黙り込む。

 

「色々とこっちにもあるんだよ。あまり気にすんな、嫌なら俺に言ってくれればすぐ辞めさせてやるから」

 

「ふーん……まぁいいわ。ちょっと気になったから聞いただけだから、ありがとう」

 

「お、おう」

 

質問の回答を聞いた叢雲は、自分の席に戻って執務を再開する。

 

(なんだ、特に意味は無かったのね……はぁ、よく良く考えればそうだわ、あの人がそんなに考えて秘書艦を選ぶわけないもの)

 

叢雲は大きな溜息をつき、書類の文字を見つめる。

 

(考えてた私がバカだったわね)

 

そう思いながら叢雲はカレンダーを見つめる。

 

今日は2月12日、あと2日経ったらバレンタインだ。

 

(バレンタインか……私にとっては関係ない話ね、好きな人なんて……いないし)

 

ふと提督の方を見つめる、提督はいつも通り頭を搔きながら書類とにらめっこをしていた。

 

急に提督が叢雲の方を向いた、目があった叢雲は直ぐに書類の方に目線を変える。

 

「今こっち見てなかったか?」

 

「見てない!」

 

「いやでも……「うっさい!早く仕事やりなさい!」

 

叢雲の言葉に提督は少し驚き、直ぐに作業を再開する。

 

そんな時、執務室の扉が開き、戦艦のビスマルクが執務室に入ってきた。

 

「失礼するわ、アドミラール」

 

「お、ビス子か」

 

「あの件について話に来たのだけど」

 

「おぉ!そっか、じゃあここじゃない場所で……」

 

叢雲が提督の言葉を聞いて立ち上がる。

 

「ちょっと!どこに行くのよ!」

 

「悪い、ちょっと席外すわ」

 

そう言って提督はビスマルクと執務室から出ていく。

 

執務室に取り残された叢雲は、執務机を強く叩き、頭を抱える。

 

(あんなやつなんて……好きじゃないんだから!)

 

叢雲は気持ちを吐き出すように文字を書類に書く。

 

自然とその手に持つペンには力が籠っていた。

 

 

 

 

「叢雲ちゃん!」

 

同室の子であり叢雲の姉、吹雪が叢雲を呼ぶ。

 

手には買い物の袋を持っており、何かを買ってきた様子だった。

 

「何よ、何か買ってきたの?」

 

「チョコレートだよ、明後日はバレンタインでしょ?」

 

「あー……そんな行事もあったわね」

 

叢雲は素っ気なく吹雪に言う。

 

吹雪は買い物袋からチョコレートをいくつも取りだし、棚の中に入れていく。

 

「叢雲ちゃんはあげないの?司令官さんに」

 

「なっ!?あげないわよ!」

 

叢雲は吹雪に強い口調で言う。

 

「何で?」

 

吹雪はキッチンを片付けながら叢雲に問いかける。

 

叢雲は吹雪の方に歩いていき、片付けを手伝い始めた。

 

「アイツと私はそんなんじゃないから、あげる理由なんて無いでしょ?」

 

「そうかなぁ、もう長い付き合いじゃないの?」

 

鎮守府の初期艦の吹雪は、提督と叢雲がどれくらいの付き合いで、どれくらいの距離感なのかを知っている。

 

だからこそ、叢雲が司令官にチョコをあげない事が不思議なのだ。

 

「長い付き合いだけど……あんなやつの為にチョコを作るだなんて……」

 

「ふぅーん」

 

吹雪はニヤニヤしながら叢雲を見つめる。

 

「何よ、そんな顔して」

 

そんな吹雪の顔に気づいた叢雲が、少し不機嫌そうに吹雪に言った。

 

吹雪はそんな叢雲を見て、更に口角を上げた。

 

「いやー?叢雲ちゃんって、いつも司令官さんの話ばっかりしてるよねーって」

 

「なっ!?今の話はアンタから……!」

 

「今じゃなくて、いっつもだよ」

 

吹雪が少しだけ真剣な顔になって、叢雲を見つめる。

 

「司令官の愚痴もそうだけど……細かいところに気がついたり、体調悪そうにしてたら心配してたり……よく見てるし、よく話してるなーって」

 

