「それっ!」
「てい!」
帝都のとある一区画に存在する孤児院の庭。
時間は正午の昼休み。孤児院に住まう子供達は皆、元気そうに球技を楽しんでいる。
その中で一人、孤児院の子供では無い者が混じっている。その者は茶色のポニーテールで活発、その近くにパンダみたいな小動物を連れている。
「とっ、お姉ちゃん!」
「はいっと、一、二の、三!」
球をリフティングしていた子供が、その人物に向けてリフティングパス。それを上手く受け取って三度のリフティングの後、少し高めに打ち上げて子供達にパスをする。
子供達はそれを追い、ボールへ群がっていく。そして子供達が離れた所を見計らい、孤児院のシスターが話しかけた。
「ありがとうございます、セリューさん。休暇の日を使って遊んで頂いて…」
「いえいえ、私が好きでやってる事ですよ。お礼を言われる事じゃありません!」
子供達と遊んでいたその人物は、先日帝都警備隊隊長の背骨を折って連行した帝国特務隊隊員のセリュー。
今日は貴重な休暇の1日。セリューは休暇を取るときは必ず2日以上は取っており、その内の1日を必ずこの孤児院で子供達と遊ぶ時間を作っている。
彼女にとって「悪」を知らぬ無垢な子供達と遊ぶ事は1番の癒しであり、そして心身のリフレッシュとなる。如何に「悪の根絶」を目標に粉骨砕身するセリューとて、心の疲労は如何しても蓄積するものだ。特に「悪」と相対する時など、心に一番の負荷が掛かる。それに加えてセリューは常に最前線に立ち、誰よりも真っ先に「悪」に立ち向かう。それによる心の負荷は帝国特務隊の中でも随一なのは容易に想像出来る。
だからこそ心の安寧、汚れた心を浄化してくれる場を求めた。それが孤児院の子供達だった。
「悪」を知らぬ、純粋無垢に1日を生きる子供達。
その姿はセリューにとって眩しく、素晴らしい物だった。同時に彼女は子供達が「悪」によって「悪」に染まってしまう事を、「悪」によってその人生を粉砕される事を恐れた。帝国に根付く「悪」は、何の躊躇も逡巡も無しに、容赦無く人として生きる権利や人足らしめる物を蹂躙し、踏み躙り、吐き棄てる。そうやって死んでしまった人達を、帝国特務隊に入ってから
あれが人の死に方か?いや、あんな死に方は、絶対に違う。
あれが「悪」だ。あれを為せる「悪」こそが、絶対に根絶するべき「悪」だ。
「…セリューさん?」
「! どうしました?」
「いえ、少し考え事をしていたように見えて…」
「ああ、大した事じゃないですよ。折角の休みの日に変な考えをしちゃってました」
「それなら良いのですが…あ、そうでした。ある子が貴女の為に絵を描いてくれたんですよ」
「ホントですか!?」
「ええ、これがその絵ですよ」
そういってシスターがセリューに差し出した一枚の紙。其処には子供らしく、拙い画力で書かれた一つの絵。其処から読み取ると、どうやら自分と子供達が遊んでいる風景を絵に起こしたようだ。
「いい絵ですね…うん、凄く良いです」
「良かった。宜しければその絵、貴女に差し上げます」
「え、良いんですか?」
「はい。その絵を書いた子も、貴女の為に書いていましたので」
「…ありがとうございます。私の宝物にします」
「ニャア」
ふと、二人の足元から聞こえた鳴き声。視線を向けると、其処にはシスターの足をペロペロと舐める1匹の黒猫。
「あらあら、いつの間に来てたのね」
そう言ってシスターは足を舐めていた黒猫を抱く。シスターの大きめな胸が、抱かれた黒猫の背中に当たってほんの僅かに形を変える。
「その猫は?」
