第1話~塔の街~
「世界の真ん中に立つあの塔は楽園に通じているという。その遥かな楽園を夢見て、多くの者たちがあの塔の秘密に挑んでいった。だが彼らの運命を知る者は誰もいない。そしてーーー」
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「爺ちゃん、その話はもう何回も聞いたよ。」
塔を囲むようにして出来た街のはずれ。小鳥達が清らかな囀りをしている緑豊かな木々が生い茂る森の中にその山小屋はあった。長い間雨風にさらされたおかげで最初の頃よりも透明度が落ちてしまった窓ガラス越しに、老人は自然豊かな外の景色をずっと眺めている。
「そうじゃったか?ワシは今初めて話した気がしたんじゃが…」
祖父は今年でもう80歳を迎えようとしている。覚悟はしていたが、やはり自分の唯一の肉親がこうもボケていってしまうのを間近で見て実感してしまうのは正直辛いものだと、グレイブは思った。あの空高くそびえ立つ巨大な塔を見る度に、祖父は口癖のように独り言を言う。
「グレイブ、ワシは思うんじゃ。お前の父、ワシの息子であるアッシュは何処かで必ず生きていると。アイツは、ワシはともかく一人息子であるお前を置いて蒸発するなど考えられん。」
窓際に置いてある錆びて使い古されたトンカチに手をかざし、か細くも聞き取りやすい声でそう答える老人。
グレイブの父であるアッシュは祖父のベクトルと一緒に大工を営んでいた。大工はこの世界では非常に重宝される存在で、鉱物や木材といった建築に関わる全ての素材に知識があり、各地に蔓延っている魔物達から命を守るための建築物の設計や建造を国から委託され生計を立てている。つまり一般的な職業よりも羽振りがよく、まず路頭に迷うことはない職種なのだ。だがベクトルはお世辞にも裕福とは言い難い生活を送っていた。国策とはいえ自然豊かなこの世界を壊してまで、魔物に対抗する建造物をあちこちに建てていくのは反対だったのである。そういった思想が災いし、彼は街から出て行かざるを得なかった。この思想は息子であるアッシュにも影響し、彼が大工引退後はアッシュが引き継ぐ形となった。
「アイツもワシに似てどこか平和主義的なものを抱いておったが、周りに与える影響力は誰よりも大きかった。何と言うか…そう、カリスマ的な才能をアイツは持ち合わせておった。ワシにはない唯一の才能じゃ。」
「たしかに親父の持つ影響力は凄かったよ。仕事の評判だけじゃなくて、どうにか魔物達とも協力し合える平和な世の中を目指していたし、親父の話に理解ある人達だっていたんだ。けど…母さんが魔物に殺されたあの日から親父は変わっちまった。伝説なんておとぎ話に取り憑かれちまって旅をしちまうなんてどうかしてる。」
「お前の気持ちも分かる。母さんを亡くして辛い気持ちになるのはワシも同じじゃ。もちろんアッシュも…」
「いいや、親父には母さんが亡くなった時に湧き上がる気持ちなんか全然なかったはずさ。信じていた魔物達にも裏切られて、その怒りを魔物に向けるならまだしも、なんで“魔界塔士”なんてもんになっちまったのか、俺には全然理解できない。」
魔界塔士…伝説を追い求めあの塔の謎を解き明かし旅をする者。グレイブにとってその言葉ほどこの世で嫌いなものはない。彼自身魔界塔士に関する話は祖父であるベクトルから聞かされていたが、現実主義者の彼にはそのような話は聞くだけで強い嫌悪感を抱いてしまう。故に自分の父親は目の前の問題よりも何故古い伝説を解き明かすため旅に出てしまったのか。妻が亡くなった悲しみを家族で分かち合うわけではなく、なぜその家族を二人残して出て行ってしまったのか。理由が分からず困惑すると同時に父親に対して怒りの感情が芽生えてしまうのも仕方ないだろう。
「仮に親父が生きてたとしたら俺は二度と会いたくないし、下手しちゃ殺しちまうかもしれない。『何ノコノコ生きてんだ』ってな。」
「よさんかグレイブ!実の父親に対してそのような発言は許さんぞ!」
祖父は争いを好まない性質上、このような発言に対しては年甲斐もなく決まって大きな声を張り上げる。流石は元大工なだけあって迫力がある。グレイブもたじろいでしまうほど威圧的だ。