「っ……!」

 

叢雲は顔を赤くしながら後ずさりした。

 

その様子に気づいた吹雪は叢雲に畳み掛ける。

 

「そろそろ素直にならないと、気持ちははっきり言わないと伝わらないよ?」

 

「……!うっさい!とにかく私はやらないから!」

 

叢雲は酷く怒った様子で部屋から出る。

 

ドアを力強く閉める音が部屋に響き渡る部屋で、吹雪は呆気に取られた表情で立っていた。

 

 

 

 

廊下を不機嫌そうに叢雲は歩いていく。

 

叢雲は夕日が差し込む窓から外を眺める。

 

嬉しそうに走り回る海防艦たち、ベンチで休んでいる人、自動販売機で飲み物を買っている人など、平和な風景が目の前に広がる。

 

ふと鎮守府の入口の方を見ると、駆逐艦たちが買い物袋を持ちながら鎮守府に入ってきた。

 

白露型の夕立が、美味しそうにチョコを食べながら歩いている。

 

(あぁ……あの子たちもチョコを買ってきたのね)

 

叢雲はそんな風景を見ながら黄昏れる。

 

(素直になる……か)

 

(私は……あいつの事を好きなのかしら)

 

(確かに吹雪の言う通り、ずっとあいつのことを考えてしまっている自分がいる)

 

窓の縁に着いているホコリを外にはらいながら、叢雲はため息をつく。

 

 

(いやいや、そんな事は無いはず!単純にストレスがありすぎて考えちゃってるだけよ!)

 

 

叢雲は1人で窓の縁を叩きながら、そう自分に言い聞かせる。

 

 

 

 

(でも前に……私がミスした時に、私の代わりに謝ってくれていた事があったなぁ……)

 

(そういえば、昔に私が大破しちゃった時に泣きながら運んでくれたのもあいつだっけ)

 

 

 

「……はっ!?なんでそんなこと今思い出すのよ私!!!」

 

叢雲は自分で言い聞かせた傍からまた司令官の事を考えてしまっていた。

 

「あぁもう!!!」

 

叢雲は1人で何度も壁を叩く、自己嫌悪と羞恥の波が同時に襲いかかってきた。

 

それに耐えきれなくなった叢雲は、その場に座り込む。

 

 

 

「どうされましたか?」

 

急に横から声が聞こえてくる。

 

まるで母親のような、優しく甘い声。

 

叢雲が声の方を見ると、軽空母の鳳翔がそこに立っていた。

 

「あぁ……鳳翔さん……」

 

「大丈夫ですか?少しお悩みのようだったので……」

 

鳳翔の優しい声に、叢雲は少しだけ涙を流す。

 

それを見た鳳翔は慌てだした。

 

「大丈夫ですか!?何かあったのですか?」

 

「だ、大丈夫です!少し考え事をしていて……」

 

叢雲はそこまで言って黙り込む。

 

そしてしばらく考え事をしたあと、口を開いた。

 

「鳳翔さん、お聞きしたいことがあるんです」

 

「はい、大丈夫ですよ?」

 

鳳翔は壁に寄りかかり、叢雲に寄り添う。

 

「これは、私の友人の話なんですが」

 

 

「とある異性の事を、好きなのか分からないらしいんです」

 

 

「長い付き合いらしくて、気がついたらいつもその人のことを考えてしまうらしいんです」

 

 

「でも、本人は恋をした事がなくて、それが恋という感情か分からないらしいんです」

 

叢雲はぽつぽつと事情を話し始めた。

 

自分の話ではなく、友人の話として。

 

「鳳翔さんは……どう思いますか?」

 

叢雲はそう言うと、恐る恐る鳳翔の方を見る。

 

鳳翔は微笑みながら、叢雲の肩に手を乗せた。

 

 

 

「私は……その方の事をあまり知りません、だから断言はできないのですが……」

 

「なにか小さな幸せを見つけた時、最初に誰に伝えたいか、聞いてみてください」

 

叢雲は鳳翔の方を見つめながら首を傾げる。

 

「小さな……幸せ?」

 

