「……はぁ。」
憂鬱なため息が外の世界に産声を上げる。隣に陽気な友人の一人でも入れば、「ため息なんてついてたら、幸せが逃げちゃうよ!」なんてクサいお小言の1つや2つ頂戴するのだろうが、生憎ここは通学路、さらに言えば友人の家からはかなりの距離があるため、このため息は何の未練も無しに空へと消えていった。
本日2月14日は、聖ウァレンティヌスが愛を貫き、その命を天に還した日と伝えられている。平たく言ってしまえば[バレンタインデー]というやつだ。
愛を貫き、天に命を還したウァエレンティヌスを讃えてか、この日は世界的に愛を伝える日として広く知られている。日本では形を大きく変えて、恋人がチョコレートを贈りあう日として息づいている。
「…チョコレート、ねえ…」
別に俺はバレンタインが嫌いな訳ではない。むしろ普段はなかなか伝えられない感謝の気持ちや、二人の距離感を図ることには適しているため、こういう日もあって良いとは思っている。
しかし、昨今のバレンタインはもはやチョコレートを渡すことだけに捕らわれ過ぎていると思う。チョコレートでしか愛を伝えられないのなら、とっくに日本人は滅びていてもおかしくはない。無論チョコレートを渡さずとも、自分の愛を伝える人はいるだろうが、悲しいかな。俺は今までの17回のバレンタインの中で、バレンタインにチョコレートを渡さずに愛を伝えた日本人を見たことがない。
「……ま、俺にゃあ関係ないけどねえ…」
まあ愛を伝えるも伝えないも、チョコを渡すも渡さないも結局は個人の自由だ。俺が舌戦を仕掛けたところで、それを耳障りなBGMとして無視するか、それ以上の喧騒を巻き起こされて風になるだけなのでこの事を話したりはしないが。
そんなつまらない脳内単独コントを繰り広げながら、憂鬱な足取りで学校へと向かった。
「よーう○○! なーに湿気たツラしてんだよ! もっと笑顔でいようぜ笑顔!」
いつも通りとは違う喧騒。いつも通りの面子。
そんな教室に一人だけローテンションな奴が足を踏み入れるとどうなるか。答えはいつもより喧し…騒がしい友人に絡まれることになる。
「……お前はいつも以上に喧しいな。そんなにテンション高かったか?」
「バッカお前今日が何の日か知らねえのか!? バレンタインだよバレンタイン!」
こいつもバレンタインに魅了されているのか。まあ個人の考えにあれこれ言うのは野暮なのでそれとなく反らす。
「…お前は自分がチョコ貰えると思ってんのか?」
「そりゃ確信はねえよ! でもさ! 夢を見るのは自由だろ? もしかしたら義理だけじゃなくて本命も貰えるかも知れねえじゃねえか!」
「……お前はそんな奴だったな。せいぜい夢見すぎて絶望すんなよ。」
「おいいきなり不安になること言うなよ…! そういうお前はチョコ要らねえのかよ?」
「…別に。だいたいチョコ貰えなかったからといって死ぬわけじゃあねぇし。第一お前みたいに期待して絶望したくはねえしな。」
「お前はいつもそんな感じだったな…。少しはポジティブに物を捉えようぜ? ンな考え方だと人生つまらねえかも知れねえぞ?」
「…考えとくよ。そろそろお前も席つけ。担任来んぞ。」
そんなこんなで強引に話を切り離し、席に着かせた。
あいつはあんな感じで、いつも能天気で楽観的だ。どんな事にも一回は挑戦しているし、それで大ケガすることも少なくない。実際に一月前に目を瞑って自転車をこいでた所、電柱に頭をぶつけたらしい。いわゆるバカかも知れない。
…ただ、その能天気でバカな所を、俺が少し羨ましく思っているのも事実だ。
学校も放課後を迎え、喧騒もより喧しくなってきた。件の友人はチョコを貰えたかは定かではないが、仮に貰えなかったにしろ慰めてやろう。帰宅部な俺は特に学校に残る理由も無いので、下駄箱に向かう。