グレイブは思うことは素直に口に出してしまう癖があるため、こうなった時にどう収集をつければ良いのか分からなくなるのだ。二人の間にしばらくの沈黙が続いた。まるで二人だけ時が止まったかのように、ただジッと黙っている。申し訳ないという気持ちと自分の言ったことは正しいという気持ちとが入り混じり、複雑な気持ちになってベクトルを見つめるグレイブを他所に、ベクトルは窓から見える塔を見つめていた。相変わらず外では小鳥が囀っている。と、その囀りをかき消すように、ガタンという音がした。
「もうそんな時間か。グレイブ、すまんがコレを渡して受け取ってきてくれんかの。」
ベクトルはそう言うと窓下のタンスの上にあった小袋をグレイブに渡した。大丈夫だと思うが一応中身を確認する。最近は老眼も進み枚数も数えられなくなってきているのだ。1…2…3…4…5。きちんと5枚あるのを確認してグレイブは玄関に向かった。
扉を開けると青年が荷馬車に乗っていた。馬車には野菜と薪などの生活用品が積まれている。
「よっ、グレイブ。今日はやけに晴れてるなぁ。」
「おはようバゴタ。」
荷馬車から荷物を降ろす青年に対し、グレイブは挨拶を投げかける。青年は荷馬車から箱に入った野菜や薪などをいくつか降ろしたあと、グレイブに駆け寄り手を差し出した。
「注文の品出しといたぜ。全部合わせて50ケロだ。」
「ちょうどだ。わりぃな、わざわざこんなとこまで配達こさせちまって。ホントは街に移り住みたいんだけどよ…」
「心配いらねぇって。街の中だけで商売してると息詰まるし、こうやって外出たほうがいい気分転換になるんだよ。そういえば…おじいさん、体調大丈夫なのか?」
「体調は問題ねぇんだけどよ…遂に頭のほうがな。毎回あの塔見て同じこと繰り返し言ってんだ。いよいよ来たかって感じだよ。」
「あぁ…そいつは大変だな。おじいさんもお前の親父さんのことで相当きてたんだよ。一人息子だったわけだし。」
グレイブの家庭の事情についてこれほど深く話せる友人は他にいない。バゴタは街で食料や生活備品を売る商人夫婦の一人息子で、年齢も23とグレイブとは歳が近い。厳密にはグレイブの2個下ではあるのだが二人は兄弟のように仲が良く、そのきっかけを作ったのは他ならないアッシュであった。
「ウチの店の改装手伝ってくれた時もお前の親父さんには本当に世話になったし、お前とはガキの頃からの付き合いになれたし…どうしても他人事には思えなくてよ。」
「ありがとうよ。けどだからってこんないいものを合わせて50ケロって値段で売らなくたっていいんだぞ?こいつら100ケロ以上するだろ、普通。」
「いいんだって、俺らの仲なんだからよ。」
バゴタはグレイブと共に荷物を家の中に運び、部屋にいたベクトルと挨拶を交わし軽く世間話をし始めた。バゴタにとっては祖父のベクトルでさえも自分の肉親であるように接してくれる。しばらくしてバゴタは再び街に戻るため、荷馬車の支度をしに外へ出た。グレイブも彼を見送ろうと外へ出ると思い出したかのようにバゴタは彼に声を掛ける。
「そうだグレイブ、お前今日は仕事ないんだろ?この後飲みにいかねぇか?」
「飲みにって街にか?うーん…まぁいいか、久々に街に繰り出すか。」
「よし決まりな!日が落ちる頃に街に来いよ、酒場の前で待ってるぜ。」
そう言ってバゴタは荷馬車を走らせた。視界から見えなくなるまで彼を見送ったグレイブは、街の方向に目を向ける。天高くそびえ立つ塔。太陽に照らされ黄土色に輝く景観は神々しさを感じさせるが、その頂上は雲に覆われており不安感をも感じさせる。
「…『塔の街』か。」
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グレイブとベクトルが住んでいる山小屋から街まではそこまで距離があるわけではなかった。アッシュが行方不明になるまでは街の住民との交流も深かったため、何かあった時すぐ駆けつけられるように近くに山小屋を建てたのだ。だがアッシュが魔界塔士となり行方不明となったあと現在でも深く交流があるのは、バゴタの商人一家だけとなってしまった。
バゴタが待っている酒場は街の中心部にあり、塔に入る扉の右隣にある。日も沈みかけ街はこれから夜の活気に包まれそうな雰囲気のなか、グレイブは一人孤独を感じながら酒場へと向かっていた。この街は自分にはあまり好かない。父親の人生を狂わせ、自分と祖父の環境をも変えたあの塔には強い嫌悪感しかないからだ。
「おいグレイブ!どこまで行くんだよ、こっちだぜ!」
バゴタの声を聞いて我に返ったグレイブはふと辺りの景色を見渡した。いつの間にか酒場の前までたどり着いていて、あたりもすっかり暗くなっていた。酒場からは扉越しに笑い声がきこえてくる。