「どれだけ小さな事でもいいんです、虹を見た時でも……アイスで当たりを出した時でも、どんなことでもいい、それを一番最初に伝えたい人を思い浮かべるんです」

 

「それで真っ先に思い浮かんだのがその異性の方なのでしたら……それは、恋なんじゃないでしょうか」

 

そう言い終えたあと、鳳翔は叢雲にもう一度微笑みかけた。

 

叢雲はそんな鳳翔さんを見つめながら考え事をする。

 

 

 

(小さな幸せを見つけた時……伝えたい人……)

 

 

 

叢雲の頭の中に、司令官の顔が思い浮かぶ。

 

 

 

その瞬間、叢雲の目から涙が溢れてきた。

 

「私っ……私……」

 

(私……あいつの事が……好きなんだ……ずっと考えちゃうくらい……心配になるくらい……好きなんだ)

 

涙を流しながら下を向く叢雲を見た鳳翔は、優しく顔を撫で、ハンカチで叢雲の涙を拭いた。

 

「気持ちは伝えなければ消えてなくなってしまいます、丁度近くに伝えられる機会が来ます」

 

「その「友人さん」に……今の言葉をしっかり伝えてあげてくださいね」

 

ハンカチを叢雲に渡し、鳳翔はその場を去る。

 

「鳳翔さん、ありがとう……!」

 

叢雲はそんな鳳翔の後ろ姿に礼をし、自分の部屋に戻っていく。

 

鳳翔は振り向き、そんな叢雲に手を振った。

 

 

 

 

(頑張ってください、叢雲ちゃん)

 

 

 

 

 

2月の14日、世間ではバレンタインの日。

 

叢雲は手作りのチョコレートを片手に執務室の前に立っていた。

 

作るのに想像以上に手間取ってしまい、完成した時にはもう日が沈んでいた。

 

秘書艦は吹雪に任せ、ようやく完成させたチョコレートを握りしめながらドアノブを捻る。

 

(素直に......伝えなくちゃ)

 

「司令官!入るわよ!」

 

入ると執務室には吹雪しかおらず、提督の姿はどこにもなかった。

 

「あれ?あいつはどこに行ったの?」

 

叢雲は吹雪の方に歩み寄り、質問をする。

 

「司令官さんですか?確か……何かを買いに行ったような……」

 

「執務ほっぽり出して何してんのよあいつは!」

 

叢雲は怒って執務机を叩く。

 

そのまま執務室のソファーに腰掛けると、自分で作ったチョコを机の上に置く。

 

「あれ……?叢雲ちゃん……もしかして」

 

「……何よ」

 

「なるほど……だから今日休みを……」

 

吹雪がニヤニヤしながら叢雲の方を見る。

 

叢雲は吹雪の視線を断ち切るように、そっぽを向いた。

 

その時、執務室の扉が開く。

 

 

 

「おーすまねぇ吹雪……って叢雲!?」

 

「何よ、私がここにいちゃ悪い?」

 

「いやいや、丁度いいと思ってな」

 

「……え?」

 

提督は自分の買い物袋から何かを取りだし、自分の背中に隠した。

 

吹雪は状況を察したのか、静かに後ろを通っていき、執務室から出ていく。

 

「あー……えっとな」

 

珍しく歯切れが悪い提督を見て、叢雲は不思議な気分になる。

 

「今日はバレンタインだろ?だから……ちょっとな……」

 

「何よ……」

 

少し不思議な状況に、叢雲は少し緊張する。

 

心臓の動機が激しくなっていき、顔が赤くなっていく。

 

 

「お前は……いつもうるさくて、細かいことばっか言ってきて、すぐ殴ってきて……」

 

次々と提督の口から出てくる文句に、叢雲の心臓の動機がだんだんとゆっくりになっていき、不機嫌そうな顔になっていく。

 

「何よ、そんな事を言うために━━━━━━━━

 

「でもな」

 

 

 

 

提督は自分の背中に隠していた物を前に出し、叢雲に見せる。

 

それはバラの花束だった。

 

「そんなお前のおかげでいつも俺は仕事していける」

 

頭を掻きながら提督は叢雲に花束を渡す。

 

「前に秘書艦の事について聞いてきただろ?あれはな……」

 