「少し前から、此処に姿を表すようになったんです。人懐っこくて、特に私に構ってくるんですよ。どうやら捨て猫のようですし、人懐っこいのも飼われていたからかも知れませんね。ほら、此処に赤いリボンがあるでしょう?」
そう言って黒猫の右側が見えやすいよう、少し身体の向きを変える。確かにシスターが言ったように、猫の左耳辺りに赤リボンが付いているのが見える。
(…あれ?リボンの形、何処かで見たような……………)
「……………あっ」
「おーい、お姉ちゃーん!」
その時、セリューを呼ぶ子供の声。どうやらまだ彼等は遊び足りていないようだ。…いつの間にか攫われていたセリューのペットの「コロ」がもみくちゃにされているのも見える。
「っと、呼ばれちゃいましたね。行ってきます!」
絵が描かれた紙を折り畳んで服の中にしまい、猫を一瞬見た後に笑顔で子供達の方に向かって行った。シスターは穏やかな表情でセリューと子供達が遊んでいるのを、近くのベンチに座り、抱いていた黒猫を太腿の上に置いて見守る。黒猫もシスターの太腿の上でリラックスしているようで、丸まって
「ニャ」
…
孤児院の昼休みが終わると共に、子供達の昼遊びも終わりを告げる。
子供達とシスターに別れを告げて孤児院から去ったセリュー(とコロ)は、帝都の通りを自主パトロールも兼ねて歩いていた。
その背後には、先程孤児院のシスターに可愛がられていた赤リボンを付けた黒猫がついて来ている。別にセリューが何かした訳でもない。黒猫が自発的にセリューを追いかけているだけ…
数分後。セリューは人気の無い路地裏に入った。そしてすぐに建物の壁に背中を預け、ついて来ていた黒猫を見下す。
黒猫はキョロキョロと周りを数度見て何かを探る。それで何かが満足したのか、石畳に座ってセリューを見上げた。
「…何やってるんですか、チェルシー?」
セリューがそう言った途端、黒猫からボフンと多量の煙が吹き出し、黒猫の姿を完全に隠す。その煙はものの1、2秒で晴れたが、其処にいたのは黒猫ではなく、一人の女性。
黒猫と同じ形の赤いリボンが付いたヘッドホンを付け、飴を咥えてニコニコと笑っている。
「やーやーセリュー、ひっさしぶりー」
「ええ久しぶりですね。まさか猫に化けてシスターの脚を舐めている姿を見るなんていう再会の仕方をするとは思いませんでしたけど」
セリューは言いたい事をほぼ一息に言い切り、ため息を吐く。
黒猫に化けていた女性…チェルシーは、帝国特務隊の諜報部隊に所属する、最強の諜報員。
その能力故に、諜報員の中でもチェルシーだけはオネスト大臣に
その証拠に、彼女の手によって数十の腐敗を白日の元に晒し、数個の革命軍の秘密基地の居所を突き止め、壊滅させるきっかけを作った。僅か数年で此処までの戦果を叩き出した諜報員は、チェルシー以外に誰一人としていない。
その秘密は、千年前の帝国が作り上げたオーバーテクノロジーの結晶「帝具」の一つ、「変身自在 ガイアファンデーション」による変身能力。そしてチェルシー本人の演技力と、変身する人物や生物の精密な人格もしくは生態調査を元にした模倣能力。
この3つが合わさった結果。ガイアファンデーションによって化けたチェルシーは最早、実在するドッペルゲンガーと言える。それは人間に留まらない、
故に彼女は、最強の諜報員と呼ばれる。
チェルシーを前に防諜は殆ど無意味と化す。彼女に成り代わられたら、彼女が目的を達してそこから去るまで、その者が「
何故、20代前半の彼女がそれ程までの能力を持つか。それは彼女の特殊な経歴が物語っている。
彼女はかつて、暗殺結社オールベルグの一員として活動していた。
歴史の裏で数多くの暗殺事件に関与してきた暗殺結社であり、その実力は構成員1人取っても驚異的。「死は老若男女善悪身分問わず平等」という理念の元、依頼内容が纏まれば如何なる人物でも暗殺していた。
