それを恋と呼ばずして   作:歩夢の操り人形

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しゅら

 

 

 

 そこは天国かと言われれば、否。

 そこは地獄かと言われれば、否。

 

 虹ヶ咲学園の近くにある全国チェーンのファミリーレストラン。放課後になれば、学園の生徒たちがチラホラと姿を見せる。系列店の中でも比較的盛り上がり度の高い店舗である。

 ファミリーレストランとなれば、学生のアルバイト先としても印象的。実際、この店舗にも数人の大学生が雇われていた。

 その中の一人、現川真波(うつつがわまなみ)。今年から大学生の十八歳。周りが髪を染めていく中、まだ黒髪を守っている短髪の青年。

 

 その彼が、今向かい合っているのは、自身とは対照的な髪色をした女子高生であった。

 

「あ、あの……それで……」

 

 今から告白でもされるのだろうか。現川がそう勘違いするほど、彼女、上原歩夢は言い淀んでいた。

 高咲侑に吐いた嘘。告白されたという存在しない事実に、真剣に乗ってくれた彼女を見て、歩夢は罪悪感に貶められたのだ。自業自得であると分かっていても、その嘘が嘘だとバレるわけにはいかない。

 

 彼女はもう、歯止めが効かないところまで進んでいた。

 侑のことだ。冗談だったと言えば、きっとすぐ許してくれる。

 でも、それまでだ。許された後、侑と歩夢の関係はどうなる? 昨日の夜からずっと、歩夢の頭を巡っていた悩み。

 

 ――――きっとまた、私と一緒じゃなくなる

 

 そして導き出した結論。

 一時的ではダメなのだ。これまで通り、高咲侑の隣に居るのは私でありたい。その一方的であまりにも重い気持ちが、歩夢自身の心を押しつぶしていた。

 

「私に、告白してくれませんか」

 

 現川は、口に含んだ水を吐き出しそうになった。

 なんとか堪えて喉を通す。その代償として、何か詰まったような違和感を抱くことになってしまったが。

 二回、咳払いをして歩夢の顔を見る。

 キリッとした視線。瞳。真面目も真面目。大真面目だ。

 

 そもそもだ。現川は思い返す。

 目の前に居る女子高生と話したことはない。強いて言えば、昨日のレジ対応ぐらいで。それっぽっちの繋がりであるのに、妙に記憶に残っていたことが彼自身も意外であった。

 

 そんな彼女が、二日連続でやってきた。

 しかも、自身のことを名指しで呼び出して。

 「大切なお話がある」と前置きされたモノだから、あまりモテない現川は妙に勘繰ってしまう。偶然にもバイト終わりと重なったため、そのまま店で話すことになった。

 

 その結果が、これだ。

 恋愛経験に乏しい現川でも、今の彼女の発言が可笑しいことぐらい分かる。そして同時に、そんなことを平気で言ってのけるこの女子高生にも恐怖を抱いていた。

 

「――――なぜ」

 

 何かの罰ゲームだろうか。実はこの光景を録画でもされていて、後でネットにアップされる可能性だってある。

 だから彼は、毅然とした態度を見せる。抑揚の無い声。低いトーン。相手は自分よりも年下だ。何もビビることはないと言い聞かせて。

 

「……そ、それは」

 

 歩夢の視線が俯く。唇をキュッと結んで、震えている。

 だが、現川は冷静だった。それどころか、冷静を通り越して冷酷な言葉を投げかける。

 

「自分が何言ってるか分かってる?」

「……」

「急にそんなこと言われても、何も出来ないよ」

「……」

「馬鹿にしてるだけなら、もう良いかな。帰りたいし」

 

 あまりにも不透明なのだ。目の前の彼女は。

 先というか、心の中が読み取れない。それに対するイラつきは当然、歩夢本人に向けられる。

 呆れた様子の現川が立ち上がり、リュックを背負おうとする。それを見た歩夢が、ついに声を発した。

 

「――――失いたくないんですっ!!」

 

 ゼロから一気に百パーセントに届こうかという勢い。風船が一撃で割れてしまいそうな、店内に響き渡る彼女の声。

 甘いのに、どこか追い詰められた声。店内の客はもちろん、現川の同僚であるスタッフたちの視線が集中する。

 それはまるで、現川が上原歩夢に酷いことを言ったかのような、穢れた視線である。

 

「ちょっと声……!」

 

 彼は自己保身のため、本能的に席に座る。

 その指摘に、歩夢はハッとしてまた俯く。

 

 揶揄っているだけ――――。

 最初はそう思っていた彼も、歩夢の鬼気迫る声を聞いて少し迷いが生じた。あれが演技だとするなら、相当な実力者である。将来を約束された大女優の卵だ。なんて、心の中で揶揄ってみせる。

 

「……えっと。その……何かあったんですか?」

 

 知り合いでもない、変な女子高生。

 どうして彼女に、こんな問いかけをしないといけないのだろう。現川の心に芽生えた疑問は、疑問のままで終わる。

 彼はもう、深く考えないようにした。むしろ、この少女に興味すら芽生えている。無論、馬鹿にしている意味で、だ。

 

「その……嘘を……」

「嘘?」

「告白されたって、嘘を吐いちゃって……」

「あぁー……」

 

 青春ラブコメに良くありそうな話。現川は妙な納得感に苛まれる。

 彼から見ても、目の前の少女は可愛い。美人の部類ではなく、とにかく愛嬌のある可愛い顔をしていた。

 きっと、男子高校生から告白でもされて、それで困った彼女が「実は彼氏が居る」なんて嘘を吐いたのだろう。

 

 ――――ん?