「お前以外に俺の秘書艦はできないと、俺が勝手に思ってるんだ」

 

「気づいたら、俺の隣はお前しかありえないって思うようになっちまってな」

 

「……!」

 

真実を聞いた叢雲は、驚いた表情をする。

 

(な……なによ……司令官のくせに……)

 

 

 

「いつもありがとな、叢雲」

 

 

 

らしくないプレゼントとセリフ、いつもとは違う表情の提督を見て、叢雲は顔を真っ赤にする。

 

「ドイツではバレンタインは男性から送るらしくてな、バラの花束を買ってみたんだが……どうだ?」

 

叢雲は下を向き、肩を震わせる。

 

「何だよ、悪かったな変な事して!」

 

提督は機嫌悪そうに叢雲の方を見る、すると叢雲が顔を上げる。

 

叢雲は涙を流していたため、提督は焦り出す。

 

「な、泣くほど嫌だったか!?そんなに俺のことが嫌なのかよ!?」

 

「違うわよ……あんたが必死にらしくない言葉を言ってるのが馬鹿らしくて……!」

 

叢雲は笑いながら涙を流す。

 

「しかもドイツのその習慣って、そういう気がある人に送るものよ」

 

叢雲の言葉に提督は顔を赤くしてそっぽを向く。

 

「う、うるせぇ!で、お前は何でここにいたんだよ」

 

叢雲は提督の言葉を聞いて、少し黙り込む。

 

(こいつも……私と同じだったんだ)

 

(素直になれずに、自分の気持ちを抑えてたんだ)

 

(でも、こいつはしっかり言葉で、私に伝えた)

 

そして、大きな深呼吸をした後に、提督を見つめる。

 

(なら私も、答えなくちゃね)

 

ゆっくりと叢雲が口を開く。

 

「正直私は、あんたが苦手だった。

 

吹雪型の中から私が秘書艦に選ばれたのは、光栄な事だし、何よりも感謝しなければならないことだってことは分かってる」

 

叢雲は少し怒った口調で提督に語りかける。

 

「でも、選ばれてからは最悪の日々だったわよ。

後片付けはしない、書類は失くす、容量悪いくせに頑固だから最後までやろうとして夜まで付き合わされる。

 

なんで私がこんな目に会わなくちゃいけないのって思ってた」

 

叢雲の言葉を聞けば聞くほど、提督の表情はだんだん渋い表情になっていった。

 

「なんなんだよ、そんな事を言いに━━━━」

 

「でも」

 

叢雲の言葉で提督は言いかけていた言葉を止める。

 

「いつも艦隊のみんなのことを考えていて、あたしが見えないところで無理ばっかしてるあんたが、いつの間にか放っておけなくなっていたの」

 

「いつもなんだかんだ言いながらも、やる時はしっかりやる。誰よりも仲間思いで、優しいあんたの事が……私は……」

 

叢雲の目線がだんだんと強くなっていく。

 

らしくないセリフと表情に、提督は顔を赤くする。

 

叢雲が提督に向かって歩いていき、2人の距離はだんだんと縮まってく。

 

叢雲が提督の目の前まで来ると、何かを言おうとした後、口を噤んで言うのを止める。

 

何回かその動作をくりかえしたあと、大きく深呼吸をして、何かを決意した目で提督を見る。

 

(素直になれなかった、ずっと)

 

(ずっと自分の気持ちを否定し続けてた)

 

 

 

(でも、今は違う)

 

 

 

(ちゃんと伝えるんだ、私の言葉で)

 

(曇らないように、消えてしまわないように)

 

(はっきりと)

 

 

「私は、そんなあんたの事が━━━━━━━━━━━」

 

 

 

 

 

----------------------------------------------------------

 

 

正直、私は最初あの人が苦手だった。

 

だらしなくて、要領悪くて、無茶ばっかりして……

 

凄い大変な日々を過ごしてたわよ。

 

でも、そんな大変な日々も、気づいたら「かけがえのないもの」になっていた。

 

全てを素直に伝えなくてもいい。

ゆっくり、ゆっくり、私たちのペースで。

 

この日々を、離さないように。

 

 

 

 

~完~




初めての短編小説です

Happy Valentine

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