「わりぃ、考え事しててつい通り過ごしそうになった。」
「ったく街まできて暗くなるのはやめろよな、これから飲むってのに。さぁ入ろうぜ。」
店内は広く、それぞれのテーブルでは老若男女が思い思いに食事と酒を嗜んでいた。来ている客層は仕事終わりの商売人。塔を一目見たくて訪れたであろう観光客。夫の愚痴を言い合いに来たのだろう、この街の主婦の集まりなど多種多様で、中には犯罪まがいのやり取りをしているような会話も聞こえてくる。街一番のこの酒場に来た者の目的は様々なのだ。
二人は真っ直ぐ店のカウンターに座った。バゴタはウィスキー、グレイブはビールを注文した。この街のことは好きなわけではないが、不思議とこの酒場で飲むこのビールは最高だ。嫌なことも忘れて親しい友人とこうして一緒に飲むことができる。バーテンがテーブルの上に置いたビールとウィスキーを手に、二人は乾杯を交わした。酒場の雰囲気と美味しいお酒が二人の会話を弾ませていく。父がいれば自分もバゴタのような親しい友人が何人もできたのだろうか。
「それでその取引相手がよぉ…おいグレイブ聞いてるか?」
「ん?あぁわりぃ、久々に楽しくてボーっとしてた。」
酔いは回っていないがこんなに楽しいのは久しぶりで、すぐに考え事をしてしまう。この癖は中々直そうと思っても直せない。
「なんだよもう酔ってたのかと思ったぜ。…けど久々にお前のその笑顔見れてよかったよ。親父さんのことがあってからあまり笑わなくなったから、内心ずっと心配だったんだ。」
「前向きになりたいんだけどよ、未だに謎なんだ。なんで親父が魔界塔士なんかに…」
「魔界塔士ですって!?あの塔に挑んだ方がお身内に?」
唐突にバゴタの後ろからそう尋ねる声がした。バゴタが振り返りグレイブも彼の後ろを見ると、この街では見たことのない格好をした男がこちらに顔を覗かせていた。
「え…えぇ、俺の親父です。自分が物心つく前に魔界塔士になって、行方不明になりました。」
「おお、なんということだ!あの塔に挑んだ方がこの街にいたとは!」
「あの、失礼ですがあなたは?俺はこの街で商人をやってるんですが、正直あなたみたいな格好をした人は見たことがなくて。」
バゴタは男の頭の先から爪先まで見回した。男の被っている帽子は光沢のある黒をしており、円柱状の山の頂上は平らで、つばの両側が反りあがっている。全身黒の服を着ている。『男』であるのは声質からして間違いないのだが、金髪の髪は腰まで伸び、顔立ちも中性的で一瞬見ただけでは女性と見間違うこともあるだろう。魔界塔士の話を聞いたその緑色の瞳は、まるで純粋な少年のように輝いていた。
「あぁ、気になりますか?この帽子はシルクハットというもので、以前外国で購入したお気に入りの帽子なんです。たしかにあなたの言う通り私はこの街の者ではありません。魔界塔士の伝説を聞きたくてこの塔の街に来たのですが…中々話してくださる方がいないのです。」
「そりゃあそうですよ。なんたってそんな伝説を語り継ぐ人はもう年寄りばかりになって記憶が曖昧になっちまってるし、それに…なぁ?」
「いいんだバゴタ。10年前に俺の親父は何人かの仲間と共に魔界塔士になりました。そしてあの塔の秘密を解き明かすといって、俺と祖父を置いて出て行っちまったんです。その後の消息は不明で、それもあってか誰も話したがらないんです。」
「なんと…そうだったのですか。やはりあの塔にはなにか呪いがあるのかもしれませんね。」
「呪い…?何ですかそれは。」
商人故の性質なのだろう、情報は何であれ集めておきたいという気持ちがバゴタの表情から伝わってくる。グレイブはまだ冷たく冷えるビールグラスに目をやりながら、黙って二人の話を聞くことにした。
「お二人はこの世界が3つの国の統治下にあるのはご存知ですか?」
「えぇまあ。商人仲間から少しは聞いています。たしかそれぞれの国がこの世界を象徴する宝か何かを守ってるって…それで世界の均衡が保たれてると。」
「そうなんです。実は私この街から東にある、とある英雄を祀る街から来たのですが、10年程前ですかね…その英雄が持っていたとされる神器をめぐって三国が揉め事を起こしましてね。それ以来その三国が対立するようになったのです。」
「それはまた…随分スケールの大きな話で。でもこの街でそんな争い事が起こったことはないけどなぁ。聞いたことあるか、グレイブ?」