チェルシーは当時はまだ新人の中に入っていたが、それでも既にガイアファンデーションの能力と己の素質を引き出しつつあり、その頭角を現しつつあった。
が、その矢先。彼女が別任務で革命軍と共に活動していた時に、オールベルグが壊滅する事態が発生した。立場が宙ぶらりんとなってしまったチェルシーは独自行動を開始。契約を結んでいたオールベルグ残党を、革命軍がどう扱うのかを単独で密偵した結果、強引に取り入れようとする動きを察知。革命軍を見限り、可能な限りの情報を掻き集めて革命軍から単身離脱。そのままの勢いで帝国の良識派と接触し、帝国に己と情報を売った。
その賭けは大成功。ガイアファンデーションとチェルシーの能力をオネスト大臣は買い、(最初は一定の監視の元)帝国特務隊の諜報部隊へ配属される事となる。
後は先述した通り。帝国特務隊諜報部隊に属した彼女は数々の大戦果を持ち帰り、現在では監視は外れ、休暇の際には孤児院のように好き勝手にやっている。
「私としても、まさかあそこがセリューが通ってる孤児院だなんて知らなかったよ」
「絶対に嘘ですよねそれ。貴女の趣味を見せられるこっちの気にもなって下さい」
「さて、何の事かな?チェルシー分かんにゃい☆」
「…分かってましたよ、ええ。貴女がそういう性格というか、性癖なのは…」
そんな彼女の数少ない欠点は、一癖も二癖もある性癖だろう。
貴重な休暇を、ガイアファンデーションさえもその性癖を満たすために利用している姿は、正直他の者から見れば引く。
「気になるんだったら、私が教えてあげよっか?
「絶対にお断りです。今からでもクロメを呼びましょうか?」
「ごめんなさい」
両手をワキワキとしてセリューに近付こうとしたチェルシーだったが、セリューから放たれた一言に即撃沈。見事な90度のお辞儀を決める。
「…相変わらずクロメが苦手なんですね。私のように、貴女の好みの1人じゃないんですか?」
「いや〜、実際クロメっちも結構、というかトップクラスに好きな子だよ?だけど、何ていうかね?首筋に寒気が走るっていうか、首回りに一瞬強烈な痛みが走るっていうか…兎に角あの子を怒らせちゃ駄目な気がするんだよね」
「はぁ…」
「ま、クロメっちは誘っても無駄でしょ。あの子は
「…」
「さてと、そろそろ別の場所に行こっかな。君もしっかり休むんだぞ〜」
そう言ってチェルシーは周囲にこちらを見ている気配がない事を確認し、再び黒猫に化けて裏路地から去っていった。
「………あの変な性癖さえ無ければ、普通に良い人なんですけどね………」
チェルシー
原作ではオールベルグに所属し、オールベルグ壊滅後は革命軍に所属。その後ナイトレイドに加入し、クロメによって殺害される。
今作では革命軍ではなく帝国を選び、その際に幾らかの革命軍の情報を手土産にした。その結果、彼女を知ったオネストはガイアファンデーションの能力とチェルシーの能力、そして革命軍の情報を高く買い、帝国特務隊の諜報部隊へと配属させる。帝国特務隊の方針により、暗殺者ではなく諜報員としての活動に専念している為、暗殺を行う事はほぼ無い。(入れ替わりの際に暗殺をする場合はある)
尚、原作よりもオールベルグ(
余談だが、動物に化ける間は服は一時的に消滅する。つまり動物に化けている時の彼女は、
因みに、作者の一番好きなキャラがチェルシーです。そのせいか、書いてるうちに勝手に動き始めて
オールベルグがあんななのが悪い。(責任転嫁)
本当はクロメとチェルシーで絡ませたかったんですが、これと言った話が思い付かなかった為に泣く泣く断念。