それを恋と呼ばずして   作:歩夢の操り人形

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ふたり

 

 

 

 それは、あまりにも突然であった。

 

 夏の風が二人の女子高生を包み込む。湿気を含んでいて、決して心地の良いモノではない。

 二人が暮らすマンションの目の前。隣同士に住んでいるから、ギリギリまで一緒に帰ることができる。でも、今日は少し違った。

 

 その表情は、対照的であった。

 時間が止まる感覚は、本当に存在するものだと痛感するのは、黒髪の少女、高咲侑。足を止める。

 時間が早く進む感覚を痛感していたのは、侑の隣を歩く少女、上原歩夢。彼女より少し遅く、足を止める。

 

「――――いま、なんて?」

 

 聞こえていた。聞こえていたよ。だけど、聞き返さないといけない気がしたんだ――――。侑の心の声が滲み出るような言葉が、歩夢に向けられる。すると彼女は、分かりやすく顔を背けた。

 侑は確信する。この子は、冗談を言っているわけではないと。

 

「あ、あのね侑ちゃん。そ、その……」

「大丈夫だよ。ゆっくりで」

「う、うん……」

 

 幼稚園の頃から、二人はずっと一緒だった。

 何をするにしても、必ず隣にはこの子が居る。それが当たり前になっていた時、スクールアイドルの存在を知った。

 胸を射抜かれたような衝撃を、侑は感じたのだ。

 スクールアイドルを見て、ときめいて欲しい。

 スクールアイドルの手伝いをしたい。

 その一心で、通っている虹ヶ咲学園のスクールアイドル同好会に入部。メンバーたちは各々の目標を叶えるべく、日々自身を磨き上げている。

 

 上原歩夢も、その一人だった。

 実際のところ、ビジュアルは目を引くほど可憐で、性格も穏やか。共学に通っていれば男子の注目の的になるぐらいだ。

 ただ、彼女は少し特殊である。スクールアイドルを始めたきっかけがだ。

 とにかく、幼馴染の侑に見て欲しい。彼女だけのスクールアイドルでいたい。極論、高咲侑だけが見てくれれば、それで良い。

 その愛情が高まりすぎる故に、メンバーたちと居ると心が締め付けられそうになるのだ。

 表面の彼女は認めようとしないが、それはメンバーに対するフラストレーション。ストレス。えぐられ続けた心には、やがて大きな穴が空く。その穴を塞ごうとして、また自分を押し殺す。ここ一ヶ月。そんな毎日を送っていた。

 

「――――告白、されちゃった」

 

 分かっていた。聞こえていた上で、聞き直したのだから。侑は、驚きはしなかった。

 気になることだらけだ。幼馴染の歩夢が、これまでそんなことを言った経験は無い。むしろ疎い方である。

 だが冷静になって考えてみると、それが可笑しな話なのだ。上原歩夢という女の子は、かなり可愛い部類に入る。そんな子を、男たちが放っておくわけがないのだ。

 

「すごいじゃん! 誰に誰に?」

 

 すごいのかどうかは、侑自身にも分からない。かけるべき言葉として正しかったのかも分からない。ただ何か一言付け加えないと、寂しい気がしたから。たったそれだけの理由。

 だが、そんな歩夢に告白してきたのはどんな男なのか。侑は純粋に気になった。

 

 歩夢は、少し考えてから答えを導き出す。

 

「よく行くファミレスに居る男の人。背の高い」

「ファミレスの……誰だろう。そこで働いてる人?」

「うん。多分……大学生じゃないかな」

「大学生!?」

 

 驚くのも無理はない。

 侑自身「高校生からの告白だろう」と当然の如く思っていたからだ。それに、ファミレスに行く時は常に制服。高校生だと分かっていて、手を出そうとする大学生。印象は良いと言えない。

 それは歩夢自身も分かっているから、声のトーンは控えめである。だが、侑は引っかかる。どうしてそれを、今このタイミングで自分に言ったのか分からなかったからだ。

 

「それっていつの話?」

「昨日……一人で行った時」

「返事は?」

「……まだ」

 

 歩夢が一人でファミレスに行くことに、侑は驚いた。常に自身を気に掛けてくれる彼女だけに、それが意外と言うか寂しいというか。よく分からない感情に苛まれる前に、侑はマンション入り口の階段を登り始めた。