「……?」
下駄箱を開けたとたんに、下駄箱から何かが滑り落ちた。今までに一度も下駄箱に靴以外が入っていたことはなかったので、少し面食らってしまったが、小綺麗な便箋からするにどうやら手紙の様だ。
「……なんでわざわざ下駄箱……名前知ってんなら教室来りゃあいいのによ…」
だがいくら外見が小綺麗でも、結局は中身だ。これで単純な悪戯ならまだ良いが、呼び出されてリンチに逢って金をむしられるという可能性も0ではない。
手紙の内容は次のような物だった。
[○○君へ。今日の放課後、体育館裏で待っています。]
怪しさマックスの内容だった。こちらを名指ししていることから下駄箱を間違えたという訳ではないだろうし、場所だけ指定し、用事や自分の名前は明かしていない。バレンタインということで、男を油断させてリンチにする少し古臭いヤンキーやスケバンとやらの諸行ということもあり得る。
(………)
だが、
だが、行ってみないことには何もわからない。仮にリンチに逢ったなら、世間の厳しさをこれで少しは知れたと考えれば良いのだ。と自分を丸め込ませた。
変にあいつのポジティブな所を受けてしまったな、と少し自嘲気味に笑う。だが何故か、それが嫌ではなかった。
「あ、あの!」
少し日が暮れかけ、あと少しで夜の帳が降りそうという時に、それは漸く進展した。
呼び出されたまま、1,2時間の間絶賛嬉しくない放置プレイを食らっていた俺は、呼び掛けられた声に即座に反応が出来なかった。
「…あ、どうも。 俺を呼んだのって……」
そこに居たのは、まさしく美少女だった。
ありきたりな言葉ではあるが、本当に美少女という感想しか出てこなかった。
艶やかな黒髪は夕日をバックにして輝いていたし、そこからは見るからにもふもふしているであろう獣耳がピョコピョコと動いていた。前髪の赤い部分も、彼女の美しさをより際立てていた。ゲームに出てくる美少女の獣耳キャラと十分にタメを張れるクラスの美少女だった。
「え、えと、ウチ、大神ミオって言います。ウチの手紙、読んでここに来てくれたの?」
「ええ、まあ……」
「……え、えと、○○君。」
「はい。」
「○○君って……チョコとか、好き?」
「……チョコ?」
唐突な質問に少し面食らう。今までこのように女性と二人きりになったことなど無かったので、今になって恥ずかしさが少しながら出てきた。……それよりも。
「…大神さん、今日が何の日かは分かります、よね?」
「も、もちろん! むしろ今日じゃなかったら呼んでないです!」
どうやら彼女は、今日をバレンタインと知って俺を呼んだようだった。俺の脳内が、急速にこれからの進展ルートを考えている。
「…そ、その………○○、君。」
「…な、何でしょうか…」
変に大神さんが緊張しているのもあってか、こちらにも緊張が伝わってくる。俺の脳細胞の6割は、これから起こる事を既にある程度予測していた。
「……これ、バレンタインのチョコ、です。……本命、です。…その、○○君………う、う、ウチと……付き合って……くれませんか……!」
絶句。二人の間に沈黙が広がる。大神さんは持っていた可愛い紙袋をこちらに向けたまま俺の出方を伺っている。
この状況で俺が出来ることは―
「……ありがとうございます。でも、俺からも言わせてください。
…大神さん、お互いにほとんど初対面ではありますが、俺と、付き合ってはくれませんか。」
受け入れること。それ以外に出来ることなど無かった。
「……! ……はい! これからよろしくお願いします!」
初めて見た大神さんの顔は、目と顔を真っ赤にして微笑む、安心しきった笑顔だった。
すまぬ……ミオしゃが書きたかったんじゃ…