「いや、俺は街で暮らしてる訳じゃないから。」
「この街にはあの塔がありますからね、神聖なものとして誰も近寄らないんでしょう。ですから私がこの街に来た時正直驚きましたよ。こんなに穏やかで平和な街は他にないってね。」
グレイブは当然だが、この街で商売を営むバゴタも、このシルクハットを被った男の話すことは初耳であった。バゴタの家族は昔から商売を営んでいるが、商売のイロハをバゴタに叩き込んだ彼の父親からも、そのような話は聞いたことがなかった。
「私の街で祀られている英雄も魔界塔士だったらしいのです。伝説では彼はこの世界で唯一あの塔に入ったとされる人物で、その際彼が持っていた剣、盾、鎧が神器として私の街に祀られていました。ところが10年ほど前にこの世界の領地を巡って三国が争いを始めましてね。それがきっかけで3つの神器がそれぞれの国によって奪われてしまったのです。今ではその英雄を祀るために建てた像も影も酷い有様でして。」
「そんなことがあったんですか。この街にいたらそんな話全然聞かないからなぁ。俺もここ以外の街に出向いて商売してみたいぜ。」
「あの、素朴な疑問なんですけど、なんで領地巡って争うのにその神器ってのが奪われちまったんでしょうか?言い方悪いですけど、領地広げるなら戦争でもして、その国の実力を見せつけてしまえばすぐに収拾がつくと思うんですけど…。」
グレイブはシルクハットの男にそう尋ねた。男は待ってましたと言わんばかりにその問いに回答する。
「いい着眼点です!実は伝説によるとその英雄が身に付けていた各装備は、あの塔の頂上を目指すためのカギになっているらしいのです。つまり『英雄の装備を全て揃えた者が楽園への道を手にする』ということです。」
「なるほど、だから三つの国が楽園目当てに神器を奪い合おうとしてるのか。」
「その通りです。『塔は楽園に通じている』というのは子供でも知っている伝説ですが、この英雄の伝説はあまり知られていません。…そういえば…そこのあなた。」
「え、俺ですか?」
シルクハットの男はグレイブの顔を見て声を掛けた。男はカウンターチェアに座る彼の頭の先から爪先まで見回し、緑の瞳を輝かせて口を開く。
「あなたの容姿…よく見るとその英雄の見た目にどこか似てるんですよね。」
「なんだって?あはは、冗談でしょう。俺はこの街の周辺から出たことはありませんし、伝説なんておとぎ話信じてないんです。」
「そうですか…ちなみに貴方のお父様が魔界塔士だとお聞きしましたが、具体的にはどのようなかたで?」
「あぁ…アッシュといって元大工でした。」
その名前を聞いたシルクハットの男は驚きの表情を見せた。バゴタもグレイブもその男の表情に疑問を抱き、互いに顔を見合わせた。
「なんと…その英雄の名前も、あなたのお父様と同じ『アッシュ』なのです!」
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翌朝、バゴタはグレイブとベクトルの住む山小屋に来ていた。と言っても商売道具の類はほとんど持って来てはいなかった。どちらかと言えばこれから目指す街に向かっての旅支度といった感じである。
「待たせたなバゴタ。それじゃあじいちゃん、しばらく家空けるけどバゴタの両親がたまに寄ってくれるから。」
「分かった。…うーむ、わしもその英雄の像たる石像を見てみたかったわい。」
「おじいさん、大丈夫ですよ。英雄の像を見せに持ち帰って来ることは出来ないですけど、なんか土産くらいは持って来ますんで。」
「ふん、期待しないで待っておるよ。…魔物と賊に気をつけてな。」
ベクトルとそう言葉を言い交し、二人は山小屋を後にした。小鳥の囀りが響く森を抜けて、塔の街が見える平原へと出た。塔は青空を突き刺すように高くそびえ立っているが、やはりその頂上は雲に覆われていて見ることができない。美しさの中にどこか不気味さを感じさせるあの塔を二人は見つめていた。
「なぁ、もし本当にお前の親父さんが英雄として祀られていたら、マジであの塔に…」
「やめろ。親父がたとえあの塔に入って行って英雄ともてはやされたとしても、俺とじいちゃんを置いて行ったことに変わりないんだ。」
「あぁ…そうだな。わりぃ。」
グレイブは再び塔の街を見つめてアッシュのことを思い出した。父親の行方の謎を解く最初のピースは、ここから東にある英雄の街だ。