 

「もしかして……()()()()?」

「えっ!? う、ううん。何もないけど……」

「そうじゃなくて。告白のこと」

「あ、あぁー。そういうこと……」

 

 それ以外に何があるの?――――喉まで出かかった言葉を、侑は飲み込んだ。今の彼女にそんな言い方をする気にはなれなかったから。

 エレベーターに乗り、二人だけの空間。どこか気まずい。歩夢の答えを待つしかない侑は、言葉を紡ぐべきが迷っていた。

 目的の階に着いて、二人揃って降りる。歩夢はまだ何も言わない。このまま別れてしまえば、きっと彼女は胸に仕舞い込んでしまう。

 

「歩夢。私の部屋においでよ」

「えっ……?」

「困ってるから言ってくれたんでしょ? 話聞かせて?」

「侑ちゃん……」

 

 高咲侑という人間は、ある種の人たらしである。

 面倒見が良く、明るい。人当たりも柔らかくて、基本的に誰とでも仲良くなれる人間だ。

 だから、同好会のメンバーたちも彼女を頼る。これもまた、自然の流れなのだ。歩夢が何かをしたわけではない。侑の普段の様子を知っている人間なら、誰でもそうするのである。

 これまで抱くことがなかった嫉妬心。いや、抱かないように縛り付けていたのは、上原歩夢本人。高咲侑のことを、自らの隣に縛って、何処にも行かないように。彼女の全てを知ることが出来るように。

 

 無論、本人にその自覚は無い。侑にもだ。

 

 普段なら互いの部屋に入っていくのだが、今日は違う。

 二人揃って、侑の部屋に足を踏み入れた。

 歩夢はなつかしい部屋の香りに、頭がぐらつく。思い返せば、侑の部屋に来るのはかなり久々だった。

 

 彼女の部屋に限った話ではないが、月明かりが綺麗だ。

 部屋の明かりを付けずとも問題はないぐらいに。だけど、侑はしっかり話を聞きたかったのか。カーテンを閉めて明かりを灯す。

 

「侑ちゃん、ピアノ弾くの?」

「ん? あぁ、これ。まだ始めたばっかりだけどね」

「そう、なんだ」

 

 部屋に置かれていたキーボードが気になった。軽い気持ちで問いかけたことを、歩夢は後悔する。

 深くは聞けなかった。気になるのに、喉が締め付けられる。

 何か知りたくない事実まで、知ってしまいそうで。床に腰を下ろして、部屋を動く侑を視線で追いかける。

 

「それで、歩夢はどうしたいの?」

「えっ……?」

「告白の話だよ。もう、ビックリするのは分かるけどさ、嫌なら嫌って言わないとダメだよ」

「う、うん。そうだよね……」

 

 侑から見て、歩夢は押しに弱いタイプだった。

 嫌なことは嫌と言うタイプでもあるが、それが異性になると話は変わる。ましてや告白なんてされたことのない彼女。相手が本当に大学生だとしたら、変な気を遣って受け入れる可能性だってあった。

 

 ソファに腰掛けて話す侑。床から動こうとしない歩夢に声を掛けて、隣に来るよう促す。最初は戸惑っていた彼女だったが、侑の優しさに溺れてしまっていて。ピタッとくっつくようにソファに沈む。

 

「ゆっくり考えよ? 付き合うから」

「侑ちゃん……」

「告白を受け入れるか受け入れないか。それは歩夢次第だよ」

 

 侑としても、彼女が考えに考えて、受け入れるというのなら何も言わないつもりだ。とにかく、中途半端な今の状態で答えを出させるのだけは避けたかった。

 だからまずは、彼女の今の気持ちを知りたい。どうしてそう思うのか、そう思うことで後々面倒なことにならないか。論理的に筋道を立てて考えていく。彼女一人ではなく、二人で。

 決して、侑にとって苦痛なんかじゃない。幼馴染で親友の歩夢のためなのだ。

 

「私は――――侑ちゃんと一緒がいいな」

「歩夢。揶揄わないでよ」

「あはは……ごめんね」

 

 それは、上原歩夢の本心なのだ。

 冗談でも、なんでもない。その本心を伝えるために――――。

 

 告白されたなんて、嘘を吐いたのだから。

 

 

 

 





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