 

 そこで彼の頭に浮かぶ疑問。

 いや、疑問というか甘い考え。

 自身の推測が正しいのなら、目の前の彼女は何を言おうとしているのか。次に出てくる言葉は、きっとそう「彼氏のフリをしてくれませんか」だ。

 

 おいおいおいおいおい。

 非常に単純な言葉が脳内で繰り返される。これぞまさに青春ラブコメの真髄ではないか。まさかその主人公に自分が選ばれるなんて、現川は夢見心地で歩夢に優しい視線を投げる。

 

「まぁ……俺にその役目が務まるかわかんないけどさ」

「はい?」

「彼氏居るって言えば解決するだろうし」

「かれし?」

「俺で良かったら協力するよ」

 

 キマった。バッチリだ。そう思っているのは彼だけで。

 一方的に言葉を紡がれた歩夢は、頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが目に見えて分かった。

 

「えっと……そういうわけじゃなくて」

「え?」

「えっ?」

「あー……」

 

 会話になっていない。そのことに先に気づいたのは現川である。

 その原因は何なのか。これまでの会話を思い返す。

 告白されたと嘘を吐いた彼女。それに対して言葉を紡いだのは自分自身。それに対して、歩夢は分かりやすく首を横に振った。

 つまり、彼女の反応の鈍さは、現川自身の発言に原因がある。そしてそれが、あまりにも突飛でネジが数個外れたような言葉であったことも。

 

「さっきのことは忘れてくださいお願いします」

 

 それを理解してしまってからは、早かった。

 自分自身が青春ラブコメの主人公になったかのような浮遊感。全てそのせいだと頭では分かっていたが、女子高生の前で失態を犯した恥ずかしさでまともに歩夢の顔を見ることが出来なかった。

 

「あ、あの、その、顔を上げてください……」

 

 歩夢は消えそうな声で呼びかける。

 テーブルに頭を擦り付ける勢いの彼は、その声に耳を貸そうとしない。さっきまでの毅然とした態度を見ていたせいか、そのギャップが少し可愛いと思う自分が居た。

 それに、彼女自身もこの状況が異質だという自覚はあった。だからか、彼の変な勘違いですら歩夢にとってみればどうってことのないジョーク。そこまで気にする必要なんてないのだ。

 

 窓際の席だったせいか、車の通る音がよく聞こえる。

 暗くなりかけていて、行き交う明かりたち。その闇にすっかり飲み込まれていたのは、上原歩夢の心。高咲侑の隣に居たいと強く思う、彼女の独占欲。この胸を解き放てるのなら、どれだけ楽だろうと窓に映る自身の顔を見ながらふける。

 

「……その、本当に変なことを言ってると思います」

「……」

「だけど、もう、引き返せなくて……」

 

 出来るのなら、彼女だってそうしたい。それが出来ないから、こんな無理難題を彼にぶつけているのである。

 テーブルに突っ伏したまま、現川は歩夢の声に耳を傾けていた。

 追い詰められているのは伝わる。だが、それでも話が見えないのには変わらない。彼が顔を上げると、今度は彼女が俯いていた。

 

「話が見えないな。結局どういうこと?」

「……」

「告白したところでどうなるのさ」

「それは……」

「好きな人でも居るわけ?」

 

 現川の問いに、歩夢は肩をピクッと反応させた。

 特段鋭いわけではない彼ですら、そのリアクションは分かりやすい。脳内で結論までの道筋を立てていく。

 

「好きな人が居るのと、君のお願いは関係ない気がするけど」

「――――んです」

「えっ?」

「違うんです」

 

 顔を上げた彼女は、どこか虚な瞳。現川が妙な不気味さを感じてしまうほどに。

 

「離れ離れになりたくないんです」

「その()、遠くに行っちゃうの?」

「近くに居るのに、私の知らない人になっちゃいそうで……」

 

 背筋に走る冷たい風。

 穏やかな顔をしているのに、目の前の少女はまるで、悪夢を見ているかのような瞳をしている。

 現川は、思わず体を引いてしまう。この子は普通じゃない、と。彼女にとってみれば何気ない言葉かもしれないが、中身はかなりの重さ。心の奥に隠しきれない独占欲が姿を見せている。

 

「ま、まぁ話は分かったよ。告白したテイにしていいから」

「あ、ちょっと……!」

 

 嘘だ。話なんて分かるはずもない。見えるはずもない。

 だけど、今はこの場から離れたい一心であった。上原歩夢という女子高生の、そこの見えない恐怖。それを目の当たりにしてしまったせいで、彼の口からそれ以上の言葉は出てこなかった。

 逃げるように席を立って、店を出る。夏だというのに、少し肌寒い。気温が低いわけではない。きっとこれは――――。

 

 生まれて初めて――――メンヘラと呼ばれる人種を目の当たりにしたからに違いない。

 

 

 

 

 





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